365日の魔法 作:アンパン食べたい
コンコン
「どうぞ」
「失礼します」
「おう、佐々木か。何の用だ?」
「部室の鍵を借りにきました」
「お前が?珍しいな」
週明け、月曜日。放課後になった今、俺は職員室に来ている。目的はアイドル研究部の部室を借りるためだ。いつもはにこ部長が借りてくるのだが、今日は訳ありで俺が借りにきた。今頃にこ部長は東條先輩の"ワシワシ"というものを受けているはずである。今朝、神社での朝練の時に彼女ににこ部長の足止めを頼んだところ、快く引き受けてくれたのだ。でも"ワシワシ"ってなんだろう?
「今日は先輩は休みなのか?」
「いや、来てますよ?」
「ああ、なるほど(そうか、パシられたのか、可哀想に)。鍵はあそこだから勝手に持っててくれ」
「ありがとうございます」
なぜか担任の先生が慈悲深い目をしていたが、何故だろうか?この人はそんな目をするような人間ではなかったはず。だって何の躊躇いもなく人の頭を叩くような人だぞ?
「佐々木、あまりそういう事を考えているとまた叩くぞ?」
数Ⅰの教科書を構える担任。え、何で俺の思考を読まれてるの?まるで真姫じゃないか。もしくは東條先輩。本当、彼女らはエスパーなのでは、と思うくらい俺の心を読んでくる。もう少し俺のプライバシーを配慮してほしい。というより、俺の予想通りの行動してどうするんです、先生。
「ところで佐々木。ここでのんびりしていていいのか?(パシられているんだったら急いだ方が良いだろうに)」
「ああ!そうでした、それじゃ失礼します!」
そうだった、急いでいるんだった。にこ部長が部室に来る前に準備を終わらせなければいけないのだから。
可哀想な人を見る目で俺を見る先生に頭を下げると、急いで鍵を取って職員室を飛び出す。全力で部室まで駆け抜けると、そこには既にμ'sのメンバーが勢揃いしていた。
「遅いですよ、飛鳥。予定より2分オーバーです」
「すみません、海未先輩」
「え、あ、いえ。そこまで気にしてませんから……。やっぱり慣れてないとあれですね」
「あれ?海未ちゃん、どうかした?顔真っ赤だよ?」
「い、いえ。何でもありませんよ、穂乃果。それよりも早く準備を始めましょう」
どういうわけか急に顔を赤くした海未先輩。まあ気にしても仕方ないだろ。それよりも早く準備をしよう。にこ部長が来る前に終わらせないといけないからな。
「あれ?アスちゃん、ポットはないの?」
「えっと、たしかこの辺に……って、それくらい自分で探してくださいよ、穂乃果先輩!」
「ねえ、アスちゃん。書類が見当たらないよ〜」
「はい?ことり先輩、昨日俺が徹夜で作ったのになくしたなんて言わないでくださいよ?」
「何か机の上のグッズが邪魔だにゃ」
「ここのパイプ椅子、少し硬くないかしら?」
「ああ、でんでんでん……!」
大丈夫か?みんな準備をしているのか?してない人がいるよな?花陽と真姫、君たちは何をしているんだよ。それと凛。勝手に動かして怒られても知らないからな?
そんなカオスな空間に海未先輩が外から入ってくる。彼女はにこ部長が来ないかどうか見張り番を担当していたのだ。ということは、
「にこ先輩が来ました!」
「よぉ〜し、みんな座って!」
穂乃果先輩の号令でみんながパイプ椅子に座る。
「アスちゃん、電気消して!」
「はい、消します」
部屋の電気を消す。途端に静まり返る部屋。物音一つしない部屋で耳を澄ましていると、あの日を思い出す。俺とにこ部長が出会ったあの日を。そして、その時の彼女の暗い顔。
聞こえてくるのは足音。やはりその足音はあの日と同じように俺らがいる部屋の前で止まる。そして、入り口の近くの部屋の明かりのスイッチの側で待機している俺の耳に聞こえてくるほどの盛大なため息を吐いた後、部屋のドアが開かれる。
彼女の笑顔に光を取り戻す。そう決意して俺はスイッチを押した。
「「「「「「「お疲れ様です!」」」」」」」
「え⁉︎な、何⁉︎」
「お茶です、部長!」
「ぶ、部長⁉︎」
まず穂乃果先輩が湯呑みをにこ部長に差し出す。でも先輩。それ、お茶を淹れた時より量が減ってませんか?まさか飲んでませんよね?
