365日の魔法   作:アンパン食べたい

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嫌な予感

『ううん、それなら仕方ないよ。頑張ってね、調理実習。応援してるよ!(・8・)』

「ふふふ、応援してるかー。チュンチュン……」

 俺は今、学校の調理室でスマホを見ながらにやけている。それも数十分前に届いたメールを見ながら。……気持ち悪いよね、うん、わかるよ。だってクラスの女子がコソコソこっちを指差しながら話してるもん。キャアキャア言ってる人もいるし。というか、そこ。なぜスマホをこちらに向けている。写真でも撮っているのか?そこまでして俺をコケにしたいのか。

「飛鳥君、こっちも終わったよ」

「よし、じゃあ教室に帰ろう」

 エプロンを着て三角巾をつけた花陽。うん、新妻さんみたい。茶色いエプロンと緑の三角巾が似合っている。こんな可愛い子を妻にもらう人とか人生勝ち組。羨ましいな、呪ってやろうか?

 俺はさっさと自分のエプロンを外す。その時、背後のクラスメイトたちから「ああ……」といつ声が聞こえた。なぜそんな悲壮な声を出すのかよくわからなかったけど、きっとうまく俺のにやけ顔写真を撮れなかったのだろう。ふっ、ざまあ。これで脅迫される恐れはないな。そんな恐れは一つで十分だ。いや、その一つもいらないんだけどね?写真を消してくれないかな、南先輩。

「楽しみだね、調理実習」

「だな」

 そう。今日の家庭科の授業は調理実習。その下準備のために、今日は朝早くから学校に来ている。そのために今日のμ'sの朝練には参加していない。さっきまで読んでいたメールはそれを伝えたメールの返信だ。ストーカーから守ると約束して二日後にもう練習に参加できないなんて申し訳ない。まあ昨日は何も怪しい事はなかったし、大丈夫だろう。

「あれ?真姫と凛は?」

 今回の調理実習は校外学習の時の班で作るらしく、俺と花陽、凛に真姫の四人が一緒にやることになっている。さっきまでその二人もいたのだが、今はもう見当たらない。

「二人なら先に教室に戻ったよ?」

 何ですと?あの二人、下準備もろくにしないで突っ立っていたくせに、帰るのだけは早いだと?何様のつもりだ、まったく。調理実習本番ではうんと働いてもらうからな。

「あ、雨」

 廊下に出たところで、窓の外を見た花陽が呟く。本当だ、雨だ。朝、登校する時は降ってなかったのにな。あ、今日は傘を持ってきてないや。それになぜか5月に入ってから折り畳み傘が見当たらないんだが、どうしてだっけ?思い出せそうで思い出せない。誰かに貸したような気もするんだが、そんな会話した覚えないしな。

 しかし雨ってなんか嫌だよな。よくフィクションでは暗い場面とかで雨が降ってるし。現実には絶対そうとは限らないとわかっていても、もしかしたら何か悪いことが起きるのではないか、そう思ってしまう。

「何も起こらないよな?」

 まさかこういう俺がいない時に限ってストーカーが南先輩を襲ったりして……?いや、やめよう。考えれば考えるほど不安になってくる。こんな負の連鎖、早く断ち切らねば。

 本当、雨って憂鬱だ。

 

 

 

 炊きたてのごはんの香りが、俺の鼻をくすぐる。花陽が炊飯器ではなく、土鍋で炊いたごはん。ただ真っ白なのではなく、少しおこげがあるところがまた良い。『はじめちょろちょろ、なかぱっぱ、赤子が泣いても蓋取るな』だっけ?花陽がその通りにやったのかは知らないが、凛が喚いていても蓋を取っていなかったのは覚えている。よく頑張ったよ、花陽。

 そのごはんが盛られた茶碗の隣にあるお椀。中身は俺の作った味噌汁。園田先輩の母親直伝の味噌汁である。まだ完全習得はしていないが、それでもそこそこに美味しいはずである。問題ない。それにしても、真姫の視線がチクチク突き刺さった。恨めしそうに調理中の俺を見るのだ。まあ、その理由ももうわかったのだが。

 花陽が炊いたごはん、俺が作った味噌汁。残りは凛と真姫が担当するおかずである。今日は焼き魚と卵焼きの予定である。焼き魚がうまく焼けるかどうかはともかく、卵焼きくらいは作れるだろう。そう思っていたのだが。

「な、なんかごめんにゃ〜」

 俺たちのテーブルの上の魚。いや、それは魚とはもう呼べない。めためたに刻まれたそれは原型を留めておらず、もうスクランブルエッグ状態。卵料理は別にあるんだけどね?可哀想なお魚さん。

「で、でも仕方ないよ!凛は魚が嫌いなんだもん!見た瞬間『にゃー!!』って包丁で切り刻みたくなっても仕方ない!」

 猫っぽいくせに、魚は嫌いなんだな。意外。いや、そこに驚いている場合ではない。

「仕方なくねえだろ」

「うるさいにゃ!」

 凛が調理中に着ていたエプロンを投げつける。猫のキャラクターがプリントされた黄色いエプロン。なかなか可愛かったのだが、似合うね、と言ったら包丁を突きつけられた。ヤンデレ、ではないね。後で聞いた話によると、小学校の時に使ってたエプロンなんだとか。それが今似合うって、うん。たしかに俺が悪かったよ、凛。

「エプロンは投げるなよ、凛。埃が舞う」

 エプロンを返しながら俺は注意する。仮にもここで食事をするというのに、そんなことしたら良くないだろ。一応、この焼き魚だって食べられないことはないんだし。……ないよな?まさか火が通ってませんなんて言わないよな?生のままじゃないよな?

