365日の魔法   作:アンパン食べたい

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バイト先で

5月も中旬の火曜日。俺は現在、秋葉原でアニメに出てきそうな執事服を着てチラシ配りの真っ最中である。なぜかって?バイトだよ、バイト。先週の火曜日が初仕事で、今回は二回目。ちなみに、これからは火曜以外にもシフトを組んでもらおうという野望を密かに持っている。どうでもいいですね、ごめんなさい。

しかしこういう服装はイケメンがするものじゃないのか?俺みたいなフツメン(決して不細工ではない、ここ重要。ってか、ジャニ○ズの舞祭組って何だよ。どこが不細工なんだよ、ふざけんな)には似合わないと思うのだが。どこに需要があるんだよ。

「メイドカフェ、お願いしまーす!伝説のメイド、ミナリンスキーがいますよー!」

「は、はい!是非行きます!」

ただ、営業スマイルは忘れない。伝説のメイド、ミナリンスキー直伝のこの営業スマイルの効果は抜群で、今まで数多くの女性客を落としている。さすがミナリンスキー。おかげで店長からの俺の評価がうなぎのぼり。さらにバイト代も上昇中。

「ちょっと、そこのあんた」

「何ですか?」

その最中に、5月だというのに厚手のコートを着た不審者に声をかけられた。その顔はマスクとサングラスでわからないが、コートの下から覗く青を基調としたスカートと、黒いツインテールがその人物が女性だと示している。というより、そのスカートって音ノ木坂学院の制服じゃない?

「ミナリンスキーのいる店ってそこなわけ?」

「まあ、そうですけど」

「なら案内して。……それにしても暑いわね」

いや、その格好で何を言ってるんだ、と言いかけて口をつぐむ。不審者がマスクとサングラスを外したので気付いてしまったのだ。この人、俺の上司じゃないか。アイドル研究部のにこ部長。

「あ、案内ですか?」

俺は手に持っているチラシで顔を隠しながらたずねる。こんな格好でバイトしているとか知られたらマジで恥ずかしい。

「ええ、そうよ。お願いできるかしら?だけどどこかで聞いたことある声ね。知り合い?」

「き、気の所為じゃないですかね」

そんな声でバレるほどこの人と俺って親しかったっけ?二人で部活をやってれば、それくらいは簡単に親しくなるものなのか?

「み、店はこちらデス」

「どうしたのよ、声が裏返ってるわよ?」

「お、お客様が美人なのでど、動揺してるんですよ。あはは……」

なんとかごまかす。にこ部長は「ならしょうがないわね〜」なんて浮かれた顔をしながら言っている。この人、意外とチョロいのか?

にこ部長を引き連れながら店へと戻る。腕時計で時間を確認すると、そろそろ店内での仕事になる時間だ。ちょうどいいな。

しかしにこ部長をミナリンスキーに会わせるわけにはいかないだろう。にこ部長はμ'sを知っている。俺が撮ってきた写真にペケをつけながら、『アイドルを語るなんて10年早い((( y( ` A ' )y -ケッ!!』とか書き込んでるくらいにはμ'sに負の感情を抱いている。あの伝説のメイド、ミナリンスキーがμ'sの南先輩だったと知ったら発狂しかねない。というより、そのために俺に写真を撮らせたとこの間知った俺が発狂しそうだ。

ドアを開けると鈴の音が鳴る。それに気づいた店員が入り口へとやってくる。どうか、ミナリンスキーではありませんように!

「いらっしゃいませ、あ、アスちゃ「ちょっと待ったぁ!」んんっ⁉︎」

俺の後ろに立つにこ部長に見えないように南先輩の前に立ち、先輩の口を塞ぎながら厨房へと押していく。

「ど、どうしたの?」

厨房に入り、俺が手を離したところで南先輩がたずねる。今思えば女の子の口を手で塞いでいたわけで。もし俺の手にクロロホルムがあれば……って犯罪者か、俺は。

「えっと……あ、あの客、相当なクレーマーなんですよ!だから南先輩にあの客の相手をさせるわけにはいきません!先輩はここで食器洗いでもしていてください!」

最初は戸惑った表情をみせる南先輩。しかし、だんだんとその顔にニヤニヤした笑みを浮かべる。……あれ?なんだか嫌な予感しかしない。だいたい女子がそういう顔をするときは決まって悪いことが起こる。

「じゃあ私の代わりにアスちゃんが接客してくれるの?」

「ま、まあ、その客は?」

「そうなんだ〜。それなら」

どこかへと行く南先輩。戻ってきたときにその手に持っていたのはメイド服。いや、まさか。

「これ着てやってね♪」

 

 

 

「お、お待たせいたしました、ご主人様」

他の客や店員にクスクス笑われたり、キャーキャー言われたりしながら、俺は入り口で待たせっぱなしのにこ部長のもとへ。てか、キャーキャーって何だよ。悲鳴?泣いちゃうよ?男の涙とか誰得だよ。

