365日の魔法 作:アンパン食べたい
高坂先輩の言葉に、場が凍りついた。誰も動かない。それを言った本人でさえ。このまま時間が永遠に続くのかと思われたほど、その誰も動かなかった。その無限にも感じられた時間を最初に破ったのは園田先輩だった。
「何を言ってるのです、穂乃果は!男をスクールアイドルのマネージャーにする⁉︎しかもつい昨日会ったばかりのどこぞの馬の骨ともわからない人を?ダメです!破廉恥です!いったいどんなことをされるのか……」
断固拒否の姿勢を示す園田先輩。いや、その気持ちは分からなくはないですけど言い方がキツすぎませんか?というよりその人をケダモノを見るような目で見ないでください。久しぶりに心が痛んだじゃないですか。
「いいんじゃないかな?」
「ことり⁉︎」
南先輩が高坂先輩に賛成する。これには園田先輩は驚いたようで、口をパクパクさせている。金魚みたい。
「ほら、男手が必要になることだってあるかもしれないでしょ?それにせっかくのテスト生なんだからもっと学校での生活を楽しんでもらいたいかなぁ、と思って」
「そうかもしれませんが……」
「はいはい!それじゃあ多数決で決めようよ!アスちゃんを私たちのマネージャーにしたい人!」
手を挙げたのは高坂先輩と南先輩。園田先輩は苦虫を噛み潰したような顔をしている。
「はい、決定!」
「待ってください!佐々木さんが手を挙げていません!二対二です!」
「え?俺ですか?」
三人の注目が俺に集まる。うわあ、こうして見ると三人とも美少女だということを実感させられる。これはスクールアイドルにピッタリだな。少し、いやかなり緊張してきた。
「アスちゃんは私たちのマネージャーになりたいよね?」
たしかにそれは魅力的な話ではある。マネージャーになるということはこの可愛い先輩たちと親しくなれるということで、それはきっと望んでできることではないんだろう。でも。
「えっと、お断りさせていただきます」
「えっ?」
「どうして?」
小さくガッツポーズをしている園田先輩を後ろに、高坂先輩と南先輩が詰め寄ってくる。近い近い。近いです。
俺は少し後ずさりしながら、
「全員が賛成していないのならこういう集団に入るべきではないと思うんです。だから俺はマネージャーにはなりません」
理由を説明すると、園田先輩がうんうんと頷く。対して、高坂先輩と南先輩は今度は園田先輩の方へと急接近する。
「「海未ちゃん!今すぐ彼がいても良いって言って!」」
ものすごい勢いで園田先輩を屋上の隅まで追い詰める二人。しかし、園田先輩もその程度では折れない。
「嫌です!そもそも、どうしてあなたたちはそんなに彼にこだわるのです?」
それは俺も思った。たしかにこの学院に男子生徒は俺しかいないが、そこまで俺にこだわる必要もないよな?男手が必要といったってわざわざマネージャーという地位につかせる必要はないはずだ。
園田先輩に問われた二人はなぜか園田先輩から目を逸らし、斜め上を見上げる。あれ?汗かいてる?そんなに暑かったっけ、今日?
