365日の魔法   作:アンパン食べたい

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こわい先輩たち

 俺は部屋の中を部長のところまで突っ切ると、彼女の目の前に一枚の紙を置く。

「俺を入部させてください」

「却下」

 1秒たりとも悩むことなく、さも当然のようにそう言い放つと先輩は俺の入部届を開いた窓から放り捨てる。

「あー⁉︎何してるんですか⁉︎」

 窓から身を乗り出す。風に飛ばされたのか、入部届けは見当たらなかった。おい、あれには俺の判子が押してあったんだぞ。悪用されたらどうしてくれるんだ。

「ほら。もう用は済んだでしょ?早く出ていきなさいよ、μ'sのマネージャー」

「あれ?何でそのことを知ってるんですか?」

「ライブを見に行ったからに決まってるじゃない」

 へえ。あの時先輩はいたのか。見当たらなかったけど。

「見てたんですか、ライブ。どうでしたか?」

 適当に椅子を一つ取り出し、座る。喉が渇いたな。オレンジジュースを買ってくるべきだったか。まあ仕方ないから先輩に何か飲み物を入れてもらおう。

「というわけで、何か飲ませてください」

「どういうわけか知らないけど、あんた。図々しいわね」

 ティーカップの中身を飲み干した先輩は椅子から立ち上がり、窓の外を見つめる。あれ、入れてくれない?

「下手ね」

「そう、ですか」

 否定はできない。ライブ前日に聴いたA-RISEの曲。たしかにあれはμ'sとは比べ物にならないくらい上手かった。きっとダンスもキレがあるのだろうし、アイドル研究部の部長であるこの先輩はそのレベルのアイドルをいくつも見てきたのだろう。そんな彼女からしたら、μ'sのレベルなんて低いに違いない。

「でも、先輩は何か感じませんでしたか?前向きになれる何かを、応援しようと思えるような何かを」

「何も」

 相変わらず外を見たままの先輩。なぜ彼女はこちらを見て言わない?本当に何も感じなかったのだろうか?本当は、認めたくないだけではないのだろうか?相手の目を見て話さない人は嘘をついているとよく言う。

「伸びしろがあるとは思いませんでしたか?これからの成長に期待できるとは思いませんでしたか?」

「思わなかったわ。あのね、しつこいわよ?」

「だったらこっちを見てはっきりと言って下さいよ!」

 勢いで立ち上がる。座っていたパイプ椅子が倒れ、部室に金属音が響く。

「じゃあ、言ってあげるわよ」

 振り向いた先輩。その時に揺れたツインテールに思わず目が惹きつけられる。そのアイドルっぽい動きに。そして先輩の赤い瞳が俺を捉える、というか睨みつける。

「アイドルに対する熱意が足りないのよ!やりたいと思ったから続けるですって?アイドル甘くみるんじゃないわよ!」

 先輩の剣幕に気圧される。先輩の勢いは止まらない。

「何よ、あの『ノリで少し真似事してみました、どうでしょう?』的な、文化祭でお披露目します的な感じは!アイドルっていうのはね、そんな単純なものじゃないのよ!例えばキャラ!」

 一度深く深呼吸をする先輩。そして、

「にっこに(ry」

 ごめん。少し居た堪れないものだったから、カットした。でもいいよね、別に。

「良くないわよ!!」

「ちょっと⁉︎先輩⁉︎絶対不可侵の領域に踏み込まないで下さいよ!」

「あんたが悪いんでしょ、あんたが!」

 先輩は俺の胸ぐらを掴むとブンブン揺する。やばい、吐き気がしてきた。

「ちょっと、やめてください!吐きそうです!」

 すると、先輩は揺するのをやめる。本当に気持ち悪かった。

「まったく。まあ、これでわかったでしょ?彼女たちは本気度が足りない。情熱が足りない。必死さが足りない。ほらほら、わかったらさっさと帰る!」

 無理やり先輩に部屋から押し出された俺。先輩がドアを閉めた後にガチャ、と鍵が閉まる音がした。はぁ、失敗かぁ。

 でも、諦めるわけにはいかない。やっと見つけた、俺でも気楽に過ごせそうな部活。そう簡単に諦めてたまるか。

 プルルルルル

 決意を新たにしたところで、スマホが鳴る。通話か。表示された名前は園田先輩。……出たくないけど、出た方がいいよね?むしろ出ないと後々に何かが起こりそう。

「はい、もしもし」

『……飛鳥ですか?屋上で待ってます、すぐに来てください』

 プツッ

 一方的に用件を伝えると電話を切った園田先輩。なぜだろう、寒気がする。

 

