365日の魔法   作:アンパン食べたい

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その少女は星空の下で

「ごめんね、アスちゃん」

 南先輩と二人で歩いていると、彼女が腕に抱きついてくる。ちょっと、先輩。あなたそれなりに大きいんですから、やめてくださいよ。どことは明言しないけど。

「ごめんね、アスちゃん。じゃあ、許してくれたらアスちゃんが練習をサボって女の子とデートしてたことをみんなには内緒にするから!」

「いや、待ってください!俺は凛と付き合ってません!デートだってしてません!」

 いきなり何を言い出すんだ、この先輩は。そういえば、以前も真姫のことでそういうことがあったな。南先輩、危険すぎる。

「あれぇ?でもさっき告白してたよね?『俺のアイドルにならないか?』って」

「違いますよね?俺は『アイドルにならないか?』って……あれ?」

 ちょっと待った。このセリフでもなかなか危ういような?それによくよく考えてみると何を言ってたんだ、俺は。オンリーワン?凛と一緒にいると楽しい?……告白だな、これ。今から思うと相当恥ずかしいセリフを吐いていたような気がする。またつまらぬ黒歴史を作ってしまった……。

「許します。許しますから園田先輩と高坂先輩には絶対に言わないでください」

 ふふっ、と笑う南先輩。やばい、この先輩怖すぎる。俺が彼女に逆らえる日は来るのか?いや、来ない。……来ないのか。

「それにしても、海未ちゃんは大変だね……。西木野さんに続いてあのショートカットの子もなら、もしかして花陽ちゃんも……?」

「何をブツブツ呟いてるんですか?」

「ぴゃいっ⁉︎な、何でもないよー、あははは〜」

 気になるけど、深くはつっこまない方がいいだろう。女の子にはいろいろあるわけだし、女の子じゃなくても隠したいことの一つや二つはあるもんだ。だから俺は南先輩のご機嫌を取らないといけないわけだし。

「ところで南先輩。俺たちは今どこに向かって歩いてるんですかね?南先輩の家ではなさそうなんですが」

「それは……じゃーん!ここでした〜」

 南先輩が指差す建物。木でできた看板に達筆で『穂むら』と書いてある。え、穂むら?

「すみません、帰ります」

「ダメだよ、アスちゃん!」

 南先輩が俺の腕を掴んで引き留める。だって!怖いんだもん!どうせ南先輩がここに来たということは園田先輩だっているんでしょ?今日

 は練習に参加しなかった手前、どんな顔をして会えばいいのかわからない。それなのに穂むらに入ろうとするなんてまさに飛んで火に入る夏の虫じゃないか!

「……海未ちゃんにさっきのこと言っちゃうけどいいの?」

「うっ……」

 逃げても、園田先輩に怒られる。かといって、中に入っても園田先輩に怒られる。こういうのを前門の虎、後門の狼と言うんだな。今回の場合はどっちも園田先輩だけど。

「……わかりました。中に入りますよ」

 逃げた場合は俺が凛と付き合っているとかいないとかという余計な副産物まであるからな、ここは正面から突っ込もうではないか。

「お邪魔します」

「あら、飛鳥君。昨日ぶりね」

 今日もレジのカウンターで団子を食べている高坂先輩のお母さん。そんなに食べてて太らないのか?うちの母親なんて素朴に暮らそう!とかなんとかいってろくに食事すら出しやしない。あ、ただ貧乏なだけか。

「こんばんは〜」

「ことりちゃんも来たのね。穂乃果と海未ちゃんなら上にいるから」

 階段に向かうと、後ろから高坂先輩のお母さんが追いかけてくる。その手には饅頭の載ったお盆。

「はい、これ。穂むら名物穂むらまんじゅう、通称ほむまん。穂乃果にいくつか持たせたんだけど、たぶんもう食べ終わっちゃってるだろうから」

「あ、ありがとうございます」

 美味しそうな饅頭だな。実際美味しくて、ダイエットしたい人もパクパク食べてしまうに違いない。そしてリバウンドするんだ。まさにまんじゅうこわい。俺も苦手なものは饅頭にしておこうかな。誰かが嫌がらせにくれたりするかもしれないし。

 その時、上の階から悲鳴が聞こえた。

「だ、誰か助けてー!」

「花陽⁉︎南先輩、これ持っててください!」

「アスちゃん?」

 南先輩にほむまんの載ったお盆を渡して俺は階段を駆け上がる。どうしてここに花陽がいるのかはわからないが、助けを求めている。何かえらい目に遭っているみたいなのだ。急がなくては。

 二階に上がるとドアが二つ。……あれ、どっち?花陽は雪穂ちゃんの部屋か、高坂先輩の部屋か。

「ああ、めんどくさい!手前から!」

 考えてる時間などない。とりあえず手前の雪穂ちゃんの部屋からだ。引き戸の取っ手に手をかけて、開ける。

「花陽!」

「わああ⁉︎佐々木さん⁉︎」

「失礼しましたっ!」バンッ!

