365日の魔法 作:アンパン食べたい
住宅街の中の小さな公園。そのベンチに俺は一人で腰掛けていた。
公園内では四人の子供が鬼ごっこをしていた。鬼になった子が必死に他の子を追いかけるも、鬼が四人の中で一番足が遅いのか、なかなか捕まらない。
みんなに逃げられる。まるで自分を見ているようだ。
朝、凛に逃げられた。彼女にしつこく迫りすぎたみたいだ。俺は花陽から友達がアイドルになりたがっていると聞いたからてっきり凛のことかと思ったんだが、違ったみたいだ。花陽の言っていた俺が鈍いというのは、少しは当たってるのかもしれない。
花陽。俺は彼女を無意識のうちに傷つけていたようだ。いや、無意識なんて言葉で自分を少しでも保護するなんて卑怯だな。花陽がアイドル好きなのをいいことに、凛や真姫の勧誘にそのことを利用しようとしてしまった。これは、花陽のアイドルになりたいという気持ちを踏みにじってしまったに等しいのだから。
最後に真姫。彼女の場合は、どちらかといえば俺が逃げたのだろう。諦めた、というのが適切か。自分の足では到底追いつけない、高嶺の花。中途半端に追いかけた後はもう放っておく。向こうがおれてわざと捕まるのを待って。
やがて、鬼役だった子供が疲れたのかブランコに座る。ふっ、本当に俺みたいだ。こうして三人の誰も捕まえることができず、挙げ句の果てには先に真姫の家を出た花陽に追いつくこともできず、公園のベンチに座っている、俺に。
その様子を見ているのが少し辛くなり、目を閉じる。耳だけが、子供たちの鬼ごっこの様子をとらえる。どうやら、鬼にちょっかいを出している子が一人いるみたいで、「こっち来いよ!」とか、「ほらぁ、タッチしてごらん!」とか言っている。いるよな、そういう調子に乗るやつ。
「だーれかにゃ?」
例えば、こんなやつ。学校で人のことを避けていたくせにちょっかいをかけてくる。何の用だよ。
「凛だろ。俺の知人に"にゃ"とか言う奴他にいない」
「正解!さっすがアスにゃん!今日も推理が冴えてるにゃ〜」
バカにしてんだろ。俺の目を覆う凛の手を解いて後ろを振り返ると、凛が左肩に学校の鞄、右肩にどっかの店の紙袋をかけて立っていた。ああ、その流れですか。
「ほら、持つよ」
「え、いいの?」
「どうせ俺に荷物持ちさせるつもりで話しかけてきたんだろ?」
凛の鞄と紙袋を持つ。ただ、凛は目を丸くしていた。何だ?俺がそんなこともわからないほど鈍感だとでも思ってたのか?相変わらず失礼な奴だな。……もしかして違う?
「あ、ありがと」
「どういたしまして。さ、帰ろうぜ」
二人で並んで歩く。互いに今朝のことがあったからか、何も喋らない。気まずいな、何か話そう。
「これ、何買ったの?洋服店の紙袋だよね?」
「別にアスにゃんは知らなくていいにゃ」
「ふーん。ま、そうだよな」
と、凛が立ち止まる。彼女の方を振り向くと、口をぽかんと開けて呆然としていた。どうしたんだ?
「な、なんかアスにゃんがしつこくない。明日は雪かにゃ?」
「何だよそれ。俺はいつだってしつこくなんかないよ」
「えー⁉︎今朝はすっごいしつこかったよ?」
「だってそれは花陽が」
一度荷物を下に置き、花陽の真似をする。こう、指先を合わして、
「こうやって、『私の友達がやりたいらしくて……』って。花陽の友達っていったら、まず最初に凛が思いつくだろ?だからだよ」
「かよちんそうやってたの?それってかよちんが嘘をつく時の癖だよ?」
「……はい?」
え、それってマジですか?つまり、俺は真姫に続いて花陽にも騙されていたということ……?そんなぁ、って何で凛は知ってるんだ?ああ、幼馴染みだからか。たしかに昔っから一緒に過ごしていたのなら、そういうことはわかるのだろう。ずっと一緒に、な。
「えっと、つまり花陽は自分がやりたかったのを、言いたくなかったから友達がやりたいんだと嘘をついたってことでいいんだな?」
「うん、たぶんそうじゃないかにゃ〜」
飛鳥くん、ショックです。まさかあの花陽にも嘘をつかれていたなんて。いや、彼女は騙すつもりではなかったのだろうけど。……なかったよね?
