365日の魔法 作:アンパン食べたい
「アスちゃんはどうしてにこ先輩に私のサイン色紙をあげたのかな?」
「俺の、というよりμ'sの都合上、ことり先輩とにこ先輩を合わせるわけにはいかないと思い、にこ先輩にはミナリンスキーには合わずに帰ってもらったんです。だからそのお詫びに、と」
「私に言ってくれれば良かったのに」
「それにつきましては申し訳ないです」
言われればそうだ。ちゃんと事情を説明してことり先輩にサインを書いて貰えば良かったのだ。
「でも、アスちゃんらしいね」
「俺らしい?」
「うん。誰かのために行動できるアスちゃんってすごいよ」
俺が?そうだろうか。俺は別にそこまで意識はしていないのだが。
「ミナリンスキーに会いたかったけど会えなかったにこ先輩のためにサインを私に書いてもらって」
「俺がにこ部長をミナリンスキーに会わせなかったんですから、当然ですよ」
別に褒められることではない。ことり先輩を騙していたんだし。
「私が誰かに見られてるって相談した時は守ってくれるって言ってくれたよね?」
「守れませんでしたけどね」
まあ、本物のストーカーというわけではなかったから、結果オーライなのだろうが。でも、俺が無力だったのには変わりない。
「私がここでバイトしていることも秘密にしてくれてる」
「自分も不利益を被りますからね」
もし俺がここでバイトしていること、1人で来店したことがバレでもしたら、俺のμ'sでの立場というものがなくなる。園田先輩に何をされるかもわからない。
「初ライブの前日だって、私たちが仲違いしないように悪役を買って出たよね」
「嘘でも先輩を侮辱したんです。褒められることじゃないですよ」
それに結局はその役の重さに耐え切れなくて自分から投げ出してしまった。
「私たちのために真姫ちゃんに必死に作曲を頼んでた」
「でもそれは出来レースだったわけでしょう?」
それにそれは自分の命のためでもあったんだ。先輩たちのためとは言い難い。
「それでも、アスちゃんは誰かのために頑張っているんだよ。真姫ちゃん、凛ちゃん、花陽ちゃんをμ'sに入れようと頑張ってたよね?」
「……だったら、何だって言うんですか」
「ほら、やっぱりアスちゃんは誰かのために全力で頑張れるんだよ。アスちゃんは前に聞いたよね、何でことりがここでバイトしているのかって」
たしかに聞いた。そしてもう一度聞こうともした。でも、それが今の話と何の関係が?
「今から教えてあげるね。μ'sを始めた頃、街でスカウトされたの。メイド喫茶でバイトしてみないかって。それでね、メイド服が可愛かったから引き受けたんだ。でも理由はそれだけじゃない。ううん、本当の理由はそれじゃない」
「本当の理由?」
「私は変わりたかったの。穂乃果ちゃんみたいにみんなを引っ張っていけるわけでもなくて、海未ちゃんみたいにしっかりしているわけでもない。アスちゃんほど、人のために尽くすこともできない。私には何もないの」
ことり先輩には何もない?いや、そんなことはない。
「ことり先輩は歌もダンスも上手いじゃないですか。それに衣装だって先輩が作ってる。何もないどころか、先輩がいなかったらμ'sは今まで活動できなかったんですよ?」
「ううん。私はただ穂乃果ちゃんと海未ちゃんについていってるだけ。だから何もーー」
「すごいじゃないですか」
「え?」
「2人にずっとついていってるって、それって2人に自分を捧げているわけでしょう?俺なんかよりずっと人のために尽くしているじゃないですか。それに、ことり先輩は何度も俺を助けてくれました。ここでバイトできるように店長に掛け合ってくれましたよね?」
それに、園田先輩との諍いの時に彼女は俺に手を差し伸べてくれた。結局その手を取ることはなかったけれど、嬉しかったのだ。彼女の優しさが身にしみた。一度決意が揺らぐほどに。
「ことり先輩は可愛いんです。高坂先輩にも、園田先輩にも負けないくらい。いや、むしろ園田先輩よりずっと可愛いですよ」
園田先輩は可愛いとはベクトルが違う気がする。可愛いというよりかは、綺麗。よくことり先輩は俺が園田先輩に惚れている前提みたいな感じで話すが、それをことり先輩に置き換えてみても何ら違和感はない。いや、たしかに相手が自分に惚れている前提で話していたら少し変かもしれないけど。
「可愛いって……。アスちゃん、会う子みんなにそう言ってない?」
「事実なんですから仕方ないと思うんですが?」
「あはは……」
苦笑することり先輩。その顔にはくっきりと『ダメだこいつ』と書かれている。俺、何か間違ったこと言った?
「と、とにかく!ことり先輩は十分魅力的な女性です!俺がこんなこと言うのも変ですけど、自分にもっと自信を持ってください!それに、ことり先輩はいつも高坂先輩と園田先輩についていってるだけと言ってましたけど、そんなことないと思いますよ。現に今ここで2人に内緒でバイトしてるんですから」
「そっかぁ……。ありがとう、アスちゃん」
突然、ことり先輩はテーブルの上に置いてあったケチャップを取るとオムライスにそれをかけ始める。俺の似顔絵と思われる。しかしどことなくイケメンに見えないこともない。俺はフツメンなのに。あれか、ことり先輩が少しオーバーに描いているだけか。もしかしてそれもサービスの一環なのか?
