365日の魔法 作:アンパン食べたい
「気をつけてお帰りください」
「ありがとうございました」
カフェを出る。今日はゴールデンウィーク最終日、火曜日である。俺は秋葉原のとある喫茶店にてバイトの面接を受けていた。ただ、できは芳しくない。隣のイケメンがハイスペックすぎた。顔面偏差値高いし、ハキハキ喋るし。女性の面接官の目が輝いてたし。俺なんてフツメンで、時々緊張で言葉が詰まってしまった。これは負けだ。
「あーあ、結局全落ちかなぁ」
昨日、一昨日もいろいろなバイト先の面接に行ったが、どれもいい結果にはならなそうだ。というか、何でよりによって全部イケメンか美女と被るんだよ。すでにアドバンテージのある状態で面接受けるとか、余計に緊張しかねない。
「ねえ、君!ホスト……何でもないや、またね」
おい。だったら最初から声かけるなよ。……はぁ。やっぱり俺はフツメンなのかなぁ。
「伝説のメイド、よろしくお願いしまーす」
歩いていると、メイド服の人からチラシをもらった。伝説のメイド、ミナリンスキーという人がいるらしい。最近現れて、すぐにその人気が爆発したメイドらしい。少し見てみるか。
興味本位でチラシに書いてあった店へ。メイド喫茶に男子1人で入店とか、やばいな、俺。
「いらっしゃいませ、ご主人様!」
店に入ると早速メイドが1人近寄ってきた。しかし、その声は聞いてて癒される。というか、ある知り合いに似ている。
「南先輩?」
そう、南先輩。白と黒のロングスカートのタイプのメイド服を着こなし、メニュー表を大事そうに抱えている。シンプルだけど、すごい輝いてみえる。
「ピヨ⁉︎だ、ダレノコトカナー」
「……園田先輩でも呼ぼうかな」
「わああ⁉︎やめて、アスちゃん!」
「冗談ですよ」
俺は取り出したスマホをしまう。ホッとしたように胸をなでおろす南先輩。やっぱり園田先輩はみんなの恐怖の的だよね!
さて。気を取り直して。
「そ、その。可愛いですね、服」
こういう時は褒めるべきだと何かで読んだ気がするので褒めてみた。しかし、南先輩は不機嫌そうである。膨れっ面をする南先輩。だけど可愛いから全然怒ってるような感じはしない。
「服だけなのかなぁ?」
「うっ……。せ、先輩もか、可愛い、です……」
顔を真っ赤にしながら俺が言うと、南先輩はうんうん頷く。
「そうそう。ちゃんと女の子もほめないと。海未ちゃんを落とせないよ?」
「なぜ俺が園田先輩に惚れてる前提⁉︎」
「だってぇ、ライブで言ってたよね、『好きだ!』って」
ニヤニヤしながらそう言う南先輩。いや、あれはちゃんとμ'sが好きだって言ったはずである。もしかして聞こえてなかったとか?いやまさか。
「今も海未ちゃんに電話しようとしてたよね?海未ちゃんと話しをしたいんじゃないのかなぁ?」
「そ、それは!と、とにかく、メイドさんは早く案内してください!」
「それではこちらへどうぞ〜」
とんだ恥をかいた。汗ビッショリだ。何か冷たい飲み物でも飲もう。
「何でもいいから飲み物ください」
「は〜い」
なんかもう南先輩がメイド口調ではなくなってる気がするけど、まあいっか。ところで伝説のメイド、ミナリンスキーって誰なんだろう。
「お待たせしました〜」
数分後、南先輩が戻ってくる。
「先輩、ミナリンスキーって誰です?今フロアにいます?」
「ピィ⁉︎みみみミナリンスキーさんですかぁ?知りませんねぇ〜?」
「そうですか」
安堵の息をする南先輩。……バレバレですよ?まあ、本人が隠したがっているのなら深くは突っ込まないけど。
「こちら、ご注文の品です」
南先輩がテーブルに置いたのは、大きめのカップのオレンジジュース。そこにはいわゆるカップルで飲むようなハート型のストローがさしてある。……えっ?
