365日の魔法 作:アンパン食べたい
「はい、そこまで」
金曜日。現代文の授業。現代文担当のふくよかで優しそうなおばさん先生(俺はふくちゃん先生と呼んでいる)が生徒に教科書の音読をさせている。
俺は窓から外を眺めていた。花陽や凛、真姫は、アイドルをやるのだろうか。それだけが気になっていた。授業の内容なんてちっとも頭に入らない。それでも成績は上の下なんだけどね。密かな自慢である。……自慢にならない?
「それじゃあ次、小泉さん」
「は、はい」
花陽が指名された。彼女の名前が出たことに俺は意識が授業へと戻される。椅子から立ち上がった彼女は音読を始める。
「遠い山から、この一文が示すヨシロウの気持ちは、い、いったい何d、ぁ……」
花陽がかんだ。そしてそれをクラスメイトたちは笑う。別にどこの学校の、どの授業にもありそうな光景。でも。
「はい、そこまで」
視線を窓から廊下の方へと移し、花陽を見る。俯いたまま座っている彼女の顔は見えない。ただ、想像はつく。俺だって経験者である。入学式の日の自己紹介は恥ずかしかった。だからこそ、わかるのだ。いや、わかってしまうのだ。彼女がまた迷い始めていることに。
「どうすっかなぁ……」
μ'sのメンバー増加にはもう少し時間がかかるかもしれない。
「真姫、ちょっといい?」
現在はホームルームが終わって放課後。多くの生徒はすでに部活へ入部しており、それぞれが自分の部活の活動場所へと向かう。そんな中、今日も音楽室へ行こうとしていた真姫を呼び止める。
「私?別にいいけど」
廊下の壁に寄り掛かる真姫。俺はその隣に寄り掛かる。どうしようか。呼び止めたはいいものの、何も話す内容を考えていない。とりあえず、時間を稼ぐか。
「なあ。スクールアイドルの件、考えてくれたか?」
「……まだよ」
呆気なく会話が途切れる。ダメだ、こりゃ。もう回り道なんてしてられないか。ストレートに聞こう、うん。ど真ん中、直球。
「今日、現代文で。花陽の心情の変化を100字以内で説明してくれ」
「何?現代文の問題?」
しまった、暴投したみたい。もう一度ボールを握り直して、今度こそ。
「いや、ごめん。少し緊張してて。えっと、だから花陽が今何を思っているのか、わかる?」
隣からの返球はない。ちらりと彼女の方を一瞥すると、顎に手を当てて考える仕草をしていた。その綺麗な容姿に少しドキッとする。
「そうね。たぶん、自分に対する自信を失ってしまったんじゃないかしら。噛んだ後、同じ箇所を次の人が読んだでしょ?相当傷つくことだと思うわ」
「やっぱりそうだよなぁ」
参ったな。せっかく昨日までの感じだと花陽はスクールアイドルをやってくれそうだったのに。あのふくちゃん先生、許すまじ。優しそうな顔して実は腹黒いとは、なんて下s、嘘です冗談です。だから真姫、その先生に言いつけるわよ的な目をやめろ。そして人の心を読むのもやめろ。
「花陽にスクールアイドルをやってほしいのよね?」
「え?あ、うん」
「だったら、私が何とかしてみる。できるかどうかはわからないけど。
「真姫が?」
何とかするってどうするんだ?というより、そんな方法を知っていたのならもっと早く教えて欲しかったなぁ。俺が無駄に悩みまくる前に。
「要は、人前で歌ったり踊ったりすることに恥じらいを感じなくなればいいのよ。小泉さんはもともとアイドルは好きなわけだし」
「よく考えてるんだな、花陽のこと」
「べ、別に!私はただ、たまたま今日の現代文の授業で小泉さんが落ち込むのを見ただけだから!」
「ふふっ、じゃあそういうことにしておこうかな」
「しておこうとかじゃなくて、そうなの!」
こうして真姫をからかっているのって楽しいな。ただ、その時間はもうすぐ終わってしまう。真姫の後ろからこちらに近づいてくる人影を見て俺はそう思う。