 戸を思いっきり閉める。俺は何も見ていない、見ていない。別に思春期の女の子なんて見ていない。バスタオル一枚で顔パックをつけ、必死に胸を寄せようとしていた女の子なんて見ていない。雪穂ちゃん?勉強でもしてたんじゃないかな〜、受験生だし。

「いいなぁ、花陽ちゃん!海未ちゃんなんて見てごらんよ!」

「な⁉︎穂乃果、いい加減にしてください!」

「でもでも〜、海未ちゃんだって知りたいよね?どうしたらこうなるのか。アスちゃんだってこっちの方がいいと思うけどなぁ〜」

「それは……。小泉さん、教えていただけないでしょうか」

「ええ⁉︎教えるって……」

 はっ⁉︎そうだった、花陽がピンチなんだった。高坂先輩と園田先輩に何かをされているらしい。急いで高坂先輩の部屋の戸を開ける。

「花陽!大丈夫、か……?」

 そこに広がっていたのは桃源郷、じゃなくて。高坂先輩に羽交締めにされている花陽。なぜか制服がはだけてその、うん。見えてしまっている。

 と、その視界はすぐに遮られた。俺の目の前で揺れるのは黒髪。園田先輩ですね、はい。

「飛鳥、覚悟!」

 俺は目を瞑る。神様、俺が何かしたでしょうか。

 

 

 

「だ、大丈夫?」

「痛たた……。花陽?」

 目がさめると、鼻が痛い。しかも何かが鼻に詰め込まれている。触ってみるとティッシュのようだ。鼻血でも出したのか?

「その、先輩に顔を殴られてたけど」

 心配そうに俺を覗き込む花陽。あ、そうだ。せっかく花陽に会えたんだから。

「俺は大丈夫だよ。それより、ごめんな」

「えっ?」

「いや、ほら。その見ちゃったし。それに真姫の家でも」

「ちょっと待ってください」

 と、園田先輩が話に入ってくる。

「真姫の家?西木野さんのことですよね?説明してもらいましょうか、飛鳥」

「えっと、これは、その……」

 ま、まずい。やってしまった。今日は放課後の練習に参加していない。それなのに真姫の家に行っていたとは、明らかにサボりである。あれ?俺って今日真姫の家に行ったって言ったっけ?別に今日とは言ってないよね?じゃあ何で園田先輩はこんな冷たい視線を俺に送るんだ?

「飛鳥、見損ないました。貴方は複数の女子とら、ら、乱交するような男だったのですね!」

「ら⁉︎ちょっと!ちょっと待ってください⁉︎園田先輩、何かがおかしいです!」

「言語道断です!」

 園田先輩は自分の鞄の中から何やらノートを取り出して構える。あ、その角で叩こうって魂胆か。痛いよね、結構。ってのんきに考えている場合じゃない!

 それが振り下ろされる、その瞬間。

「あの!」

「花陽?」

 声を出したのは花陽だった。

「佐々木君は、別にそんな人じゃない、です」

 静まり返る部屋。全員が無言で花陽を見ていたためか、次第に花陽が俯いていく。彼女なりに勇気を出したのだろう。話したことのほとんどない先輩。しかも自分が憧れるアイドル。それに反対意見を述べるのは、きっとすごい勇気が必要だったはずだ。たとえその話題が今回のようなくだらないことだったとしても。

