365日の魔法 作:アンパン食べたい
「その、俺は別に真姫とは付き合ってませんよ?」
「……」
「え、えっと、こっちに家あるんですよね?」
「……」
「園田先輩ですよね?」
「……」
真っ暗な夜道。俺は心底困っている。理由?ふっ、この言葉のキャッチボールとはとてもじゃないが言えない俺からの一方的なボールのプレゼントを聞いてもわからないのかね?君の頭の中はお花畑かい?……冗談だよ?
「園田先輩、何か喋ってくださいよ……」
「……はぁ」
ため息を吐くだけの園田先輩。本当、困った。ヘルプミー、高坂先輩。何が『アスちゃんと二人きりになったらペラペラ喋り出すよ』だ。真っ赤な嘘じゃないか。どのくらい赤いかというと、真姫の髪くらい。もしくは、今の園田先輩の頬の色くらい。なんでそんなに赤いんですか、園田先輩。風邪か?あ、もしかして俺と一緒に歩くという行為が醜態すぎて恥ずかしいのか。
「園田先輩。そりゃ男と二人で道を歩くなんて恥ずかしいのはわかりますけど、そんな態度を取られちゃうと俺だって困るんですからね?」
「そういうわけでは……」
今にも消え入りそうな小さな声で謝る園田先輩。もう、らしくないなぁ。園田先輩ならもっと堂々としていないと。しかしそうではないらしい。
「どうしたんですか?風邪でもひきましたか?」
園田先輩は頭を振る。違うのか。顔が赤いし、熱でもあるのかと思ったんだが。
「じゃあどうしたんですか、教えてくださいよ」
「それは……い、言えるわけないじゃないですか!飛鳥は何を考えているんです!馬鹿ですか!」
俺を見た園田先輩は顔をさらに真っ赤にさせながら俺に怒鳴る。なぜ俺が怒られたのだ、解せぬ。
それにしても、この辺は屋敷が多いな。江戸時代かなんかにタイムスリップしたみたいだ。どれもこれも日本の伝統家屋。まあ、園田先輩のイメージから考えると、こういう家に住んでいても何らおかしくはないのだが。
「あ、ここです」
そこはなかなかに大きい屋敷だった。名家なのだろうか?
「それじゃ、俺はこれで」
帰ろうとすると、後ろで門が開いた。
「海未さん、遅かったですね。おや、貴方は……もしかして飛鳥さん?」
「え?あ、はい」
「海未を送ってくださったのですね、ありがとうございます」
丁寧にお辞儀をする着物を着た女性。もしかして園田先輩の母親だろうか?それにしても大和撫子。同世代の人より大人っぽい園田先輩をさらに大人っぽくした感じ。雰囲気の話だけではなくて、ほら。園田先輩より明らかに大き、ゲフン、ゲフン。人妻相手に何を考えているんだ、俺は。
「ご夕食はまだですよね、どうぞお上がりになって?」
「えっ、いいんですか?」
とっとと門の中に入っていく園田先輩の母親。何だろう、この展開。夕食に招待されたってことでいいのかな?もしかして残業手当が出たのか⁉︎頑張って働いたかいがあったってもんだ。
と、突然園田先輩の母親が振り向く。これがかの見返り美人図か。
「ですが、驚きました。飛鳥さんは殿方だったのですね。海未の話ではてっきりご婦人かと。」
「……え?」
案内された卓袱台のある畳の部屋で、俺は正座していた。慣れない正座のため、既に足が痺れてしまっているけども。
それにしても驚いた。まさか俺が女子だと思われていたなんて。たしかに飛鳥って名前は女の子にも付けられる名前ではあるけれども。
まあ、そう考えた理由を聞いてみたところ、今まで園田先輩が男友達を作ったことがなかったから今回も女性だろうと考えたんだそうだ。それによくよく考えてみたら音ノ木坂は女子校なのだから、そこの後輩と言われたら女子しか思いつかないだろう。これじゃあ、園田先輩が俺が男だと言わなかったら女子だとも思うよな。俺的には少し複雑な気分だけど。
「お待たせしました」
園田先輩が何やら豪勢な食事を持ってくる。俺の目の前に置かれる白米、味噌汁、焼き魚、漬物、野菜の和え物等。いつもこんなに豪勢なの?俺の家なんておかずは一品だぞ?
すべての品を運び終えると園田先輩とその母親も食卓を囲む。あれ、父親がいないな。
「お父様はいらっしゃらないんですか?」
「あら?挨拶でもするつもりですか?」
「い、いえ、別にそういうわけでは!」
ニヤッと笑う園田先輩の母親、面倒だな、園田母と呼ぼう。園田母は見た目に反してお茶目な方のようだ。
「もう、ふざけないでください。飛鳥、父は現在外出しているんです」
外出?近くのスーパーに買い物、とかではないんだよな?まあ、家庭の事情には深く入り込まない方がいいだろう。
「三人暮らしなんですか?」
「いえ、お婆さんがいます。今はもう寝てますが」
もう寝てるのか。早いな。園田先輩も早く寝るのだろうか。そういえば、ライブ前日の神社にいた時間帯はもうメールするべきではないと言っていたな。やっぱり普通の高校生より早寝なのかも。
「さ、遠慮せずに食べてくださいな」
「い、いただきます」
こういう時は何から食べるべきだろうか?何か決まりがあったりするのだろうか?まあ、気にしても仕方ないか。よし、味噌汁からいこう。味噌汁を啜る。
「美味しいです」
「お口に合うようで良かったです」
美味しい。普段、家ではインスタントの味噌汁しかないからな。すごい手作りの味噌汁が美味しく感じる。よし、次は魚だ。
箸で焼き魚の身を骨から毟って食べる。うまい。塩の味が絶妙で、今まで食べたどの焼き魚よりも美味しい。まあ、今まで食べた焼き魚なんてうちの母親が作った真っ黒に焦げたやつしか食べてないんだけど。
「美味しいですね!毎日でも食べたいくらいです!」
「じゃあ婿入りします?」
「む⁉︎婿入り⁉︎早すぎ、じゃなくてなぜそうなるんです!」
園田先輩が顔から火を噴く。俺も恥ずかしい。婿入りって、それって園田先輩と結婚するということで。こんな美人なお嫁さんとか俺には勿体なさすぎるだろ。
「ふふっ、そういうこと」
ニヤつく園田母の顔に、何か形容しがたい恐ろしさがあり、背筋が凍った。
「じゃあ、またいらっしゃいな。味噌汁の作り方を教えますよ?」
「いいんですか?是非、お願いします」
「ついでにお父様に挨拶も済ませちゃいましょう」
「ブッ⁉︎」
「あ、飛鳥!汚いです!味噌汁を吹かないでください!」
本当にまたここに来て大丈夫なのか?