「さ、そうと決まったら早く花陽に会いに行きましょ」
「ごめん、真姫。俺は行けそうにない」
「えっ?」
俺が真姫ではなくてその後ろを見ているのに気が付いたのか、彼女は振り返った。
「そうね。佐々木君、貴方には少し生徒会室に来てもらう必要がありそうなのよね」
金髪のポニーテール。スラリとした長身の生徒会長がそこに立っていた。腰に手を当てたポーズがやけに似合っている。大人だな。
「……生徒会長」
ポツリと真姫が呟く。彼女と生徒会長は一度会ったことがあったよな、たしか。
「まあ、そういうことだから。花陽はよろしくな、真姫」
真姫に睨まれる。かなりご機嫌斜めな顔をされている。本当に悪いって思ってるんだって。だからそんな怒らないでください、怖いです。
生徒会室に向かって歩き始めた生徒会長の後ろをついていく。しばらく歩いたところで生徒会長が口を開いた。
「あなたも大変ね」
「何がです?あ、もしかして真姫の扱いですか?めちゃくちゃ大変ですよ。意味わからないタイミングで不機嫌になりますし」
「……ごめん、あなたよりその真姫さんの方が大変そうだわ」
俺が面倒な人間ってこと?なんで?
「失礼します」
生徒会室に生徒会長に続いて入る。中には東條先輩がいた。いや、彼女しかいなかった。そういえば、生徒会って二人でやってるの?他の人を見かけたことがないんだけど。
彼女は操作していたスマホをしまうと、俺に手を振る。
「今朝ぶりやな、佐々木君」
「ええ、そうですね」
「今朝?どういうこと、希?」
「ほら、ウチは神田明神でバイトしてるやろ?そこでμ'sは練習してるんよ」
「ああ、そういうこと」
俺は生徒会長に促された席に座り、生徒会長はホワイトボードの前の中心の席に座る。東條先輩は窓際に立ったまま。こうしてみると俺が事情聴取を受けているみたいだ。
「まずはレポートを提出してくれるかしら」
「はい」
椅子の隣に置いておいた鞄からレポート用紙を取り出す。半分以上が白紙のそれに生徒会長は眉をひそめる。
「あなた、本気でそれを提出するつもり?本校の廃校に対して危機感はないの?」
「まあまあ、えりち。佐々木君だってわざとやってるわけやないやろ?一週間に一回なんて、そんなに書くことはないと思うなぁ〜」
「そうだそう、いえ、なんでもありません。自分ももっとちゃんとしたレポートを書けるよう、精進します」
相槌を打とうとしたら生徒会長に睨まれた。この学校では言論の自由は認められないのか⁉︎というより、2、3行でいいって生徒会長がおっしゃいましたよね?俺の記憶が間違っているの?
「まあ、今日のところはこれで良しとします」
「……どうもありがとうございます」
正直に言えば納得はできないが、ここはおとなしく身を引いてやろう。先輩に聞きたいこともあるし。
「あの、一つ聞いてもいいですか?」
「どうぞ」
俺はポケットからスマホを取り出す。画面を表示すると園田先輩や高坂先輩から大量のメールが届いていて、いや、俺は何も見ていない。見ていないよ。……一言断りを入れておくべきだったな。後が怖い。
ネットで例の動画を探し出し、それを再生するとスマホを机の上に置く。
「これを撮影したのは生徒会長ですか?」
「ええ、そうね」
「投稿したのも?」
「私だわ」
やはり彼女だったのか。それは予想通りだったわけだ。でも、いったい何のために?わからない。彼女はμ'sを認めていなかったのではないのか?そんな人が普通はμ'sの動画をライブ映像を撮影して投稿するのか?わからない。
ただ、この動画のおかげでμ'sの人気が上がったのは事実である。それはお礼を言った方がいいだろう。
「ありがとうございます。おかげで」
「違うわ」
「えっ?」
違う?しかしこれをネットにあげたのは自分だとさっきは言っていた。何が違うんだ?
