365日の魔法 作:アンパン食べたい
「本当よ、まったく!このにこを何分も外で待たせるなんて!っていうか、どういうことよ⁉︎何でこのテスト生がアイドル研究部の部員なわけ⁉︎私はそんなの認めた覚えはないわよ!」
それは俺も教えてほしい。その入部届には三つの印鑑が必要だ。本人の印、顧問の印、そして部長の印。この先輩が印を押したとは到底思えないのだが。
「説明して、希」
「えりち、そんな怖い顔せんといて?そうやな、まずは佐々木君がアイドル研究部に入部届を持って行った」
たしかに行った。しかしその時に入部届をアイドル研究部の部長さんに投げ捨てられたのだ。そしてそれは風に飛ばされたのか見当たらなかった。まさか東條先輩が拾ったとか?いや、そんな偶然はないだろう。彼女の自信満々な表情からは全て彼女が仕組んだ事だと考えられる。つまり、そんな偶然が起きたわけではないのだ。ではどうやって?
「予め占いで佐々木君がアイドル研究部に行くとわかっとったウチはにこっちに頼んだんよ。入部届を捨てるふりして保管しといてって」
「ええ、たしかにそう頼まれたし、そうしたわ。外に投げ捨てるふりをして袖に隠したのよ」
手品師か。よくもまあ、そんな芸当できたな。それとも俺がバカだったのか?というより占い?それは偶然に……入らなそうだな、この人の場合。
「じゃあ俺と会話している間、ずっと紙を袖に隠してたんですか?」
「違うわ。あんたが外見てる間にポケットにしまったのよ。それよりも希!この私の判子!どこで入手したのよ⁉︎」
「普通ににこっちの筆箱から拝借したんよ」
アウトー!それやっちゃいけないでしょ!まずいでしょ!
「とにかく、この入部届は生徒会のウチがちゃんと顧問の先生に渡しておいたから、佐々木君はアイドル研究部の部員なんや」
ドヤ顔で胸を張る東條先輩。その自己主張の激しいものから目を逸らすためにアイドル研究部の部長を見る。うん、ロリコンじゃないから俺はこの体を見ていて問題ないな。いや、あるな。
「希、そんなのを認めるとでも?」
「ちゃんと顧問の先生の許可は取ったで?」
こめかみを押さえ、もういいわと呟く生徒会長。あ、結構あっさり認めるんだ。仲の良いこの2人の先輩だ、東條先輩はこういう事をしょっちゅうやるのかもしれないな。
しかしここで疑問が湧く。どうして東條先輩はここまでμ'sの味方をするのか。以前も彼女は俺に警告をした。さらにはライブ当日に俺を導いたのもまた、彼女。まるで何もかも見透かしたような彼女は、すべてを理解しているのか?いや、まさかな。そんな人間がいるんだとしたら、世界はその人の手中にあるというわけだし。
「……もう終わり?私は帰るわよ」
「そう。あなたも帰って結構よ」
「失礼しました」
俺はアイドル研究部の部長の後に部屋を出る。部屋を出た瞬間、その部長が振り向く。
「本当は嫌だったんだけど、なっちゃったものはしょうがないわね。あんたは今日から私の下っ端よ」
「え?下っ端?」
「そう。名前、何だったかしら?」
「佐々木飛鳥です」
「佐々木……言いにくいわね。飛鳥って呼ぶわ。飛鳥、あんたは今日から私の召使い!いいわね?」
「あれ?下っ端じゃないんですか、えっと……」
「にこ!矢澤にこよ!これからはにこ部長と呼ぶといいわ」
そう言うと矢澤先輩、じゃなくてにこ部長は部室に向かって歩いていく。その足取りは心なしか軽やかで。好きで1人でやってるとかなんとか言ってたけど、やっぱり新しい部員が入るのは嬉しいんだろうな。俺だって、凛や花陽と友達になった時は嬉しかった。結局どんなに強がろうとも1人ってのは寂しいわけだ。……あれ?これって昔、東條先輩が言っていたような。
