365日の魔法 作:アンパン食べたい
「「「「「「えええええ⁉︎」」」」」」
再び部室内に驚きの声が響き渡る。しかも先ほどのより声量がアップ。おかげで耳がキンキンする。
「だったら話は早いよ!にこ先輩、アスちゃん、是非私たちと!」
「お断りよ」
「えっ?」
「お断りって言ってるの!」
「私たちはμ'sとして活動できる場が必要なだけなんです。なので、別にアイドル研究部を廃部にしようというわけではなく」
「だからお断りって言ってるの!」
にこ部長の言葉に戸惑いを隠せないμ'sの面々。それはそうだろう。この話は園田先輩の言った通り、別にアイドル研究部を廃部にするわけではないのだから。
「昨日も言ったでしょ?あんたたちはアイドルを侮辱してるって」
「でも!今まで練習してきたんです!歌もダンスも上手くなって」
「違うわ、そういうことじゃない。あんたたち、キャラ作りはしてるわけ?」
「キャラ……?」
この流れ。いつかのあの時のようだ。にこ部長の自慢のキャラ、前回はカットして彼女に怒られたから、今回はノーカットでいこう。どうなっても知らないけど。
「お客さんがアイドルに求めるのは楽しい夢のような時間でしょ?だったら、それにふさわしいキャラってものがあるの。いい?例えば……」
一度後ろを向いたにこ部長は深呼吸。そして、振り向く。
「にっこにっこにー♪あなたのハートににこにこにー♪笑顔届ける矢澤にこにこー♪にこにーって覚えてラブにこっ♪」
静まり返る部屋の中、やりきった感を醸し出すにこ部長。本当、やっちゃったよ、たぶん悪い意味で。
「どう?」
自信ありげに感想を聞くが、μ'sからの反応はあまり芳しくない。
「あ……」
「これは……」
「キャラ、というか」
「私、無理」
「なんか寒くないかにゃ〜」
必死にメモを取っている花陽を除き、やはりというか当然というか。そんな反応が返ってくる。それににこ部長は機嫌を悪くしたのか、眉をつりあげる。
「そこのあんた、今寒いって言った?」
俺以外の人たちもにこ部長の機嫌の悪化を感じ取ったのか、慌ててご機嫌取りを始める。
「あ、いや!すっごい可愛かったです!もう凛には真似できないくらい!」
「こういうのも良いかも!」
「そうですね!お客様を楽しませるための努力は大事です!」
「に、にこ先輩、素晴らしい、素晴らしいです!さすがアイドル研究部の部長!はあ、どうしたらこのようになれるのでしょうか……?」
若干一名本気で称賛している人もいるけど、その他はもうバレバレのお世辞。にこ部長の肩が震え始める。俺たちは彼女のプライドを傷つけてしまった。
「よおし、それくらい私にだって「出てって」……えっ?」
椅子から立ち上がった高坂先輩を睨みつけるにこ部長。戸惑い、動かない高坂先輩に近づくと彼女を部屋から追い出す。
「ほら!あんたたちもさっさと出てって!」
彼女の表情には翳りが見られた。そんな顔で言われたら、従わざるを得ない。
部屋を出ていくμ'sメンバーの後に俺も部屋を出ようとしたら、首根っこを掴まれる。おかげで首が締まり、息がつまりかける。後ろを振り向いて首根っこを掴んだ犯人、にこ部長に怒ろうとしたが、彼女の沈んだ様子を見てしまってはそんな気も失せる。
「何ですか?」
「飛鳥、話があるわ」
つい先ほどまでは賑やかだった部室に今はただ二人。少し寂しい気もする。これが本来のアイドル研究部なのにもかかわらず。
「飛鳥、あんたには話しておくわ」
いつになく真剣な表情で語りだすにこ部長に、俺も自然と真剣に話を聞く態勢になる。
「私は1年生の頃、同級生の人たちとこのアイドル研究部を作った。わかるでしょ?新しい部活を作るには最低5人は必要。必死でメンバーを集めたわ」
遠い目で過去を淡々と語るにこ部長。できれば、それ以上話してほしくはなかった。今のこのアイドル研究部の現状を見るに、その後どうなったかがわかってしまったから。
ただ、俺には彼女を止めることはできない。これはきっと彼女の中では大きな心の傷になっているのはずだ。少し違うかもしれないが、仲間に裏切られたのだから。それを俺に話してくれるというのだから、これを聞かない方が彼女の決意を無駄にすることになる。再び彼女を傷つけてしまうかもしれない。いや、確実に傷つけてしまう。俺にこのことを話すということは、俺を信頼しているということなのだから。
「私たちはスクールアイドルを始めた。毎日必死で練習して、必死に宣伝もしたわ。何としてでもアイドルの頂点に立ちたいと思って。でも、そこまで本気だったのは私だけだったのよ」
わかる。自分は必死だったけれど周りはそうでもなく、気付けば1人だけ浮いていた。俺だって。
「そして初ライブの後、他のメンバーは辞めたわ。残ったのは私一人。それでも私は続けた。昔からアイドルに憧れていたから。アイドルが大好きだったから」
彼女のアイドルに対する気持ち。それの凄さを改めて思い知る。一人になっても続ける執念。それこそまさに俺がなりたい人物像じゃないのか?どんな状況になっても最後まで貫き通す、そんな人間。投げ出した、逃げ出した俺とは違う。
「μ'sのステージを見たとき、思ったのよ。私の時と大して変わらないって。でも違った。その時とは校内全体の人数がまるっきり違うのよ。正直、すごいと思った。それに彼女たちは楽しそうで。羨ましかった」
