365日の魔法 作:アンパン食べたい
誤りを指摘してくださった方、ありがとうございました。
「はい、笑って?」
「えっと……こう?」
凛の後ろから彼女の持つビデオカメラを覗き込む。画面には不自然な笑みを浮かべる穂乃果先輩。カメラの前だから緊張しているみたいだ。いつもみたいにはっちゃけていればいいのに。あー、でもそれだとふざけてるように思われたりするかもしれない。いつもの七割くらいがちょうど良いかも。
「じゃあ次は決めポーズ!」
「ええっ⁉︎」
驚きながらもよくわからないポージングをする穂乃果先輩。はっきり言って不恰好である。そこに、東條先輩がナレーションをかぶせる。
「これが、音ノ木坂学院スクールアイドルμ'sのリーダー、高坂穂乃果、その人だ」
「はい、オッケー!」
撮影していた凛が言う。こんなんでオッケーで良いの?正直なところアイドルとしての魅力が伝わってこなかったのだが。というよりも、凛がオッケーを出すものなの?
「ところで佐々木君。どうして7人全員いないのかな?」
「さ、さあ?」
昼休み。部活動紹介のビデオ撮影のために中庭に集まっているのは俺と穂乃果先輩、ことり先輩、海未先輩に凛。3人足りないのだ。
「かよちんは飼育委員の仕事があるって言ってたにゃ〜」
生徒会のビデオカメラを使って撮った映像の確認をしながら凛が言う。ああ、アルパカと戯れているのか。穂乃果先輩曰く、花陽はアルパカテイマーらしい。何それ?
「他の2人は?」
まあ、花陽がどこで何をしているのかわかったなら後は大丈夫。それ以外の人に関してなら理由を知っている。
「にこ部長は連絡先を知らなかったので伝えることはできませんでした。朝練の時に伝え忘れてしまったので。真姫はこの通りです」
俺は一件のメールを開く。それは俺がμ'sのメンバー(ただし、にこ部長を除く)に送った、『昼休みに中庭に集合』という一斉メールに対する真姫からの返信。それは短く一行だった。無礼な奴だ。……痛っ。何これ、ブーメラン?どこから?
『面倒そうだからパス』
「……君たち、遊びでやってるん?」
「別にそういうわけではないんですが」
東條先輩が穂乃果先輩を指差す。彼女は現在、何やら変なポーズを連続で取っている。納得のいくポーズができないらしい。もう既に凛のカメラは回ってないのに。ふざけてますね、はい。
「あ、じゃあ海未先輩を撮ってくださいよ。海未先輩ならきっとまともなものが撮れます!」
「ふぅん、じゃあ凛ちゃん」
東條先輩の指示に従い、海未先輩にカメラを向ける凛。あの生真面目な海未先輩である、きっと大丈夫なはず。礼儀正しく、節度をもって。間違いなく優等生の彼女なら心配ない。
「えっ?な、何なんですか⁉︎」
「何って撮影ですよ、海未先輩」
「撮影⁉︎いきなり人にカメラを向けるなんて失礼ですよ!」
急にカメラを向けられた海未先輩が慌て出す。穂乃果先輩がやっていたところを見てなかったのか?海未先輩にしては少し珍しいな。何か別のことでも考えていたのだろうか?
海未先輩がさっきまで見ていた方向を見てみると、ことり先輩がいた。ことり先輩もこちらを見ていたようで、目が合う。ただ、彼女はすぐに目を逸らした。何だったんだ?何か聞きたいことでもあったのか?あ、自分の順番が知りたかったとか?
