365日の魔法 作:アンパン食べたい
「で?何で来たのよ」
不機嫌そうにソファに座り込む真姫。俺と花陽は萎縮しながら座る。特に花陽は、部屋の高級感と真姫の威圧感にぺしゃんこになりそうだ。そんなに大きいむ……何でもない。こういう事を考えるのは止そう。あ、もしかして真姫はそれに嫉妬して⁉︎
「ほら、飲みなさいよ」
そう言って真姫はテーブルの上に置かれた、これまた高そうなティーカップをこちらへと動かす。香ばしい紅茶の香りが漂うのだが、気分的にはオレンジジュースを飲みたい。この家にはないのだろうけど。真姫はみかんがダメらしいからな。
「いただきます」
隣の花陽が紅茶を啜る。俺も飲んだ方がいいのか?
ティーカップを手に持ち、口元に運ぶ。紅茶なんて普段は飲まないからな。だいたい緑茶かオレンジジュース。味の感想を求められたらどうしようか?まあ、飲んでみてからだな。さて、お味はいかほどでしょう……。
「べっ⁉︎しょっぱっ⁉︎何これ⁉︎」
しょっぱい。ものすごい塩の味がする。不味い。
「だ、大丈夫?」
「……ふふっ」
花陽が心配してくれるが、目の前のツンデレ娘はクスクス笑う。おい、お前。
「どういうつもりだよ、真姫!」
「あら、ごめんなさい。砂糖と塩を間違えちゃったみたいね。ところで、何しに来たのよ?」
「えっと、これ。落ちてたから」
俺が自分の鞄からオレンジジュースを取り出して口直しをしている間に、花陽が生徒手帳を真姫に手渡す。このオレンジジュースじゃ全然口直しにならないけど。というか、謝罪はそれだけかよ。つまりわざとだな、そうなんだな?怒るぞ?
「何であなたが持っているのよ」
「ご、ごめんなさい」
「何で謝るのよ……」
そんな俺の心情を放っておいて花陽に呆れる真姫。いや、真姫。お前の言い方が悪いだけだろ。もっと素直になれよ、ツンデレ娘。
ギロッ
「何よ」
「いえ、何でもないです」
部屋を見渡す。あまり女子の家をジロジロ見るのは良くはないとは思うのだが、真姫からの視線が痛かったので、つい。それにしてもトロフィーが多いな。ピアノの発表会とかか?すごいな。俺なんて表彰されたことは一度もない。よく学校の集会で部活動で好成績を収めた人が表彰されてたけど、本当に羨ましかったな。
ざっと部屋を見たけど、感想としてはやっぱり高級なものが多いということか。大きい絵画やテレビもある。俺の家のテレビの何倍の大きさなんだろうか。あまりにも高級なものが多すぎてソファの端に置かれた真姫の学生鞄が異端に見える。……あれ?
「まあ、ありがと」
今さらになってお礼を言う真姫。ほら、やっぱりツン……何でもないです、だから睨まないで!