「ほ、ほら!勘だよ、勘。穂乃果の勘はよく当たるんだよね〜」
「こ、ことりは穂乃果ちゃんの判断を信じてるの。あはは……」
二人を見る園田先輩の目がどんどん険しくなっていく。
「あなたたち……。そんな非論理的な根拠で私たちの学校存続に関わる重大な決断をしようとしているのですか……?」
何かが園田先輩の背後で揺らいでいる。それを見ていると悪寒が走った。本能があれは危険だと告げている。
「で、でも!穂乃果の頭にビビッときたんだよ!昨日アスちゃんとぶつかった時!」
何とか自分の勘は正しいと園田先輩に認めさせようとする高坂先輩。しかしそれを見る園田先輩の目はとても冷たい。
「それはただの痛覚でしょう」
「や、やっぱり……?」
その後、園田先輩の説教が始まったので俺に飛び火してこないうちに帰った。
次の日。今日こそ聴く。そう心に固く誓った俺は音楽室の一つ下の階にある空き部屋に潜んでいた。ここで西木野さんのピアノの音が聞こえてくるまで待機していようと思っている。教室で直接頼まなかったのかって?無理だよ、だって女子ですら彼女にほとんど声かけないんだもん。そんな雰囲気の中男子の俺が彼女に声をかけるとか無理。
それにしても暗いな。今手に持っている、先ほど星空さんから昨日のお礼としてもらったあの美味しくないオレンジジュースのラベルすら見えない。それにしても星空さんも小泉さんと同じで良い人だったんだな。
最初は電気をつけようかとも思ったが、暗い方が張り込みしているみたいで少しかっこいい。無駄に少し残された厨二心が俺の心をくすぐった。アンパンが欲しいな。
ピアノの音が聞こえないかどうか耳を澄ましていたからだろう。誰かの足音が聞こえた。普段じゃこんな小さな音は聞き取れないな。
その足音は俺の今いる空き部屋の前で止まると、何か紙のようなものを拾い上げた。ああ、そういえばドアの前に紙切れが落ちてたな。ただここは女子校。プライバシーのことも考えて、俺は拾わないようにしたのだ。何が書いてあるかわからないし。
「ああ、もう。また外れてるし」
女子の声。外で立ち止まっているのは先生ではなく生徒のようだ。
「これでいいでしょ」
セロハンテープの音とか、紙が擦れる音とかがした後にドアがバンバン叩かれた。ああ、落ちていた紙切れをドアに貼ったんだな。ってことはもしかしてここ、空き部屋じゃない……?
「あれ?鍵が空いてるわね。……あ、そういえば昨日閉めてなかったかも」
ガチャ、という音とともにドアが開かれた。ドアの目の前で待機していた俺の目の前に現れたのは背の低い、ピンクのカーディガンを羽織ってる女子生徒。可愛いのだが、幼い。特にツインテールという髪型がその幼さを際立たせている気もする。さらにぺったんこ。しかしよく見るとリボンの色は緑。3年生だ。残念な先輩だ。
「あんた、誰よ」
その女子が俺を睨みつける。どうやら、今日も西木野さんのピアノを聴けそうにない。
「はい、お茶」
出されたコップをしげしげと眺める。まさか毒が入ってたりなんかしないよな?しないか。
中身を一気に飲み干す。部屋に女子と二人きり、しかもこの後俺は何をされるのかわからない(変な意味じゃないよ!)。そういう状況のせいで喉が渇いていたのだ。
しかし、コップ一杯のお茶では喉を潤せず。仕方ないので俺は星空さんからもらったオレンジジュースを飲む。やっぱり美味しくないな、これ。
オレンジジュースを飲みながら改めて部屋を見回す。部屋中がアイドルグッズで埋め尽くされている。まさにこの部屋の名前にぴったりだ。
「それで?あんたは誰よ?」
一つのデスクを挟み、俺とツインテール先輩は向かい合う。もしカツ丼があったら刑事ドラマみたいだな。
「佐々木飛鳥、共学化のためのテスト生です」
「そう、不審者ではないのね」
ツインテール先輩の名前が気になったが、彼女は名乗ることなく質問を続ける。
「で?何でここにいたのよ?」
「音楽室に用事があったんですが、そこに来る予定の人を少し驚かせようと思いまして」
はぁ〜、とため息を吐いた先輩は躊躇いもなく言う。
「馬鹿じゃないの?」
ええ、重々承知しております。でもまさかここが空き部屋ではなく、アイドル研究部なる部活動の部室だったなんてな。しかも部員は彼女一人らしい。
「先輩は新しい部員が欲しいとは思わないんですか?」
試しに聞いてみた。すると彼女は険しい顔をする。
「そりゃ、いた方がいいでしょうけど」
「じゃあ俺が部員に」
「いらないわよ」
ですよねー。もしかしたらうまくいくかもとは思ったけど、やっぱり甘かったか。
「私は好きで一人でやってるの。誰でもいいから入って、なんて思わないわよ」
やっぱりそうだよなぁ。よっぽどアイドルへの想いが強いんだろうな。普通は話し相手の一人や二人欲しがるもんな。
「それよりあんた。音楽室に行くんじゃなかったわけ?」
「もう遅いと思うんだけどなぁ」
部室の時計を見る。それは昨日音楽室に行った時刻とほぼ変わらない。まあでも一応行っておくか。
部屋を出る前にもう一度先輩を見る。彼女は既に俺への関心はないらしく、パソコンの前に座って画面を見ている。その表情は、パソコンの光が当たっているにも関わらず、暗く感じた。