 

 

 屋上に向かうと、そこにはμ'sの三人。

「久しぶりですね、飛鳥。最後にあったのはライブの日でしょうか」

「そ、そうですね」

 柔かな顔をする園田先輩だが、俺の本能はさっきからずっとアラートを鳴らしている。壊れちゃったのか?いや、たぶん正確に反応しているんだ。つまり、それくらいここはヤバい危険地帯。

「もう、アスちゃん!練習に1週間あまり参加しないなんて、穂乃果怒っちゃうぞ?」

 頭に両手の人差し指を立てながら膨れっ面を見せる高坂先輩。その姿が可愛くて、目をそらしてしまう。その逸らした先には南先輩。

「あ、南先輩。昨日フガフガッ⁉︎」

 いきなり俺の口を押さえた南先輩は屋上の端の方に俺を連れて行く。視界の端に不審そうな顔をする園田先輩と高坂先輩が映る。

「(アスちゃん、昨日のことは内緒にして!)」

 どうやら、ミナリンスキーのことは高坂先輩と園田先輩には言ってないらしい。どうしてなんだろう?三人は幼馴染みなのだから、そういう相談はするものだと思うんだが。まあ、幼馴染みのいない俺にはわからない話か。凛・花陽といい、先輩たちといい、羨ましいな。

「(わかりました)」

 まあ、南先輩の頼みだからね。以前も言ったと思うが、南先輩のお願いを断れる人はこの世にはいないのだ。というか、もし南先輩にメイド喫茶で会ったなんて言ったら、俺が1人でメイド喫茶に行ったことがバレちゃうじゃん。それ、主に園田先輩的な理由でやばい。「破廉恥な!」とかなんとか言いながら俺を竹刀で叩きまくる園田先輩が容易に思い浮かぶ。そんなことになったら、音ノ木坂学院が殺人現場になっちゃうじゃん。余計廃校に近づくからこれは良くない。いや、その前に俺の身が危ういじゃん。

 南先輩と二人で高坂先輩と園田先輩のところに戻る。すると、園田先輩が一歩俺に近づく。俺は一歩遠ざかる。いまだに頭の中で警報は鳴りっぱなし。

「……どうして私を避けるのです、飛鳥?」

 ニコニコしながら聞く園田先輩。しかし目はまったく笑っていない。俺も全くもって笑えない。今ならにらめっこで無敵になれちゃうレベルで。

 とりあえず、メイド喫茶同盟を結んでいる南先輩に目で助けを求める。彼女と視線が合うと、彼女はこちらにウインクした。可愛い、じゃなくて、良かった、これで助かる。

「海未ちゃん」

「何です、ことり?」

「アスちゃんはね、私たちのマネージャーとしての仕事より、彼女さんが大切なんだよ!」

 そうそう、そうなんだよ。俺は少し多忙だから、って⁉︎

「南先輩⁉︎何嘘吐いてるんです⁉︎」

「あれぇ?違うの?」

 小首を傾げる南先輩。いや、可愛いけど。そのキョトンとした表情は可愛いけども!でも何でそんなこと言うんですか!マジでこれは俺の命がかかってるんですよ⁉︎

「へえ、そうなんだ。じゃあ海未ちゃんは失恋だね」

「ほ、穂乃果⁉︎」

 顔を真っ赤にする園田先輩。失恋?もしかして園田先輩って俺のことが好きなの⁉︎ついについに俺にモテ期到来⁉︎……あれ?このくだり、似たようなものが以前もあったような。

「わ、私はそもそも飛鳥のことが好きではありません!嫌いです!」

 だよねー。園田先輩みたいな綺麗な人が俺みたいな普通系男子を好きになるはずないよな。でも嫌いって。そこまで言わなくたっていいじゃないですか。俺、いじけちゃいますよ?