「飛鳥君。これ、何かな?」

 花陽が指差すもう一品のおかず。それは、真っ暗な何か。うわぁ。これ食えるの?食えないよね?これはあれだ、ホームセンターとかで見たことある。

「木炭じゃない?」

「卵焼きよ!」

 机をバンッと叩きながらそう宣言したのは真姫。エプロンを忘れたらしくて、家庭科室にあった白衣を着ている。なんでも、普段は料理をしないから持ってなかったんだそうで。それがおそらく事実であることは目の前の木炭によって証明されている。本当にしないんだね、料理。でも普通、卵焼きくらい作れない?俺だってそれくらいなら教わらなくとも作れる自信はある。

「ちょっとだけ焼きすぎちゃったのよ。焦げちゃったわ」

「ちょっとじゃないよね⁉︎どうしたらこんな真っ黒になるわけ⁉︎」

「アス、唾が飛ぶ。汚いわね」

「あのなぁ〜」

 雨が降ってきた時に感じた悪い予感。これのことだったのか。南先輩の無事を喜ぶべきなのか、この目の前の惨状を悲しむべきなのか。

「はい、それじゃあ食べましょう!」

 家庭科の先生が全員に食べるよう促す。とりあえずごはんと味噌汁だけ食べようかな。他のモノには手を出さない方がいいだろう。

「いただきます」

 茶碗を持ち、ごはんを一口。その瞬間、口の中に楽園が生まれた。う、うめえ!いつも家で食べる冷えたごはんとは全然違う!

「美味しい!美味しいよ、花陽!」

「ありがとう、飛鳥君」

「凛の魚は?」

 にこにこしながらそう聞いてくる凛。……食えと?

 箸で秋刀魚の破片を一つつまむ。鼻もつまみたいけど、それは失礼だろう。

「……味がしない」

 食べてみたけど、味が何もしない。というより、生物っぽい。火が通ってないんじゃないか?

「なあ、凛。これ焼いた?」

「焼いてないよ?」

「おい」

 呑気に伸びをする凛。ふざけるなよ、俺が腹を壊したらどうしてくれる。看病でもしてくれるのか?いや、こんな料理しかできない人に看病してもらったら、もっと病状が悪化しそうだからしないでほしいけど。

 その後、黙々とごはんと味噌汁だけを食していると、目の前に一枚の皿を突き出された。その上にあるのは言わずもがな木炭。まさかこれも食えと?

「なんで食べないのよ」

「木炭だろ、それ。食えないよ」

「食べれるわよ、卵焼きだもの!」

 俺は首を横に振る。悪いが真姫、俺はまだ死にたくないんだ。というわけでその木炭を食べるわけにはいかない。

 それよりもこのごはんだ。うまい。もうどんどん箸がすすむ。気づけばもうあと一口しかない。本当美味しいな、花陽のごはん。売り出したらどうだ?玄関開けたら花陽のごはんって。それよりかは玄関開けたら花陽かごはんの方がいいな。もちろん俺は花陽一択。……やっぱり俺って変態になったのかなあ?

 最後の一口を食べるために口を開ける。もっと食べたかったんだけどね。そしてごはんを中に入れようとしたその瞬間。

 それは一瞬だった。真姫がパッと黒い何かを掴み、パッとそれを俺の口に放り込む。もう本当に早業。光速を超えたんじゃないかってくらい。いや、見えてたけど。

「んぐっ⁉︎」

 口に広がるのは苦い味。吐き出したい衝動に駆られるが、目の前にいるのは女子。さすがにリバースするのはまずいのでなんとか堪えて飲み込む。こっちも不味かったけど。いや、後から思えばこっちの方がずっと不味かった気がする。

「だ、大丈夫⁉︎飛鳥君、涙目だよ⁉︎」

 慌てた花陽が水入りのコップを渡してくれる。俺は一気にそれを飲み干す。ああ、不味かった。それにしても花陽は気が効くな。

「ありがとう、花陽。花陽はいい奴だな、気が利くし、料理もできるし。どこかの誰かさんたちとは大違いだ」

 やっぱり女の子は料理できる子の方が良い。いや、今の世の中は女子に限らずそうだろう。ごく普通のことだと思ったのだが、凛と真姫は激怒なさる。

「アスにゃん、ひっどーい!」

「悪かったわね、気が利かないし料理もできなくて!」

 凛が三角巾、真姫が白衣の衛生帽子を俺に投げつける。おい、だから埃が舞うって!もう食べれる物は残ってないけど!

「なあ、なんでそこまで料理できないんだ?俺でもできるぞ?料理はしないのか?」

 投げられたものを台に置きながら二人に聞く。真姫はさっき料理は普段しないと言っていたけど、凛はどうなのだろうか?

「凛だって料理くらいするよ?カップ麺をよく作るもん」

「それを料理っていうなら私だってしてるわよ。冷凍食品を自分で解凍して食べたりするし」

「それらは料理とは言わないだろ!」

 よくわかった。金輪際、俺は彼女たちに料理を作ってもらわない。

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