365日の魔法 作:アンパン食べたい
少し長い階段を登り終えるとそこに背の小さい女子が仁王立ちしていた。
「遅いわよ、飛鳥!」
「すみません、にこ部長」
翌日、神田明神。俺は定刻通りに来ただけなのに遅いと言われるこの理不尽。新入りのくせに生意気だ!と、心の中だけで言う。声に出したら怒られそうだし。
「あれ?まだ練習開始してないんですか?」
「穂乃果がまだ来ていないんです。どうせただの寝坊でしょうが」
そう言われればたしかに穂乃果先輩がいない。でも海未先輩、寝坊と決めつけるのはちょっと早急なんじゃ……。
「穂乃果なんて後回しでいいからさっさと練習するわよ!」
「にこ先輩さすがにそれは……」
「いい、花陽?アイドルの世界は残酷!遅刻するような人は所詮その程度だと思われて終わりよ!いちいちその人に構っている暇はないの!わかったら早く練習するわよ!」
「それに穂乃果先輩がいなくたって練習できるでしょ?海未先輩がいるし」
にこ部長も真姫も随分と冷たいんだな。同じ仲間なんだからさ、もう少し優しくしてあげようよ。誰かが迎えに行くとかさ。
「すみませんが飛鳥、穂乃果の家まで行ってきてくれませんか?」
「ええ⁉︎何で俺が⁉︎海未先輩か行けばいいじゃないですか!」
というより、もうちゃっちゃと練習を始めればいいじゃん。寝坊する人が悪いんだ!……同じ仲間?寝坊と決めつけるのは早急?え、何のこと?
「私たちには練習があるので」
「お願いできないかな、アスちゃん?」
「……はぁ。わかりました、行きますよ」
さすがに練習があるのでと言われてはこちらとしては折れるしかない。それに俺はマネージャー、アイドルのスケジュール管理は俺の仕事だろう。別にことり先輩に頼まれたからではないよ?俺だってノーくらい言える……と思う。
「ごめんください」
穂乃果先輩の家、すなわち穂むらにやってきた俺。閉店中と書かれたプレートが下がった扉を開けて中に入ると、例の若い母親が慌ただしく動いていた。朝から大変ですね、ご苦労様です。
「すみません、まだ開店してないんですけど、って佐々木君ね。久しぶり。どうしたの?」
「あの、穂乃果先輩って起きてます?」
「穂乃果?そういえば今日はまだ見ていないわね……」
それってまだ起きてないと同義だよね?大丈夫か、うちのリーダーは?練習に参加する気はあるのか?
「悪いけど佐々木君、起こしてくれないかしら?」
「はい、そのつもりで来ましたんで」
「助かるわ」
奥の方へと入っていったママさん。厨房だろうか?親父さんがいるのかも。そういえば会ったことがない。今度挨拶した方がいいのだろうか?最近、師匠が最初俺に対して怒り気味だったのはそのせいだと思うんだ。
まあ、今はそんなことをしている時間はないので階段を上って二階へ。たしか穂乃果先輩の部屋は奥だったはず。手前は雪穂ちゃんの部屋だったんだよな。今日は間違えないぞ、うん。またあのような光景を見るわけにはいかない。雪穂ちゃんに申し訳ないし。
しかし運命とは何と皮肉なことか。俺が彼女の部屋の前を通り過ぎようとした時、その扉が開かれた。本当にグッド、いやバッドタイミング。……すみません、少し見てみたかったです。
「やばい!遅刻しちゃうよ!これじゃあまるでお姉ちゃんじゃん!」
いや、ね。見ないようにしようと思っていてもやっぱり声がした方を見ちゃうと思うんだ。これは自然の摂理である、仕方ないよ。つまり、ごめんなさい。許して雪穂ちゃん。
「さささ佐々木さん⁉︎」
「お、おはよう」
部屋から飛び出してきた雪穂ちゃん。下はちゃんと制服のスカートを履き、靴下も履いているけど、上はただブラウスを羽織っただけ。ボタンはとまっていない。したがって見えてしまっているんですね、ええ、下着が。水色なんだね、いいと思うよ。眼福眼福。って⁉︎
「ごめんなさいっ!」
急いで俺は穂乃果先輩の部屋に駆け込む。危なかった。あのままでは俺は完全な変質者じゃないか。こら、そこ。既に変質者だとか言うな。
「んん……雪穂もう少しだけ……」
声がした。一瞬、座敷童子か何かかと思ったが、すぐにそれが穂乃果先輩だと気づく。そうだ、ここって穂乃果先輩の部屋じゃん。おそらく今のは寝言だろう。……まだ寝てるのか。
「穂乃果先輩?」
ベッドの上から落ちかけている穂乃果先輩を覗き込む。穂乃果先輩は気持ちよさそうに寝ていた。その無防備な寝顔に目を引き寄せられる。ここに男がいるというのに、なんて無用心じゃなんだ。……あ、ここ穂乃果先輩の部屋じゃん、だったら別に普通か。むしろ俺が犯罪者みたいじゃん。違うけどね?