「と、とにかく話を戻します。飛鳥、貴方は誰と付き合っているのです?」

「戻ってませんよ⁉︎」

「あ、それ穂乃果も気になる!」

「いや、付き合ってませんよ⁉︎」

「でもことりは見ちゃいました!」

 ……えっ?あーあ、付き合ってないんだけど、見られちゃったか。そっかぁ。それなら仕方ないよね!って、んなわけあるか。

「この間、アスちゃんは西木野さんと二人きりで音楽室にいたよね?」

 あ、れ?以外とまともな理由。ただ付き合ってるわけではないのだが。

「……どうしてそれを?」

「ふふっ、偶々見ちゃったんだぁ〜」

 もう一度言うが、付き合ってるわけではないのだが、二人きりで音楽室にいたのは事実である。否定しにくい。

 と、高坂先輩が肘で俺を突いてくる。

「このこの〜!アスちゃんもなかなかやるなぁ〜。西木野さんに曲だけじゃなくて体も提供させちゃうなんて〜!」

「はい⁉︎いや、俺はまだ一度もそういうことはしてない、っていうかそもそも真姫とはそんな関係じゃない、っていうか曲を提供させたのは高坂先輩ですよね⁉︎」

 それにそんな話題を出すと園田先輩からの制裁が……って、あれ?

「園田先輩?」

 園田先輩は屋上の日陰となっている所で蹲っていた。

「飛鳥が……西木野さんと……そんな……」

 何かをつぶやいているけど、うまく聞き取れない。いや、聞き取れないほうが幸せなのかもしれない。とりあえず、園田先輩からのお咎めなしということで、ハッピーエンドだな。でも、何で園田先輩はこんな状態になっちゃったんだろう?

 

 

 

「お邪魔、しますぅ」

「あら、いらっしゃい」

 やってきたのは穂むら。高坂先輩の家である。なぜここに来たのかというと、園田先輩が行動不能に陥ってしまったからである。練習はいつも園田先輩がメニューを考えているので、これでは大した練習はできずに少しだけやった後、今日はお開きになった。

「疲れた……」

 二階の高坂先輩の部屋まで園田先輩を背負って運び、彼女をベッドの上に寝かす。

「お疲れ、アスちゃん。これ、飲んでね」

 南先輩がペットボトルをくれる。ありがたいけど、なぜオレンジジュースなのだろうか。いや、予想はしていたけど。だって俺とこのオレンジジュースは運命の赤い糸で結ばれてるらしいからな。

「ところで、何で園田先輩はこんな状態になっちゃったんです?」

「それは、アスちゃんの前では言えないかなぁ」

 苦笑する高坂先輩。何だろう。まあ、女の子には色々あるって言うし、聞かない方が良さそうだ。

 それにしても、もう日が暮れてしまっている。だいぶ園田先輩を運ぶのに時間がかかってしまった。男の俺がいてこれだけ時間がかかったのだから、園田先輩に殴られ気絶した俺を運んだ時ってよっぽど大変だったんだろうな。

「じゃあ、俺は帰りますね」

「「え?」」

 帰ろうとすると、高坂先輩と南先輩に驚いた表情をされる。あれ、俺何か変なこと言った?

「もうこんな時間だよ?ことりちゃんを1人で帰すつもり?」

 こんな時間って言われても。いつも一人で帰ってませんでしたっけ?

「アスちゃん……」

「……はあ。わかりました、帰りましょう、南先輩」

 たしかに女子をこんな暗くなった時間に1人で歩かせるのは良くないんだろうけど。二人きりって気まずいから少し嫌だったんだけど、まあいっか。というより、上目遣いでこちらを見てくる南先輩を拒否できない。

「よろしくね」

 俺は南先輩と一緒に高坂家を出る。

 想像通りというか。高坂先輩の家を出てからずっと無言のまま歩き続ける俺と南先輩。しかしこのまま黙ったままっていうのもアレだな、少し話をしてみよう。

「先輩はどうしてメイド喫茶でバイトを始めたんです?」

「知りたい?」

 いや、知りたいから聞いたんですけど、なんて無粋な返事をするわけにもいかず。俺はただ、こちらを見た南先輩に首肯する。

「あ、でももう着いちゃったね」

「え」

 気付けば目の前には南と書かれた表札。あれ、思ったより近かった。……送る必要はあるのか、この距離?いや、あるのだろう。なかったら俺のこの労働の意味がなくなってしまうじゃないか。

「じゃあ、またね」

 手を振りながら家の中へと入っていく南先輩。

「先輩⁉︎待ってくださいよ!気になるじゃないですか!」

 しかし無情にも南先輩の姿は見えなくなる。胸に残ったモヤモヤ感。心理的にも疲労したな。

 ブーブー……

 と、マナーモードにしていたスマホが震える。相手の名前を見て、正直嫌な予感がしたが、とりあえず出る。一応先輩だし、俺はマネージャーだし。

「もしもし?」

『あ、アスちゃん?海未ちゃんもよろしくね!』

 ……やっぱりそうきたか。残業手当、出ないよな?

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