「ただいま」
自宅に帰宅。だいぶ遅くなってしまったな。
「遅い!」
玄関で待っていた我が家の鬼。化粧を落としている現在、その見た目年齢は実年齢プラス10の50代。
「あ"?」
「いえ、何でもないです」
怖い。その老けた顔で睨ま、いえ何でもないです。どうして俺の周りには心を読める女性ばかりなんだろう。
俺のことを睨みつけていた母親はしばらくそのまま俺を睨んだ後、「まったく」と呟きながら奥へと入っていった。その間、俺は蛇に睨まれた蛙のごとく動けなかった。
母親が見えなくなってやっと金縛りが解けた俺は自室へと戻る。部屋に入ってすぐ何も置かれていない机の上に鞄を投げ捨ててベッドにダイブする。布団に顔を埋めて、くぐもった声で呟く。
「疲れたぁ」
久しぶりに体育で運動したからだろうか、体の節々が痛い。ここ最近μ'sの練習にも参加してなかったので、園田先輩のスパルタ特訓も受けていなかったからな。さらに園田先輩を背負って学校から穂むらまで輸送。付け加えて、南先輩の家と園田先輩の家まで歩いた。ここまでの肉体労働をしたのはいつ以来だろう。もう寝ようかな。
ガチャ
「飛鳥、ご飯食べるの?」
「いらない。食べてきた」
「そう」
スリッパの音が遠ざかる。しかし我が母君よ、開けたドアは閉めていってくれませんかね?廊下から入り込む光が眩しくて眠れない。ドアを閉めにいくのも億劫だな。
「あ、そうだ」
本当になんとなく、思いつきで立ち上がりパソコンを開く。中古屋で購入した旧式のコンピュータ。でも動画は見れるし、ネット検索だってできる。こっちに引っ越してきてすぐ買ってもらったのだ。
「えっと……あれ、rってどこ?あ、あった」
そう、俺はブラインドタッチなんてできない。というより、未だによく使うキーの位置も覚えていない。覚えてるのはAくらい。飛鳥のAだもん。
文字を入力し、検索ボタンをクリック。お、出た出た。スクールアイドルのホームページ。その中からμ'sを探し出す。
「あ、μ'sの順位が上がってる」
良かった。実は少しだけ、ファーストライブの時に生徒会長に言われたみたいなことになっちゃってるんじゃないかって少し不安だったのだ。しかし良かった。彼女たちを認めてくれる人がいるのだ。
「あれ?これって……」
ネットサーフィンをしていると(情報量に圧倒されて溺れかけたけど)見つけたのは一本の動画。その動画を再生すると、ピアノのイントロから曲が始まる。画面の中央には3人のスクールアイドル。俺のこの機械の画質が悪いのでわかりづらいが、間違いなくμ'sである。そして、μ'sのファーストライブの映像である。
改めて見てみると、やはり彼女たちはまだまだだということを思い知らされる。時々歌の歌詞を間違えていたり、ダンスの振りが一歩遅れていたり。以前聞いたA-RISEのそれには、やはり手が届かない。
しかし、そのコメント欄には、彼女たちを称賛するものも多くある。"前向きな気持ちになれる"とか、"これからに期待!"とか。読んでると、これからも頑張らなきゃと思えてくる。頑張るのは俺じゃないんだけども。
この動画のおかげでμ'sの人気が少し上がったみたいだ。この動画を投稿してくれた人には感謝だな。
でも、誰が?μ'sの中では撮影するという話にはなっていなかったが。いや、待て。そういえば東條先輩が生徒会長がライブを撮影しているって言ってたな。ということは生徒会長が?でも、あの人はμ'sに否定的だったよな?
「わけわからん」
ダメだ、わからない。なぜ生徒会長はこの動画を投稿したのか?この動画はμ'sの人気を高める結果にしかなっていない。これではμ'sのためを思ってやっているとしか思えない。μ'sの、下手でも全力でライブに取り組む姿勢が彼女たちの人気を高めている、それが今ここで起きている事実なのだ。
いや、もしかすると、その下手さ加減をアピールしようとしたのか?それで彼女たちの人気を落とそうと?まさか、本気でそんなこと思ってるのか?さすがにそれはないか。もしそうなら女って怖い。いや、女は関係ないかもだけど。とにかく、本人に直接聞いてみた方が良さそうだ。
幸い、明日は木曜日である。事情聴取を行うか。