「お待たせいたしました、オムライスでございます」
「ありがとうございます」
頼んだ覚えはないけど、オムライスを渡される。これ、食べたら支払う必要があるよな?いや、どっちみち俺が払わないといけないんだよな、たぶん。もう作られてるし。だったら食べるか。
スプーンを持ってオムライスを食べようとすると、ことり先輩にスプーンを取り上げられる。
「先輩?」
「私がご主人様に食べさせてあげますね?」
……はい?聞き間違えではないよな?今、ことり先輩が俺に食べさせてあげるって言ってたよな?
「はい、あ〜ん♪」
これもサインを勝手ににこ部長にあげたことに対する罰なのか?ものすごい恥ずかしいんだけど。だってこれ、まるで恋人じゃないか。この店にはそんなサービスはなかったはずである。
「食べないの……?」
瞳を潤ませることり先輩。卑怯だ!そんな手を使うなんて!
「先輩は恥ずかしくないんですか?こんな恋人みたいなことして!」
「恥ずかしいけど、でもアスちゃんとだったらいいかな……」
頬を染めながらそんなことを言うことり先輩。え、なにこれ?ちょっと待って、頭のキャパシティを超えた現象が今目の前で起きているんだけど。
「えっと、ことり先輩?さっきは俺を好きになることはないって言ってませんでしたっけ?」
「うん♪」
笑顔で頷くことり先輩。楽しそうな彼女を見ていると、何だかこれでいっかと思えてくる。いや、まったく良くないんだけどね?だって矛盾が残ったまま何の解決も出来てないし。
「ほら、アスちゃん早く!」
ことり先輩に急かされる。このままでは埒があかないので仕方ない。俺はやむをえず口を開く。ことり先輩がその中にスプーンを入れる。たっぷりケチャップがかけられたそのオムライスはケチャップの味しかしなかった。
「ごめんね、アスちゃん。待ったよね?」
「いえいえ。それじゃあ帰りましょう」
ことり先輩のバイトが終わった後、俺らは2人で帰路につく。彼女のバイトが終わるまで、俺はオレンジジュースをちびちび飲んで時間を潰していた。相変わらず、美味しくないのになぜか俺はオレンジジュースを飲みたくなる。不思議だな。
「それでね、って。アスちゃん、聞いてるの?」
「え?あ、はい」
「……本当に?」
「ごめんなさい、聞いてませんでした」
「もう。もう一回話すよ?えっとね……」
隣を歩くことり先輩を見る。店でも言ったけど、やっぱり可愛いと思う。俺を好きになることはないって言われたのが結構ショックである。やっぱり男子としては夢見るものなのだ。
でもなぜ俺を好きになることはないと断言できるんだ?あ、もしかして彼氏がもうすでにいるとかか?すごい気になる。ロクでもないチャラ男とかだったら俺が今すぐぶん殴りに行ってやる。そして返り討ちにあうのがオチなのだが。
あ、でもスクールアイドルって恋愛できるの?今度、花陽かにこ部長あたりに聞いてみようかな。
「ねえ、アスちゃん?」
「うわっ、近いです!近いです、ことり先輩!」
気付けばことり先輩が俺の顔を覗いていた。その距離はもう10センチもないのではというくらいの距離。
「何で人の話を聞かないのかな?」
ニコニコしていることり先輩。でも、その背後には黒い何かが揺らめいているように見える。まるで園田先輩じゃないか。
「少し気になったことがありまして」
「言ってごらん?」
「ことり先輩って誰かと付き合っていたりします?……先輩?」
少し歩いたところでことり先輩が立ち止まっていることに気づき、俺も立ち止まる。彼女は俺の数メートル後ろで雷に打たれたような顔をしていた。
「アスちゃん、急にどうしたの?」
「いや、ほら。ことり先輩が俺を好きになることがないって言ってたじゃないですか。だからもしかして彼氏がいるのかなぁ、と」
「あ、あ〜。なるほど〜。ことりにはいないよ?」
「じゃあ好きな人は?」
「……最近できたかな」
「ええっ⁉︎本当ですか⁉︎だ、誰ですか⁉︎」
そいつがロクでもないチャラ男とかだったら俺が今(ry
「それは言えないかな。それに」
再び歩き出し、俺の前に出たことり先輩。後から追いかける形になった俺からは彼女の表情は見えない。
「私は友達と恋愛を両立させるほど器用じゃないから。だから、この気持ちは絶対に明かさないの」
それはどういう意味か。恋愛に夢中になってμ'sの活動を疎かにしてしまうという意味か。それとも、友達と同じ相手を好きになってしまったという意味か。こっちだと断言することはできないだろう。でも。
「それは間違ってますよ」
「えっ?」
「ことり先輩が誰が好きであろうと、別に俺に言う義務はたしかにありません。でも、先輩がその気持ちをずっと心に閉まっておこうとするのは間違ってます。それは自分に嘘をついている」
「じゃあどうすればいいの?」
「わかりません。ただ、これだけは言っておきます。俺はμ'sのマネージャーです。何かあったら、相談してください。困ったことがあれば言ってください。苦しんでいるなら教えてください。俺にできることは少ないかもしれないですけど、でも役に立ってみせます!だってそれが」
先ほど、店でことり先輩に言われたことが少し分かった気がする。俺はお節介なのかもしれない。
「俺らしさなんでしょう?」
「アスちゃん……」
振り向いたことり先輩は目元を拭う。そして軽く舌を出して、
「でもアスちゃんには絶対に相談できないかな」
そのまま走っていくことり先輩。呆然と立ち尽くす俺。って、そんな立ち尽くしている場合じゃない!
「ちょっと先輩⁉︎待ってくださいよ!何で俺には言えないんですか⁉︎」
「どうしても!」
ええ……。それって俺が信用できないってことなの?そうなの?すごい悲しいんだけどな……。