 息がつまるような沈黙を破ったのは高坂先輩の笑い声。花陽から急に笑い出した彼女へと数人ながらも視線が移る。

「やだなぁ、花陽ちゃん!海未ちゃんが本気でそんなこと思ってるわけないよ!あくまで冗談だよ冗談!ね、海未ちゃん?」

「え?……えっと、はい、そうです」

「いや、今のは確実に本気で、むぐっ⁉︎」

 誰かに後ろから口を塞がれる。いや、まあ視界に高坂先輩、園田先輩、花陽がいるから南先輩以外にありえないんだけども。

「アスちゃんは少し静かにしててね?」

「まあ、そういうことだからね。わかってもらえたかな、花陽ちゃん?」

「は、はい……」

 花陽は頷いてみせるも、まだ不安そうに園田先輩を見る。ほら、花陽だって怪しいと思ってるじゃん。

「はい、この話は終わり!あ、ことりちゃん、パソコン持ってきてくれた?」

「うん!」

 俺の口から手を離した南先輩は鞄からノートパソコンを取り出す。うわーお、最新型。俺の中古とは大違いだ。

 机の上のほむまんの載ったお盆を二つ、花陽が持ち上げる。あ、結局食べてなかったんだね、ほむまん。

「俺が持つよ」

「ありがとう」

 凛によって鍛え上げられた、俺が持つよスキル。熟練度はそれなりに高い。ついでに言うとこれからもガンガン上がっていくと思われる。上がらなくていいのに。

「たしかここに……あった!ほら、これ!」

 パソコンの前にみんなが集まる。みんなが集まったのを確認してから南先輩が動画を再生する。それは、昨日見た動画だった。

「誰が撮ってくれたのかな?」

「すごい再生数ですね」

「あ、ここ!きれいにいったよね!」

「それたぶんせーー」

 言いかけて止まる。まだそうと決まったわけではない。だったら言わない方が良いだろう。

「アスちゃんどうかしたの?」

「いや、何でもないです」

「ふーん。あ、花陽ちゃん、そこじゃ見えないよね?」

 高坂先輩が花陽に声をかける。けれど、反応はない。振り向くと、俺やμ'sの先輩たちの隙間からパソコンを覗き見ている花陽がいた。その目は真剣そのもの。

 俺と先輩たちは顔を見合わせる。高坂先輩が頷く。方針は決まった。

「(アスちゃんが声をかけなよ)」

「(何で俺なんですか、園田先輩でいいじゃないですか)」

「(なぜ私が?)」

「(そんなの花陽が警戒している相手だからに決まってるでしょう?)」

「(……後で覚えておいてくださいね?)」

 園田先輩に睨まれた。俺は事実を述べただけなのに。

「小泉さん!」

「は、はい!」

 ほら、やっぱり反応した。ドヤ顔で園田先輩を見ると、腕を抓られた。痛い。

「本気でアイドル、やってみない?」

 

 

 

「やりたいと思ったらやってみる、そうだよね……」

 都会だというのに、星が輝く夜空。静まり返った住宅街に響くのは、時々どこかの家から聞こえてくる笑い声と俺らの歩く足音だけ。その中で、花陽が呟く。

「そうだな。自分がやりたいと思ったことに素直に従う。大切なことだよな。まあ、みんながみんな、そんなに素直になれるわけではないんだけどね」

 あの電信柱の脇を通る。今は凛の鞄のかわりに花陽の鞄、紙袋のかわりにほむまんが大量に入ったビニール袋をぶら下げて。やっぱり幼馴染みって家の方向が同じもんなんだな。あれ?でもμ'sの先輩たちってそこまで近くもない?

「先輩たちの言った通り、スクールアイドルは向いてなくたってやれるからな」

 先ほど、高坂先輩の部屋で。μ'sの三人による花陽の説得には驚かされた。事前に細かく打ち合わせたわけでもないのに、あそこまで息が合っていて。それでいて、ちゃんと納得できるように話の展開を持っていく。俺なんてまだまだだな。論理的に、根拠を持ってなどと考えるものの、すぐに感情的になってしまう時があるからな。

「三人とも幼馴染みなんだよね?とっても仲が良いんだね」

「花陽と凛も、な」

 本当に、凛といる花陽は楽しそうだし、それは逆も然り。でも。

「なあ、花陽。花陽は言ったよな、誰かのついでやセットじゃなくて、自分は自分だって」

「うん」

「だったら、いつまでも凛に引っ張られてたらダメだ。そのままだといつまでたっても、花陽は"凛といつも一緒にいる子"なんだよ」

 μ'sの三人の先輩たちは、高坂先輩が他の二人を引っ張っている。それでも、園田先輩と南先輩は高坂先輩の取り巻きでもなんでもない。それぞれがそれぞれなんだ。例えば、園田先輩は武道に励んでいるし、南先輩はメイド喫茶で伝説のメイドになっている。アイドル活動に関して言うならば、園田先輩は作詞を担当しているし、南先輩は衣装を作っている。

「花陽はアイドルが好きなんだろ?なら、凛を巻き込むくらいにそれを極めてみるとかさ。そうすれば、花陽は花陽だ。全部が全部、凛の後を追いかけているんじゃあ、それは凛とセットにされても仕方ないよ」

「……うん、わかった!私、頑張ってみる!」

「そっか。じゃあ応援するよ、花陽。俺にはそれくらいしかできないからな」

 だから俺はそれに全力で取り組む。世界でただ一人の俺になるために。……といっても、俺にはもうすでに音ノ木坂学院のテスト生っていう唯一無二の肩書きがあるんだけども。

「ありがとう、佐々木君!あ、私の家、ここだから」

「へえ〜。やっぱり凛と近いんだな」

「うん、そうなんだ、ってえええ⁉︎何で佐々木君が凛ちゃんの家を知ってるの⁉︎」

 あちゃー。また余計なことを言っちゃったな。口は災いのもと、もう少し気をつけないと。

「ちょっと、うん。ワケありで」

「も、もしかして付き合ってる⁉︎」

「付き合ってないから!」

「そ、そうなんだ。よかった……」

 よかった?何で俺が凛と付き合ってないと良いんだ?……あ、もしかしてあれか。凛が自分よりも先に誰かと付き合うっていうのが悔しかったんだな?わかるよ、その気持ち。自分がまだ誰がと付き合ったことがないのに知り合いが付き合ってるとイラッとくるやつだよね。そういう時は。

「せーの、リア充爆発しろー!」

「え?ど、どうしたの?」

 戸惑う花陽。あれ、違うの?

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