「私がお礼を言われるのは筋違いよ。私はいかにμ'sのレベルが低いか、世間から見向きされないかを知らしめようとしてやったの。まあ、結果は逆になっちゃったけど」
「本気で言ってるんですか?」
正気か?この生徒会長は自分の学校の生徒の醜態を晒そうとしたというのか?いや、これは醜態なんかではないのだが。現に動画の再生数は多いし、応援のコメントもたくさんある。ただ、問題はそこじゃない。この生徒会長は悪意を持ってこれを行った、そこが問題なのだ。
「次の話に行きましょう」
「質問に答えてくださいよ!」
生徒会長を睨む。三年生を睨むというのは少し緊張するが、睨み続ける。すると、生徒会長は観念したかのように小さくため息をついた。
「……本気よ」
「あなたは馬鹿ですか⁉︎百歩、いや万歩計カンストまで譲ってμ'sの先輩たちのライブが低評価を受けるようなレベルだったとしましょう。でもですよ⁉︎それをネットにあげる、世間にさらすということはあなたは音ノ木坂学院の評価を下げようとしたということですよね?廃校を阻止したいんじゃなかったんですか⁉︎」
言ってることと行動が矛盾しているじゃないか。それとも生徒会長はそこまで強く廃校を阻止しようと思っていないのか?
「言いたいことはそれで終わり?」
「あなたねぇ!」
思わず椅子から立ち上がった俺の肩に手が置かれる。東條先輩だ。
「そこまでにしとき。過ぎたことでいつまでも口論してたら、先には進めへんよ」
「でも」
「今は!もっと大事なことがある。違う?」
大事なこと。それはたぶん、花陽たちのことだろう。いや、もしかしたらμ'sの先輩のことかもしれない。だってほら、命は大事でしょ?うん、たしかにこんなことで議論して時間をいたずらに過ごすのは良くない。俺の命が危険に晒される。
「わかりました。じゃあ次の話をお願いします」
「あなた、μ'sのマネージャー(仮)よね?」
「え、えっと。仮はいらないです」
「あら、そう」
しまった。黒歴史がこんな所に残っていた。今すぐに忘れてもらおう、そうしよう。
「生徒会長。そのことに関しては直ちに忘れてください」
「まあまあ佐々木君。それは後にしようや」
東條先輩が肩を揉んでくる。その顔はすごいニヤニヤしている。うん、今なら先輩の思考を読み取れる。『そんな面白そうな話、簡単に忘れさせないで〜』って感じだな。……この黒歴史、消せるのだろうか?黒歴史クリーナーでも消せなそうだ。使ったことないけど。
「じゃあマネージャーさん。あなたたち、屋上で練習をしているようだけど、使用許可は取っているの?」
「え?使用許可?必要なんですか?」
「当たり前じゃない。どこに屋上を開放している学校があるのよ」
そ、そうだったの?いや、なら鍵をかけておけばいいじゃん?なぜに開けっ放しなのだ。
「それについては問題ないよ、えりち」
「希?」
東條先輩が胸ポケットから紙を一枚取り出す。複数の印鑑が押されているその紙は気のせいかな、元俺の所持品だと思われる。
「佐々木飛鳥、彼はアイドル研究部の部員や。その部員がアイドル研究のためにスクールアイドルであるμ'sの練習場所として屋上の使用許可を顧問に申請。無事、μ'sは屋上で佐々木君がアイドル研究をするために、屋上で練習できる」
東條先輩がヒラヒラと振る紙。それは俺の風で飛ばされた入部届。なぜ先輩が持っているのだ?
「希、どうして彼や彼女たちの肩を持つの?」
「東條先輩、なぜその紙を持ってるんです?」
「ふふっ、不思議やろ?今から説明するから、ドアの前で待機してもらってる部長さんに入ってもらおうかな」
東條先輩はドアに近づいてそれを開ける。その向こうに立っていたのは背の低い黒髪ツインテールの三年生、
「長い間待たせてごめんな、にこっち」