「今年の予算表になります、部長」
「なっ⁉︎」
次にことり先輩が今年の予算表を提出する。あれ?俺にはそれが白紙に見えるんですけど?結局見つからなかったんですか、俺が作ったのは。俺の徹夜……。
次の凛が机を軽く叩く。
「部長〜、ここにあったグッズ、邪魔だったんで棚に移動しておきました〜」
「こら!勝手に動かすな!」
ほら、言わんこっちゃない。やっぱり怒られた。
凛の元へ向かおうとするにこ部長の前に真姫が手を出す。
「さ、参考にちょっと貸して、部長のオススメの曲」
「な、ならば迷わずこれを……!」
そして真姫に返答するのは花陽。その手に持っているのはあのでんでんでん。なぜ花陽が答える?
「あー⁉︎だからそれは!」
「ところで次の曲の相談をしたいのですが、部長!」
一巡して穂乃果先輩。
「やはり次はさらにアイドルを意識した方が良いかと思いまして」
あ、海未先輩。一巡してなかった。べ、別に海未先輩のことを忘れていたわけじゃないんだからねっ!……俺は誰に言い訳しているんだ、そして気持ち悪い。
「それと〜、振り付けも何か良いのがあったら」
「歌のパート分けもよろしくお願いします!」
畳み掛けに入ることり先輩と穂乃果先輩。しばらくフリーズ状態にあったにこ部長はしばらくしてやっと動いた、と思ったら俺を睨む。
「どういうつもりよ。希にあんたが部屋の鍵を持って行ったって聞いて来てみれば。こんなことで押し切れると思ったわけ?」
「何言ってるんですか、にこ部長。音ノ木坂学院アイドル研究部所属のスクールアイドルユニット、μ'sがその部室で次の曲の話し合いをする。どこに変な点があります?」
「大有りよ!どうしてμ'sが……」
「にこ先輩、私たちはただ相談しているだけなんです。音ノ木坂学院スクールアイドル、μ'sの7人が歌う次の曲を」
「7人……」
にこ部長がμ'sのメンバーを見回す。穂乃果先輩、ことり先輩、海未先輩、花陽、凛、真姫。そして最後に俺を見る。
「あ、ああ!そういうことね!これからは飛鳥もスクールアイドルとして頑張るってことね!が、頑張って」
「何でそうなるんですか!」
にこ部長の肩を掴む。いい加減、素直になってほしい。この間はアイドルになりたいと言っていたじゃないか。それを今、認めればいいだけだろうに。
「だって、私は……」
「いつまでそんなこと言ってるんですか!アイドルになりたいんでしょう?アイドルをやりたいんでしょう?だったら!どうして目の前のチャンスに見て見ぬ振りをするんです?」
「でも」
「ああ、もう!そんなうじうじしてにこ部長らしくもない!あなたは周りの迷惑とか他人への配慮とか、そういうことを考えて行動するようなタイプじゃないですよね?人に盗撮を頼んだり、穂乃果先輩や海未先輩のポテトを盗み食いしたり!」
「アス、それ貶してない?」
真姫に突っ込まれる。別に俺は貶しているつもりなんてないんだけどな。とくにストーカー扱いされたり、ポテトを奢ってしまったことに対して腹を立てているわけではないんだよ?……嘘です、少し根に持ってます。
「とにかく!そんな過去のことを気にしてクヨクヨしないでください!それに、今回は誰もにこ部長1人を残して辞めるなんてことはしません!少なくとも俺はずっとにこ部長を支え続けます!」
「ささ⁉︎」
μ'sのマネージャーとして。μ'sのファンとして。そして、アイドル研究部の部員として。
「だから、痛っ⁉︎」
誰かに後ろからアキレス腱を軽く蹴られた。誰が蹴ったんだ、やり返してやろうか、と意気込んで振り返る。しかし、その仕返しをする気もすぐに失せてしまう。なぜかことり先輩を始めとし、穂乃果先輩以外の人たちが俺を睨んでいるのだ。何で睨んでいるのかは知らないけど怖い。