だからか。だから彼女はμ'sに嫉妬し、解散しろと言ったり、俺に写真を撮らせてああいうことをしたのか。愛情の裏返し。自分の気持ちに素直になれないのは、1年生だけではないようだ。気になるあいつ、いやあいつら。にこ部長にとってμ'sとはそんな存在なのか。
「それにネットを見てみたらもうμ'sの方が当時の私より人気になってるのよ。私はどうしたらいいわけ?μ'sよりアイドルにかける想いが強くて、時間もかけてきたのに。それなのに彼女たちに負けて悔しいと思うなっていうの?」
そんなことを彼女に言える人は誰もいないだろう。それくらい彼女のアイドルへの想いの強さというものを俺は感じてきた。彼女がアイドルに関して説明するときにはどことなく得意げだったし、キャラ作りまでしているし。
「先輩は今でもアイドルをやりたいと、アイドルになりたいと思いますか?」
「当たり前じゃない。なりたいに決まってる」
俺の質問に即答するにこ部長。だったら俺にできることはただ一つ。μ'sに彼女をスカウトするだけだ。彼女はμ'sが嫌いなんじゃない。むしろ好きなんだ。μ'sの魅力に惹かれて、ただそれが悔しくて少し意地になっていただけ。
「じゃあ、μ'sに入りませんか?」
「……はあ?どうしたらそんなことできるっていうのよ。私は解散しろって言ったのよ?今さらどんな顔してμ'sに入れてください、なんて言えるわけ?」
「μ'sに入ることは嫌じゃないんですね」
「なっ⁉︎違うわよ!ただ単に私がそう頼み込むとしたらの話をしてるだけ!私はμ'sなんて入らないわよ!」
本当、素直じゃないんだな。俺が人のことを言えるかどうかは別として。
ただ、その気持ちはわかる。以前言った内容と矛盾することをするのだ、反発を恐れる気持ちもわかる。でも、彼女たちなら大丈夫だ。俺がそうだったのだから。
「安心してください、入れますよ」
「……」
……す、すべった。嫌な沈黙が部屋を支配する。こんなつもりではなかったのだが。
「やっぱりこの部屋、少し寒くないかしら?」
「あなた人のこと言えませんよね⁉︎」
自分はあのにっこにっこにーをやって場を凍らせておいて何を言う!こちとら少しでも場を和ませようと思って言ったんだ、俺は悪くない!
「飛鳥って優しいのね」
唐突ににこ部長に褒められる。急にどうしたんだ?頭がおかしくなったのか?それとも何かの罠か?μ'sのマネージャーになって、だいたい甘い言葉の裏には何かがあると俺は学んだんだ、そう簡単には騙されないぞ!
「わざわざ会えなかった私のためにミナリンスキーのサインをもらってきたり、見ず知らずの人にポテトを奢ろうとしてくれたり。今日も渋々でしょうけど一度は私を逃がそうとしたでしょ?これでも感謝してるのよ、一応」
そうなんだ、感謝してたんだ。全然わからなかった。いや、だって全く感謝している態度ではないというか。今も若干上から目線なのだが。しかも一応って。それって嫌々ってことなんじゃないの?
「今のμ'sのメンバー、特に一年生。単純にスクールアイドルをやりたくて入ったのかしら……?」
「どういうことです?」
「飛鳥に人を惹きつける魅力があるんじゃないかってことよ」
俺に?人を惹きつける魅力が?
「いやいやいやいや!ないない、そんなのないですよ!俺なんかより、高坂先輩とかの方がよっぽどカリスマ性がありますって!」
「高坂?ああ、あのセンターの。たしかに彼女には人を先導する素質があると思うわ。ライブでも他の二人を引っ張っている感じだったわけだし。でもそういう話じゃないのよ」
驚いた。にこ部長ってそこまでμ'sのことを見ていたのか。やっぱり、彼女は本当はμ'sに入りたいんだ。そうでもなければ、そこまでμ'sに注目するか?
俺はにこ部長の手を取る。
「にこ部長」
「な、何よ」
「μ'sに入りませんか?」
「また?さっきも言ったでしょ、私は入るつもりはないし、そもそも入れないって」
「そんなことないです!」
断言できる。それはどちらも間違っている。
「にこ部長がμ'sに入るつもりがない?違いますね、入りたいから彼女たちにちょっかいを出しているんでしょう?よくある好きな子にいたずらするのと同じで。そもそもμ'sに入れない?そうでしょうか。μ'sは誰だって受け止めてくれますよ」
一度マネージャーを辞め、暴言だって吐いた俺が今こうしてμ'sのマネージャーとして再び活動していることが何よりの証拠だ。
「どうかしらね。人ってそんなに良くできた存在じゃないわよ」
俺の手を振りほどいて席を立つにこ部長。彼女は自分の鞄を持つ。
「飛鳥、あんただって分かってるんでしょ?経験したんでしょ?人って簡単に他人を馬鹿にするような存在なのよ」
鍵はよろしく、と言って部屋を出ていくにこ部長。そうか、いつの日かの廊下で。あの時、彼女が俺の過去を追究しなかったのは、彼女自身がその痛みを知っていたから。彼女は他の人が辞めても1人でスクールアイドルを続けたのだから。
にこ部長と俺、いや過去の俺は似ている。だったら、彼女だって変われるはずだ。俺だって変われたのだから。この音ノ木坂に来て。いや。
μ'sと関わって。