「今日は特別サービスです!私が一緒に飲んじゃいます!」
「「「ええええ⁉︎」」」
なぜか俺の他にも近くの席に座っている人たちが驚いている。あ、そっか。南先輩は伝説のメイド、ミナリンスキーなんだっけ。それってまずくない?主に俺の命的に。
「いや、確実にまずいですよね⁉︎」
そんなことしたら俺がミナリンスキーのファンに殺されかねない。とてもじゃないがこれは飲めない。
「まずい?美味しいオレンジジュースですよ?」
「そういう意味じゃないです!南先輩と一緒に飲むなんて畏れ多すぎて無理です!」
「海未ちゃんのは何の抵抗もなく飲んだよね?やっぱり海未ちゃんが好きなのかなぁ?」
「ち、違います!」
「じゃあ、いいよね?」
幾度も見た女の子特有の悪魔の微笑み。まるで新しい玩具を見つけたようなその好奇心に満ち溢れた瞳が怖い。南先輩だけは天使だと思ってたのに。
「……わかりました」
しぶしぶ承知してストローを口にする。オレンジジュースを口に含む。すると、南先輩がにっこり微笑む。
「ごめんね、海未ちゃんじゃなくて」
「んぐっ⁉︎げほっ、げほっ。まだそれでからかうんですか⁉︎」
「ほら、早く飲もう?」
「……」
俺が口にしたストローとは逆側のストローを咥える南先輩。思ったより南先輩はSなのかもしれない。俺はMではないので、やめてほしい。
気を取り直して、オレンジジュースを飲む。目の前には楽しそうにオレンジジュースを飲む、というか俺を観察している南先輩。ニコニコしているものの、何を考えているのかまったくわからないので怖い。それにしても、本当に恋人みたいだ。少し恥ずかしい。南先輩は可愛いんだから、そういうことにはもう少し気を遣ってほしいものだ。俺の心臓に悪すぎる。
照れ隠しにオレンジジュースを飲み続ける。あっという間に飲み終わってしまった。そのオレンジジュースはいつものよりとても甘かった。
顔を上げると真剣な表情の南先輩。その表情と普段とのギャップには少しドギマギさせられる。
「アスちゃん、今日はどうしてここに?ミナリンスキーが目的だったわけではないんだよね?」
「実は……」
「つまり、アスちゃんはバイトしたいんだよね?」
「はい」
うーん、と唸る南先輩。事情を話したところ、真剣に相談にのってくれている。頼れる先輩だな。
「メイドさんは好き?」
「……え?」
あれ?俺の話を真剣に考えていたんじゃなかったの?
「どっち?」
「え、どっちって言われても……。まあ、どちらかと言われたら……」
目の前の伝説のメイドを見る。真っ白な生地の後ろにある黒。ロングスカートはまさにザ・メイドって感じ。頭の白いレースのカチューシャも南先輩の雰囲気に合っている気がする。それに南先輩の髪ってすごい綺麗なんだなぁ。一年生の知り合いには長くても真姫の肩くらいまでだからな。長い髪って新鮮。
「まあ、いいんじゃないんですか?可愛いですよね」
「じゃあ、働こっか。メイド喫茶で」
そうだな。好きなものを仕事にできるってなかなかないしね。……は?
「ええ⁉︎俺がメイド喫茶で働くぅ⁉︎」
もしかして俺がメイド服を着るのか?女装しちゃうのか?
少し頭に思い浮かべて、いややめよう。こんなの誰得だよ。
「働くって言っても、裏とか清掃とか客の呼び込み、かな?アスちゃんだったら簡単に女性客を店に呼び込めると思うなぁ」
そうだろうか?俺なんてホストに勧誘しようとしてやめられたような人だぞ?あ、でもそれって後ろ姿はかっこいいということなのか?
「いや、でも。どこに俺を雇うメイド喫茶があるんですか?」
立ち上がる南先輩。その顔には自信が満ち溢れている。
「ことりが店長を説得しちゃいます!」
拳を握り締める南先輩。残念ながら男気はまったく感じられないけど。いや、というより店長って。南先輩だってバイトの身なのにそんなことできるわけないでしょ。
「ふっふっふっ。伝説のメイド、ミナリン……南ことりをなめちゃいけないのです!」
だからもうバレてるって。しかしミナリンスキーってそんなに権力があるのか?伝説と言われるくらいだから、もしかすると店長よりも権限があったりして。
「よーし、そうと決まったら善は急げだよね!ちょっと来て!」
「え⁉︎」
南先輩に引っ張られるまま、厨房へと拉致られる。そこには数人のメイドさんと一人のスーツ姿の女性がいた。鋭いつり目が、できる女感を醸し出している。この人が店長なのか。
「その、店長」
先ほどとはうって変わってオドオドしている南先輩。あれ?さっきまでの気合は?勢いは?
「何かしら?」
「えっと、彼をバイトとして迎えて欲しいんですけど……」
「男よね?無理よ」
ですよねー。南先輩も俯いてしまっている。
「店長」
やがて顔を上げた南先輩は店長をまっすぐ見つめる。南先輩の後ろに立つ俺からは彼女の表情は見えないけれど、声は震えている。
「ダメ、ですか?」
消え入りそうな声で店長に聞く南先輩。もしかして泣いたりしてないよね?そんな俺のために泣いてまで店長に懇願するなんて、何もそこまでしなくても。後輩思いの南先輩、素敵すぎる。惚れちゃうかも。
「くっ……!さすが伝説のメイド、ミナリンスキー!なんて卑怯な手を使うの!」
ごめん、展開がよくわからない。南先輩が卑怯?どうして?あ、もしかしてあれか、女の涙は武器ってやつか。たしかに南先輩の涙を見せられたら俺も断れないな。というより、南先輩の頼みごとを断われる人などいないのではないか?
「……わかりました。来週の火曜日から来てもらいましょう」
「本当ですかっ!」
なんと!俺はメイド喫茶で働くことになってしまった!いやはや、ありがたい。これで少しは金銭的に余裕ができそうだ。
「よかったね、アスちゃん!」
満面の笑顔の南先輩。その顔には泣いた跡など微塵もなく。……まさか演技?もしかしなくても自在に涙を操って人を誑し込むの?女って怖い。南先輩って超怖い。
「これでアスちゃんはことりに借りができちゃったね?」
……マジで怖い。