「えっと、穂乃果先輩?」
「……雪穂、うるさ……い」
どうやら俺のことを雪穂ちゃんと勘違いしているようだ。もしかしていつも雪穂ちゃんに起こしてもらっているのか?なんて情けない姉だ。そして雪穂ちゃんが出来すぎてる。まるで某何とかえもんに出てくる、えっと、すごすぎ君?やりすぎ君?……なんか違うな。
「穂乃果先輩、朝ですよ?」
「うーん……」
寝返りをうつ穂乃果先輩。いい加減起きないかな、早くしないと俺が海未先輩に怒られそうだ。よし、仕方ないからボディタッチという最終手段をとらせてもらおう。ふふふ、先輩が起きないのが悪いんですよ?役得役得。……俺ってやっぱり変態なのかな?今度出頭でもした方がいいのだろうか?
とりあえず、体の方には触れないほうが良いだろうという判断のもと、頬をつついてみることにした。そっと彼女の頬に指を近づける。あと10センチ……5センチ……3センチ……1センチ……。
触れた。初めて触れたかもしれない女子の頬。柔らかいものだと思っていたが、想像以上である。もうプニプニというか、スベスベというか。これはいつまでも触っていると祟りにあいそうだ。もう離そう。
が、指を離そうとした瞬間に穂乃果先輩な手を掴まれる。えっ?起きてた?これで俺も刑務所ルートですか?
「雪穂……私にもホットドッグ……パクッ」
パクッ。穂乃果先輩はそう言った。でも実際はパクッなんてもんじゃない。もうガブッくらいの勢いである。つまり何が言いたいかというと、
「痛たたたたたたた⁉︎」
手を引くのが遅すぎて天罰を食らったようである。マジで痛い。穂乃果先輩が俺の指を思いっきり噛んでいる。そろそろ噛みちぎられそうである。彼女は歯を立てて必死にホットドッグだと勘違いしている俺の指を噛んでいるのだ。ただ、寝ているためか全力は出ていないように思われる。そうか、ホットドッグを食べる夢でも見ているのか。いや、何冷静に状況解析してるの、俺!それどころじゃないでしょうが!
「先輩⁉︎先輩⁉︎起きてください、ガチで指がああああああ!」
「んん?……あ、アスちゃん……ええっ⁉︎」
やっと目が覚めた穂乃果先輩が俺の手を手放し、そのままフリーズする。ああ、歯型ができてる……。しかもそこがズキズキ痛む。でも良かった、出血はしていないみたいだ。出血なんてしていたら穂乃果先輩にも迷惑がかかるしな。よく耐えた、我が指よ。
「ちょっと、アスちゃん⁉︎何でアスちゃんが穂乃果の部屋にいるの⁉︎」
ポケットからハンカチを取り出して指を拭いていると穂乃果先輩がようやく動き出した。そして当然の反応。
「あ、おはようございます、穂乃果先輩」
「うん、おはよう、アスちゃん。……じゃないよ!」
とりあえず、説明が面倒だったので穂乃果先輩に噛まれた指で部屋の時計を指差す。あ、腫れてる。これ、どうしようか。
「えっ、もうこんな時間⁉︎朝練始まってるじゃん!」
「そうですよ、だから他の人に頼まれて穂乃果先輩を連れに来たんですよ。早く支度してくださいね?」
「支度はするけど何呑気に座ってるの、アスちゃん!穂乃果、これから着替えるんだから!」
痛む指にフーフー息を吹きかけていたら穂乃果先輩に部屋の外へと弾き飛ばされた。けが人に対してなんて仕打ち!いや、穂乃果先輩の頬に触ってみた俺が悪いのか。うん、これからは気安く女子に触れないようにしよう。触らぬ神に祟りなし、触らぬ女子にお怒りなし。
「アスちゃんが不法侵入するのがいけないんだよ!」
「いやだってノックしたって返事しないですよね?」
「じゃあノックしたの?」
「……してないです」
「ほら!やっぱりアスちゃんが悪いよ!今日の放課後にパンを奢ってね!」
急いで神田明神に向かう俺と穂乃果先輩。その途中で今朝の出来事はどっちが悪いかという口論になった。不法侵入って言ったって、許可は下りていたんだけどなぁ。ちゃんと穂乃果先輩の母親からは入っていいと言われたんだから。
「みんな練習してるのかな?」
「してますよ。海未先輩さえいればまともな練習ができますしね」
「そっか……。みんな頑張ってるね!」
「そうですよ、みんながんばってるんですから。先輩はμ'sのリーダーなんですからもっとしっかりしてくださいよ?」
一瞬だけ、彼女の表情が曇った。でも、本当に一瞬だったけれど。俺の見間違いかもしれない。
「そうだよね!やっぱり私がしっかりしないと、うん!」
「その意気ですよ、先輩!」
やっぱり穂乃果先輩はこれくらい明るくないとな。μ'sのリーダーであり、センターなんだから。彼女のこの明るさや元気にみんなついていこうと思えるのだから。
「ようし、アスちゃん!階段をどっちが先に上れるか競走だよ!よーい、どん!」
いきなり始まった競走。穂乃果先輩は出遅れた俺の数段先を駆け上がる。ステージの上で輝いていた先輩の背は、まだ俺には遠い。
一番上まで上り終わった穂乃果先輩がこちらを振り向く。あ、後ろ。
「やったね!穂乃果の勝ち!」
「……穂乃果、遅かったですね」
「う……海未ちゃん、おはよう」
「おはようございます。じゃあ階段を10往復してください。ついでに飛鳥も」
巻き添えを食らった。今日の俺はどこまでもついてないな、うん。