「あの、皆さんなぜ揃いも揃ってそんな怖い顔を……?」
「そんなの今はどうでもいいでしょ、アスちゃん!それよりも、にこ先輩」
いやどうでもいいわけないだろ。だってあのことり先輩や花陽までそうしてくるんだよ?天使だと思っていたのに……。
「……厳しいわよ?」
そんな俺らのやり取りを華麗にスルーするにこ部長。……もういいや。これでにこ部長が入ってくれるなら。
「わかってます!アイドルへの道が厳しいことくらい!」
「わかってない!あんたは甘々!あんたも!あんたも!あんた達も!」
μ'sのメンバーみんなに甘いと喝を入れるにこ部長。さすが3年生、威厳がある。しかしさすが俺、甘いとは言われなかったぜ。これでも一応アイドル研究部の部員としてだな、
「飛鳥、あんたは激甘よ!」
「ええ⁉︎どうしてです⁉︎」
「この程度でこの私を落とそうと思うなんて甘すぎなのよ」
「落ちたじゃないですか」
現にこうやってμ'sのメンバーになったわけだし。
「お、落ちてない!私はその程度じゃ落ちないわよ!」
ダメだ、さっぱり意味がわからない。だってにこ部長はμ'sのメンバーになったんだよな?
「あ、雨止んでるにゃ!」
窓の外を見た凛が言う。たしかに止んでいる。これから練習ができそうだ。
「じゃあアスちゃん、生徒会への申請はよろしくね!」
穂乃果先輩に部活の統合に関する書類を渡される。正確にはμ'sは部活ではないのだが、まあ問題ないだろう。アイドル研究部の方は既に俺が持っている。
「いい?練習する前にこれだけは言っておくわ」
もう一度全員の注目を集めるにこ部長。みんなの中心に立ち、熱を込めて話すその姿は正しく部長。2人だけの時にはあまり感じられなかっただけに、新鮮だ。にこ部長が生き生きとしてる。
「アイドルっていうのは、笑顔を見せる仕事じゃない。笑顔にさせる仕事なの!それをよく自覚しなさい!」
なるほどな、と思う。だからμ'sはアイドルなのだ。にこ部長を笑顔にさせたのだから。そして、これからも多くの人をそうさせていくんだろう。
「μ'sは部活じゃないのだけれど……。まあ、いいわ。どうせ書き直せばいいだけの話よね」
生徒会室で生徒会長に書類を提出。無事μ'sはアイドル研究部所属のスクールアイドルとなったわけだ。これで部室が手に入り、雨の日でもある程度の活動ができる。
「お疲れ様、佐々木君」
生徒会室を後にしたところで、追いかけてきた東條先輩に声をかけられた。
「いえ。先輩も協力してくださり、ありがとうございました」
本当にこの人には頭が上がらない。何から何までお世話になってばかりだ。たまにはお返しがしたいのだけれども。今度オレンジジュースでも奢らせてもらおうかな?
「そうそう。せっかくμ'sも部活になったんやから、部活動紹介のビデオでも撮ってみない?」
「部活動紹介?」
「そう。今までにこっちが1人でアイドル研究部をやっていた時はにこっちがやらないって言ってたんやけど、どうかな?」
部活動紹介のビデオか。それを撮って公開したのなら、μ'sの人気や知名度がさらに上がること間違いなし。断る理由がないな。
「いいですね、ぜひお願いします」
「じゃあ、明日の昼休みに中庭に集まってくれるかな?」
「わかりました。他のメンバーにもそう伝えておきます」
東條先輩と別れて屋上に来た俺。さあ、俺も練習に付き合いますか!
「はい、もう一回!」
「「「「「「にっこにっこにー」」」」」」
「つり目のあんた、気合入れて!」
「真姫よ!」
「ほら!あともう30回追加!」
ゆっくりとドアを閉める。今日はバイトが入ってたかなー、たしか。
感想を書いてくださった方、ありがとうございます。