もしかして、東條先輩は。彼女は、にこ部長の気持ちを理解していたのかもしれない。強がっていても、実は仲間が欲しかったにこ部長の気持ちを。だから、μ'sの屋上利用を正当化するために、今回のこの手段を選んだのかもしれない。だって、普通は生徒会長から指摘される前に本人たちに忠告するはずだ。そうでなくとも、この手法が通じるならわざわざ俺をアイドル研究部の部員にしなくとも、園田先輩が弓道部に所属していたはずである。つまり、東條先輩はそこまで考えて今回の手段を選んだということなのだ。
「何してるのよ!早く行くわよ!」
「すみません、にこ部長!」
どちらにしろ、彼女の行動に救われた人が複数人いるという事実は変わらないだろう。μ'sと、にこ部長と。
「お疲れ様でーす!」
なるべく明るいテンションで俺は屋上の先輩たちに挨拶をする。その手には複数本のスポーツドリンクと、オレンジジュースにデジタルカメラ。ちょうど練習を終えたようで、レジャーシートの上でくつろいでいる。まあ、もう夕方だしね。
「あ、アスちゃん!」
「高坂先輩、お疲れ様です!これ、差し入れです!」
いち早くこちらを振り向いた高坂先輩にスポーツドリンクを手渡す。ご機嫌取り?君、発言には気をつけたまえ。とにかく、これで中ボスは突破。
「南先輩もどうぞ!」
次に南先輩にスポーツドリンクを渡す。ありがと〜、と言って受け取る南先輩には癒される。これで俺のHPもフルだ。回復ポイントは通過した、さあ、来い!ラスボス!
「差し入れですか。ありがとうございます、飛鳥」
……あれ?怒ってない?意外と落ち着いている園田先輩に俺は拍子抜けする。何この事態。俺の脳が非常事態宣言を出している、それくらい非常事態、もとい異常事態。
「さすが飛鳥です。気が利きますね」
妙に優しい園田先輩。何か裏でもあるのか?だったらやっぱり非常事態?逃げた方がいいの?
疑問に思っていると、高坂先輩が俺に耳打ちをする。
「さっきね、異性に好かれる女子ってどんな子だろうねって話をしたんだ」
ほう。なるほど。どうやらその会議の結論として優しくて、怒らない子、それすなわち南先輩のような人という結論が出たようだ。どうりで園田先輩が天使っぽいわけだ。羽が生えてるようにも見える。嘘、見えない。
「ところでアスちゃん、そのカメラは?」
「えっ?あ、えっとですね、これは先輩たちを撮影するために」
「飛鳥、どういうつもりですか?」
底冷えする声が聞こえた。今までの優しい声色はない。あれ?今日の園田先輩は天使バージョンだったんじゃないの?もしかして写真撮影NGとか?
「どうして遅れたのか、説明してもらいましょうか?」
「せ、先輩?そっちですか?」
立ち上がる園田先輩の手に握られたペットボトルがメキメキと音を立てる。やばい、破裂しそう。そして中の液体が溢れ出しそうである。ついでに俺の涙も。それくらい怖いんだって!
「高坂先輩!話し合いはどうしたんですか⁉︎これがその結論だとでも⁉︎」
「うん!ギャップがいいって結論になったんだ!」
「どうやら効果覿面のようですね」
「違う効果ですけどね⁉︎」
先ほどまで優しかった分、いつも以上に怖い。しかも、園田先輩は現在中身入りのペットボトルという鈍器を持っている。与えたのは俺だけど。こんなことなら差し入れもご機嫌取りもするんじゃなかった。ペットボトル4本も買って財布がすっからかんになっちゃったじゃん。一本自分の分だけど。
目の前で園田先輩がペットボトルを振り上げる。ああ、俺の人生もここまでか。人の一生とは随分と儚いものだ。君も後悔する前に何かをしておいた方がいい。俺?未だにキスしらしたことないなんて言わせんなよ、恥ずかしい。
「「あの!!」」
しかし、俺の公開処刑は突然の訪問者によって遮られた。屋上にやってきた救世主はなぜか少し怒り気味の凛と真姫。そしてその間に挟まれてダウンしている花陽。なあ、真姫。花陽にいったい何をしたんだ?