怖くなったので花陽に話を続けるようアイコンタクトで頼む。
「西木野さん、ポスター見てたよね?μ'sの」
「ゔぇえ!何で私が?人違いでしょ」
またまたぁ〜。こっちは証拠まで用意してるんだからな。ついでにもう一つ証拠を見つけちゃったし。
「あれ、花陽。生徒手帳ってそのポスターの前に落ちてたんだよね?」
「う、うん」
「あれれれ?真姫、その鞄から覗いている紙は何かな?俺の目にはμ'sの新メンバー勧誘チラシに見えるんだけど?」
「ち、違うの!これは!「ガタッ!!」い⁉︎きゃあっ!」
急に立ち上がった真姫は勢いそのままテーブルに膝をぶつける。そしてよろめき、今度はソファとともに後ろへと倒れこむ。その際、見えてしまったけど。色は……言わないでおこう。ただ、真姫って意外と清楚なんだな。もっと大人っぽくて大胆な色かと思ってたよ。
「痛いわねぇ、もう。アスが変なこと言うからでしょ!」
「俺のせい⁉︎」
「プッ……ふふ、ふふふ」
「笑わないで!」
ツボにはまったのか、花陽の笑いが止まらない。こんな風に花陽が笑うのは初めて見た気がする。いつものゆるふわな可愛さじゃなくて、普通の女の子の可愛さというか。俺はそれにしばらく見惚れていた。
「いつまで笑ってるのよ……」
ソファを直した真姫はそれに座ると紅茶を飲む。
「あ、真姫、それ俺の」
「ゔぇえ!不味い!何この紅茶⁉︎」
「いや、お前が入れたんだろ。というか、それ俺のカップなんだけど」
「えっ?」
徐々に徐々に真姫の顔が赤くなっていく。うわぁ、間接でそんな反応とか、初心だな。やっぱり真姫は清楚、うん。……俺も経験ないけど。
「間接キス、だね」
「ゔぇえ!口洗ってくる!」
花陽の指摘を受けて、真姫は慌ててリビングを飛び出した。何もそこまでしなくても。もしかして。
「なあ、花陽。俺って真姫に嫌われてるのかな?」
「うーん、違うと思うけど。でも、佐々木君って、結構鈍いんだね」
鈍い?そこまでマイペースだったか、俺?マイペース具合だったら花陽の方がそうだよなって思うのは俺だけ?
真姫がリビングに戻ってきたので、話を再開する。
「なあ、真姫。アイドルやらない?」
「はあ?いきなり何を言い出すのよ」
「西木野さん、歌うまいよね。私、放課後にいつも音楽室の近くに行って聴いてたんだ」
へえ。花陽も真姫の歌目当てで。って⁉︎
俺は花陽の肩を激しくつかみ、前後に揺さぶる。
「聴いたの⁉︎生で⁉︎」
「う、うん」
花陽の返答に脱力する。はぁ。何で俺はこんなに頑張って聴こうとしてるのに聴けないんだろう。
「いい歌詞だよね。愛し「ああああああ!その話はもういいから!それで?私がスクールアイドルをやるかやらないかって話でしょ?」う、うん」
無理やり花陽の言葉を遮る真姫。そこまでして俺に聞かせたくないのか。歌詞だぞ、歌詞。歌詞くらい聞かせてくれたっていいじゃん。
「まあいいや。そう、真姫がスクールアイドルをやるかどうかって話。どう?」
「どうって。先週も言ったわよね?私はやらないわよ。やらなくちゃいけな「勉強だろ。医学部に行くための」ゔぇえ!何で知ってるのよ!」
何でって言われても。親が病院を経営していて、その一人娘だって言われたら普通はそう考えるよな。
「まあいいわ。知ってるなら話は早いでしょ。私の音楽はもう終わり。もう終わったのよ」
そのように言う真姫の目を見る。俺や花陽ではなく、どこか虚空を見つめるその瞳は悲しげだった。本当は、終わらせたくないんじゃないのか?
「でも、西木野さんってμ'sの先輩たちにスカウトされたんだよね?」
え?何それ、初耳。おい、まさかまた俺を騙そうとしたのか?真姫とμ'sの三人、今回は園田先輩も含めて。そんなことされたら、俺は人間不信に陥っちゃうよ?