「なんか俺、嘘つかれてばかりだな。まず真姫、次に花陽。……なあ、凛。お前もついてるのか?」
「まさか〜」
ニヤっと笑うと俺より先にどんどん歩いていく凛。それ自体嘘なんじゃないか?どうしよう、何も信じられなくなってきたぞ。本当に人間不信に陥りそうだ。
俺は下ろしていた荷物を持って凛を追いかける。
「待ってよ凛!」
「鬼ごっこ?いいね!」
俺が追いかけると逃げる凛。凛の荷物を俺が持っているからか、その差はどんどん広がっていく。相変わらず足が速いのな。
ついには凛の姿が見えなくなり、辺りも暗くなる。俺は電柱にもたれかかった。下手に動くと迷子になりそうだ。というか、凛の家がどこかを知らないわけだし。凛が戻ってくるのを待つしかないわけだ。
持っている荷物を下に置く。俺と凛の鞄に、紙袋。……やっぱり気になるんだよなぁ、凛が何を買ったのか。
「悪い、凛。拝見します」
この場にいない凛に断りを入れてから袋を開ける。中に入っていたのは。
「……そっか」
ゆっくりと紙袋を閉じる。つまりは、凛はやっぱり女の子なんだ。どれだけ女子っぽくないと言われようとも、どれだけ口では自分は女の子っぽくないと言っても。いや、むしろ凛はそのことに関して他の人よりずっと気にしている。そういえば、鎌倉でも叩かれた。
それに、これに憧れがあるということはもしかしたらスクールアイドルもーー
「アスにゃん、遅いよ!」
凛が戻ってきた。
「ごめん」
「まったくもう。しっかりするにゃ。高1になってまで迷子とか笑えないよ?」
凛は「もう近くだから」と自分の鞄と紙袋を持つ。俺は勝手に中身を見てしまったんだな。今さらながら罪悪感。もう遅いけど。
「アスにゃん?」
なかなか歩き出さない俺の方を凛が振り向く。罪は償わないとな。でも、どうやって?
もし、凛が本当にアイドルをやりたいなら。アイドルのような女の子っぽいことに憧れているなら。でも、凛の自分を卑下する気持ちがその本音を無理やり閉じ込めているなら。それを引き出すことで、俺の贖罪になるのでは?
勝手なことかもしれない。エゴかもしれない。いや、むしろエゴの塊だ。これは彼女にμ'sに入ってもらいたいという俺の願望なのだから。でも、矛盾するのだ。凛が本当に自分にはスカートは似合わないと思っていると仮定したのなら、その紙袋の中身が。つまり、凛はスカートを履いてみたいのだろう。背理法。わざわざ俺を叩いてまで起こしてくれた担任の先生には感謝しないとな。
「なあ、凛。本当はスクールアイドルをやりたいんじゃないのか?」
「またアイドルの話?言ったよね、凛にそんなの似合わないって。それにほら、昔スカートが似合わないって」
「それは凛が思ってることじゃないだろ?あくまで言われたことだ。それに凛はスカートを履きたいと思ってる。その紙袋が何よりの証拠だ」
「……見たの?」
「ごめん。でも、それでわかったんだよ。凛は女の子っぽくなりたいって思ってるって」
凛は俺に背を向けて歩き出す。俺はそれを追いかける。今度は逃がさない。絶対に。
「別にアイドルは髪が長くないといけないなんて決まりはない。むしろ、凛くらい短い方が可愛いっでも思う人もたくさんいるだろうし!運動が得意なのだって、ダンスが上手くなる素質があるってことだろ?」
「でも凛は可愛くないし」
「いや、可愛いね!猫みたいに気まぐれなところとか、ちょっと困った時に明後日の方向を見るところとか!何より凛といると楽しいんだよ!日常の何気ないちょっとしたことが、凛がいるだけで笑えちゃうものになるんだ。沈んでる気分の時でも凛が笑ってるのを見ると、そんな気持ちはどっかに飛んでくんだ。今日だって凛と話す前まで俺は落ち込んでたんだ!」
凛はある家の前で止まる。表札には星空。ここが凛の家なのか。もう残された時間は少ない。というより、凛がいつ話を終わらせるかの決定権を持っているということだ。つまり、いまだに俺の話に耳を傾ける彼女は、本当はアイドルをやりたいのではないのか?
「でも、凛みたいな子は他にもいるよね?」
「いないよ。凛みたいに"にゃ〜"なんて言う奴、他にいないね。でも、それだけじゃない。凛はいつまでたっても俺のオンリーワン何だよ。だって俺にできた最初の友達なんだから!」
凛はもはや何も返さない。俺のしつこさに呆れているのか、もしくは。いや、どっちだって構わない。俺が言いたいことはただ一つ。
「本当はアイドルをやりたいんじゃないのか?凛だけじゃない。花陽も真姫もだ。みんな嘘ついて、本当の気持ちを隠してるんじゃないのか?でも悪いけどその隠し事は長くは続かないぞ。だって」
頭に浮かぶのは数人の先輩。俺や高坂先輩、南先輩で園田先輩についた嘘はばれた。俺がμ'sの三人についた嘘、それは嘘をついた張本人が耐えられなくなった。あの先輩が言っていたように、嘘で作られたものはすぐに壊れた。
「嘘は脆くて儚い。いかに巧妙に作り上げても、それはちょっとした拍子ですぐに崩れる」
凛に一歩近づき、手を差し伸べる。
「アイドルにならないか?」
俺の手を見つめる凛。ゆっくりと、自分の手をそこに伸ばしてーー
「あ、また明日!」
俺の後ろを見て、急に手を引っ込める。そして玄関を開けると入っていった。……あれ?どう考えても、凛がアイドルになる流れだったよな?なぜ彼女は途中で手を引っ込めたんだ?
ピタッと誰かが俺の目を手で隠す。そして、耳元で囁かれる甘〜い声。
「だ〜れだ?」
そうか、凛はこの人の姿を見て躊躇ったのか。普段ならこの人に本気で怒ることなどないのだろうが、今の俺は機嫌が悪い。たぶん脳トロボイスで脳の一部が溶けてしまったからだろう。違うか?違うな。
「空気よんでくださいよ、南先輩!」