「ことり先輩は海未先輩の後にお願いしますね」
「え?あ、うん」
うーん、反応はイマイチ。これではないみたいだ。彼女も穂乃果先輩と話し始めたし、これ以上考えるのは止そう。
「希先輩、そもそも何故私たちを撮影してるんですか?」
「あれ?佐々木君が説明してなかった?生徒会で部活動を紹介するビデオを作ることになって、各部の取材をしているところなん」
「ね?ね?面白そうでしょ?わかったら海未先輩、早く自己紹介!」
「い、嫌です!そんなカメラに写るなんて!」
少し頬を染めてそっぽを向く海未先輩。あれ、何だか今日の海未先輩はいつも以上に可愛い。その恥じらう姿がいつもの凛々しい感じとは違って、いい。これがギャップというやつか、なるほど。たしかに効果はあるみたいだ。でも俺は騙されないぞ?海未先輩の本性は鬼である。今朝だって俺は理不尽にも階段を往復させられたんだ。
「でも、μ'sのマネージャーの許可は下りてるし……」
「飛鳥?また何か変なことをしているのです?」
「してませんよ!それにまたって何ですか、またって!ビデオを撮ればμ'sのことをもっと知ってもらえますし良いじゃないですか!ね、穂乃果先輩!」
いつもの如く海未先輩が冷たい目を向けてくる。が、最近は怒りかけている海未先輩の扱いがわかり始めた。とにかく穂乃果先輩かことり先輩に話を振る。これで何とかなる。
「そうだよ海未ちゃん!アスちゃんの言う通りだよ!それに取材って何だかアイドルっぽくていいじゃん!」
「そうですよ、海未先輩。東條先輩が言うには、取材を受けてくれたらお礼にこのビデオカメラを貸してくれるみたいですし」
「そうなのですか、希先輩?」
「もちろん」
「やろう!海未ちゃん!」
「凛もやりたいなぁ。ほら、今のμ'sの動画って3人の時のしかないでしょ?」
ビデオカメラを借りられるとなれば、PVの撮影もできる。凛の言った通り、現在μ'sの動画はファーストライブの3人のやつしかない。せっかく7人になったのだし、新しい動画を投稿した方がいいと思うのだ。
「うんうん。そうだよね、凛ちゃん!それにあのビデオはまだ誰が撮ったのかもわかってないし」
「海未ちゃんもそろそろ新しい曲をやった方がいいって言ってたよね?」
「そうですが……」
「私、他の人にも伝えてくるね!」
「待ってください!まだいいとは言ってません!もう、穂乃果!」
校舎の方へと駆けていく穂乃果先輩と海未先輩。相変わらず穂乃果先輩は元気いっぱいなんだな。朝練であんなに階段を往復させられたのに。
「あ、ことりちゃん。悪いんだけど……」
凛からビデオカメラを預かった東條先輩はそれをことり先輩に手渡す。その時にヒソヒソと何かを伝えている。何を頼んでいるのだろうか?
「アスにゃん、凛達もそろそろ教室に戻ろう?」
「ああ、そうだな」
もうそろそろ昼休みも半分を過ぎた。四時間目終了後すぐに中庭に来たため、早めに帰って弁当を食べたい。じゃないと午後の授業が頭に入らない。もうそろそろテストもあるらしいし、今授業の内容が頭に入らないのは良くない。
「あ、ごめんね?少し佐々木君を借りたいんやけど」
「俺ですか?」
凛と教室に帰ろうとしたところ、東條先輩に呼び止められる。
「少し話があるんやけど、ダメかな?」
「わかりました。じゃあアスにゃん、凛は先に行ってるね?」
「悪いな」
角を曲がる際にこちらに手を振る凛を、俺も手を振り返しながら見送った後、俺は東條先輩の方に向き直る。
「それで?話って何ですか?」
「話してなかったんやね、ライブの映像のこと」
ああ、そのことか。たしかに話していない。あの映像を撮ったのは、実は生徒会長だったということ。そういえばμ'sのみんなに伝えてなかった。
「でもあれですよ?ただ忙しくて話す暇がなかっただけというか、忘れたというか。別に意図的に隠していたわけではないですよ?」
思えば、いの一番に伝えるべき事実だったのかもしれない。あの日は花陽、凛、真姫がμ'sに加入してそれどころではなかったのだけれども。次の日にでも言うべきだったか。……その次の日には俺はもう忘れてたけど。
「だったら、よく考えるんやで?」
「え?」
「μ'sのみんなに伝える前に本当にそれでいいのか、それを考えて。たしかにみんなは知りたがっているのかもしれない。けれど、それが生徒会長だと知ったら」
どうなるのだろうか。彼女たちは感謝するのか?それとも、生徒会長の本音を聞いてショックを受けるだろうか?いや、ショックなんてものじゃない。場合によってはアイドル研究部と生徒会の全面戦争だって……ないな、さすがに。でも、あまりいい空気にはならなそうだ。μ'sと生徒会、どちらも廃校阻止のために頑張っているのだ、敵対するのはあまりよろしくないと思う。
「世の中には知らないことがいいこともある」
たしかに、これは知らない方が幸せなことなのかもしれない。余計ないざこざはない方がいい。時には逃げるということも必要だ。現実逃避もいつだって悪いこととは限らない。
でも、これはその場合ではないのでは?避けて避けて、避け続けて。それで全てうまくいくならそれでもいいのかもしれない。けれど、現実はそこまで甘くはないだろう。これはいつかは知ってしまうものではないのか?
「午後の授業には遅れないようにね」
俺が悩んでいるのを他所に東條先輩は立ち去っていった。彼女はいったい何がしたいんだ?俺らに手を貸したと思えば、次は難問を残していく。俺らの進退を操るかのように。何かを調節でもしているのか?巫女さんのバイトをしている彼女のことだ、もしかしたら神からの詔を受けているのかも。
「……なんて、電波な話はさすがにないよな?」
しかし最近は人が心の中で呟いた独り言に突っ込んでくる人間もいるのだ、ないこともないかもしれない。
ちらりと腕時計を覗き込む。昼休み終了まで後10分。とりあえず今は置いておこう、弁当が先だ。腹が減っては戦はできぬと言われるように、腹が減っては考え事もまとまらないだろう。東條先輩については授業中にでも考えよう。……テスト?だ、大丈夫じゃないかな、あはは……。