三人は俺たちのいるレジャーシートの所まで来ると、一斉に喋り出す。
「「「かよ小泉私にちんをさんはアイドル無理歌唱力に入れてがだよくだあるさいんです〜!!」」」
「……ごめんね、一人ずつ言ってくれるかな?」
「かよちんをμ'sに入れてください!かよちんは昔っからアイドルになりたいと思っていたんです!」
「そんなことはどうでもいいんです!この子、結構歌唱力があるんです!」
「どうでもいいってどういうこと⁉︎」
「そのままの意味よ!」
花陽を間に挟んで睨み合う凛と真姫。花陽が可哀想だなぁ。
「えっと、つまり花陽ちゃんをμ'sに入れてほしいっていうことでいいんだよね?」
「「はい!!」」
二人とも頷く。ならどうして喧嘩腰なんだよ、同じ立場なんじゃないの?
「わ、私には無理だよ〜」
「もう!かよちん!いつまで迷ってるの!絶対にやった方がいいって!」
「それには賛成!やってみたい気持ちがあるならやってみた方がいいわ」
「俺も賛、痛っ⁉︎」
賛成しようとしたら、園田先輩に手の指を踏まれた。何もそこまでしなくたっていいじゃないですか。
「で、でも……」
「さっきも言ったでしょ?声を出すなんて簡単、あなたならできるわ」
さっきって、きっと俺が生徒会室にいた時のことなのだろう。ちゃんと花陽と話してくれたんだな、真姫。
「凛は知ってるよ。かよちんがずっとずっとアイドルになりたかったってこと」
凛は、幼馴染みとして昔から花陽を見てきた。その凛の後押しはきっと花陽にとって大きな勇気となるはず。
「凛ちゃん……西木野さん……」
「頑張って!凛がずっとそばについていてあげるから!」
「私も少しは応援してあげるわ」
二人を交互に見た花陽はμ'sの先輩たちの方へと向き直る。
「えっと、その、私は……えっ?」
ポン、と。軽く、優しく、花陽の背中を押す凛と真姫。まるで自分たちの想いも託したかのように。そして一歩前に押し出された花陽は後ろを見る。微笑む2人。うん、これで花陽は決心したな。
「私、小泉花陽と言います!一年生で、背も小さくて、声も小さくて、人見知りで、得意なものも何もなくて、いつも誰かについていくだけで。でも、アイドルへの思いは誰にも負けないつもりです!だから、μ'sのメンバーにしてください!」
μ'sの先輩たちが顔を見合わせ、そして三人が三人とも俺を見る。そんなの、決まってるじゃないか。
「もちろんだよ、花陽」
「こちらこそ」
高坂先輩が頭を下げている花陽の前に行き、手を差し出す。俺らもその隣に並ぶ。
「よろしくね、花陽ちゃん!」
涙と笑顔で顔をくしゃくしゃにした花陽が、その手を握る。交わされた固い握手。やっと、ついに、花陽が自分のやりたいことをはっきりと述べた。それがまるで自分のことにように嬉しくて、思わず涙が出そうにそうになる。それは俺だけではないようで。
「良かったよね、かよちん」
「何、泣いてんのよ」
「だって。ってそういう西木野さんも泣いてるじゃん!」
「な、泣いてないわよ」
俺は涙を拭う。泣いてる場合じゃない。花陽が勇気を出したんだ。彼女たちにも出してもらわねば。女の子っぽさに憧れる凛と、音楽が好きな真姫に。
「それで?凛と真姫、二人はどうするんだ?」
「「えっ?」」
「二人も一緒にアイドルをやらない?」
「メンバーはまだまだ募集中ですよ!」
南先輩と園田先輩が二人の前に手を差し伸べる。凛と真姫は互いに顔を見合わせた後、笑顔でその手を取る。
「じゃあ、みんなで写真を撮ろう!せっかく6人になったんだし!」
俺は数歩下がるとデジタルカメラを構える。一列に並んだ6人は、みんな笑顔で、夕日に映える。
「はい、チーズ!」
レンズ越しに見た彼女たちが俺には眩しく感じた。
次の日。土曜日だというのに朝練がある。園田先輩曰く、生活習慣を乱すわけにはいかないんだそうだ。
「朝練ってこんなに早いの〜?」
「当たり前じゃない。これくらい普通でしょ」
先ほど、神社の階段下で会った凛と真姫。凛が愚痴をこぼし、それを真姫が窘める。そんな光景を俺はカメラに収める。
「あー!また無断で撮ってるー!」
「……ストーカー」
「何で⁉︎俺はただμ'sのマネージャーとしてだな⁉︎」
そうこうしているうちに、階段を登り終える。境内では既に花陽が準備体操をしていた。さすが花陽、アイドルにかける情熱が違う。
「かーよちーん!おっはようにゃ〜!」
その花陽に駆け寄る凛。おい、さっきまでの態度はどうしたんだ。急に元気になってないか?やる気スイッチでも入ったの?