「そうだけど。でも、断ったわ」
「本当に⁉︎本当に断ったの⁉︎嘘じゃないよね⁉︎」
「え、ええ」
「良かったぁ」
また騙されてるのかと思ったよ。でも、これで安心だな。
「……佐々木君、そこ喜ぶところじゃないよね?」
「あ。……真姫!嘘だっと言ってくれ!嘘だと言ってよバーニィ!」
「嘘じゃないわよ。というか、バーニィって誰よ。……まあ、いいわ。とにかく、私はやらない。いい加減しつこいわよ?」
しつこい。今朝も聞いたその言葉が、深く突き刺さる。いや、だからなんだっていうんだ。しつこくたって、仮にそれで俺が嫌われたって。俺はまだ真姫の本音を聞いていない、そんな気がするのだ。だから何回でも聞く。
「本当は音楽を終わりにしたくはないんだろ?だから作曲も引き受けたんだよな?」
「それは……」
「真姫のやりたい事は何なんだ?それを教えて欲しい。やらなければいけない事じゃなくて、本当にやりたいこと」
黙り込む真姫。ほら、やっぱり。本当は音楽をやめたくないんだろう。部屋に置いてあるいくつものトロフィーや盾がそれを示している。これだけの賞、ただやるだけで取れるものじゃない。心から音楽を好いているという証拠なんだよ。
「別にアイドルをやれとは言わない。でも、聞かせてほしいんだ。真姫が何をやりたいのか。今すぐじゃなくていい。でも、いつかは」
一通り喋って喉が渇いた。俺はオレンジジュースを飲む。空になった。もう、一滴も残っていない。
「あ、そうだ。花陽もどう?」
そういえば、花陽はアイドルになるのが夢なんだっけっか。ついでに聞いておこう。
「そうよ。あなた、好きなんでしょ?やりたいならやりなさいよ」
真姫も言う。しかし真姫さんや。その言葉、そっくりそのままあなたに言いたいんですけど。いや、それともあれか?もしかしてアイドルをやる決心ができたということなのか?
「で、でも。私は……」
「まったく。いつまで渋ってるんだよ、花陽は。真姫もようやく素直になってアイドルやるって言ってるんだから。ついでに花陽もやろうぜ。それに花陽がやるって言えば、凛まで転がりこんでくるしな」
「ちょっと!待ちなさいよ!どうして私がやる前提なのよ!」
「え?やらないの?」
「やらないわよ!」
「え〜?やってくれよ、真姫〜。そうすればついでに花陽もやるかもしれないだろ?な、花、よ?」
それは一瞬だった。花陽の方を向いた俺は、しかし視界に花陽を捉えることはできなかった。かわりに見たのはリビングの天井。そして、背中にソファの縁が当たる感覚がした次の瞬間、
「あいたっ⁉︎」
頭から床に落ちた。首に鈍い痛みが走り、死ぬんじゃないかと一瞬だけ思う。痛む首を押さえながら顔を上げると、両手を突き出した花陽がいた。眼鏡の奥の瞳が濡れている。花陽が俺を突き飛ばしたのだと理解するのに、そう時間はかからなかった。
「花陽?」
「ご、ごめんなさい」
謝る花陽。わざとじゃなかったってか?いや、わざとじゃなくてどうやって座っている人を突き飛ばすのだ。じゃあ、突発的にやってしまったということか。でもなぜ?
「わ、私は私なんです。誰かのついでとか、セットとかじゃなくて。だから、その、えっと……。お、押しちゃってゴメンなさい!」
鞄を持って部屋から飛び出していった花陽。残された俺は真姫と顔を見合わせる。呆れた顔をした真姫は小さくため息を吐くと、
「アス。本気で花陽にスクールアイドルをやってほしいの?私のついでとかじゃなくて?」
思い出すのは先ほど見た花陽の笑顔。初めて見たそれは、今でも鮮明に思い出される。その笑顔はそれほどに魅力的で、もっと見たいと思えた。
「俺は。俺は、花陽をスクールアイドルに迎えたい。真姫のついでじゃなくて。凛を呼び込むためでもなくて。ただ花陽にアイドルをやってほしいから。彼女の笑顔に魅せられたから!」
鞄を持って立ち上がる。塩入りの紅茶を飲む。しょっぱいけど、我慢。これは俺の花陽に対する無意識の罪の罰だ。
「ごめん、真姫。また明日!」
真姫の家から飛び出す。まだ花陽はそう遠くへは行ってないはず。だったらまだ間に合うはずだ。いや、間に合ってみせる。探し出してみせる、彼女を。