「まったく、いつまで待たせ……お、男⁉︎というより、もしかして飛鳥⁉︎」

「ええ、まあ。こんにちは、にこ部長」

「う、嘘でしょ⁉︎まさかあんたが伝説のメイド、ミナリンスキーだなんて言わないわよね⁉︎」

にこ部長は俺を壁際に追いやって問い詰める。もう壁ドンされそうなくらいの勢い。まあ、されたとしても髪を乱し、鼻息を荒くして、鬼のような形相をする今の彼女にドキッとすることはおそらくないだろうが。

「そんなわけないじゃないですか。ミナリンスキーさんは今」

「……私、客なんだけど?」

こちらを睨みつけるにこ部長。ただ、その低身長から睨まれてもあまり恐怖は感じない。俺には園田先輩や真姫で耐性が付いているのだ。残念ながら、喜んでいいことなのかはわからないけど。

「も、申し訳ございません、ご主人様。つい先ほどミナリンスキーは帰ってしまいました。というわけでお帰りくださいませ」

「ちょっと⁉︎押さないでよ⁉︎」

俺はにこ部長を押し出す。南先輩にはまだシフトがある。にこ部長がいる限り彼女は仕事に入れないので、早めに帰ってもらおう。

「あれぇ?飛鳥の彼女ぉ?」

「て、店長⁉︎」

なぜかテーブル席に座っている店長。今日の服装は以前のようなビシッと決まったスーツではなく、ヨレヨレでダボダボのTシャツ。この店でバイトを始めてわかったことの一つ、それは店長が外面がいいだけのダメ女だったってこと。いや、今は外面すら良くないけど。このまだ夕方5時にもなっていない時刻にビールなんかを飲んでいる。それ、この店のメニューにないですよね?外から持ち込んだんですよね?

「ああ、これかぁ?これは今度新メニューとしてだなぁ」

「もういいです、店長はすっこんでいてください」

「まあまあそんな怒んなって。それよりその子は?彼女?彼女なんだな?」

「違いますよ!この人は俺の部活の部長さんです」

「そ、そうよ!何が嫌で私がこんな奴の彼女にならないといけないのよ!こんな奴が彼氏なんて黒歴史もいいところだわ!」

何で黒歴史になっちゃうんだよ。何もそこまで言わなくたっていいじゃないか。悲しくて泣いちゃいますよ?男の涙とか(ry

「ああ、そっか。飛鳥にはすでにみな「店長⁉︎それは前から違うと言ってますよね⁉︎」ええ〜?だってお前ら一緒にジュース飲んでたじゃん」

「見てたんですか⁉︎」

あれは本当に恥ずかしかった。できることならなかったことにしたい。タイムリープしてやり直したい。そしてそれでも結局運命だから避けきれないとわかり、南先輩と結ばれたい。……ごめんなさい、調子に乗りました。でももしそうなったら、俺は南先輩に逆らえないので尻に敷かれそうだ。別に南先輩にだったら物理的にそうされてもいいんだけどね!……俺っていつからこんな変態になったんだろう。

「あ、飛鳥って彼女いたの……?何よ、この敗北感は……」

「いや、だから付き合ってないですって!そもそも俺のことを好きになる物好きなんてこの世にいます?」

そんな人がいるなら是非告白してください。200パーセントの確率で付き合えるでしょう。その後、俺からのプロポーズが一週間以内にあると思われます。ご注意ください。

「あ、あんた、それ本気?」

にこ部長は俺に背を向けるとブツブツ喋り出す。

「飛鳥から渡される写真を見る限りは……まさか唐変木?そう、そういうことなのね……」

にこ部長がこちらを振り向く。

「リア充は爆ぜなさいよ!!」

「ええ⁉︎」

「まったく、ミナリンスキーはいないし飛鳥にはイラっとするし!こんな店くるんじゃなかったわ!」

嵐のように立ち去っていったにこ部長。店内には静けさだけが残る。

「……バイクあるけど、追いかける?」

「いや、彼女じゃないですし」

「だよな」

というより誰が運転するんだよ、バイク。俺は無理だし、あなた飲酒してますよね?それともバイクじゃなくてライダーを盗んでくる?

「なあ、ミナリンスキーって今日いるよな?」

「いますね」

「何でいないと思ってたんだろうな」

「さ、さあ?」

「……減給」

「すみませんでしたぁ!」

 

 

 

「ふぅ、疲れたぁ。あれ?アスちゃんまだ残ってたんだね」

休憩室で机に突っ伏している俺に声をかけてきた南先輩。こんな俺にわざわざ話しかけてくれるなんて、やっぱり南先輩は優しい。感極まって涙が出ちゃう。男の(ry

「南先輩を待っていたんです」

「私を?」

にこ部長が帰ってから色々と考え、俺は南先輩からサインをもらうことにしたのだ。あれだけにこ部長はミナリンスキーに会いたがっていたのだ。南先輩のため、というか俺の勝手な判断で会えなかったにこ部長には何かしらのお詫びをしようと思い、ならサインでいいんじゃないか、と考えたのだ。

「南先輩、サインをもらえませんか?」

「サイン?いいけど……」

先ほど近くの別の店で購入した色紙を渡し、そこにサインを書いてもらう。

「どうしようか、『アスちゃんへ』って書いておく?」

そう言うと南先輩は色紙の右上に文字を書こうとする。

「いや、いいです!書かなくて結構です!」

「わあっ⁉︎」

南先輩から色紙を奪い取る。その弾みで黒い線が一本右上に入ってしまった。まあ、これくらいはにこ部長に許してもらおう。アスちゃんへなんて書かれたらにこ部長にプレゼントできないしな。

「ありがとうございます、南先輩。じゃあ、俺はこれで」

「えっ?帰っちゃうの?」

帰ろうとしたら、南先輩にそんなことを言われる。え?帰っちゃダメなんですか?