「あ、凛ちゃん。おはよう」
振り向いた花陽。俺は驚愕にカメラを落としそうになる。危ない危ない。人のだから壊したら大変。いや、それよりも。
眼鏡をかけていない。花陽が眼鏡をかけていない。大事なことだから二回言った。すごい可愛い。いや、眼鏡をかけていたときも似合ってて良かったんだけど。でもそれとはまた違った可愛さがあるというか。
「かよちん眼鏡外したの?」
「うん、コンタクトにしてみたんだ。どうかな、佐々木君」
「え、俺?ま、まあ、とっても可愛いと思う、よ」
気恥ずかしくなり、花陽から目を逸らしてしまう。別に嘘ついてるわけではないんだけどね。
「何照れてんのよ」ドスッ
「痛っ⁉︎」
そしたら真姫に足を踏まれた。何で怒ってるの?
「か、可愛い……。良かったぁ」
ほっと胸をなでおろす花陽。きっとスクールアイドルとして男の俺の意見がほしかったのだろう。
「凛もかよちんは可愛いと思うにゃ!」
「私も似合ってると思うわよ」
「ありがとう、凛ちゃん、西木野さん」
花陽が凛と真姫にお礼を言うも、それを聞いて真姫がムッとした顔をする。
「その、せっかくコンタクトにしたんだから、ついでに私のことも名前で呼んでよ。私も名前で呼ぶから。花陽、凛」
ぱあっと顔を輝かせる花陽と凛。俺も笑みがこぼれる。真姫もだいぶ素直になったよな。μ'sに入ったおかげか。まだ1日しか経ってないけど。
「真姫ちゃん」
花陽に名前で呼ばれた真姫が顔を赤くする。あ、照れてるな。俺も足を踏んでやろうか?いや、やめよう。その後、俺がどうなるかわからないし。病院の地下に監禁なんてされたら困る。
「真姫ちゃん真姫ちゃん真姫ちゃん真姫ちゃん真姫ちゃーん!」
「う、うるさいわよ、凛!」
真姫ちゃんと連呼しながら真姫にべったりくっつく凛。真姫は口では嫌がっているものの、満更でもなさそうである。
「あ、花陽。俺のことも名前で呼べば?いつまでも佐々木君っていうのも他人行儀だしさ」
「う、うん。えっと……飛鳥、君」
顔を真っ赤にさせて恥ずかしそうに俺の名前を呼ぶ花陽。可愛い。……これ、ハラスメントじゃないよね?
その時、後ろから怖い人が俺の名前を呼ぶ。
「飛鳥、練習の後に時間ありますか?」
げ⁉︎もしかしてハラスメントだった?それで説教を?それは困る。
「ないです」
「そうですか……」
俯いて悲しそうにそう言う園田先輩。予想以上に落ち込む先輩に驚く。少し可哀想だ。そこまで大切な用事があったのか?何だか申し訳なくなる。
「あー、どうしてもと言うなら何とかしますよ?」
「そうですか!では」
今までの落ち込み具合が嘘だったかのように笑顔を見せる園田先輩。俺はそれを見て、すぐに悟る。騙されたと。
「練習の後、私の家に来てください」
……え?もしかして園田家に監禁?