南先輩が部屋の隅を見る。俺も見ると、そこには時計。もうだいぶ遅い時間だな。……あ、そういうことか。

「わかりました、送りますよ」

「うんうん!男の子はそうでなくっちゃ!海未ちゃんに振られちゃうよ?」

だから俺は別に誰とも付き合ってないんだけどなぁ。まあ、遅い時間に女子を一人で帰す男子が振られるのは当然なのだろうから、先輩の言うことに一理はあるのだろう。

色紙を鞄に大切にしまう。喜ぶかな、にこ部長。あの先輩、普段はムッとした表情をしているけど、笑うと結構可愛いのだ。それは見た目年齢に合っている可愛らしい笑顔。まるで小学……いや、これ以上の言及は避けよう。

二人で従業員用の出口から出る。日は沈んでいるが、まだほんのすこしだけ明るい。いや、秋葉原の街のネオンのせいか。

特に話すこともなく、ただ並んで歩く俺と南先輩。気まずいな。以前も気まずかったし。あ、そうだ。そういえばまだ先輩がバイトを始めた理由を聞いていない。今日こそ聞くか。

「「あの」」

しかし、南先輩も何か話があったようで、二人の声が重なる。それがおかしくて、少し笑えた。南先輩もクスクス笑う。なんか恋人みたい。って、それは南先輩に失礼か。というより俺が照れるし恥ずかしい。なので、会話を進めよう、うん。

「南先輩、先にどうぞ。ファーストレディーって言いますし」

「ありがとう、アスちゃん」

お礼を言った彼女は、少し暗い表情になる。深刻な話なのだろうか。

「あのね、最近誰かに見られてる気がするの」

「見られてる?」

見られてるってどういうことだ?スクールアイドルを始めたのだから、ある程度の注目は浴びるだろう。それとはきっと違うよな?それともあれか、南先輩は可愛いから、何かのスカウトに目をつけられたのか?いや、だったらすぐに声をかけるのでは?ということは、もしかして、

「ストーカーってことですか?」

「うーん、そうなのかなぁ……?」

「出たか、本物のストーカー」

「えっ?」

「いや、何でもないです」

そうか、ついに本物のストーカーが出たのか。そりゃあ、彼女たちは最近人気が出ているからな、追っかけとかならあると思ってはいたが、まさかストーカーとは。それも本物。某音ノ木坂学院のスクールアイドルマネージャーではなく。……俺のことだけど。いや、だから真姫、俺はストーカーじゃないんだってば!

「それで、いつ視線を感じるんです?」

「神田明神で練習している時が多いかなぁ?」

何だと⁉︎つまり、そのストーカーは汗で服が張り付いた先輩を見ているのか⁉︎俺なんて、下着が透けて見えたら困るだろうから自主規制をして彼女たちの朝連中は俺もとにかく階段を駆け下りし、彼女たちが練習を終えた後も続けているのに!……ただ園田先輩にやれと言われてるだけなんだけどね?俺だって見たい、ゲフン、ゲフン。けしからんやつだな、ストーカーとは。

「どうしたらいいのかなぁ?」

不安そうにそう呟く南先輩。そんな彼女を見ていると、胸がしめつけられる思いだ。俺はいつも南先輩に何かをしてもらってばかりだ。サイン、バイト。今度は俺が彼女にしてあげる番だ。

「俺が守りますよ」

「えっ?」

「俺が守ります。南先輩を守ってみせます」

南先輩と真正面から向き合う。園田先輩からのスパルタ基礎訓練により、基礎体力はある。その父親からは武道の指導も受けている。俺ならやれるんじゃないか?いや、やらないといけない。マネージャーとして、彼女たちに安心して練習できる環境を用意するのは俺の務めだ。

「ありがとう、アスちゃん」

どれだけやれるかはわからない。でも、やってみせるさ。一度決めたことは、やり通してみせる。

「あ、もう着きましたね」

気付けばすでに南先輩の家。今日も彼女がバイトを始めた理由は聞けなそうだ。まあ、また別の日に聞けばいいだろう。

「また明日ね、アスちゃん」

南先輩がスマホを振りながら別れの挨拶をする。そのスマホの画面には一人のメイド。短い黒髪、茶色い目。男子なのにメイド服を着て厚手のコートを羽織った女子と会話しているその人は紛れもなく俺。

「ああ⁉︎写真撮ってたんですか⁉︎消してください!今すぐ消してくだ「バタンッ!!」、い……」

どうしよう、ガチで尻に敷かれる、というより脅迫まがいのことをされそう。

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