365日の魔法 作:アンパン食べたい
放課後。アイドル研究部の部室の前に立つと、中から人の声が聞こえる。やっぱりここにいたのか。
中に入ると先ほどの昼休みに中庭にいた面子が揃っていた。みんなして机の上に置かれたビデオカメラを囲んでいた。あれ、そのビデオカメラって東條先輩がことり先輩に貸してたカメラ?
「ここで撮影するんですか?てっきり中庭だと思って真姫と花陽にそっちに行ってもらったんですけど」
「あ、アスちゃん。違うの。ただ中庭に行く前に少しこれを見てみて」
ことり先輩が俺にスペースを譲る。俺はそこからビデオカメラを覗き込む。映っているのは穂乃果先輩だ。どうやら授業中のようだが、彼女の動きは不審である。ゆっくり頭が垂れていっている。あ、眠いんですね、わかります。
そのうち、授業を担当している教師に起こされる。でもまだマシだな、俺なんて教科書で叩かれるもん。この優しい先生が羨ましい。ただ、椅子から落ちた穂乃果先輩も痛そうではある。
「ひどいと思わない⁉︎ことりちゃんが撮ったんだって!」
「こっそり撮るの、ドキドキしちゃった♪」
……盗撮?しかもドキドキしちゃったって。もしかしなくてもことり先輩って犯罪者予備軍?
「まったく。普段からあれ程しっかりするように言っているのに、穂乃果が聞かないからこういうことになるのですよ?これからは」
「あれ?ことり先輩、こっちは?」
海未先輩の説教が長くなりそうだったので、話題を変える。穂乃果先輩を撮ったものともう一つ録画したものがあるのだ。
「ああ、それはさっきここに来る前に撮ったばかりなの」
再生すると、そこは弓道場だった。道着を着て弓を構えているのは海未先輩。引き絞った矢を放つと、風を切る音の直後に遠くでそれが刺さる音がした。命中したみたいだ。凛々しい顔で遠くを、おそらくは的を見る海未先輩。
「さすが海未ちゃん!」
「海未先輩、格好良いですね」
と、海未先輩が不審な動きを見せる。あっちを見て、こっちを見て。人がいないかどうか確認しているみたいだ。やがて、弓道場に置かれている鏡を覗き込む。どうしたのだろうか、何か変なものでも写って……ぷっ。
「何してるんですか、海未先輩。鏡に向かって笑ってる?……ふふっ」
「これは可愛く見える笑顔の練習……?」
鏡を見ながら笑う海未先輩。片目を閉じて笑うその姿はまさにアイドル。可愛いと思ったけど、それは言わないでおこう。なんか負けを認める感じがする。
「プライバシーの侵害です!」
顔を真っ赤にした海未先輩がビデオを消す。ああ、もう少し見ていたかったんだけどな。まあでも意外と海未先輩がアイドルを楽しんでいるということがわかっただけでも良しとしよう。
「よし!こうなったらことりちゃんのプライバシーも!」
穂乃果先輩がことり先輩の鞄を開ける。俺もその中を覗き込む。すみません、拝見させていただきます。
中に入っていたのは筆箱や書籍、タオルに水筒etc。ただ、あるものが目を引く。2枚の写真、うち1枚に写っているのはメイド服を着たことり先輩。バイトの時にでも撮ったのだろう。そして俺にとっての問題はもう1枚の方。なぜかメイド服を着た俺の写真。え、もしかしてあの時の?
「わああ⁉︎」
慌ててことり先輩が鞄を穂乃果先輩から奪い取る。そしてそのまま部屋の隅へと逃げ込む。鞄を隠すようにするその様はバリバリ怪しい。もう少しうまくごまかせなかったんですか……。
「それって……」
「ナンデモナイノヨ」
「でも」
「ナンデモナイノヨ、ナンデモ」
片言になってますよ?ますます怪しいじゃないですか。困った顔でこちらを見ることり先輩。アイコンタクトにより彼女からメッセージを受け取った。内容はたぶん『助けて!』だろう。すぐに助け舟を出そうと口を開くが、言葉を出す前に俺の脳内に何者かが現れた。黒い羽根があり、槍のようなものを持っているそいつは見紛うことなく悪魔だ。飛鳥ロトと名付けよう。
『助けるのか?このまま放置すればことり先輩の困っている姿を見続けられるぜ?』
うっ、なんて魅力的な案だ。一滴くらいしか流れていないと思われるサディストの血が騒ぐ。
と、そこにもう一人別の人物が脳内にやってきた。白い翼に頭には輪っか。天使だ。よし、これは佐々木エルと名付けよう。
『ダメだよ、飛鳥。ことり先輩には恩があるでしょう?それをいつ返すの、いm『おい飛鳥!そんな奴の言うことは聞かなくて良いだろうが!』ちょっと、悪魔さん。邪魔しないでもらえます?』
俺の脳内で天使と悪魔が殴り合いを始めた今もことり先輩の鞄に穂乃果先輩の手が伸びる。おい、何でも良いから早く結論を出してくれよ!
『『結論、ことり先輩は可愛い』』
うん、異議なし。さすが飛鳥ロトと佐々木エル。よく分かっているじゃないか。……って違うだろ!いやことり先輩が可愛いのは事実だけど!
「ちょっと!取材が来るって本当なの⁉︎」
その時、バァンとでかい音を立ててにこ部長がドアを開ける。全身汗だく、髪も乱れに乱れた彼女の様子を見るに、どうやら全速力で走ってきたみたいだ。いきなり登場した彼女のおかげでことり先輩から注意が逸らされる。
「もう来てますよ、ほら」
凛がにこ部長にビデオカメラを見せる。すると、にこ部長は急に笑顔を作り、
「にっこにっこにー♪みんなの元気ににこにこにーの、矢澤にこです♪えっとぉ、好きな食べ物はぁ、甘〜いお菓「ごめん、にこっち。そういうのいらないから」、え?」
東條先輩。バッサリ切られた。しかもよくよく見てみると凛の持っているカメラ、回ってないし。それにしてもさすがはアイドル研究部の部長である。一瞬でこの変わりよう、まさにプロ並み。ついでに耳寄りな情報を得ることもできた。にこ部長はお菓子が好きらしい。今度餌付けでもしようかしら。
「部活動の生徒たちの素顔に迫るって感じにしたいんだって」
「そう。だから部長、そんなイタいキャラは要らないんですよ」
「イタいってあんたねえ……。まあいいわ。素顔、そっちね」
一度机の下に隠れたにこ部長は、ツインテールの髪を留めていたリボンを外すと立ち上がるとお淑やかに話しはじめる。
「いつも?いつもはこんな感じにしているんです」
可愛くはあるんだけど、何かが違う。にこ部長の性格からしてこれは少し無理があるというか。
後ろから袖を引っ張られる。振り向くと穂乃果先輩が早く中庭に行こうと目配せをする。俺も頷く。
部室内のスクールアイドルのポスターに手をかけ、目を閉じながら話し続けるにこ部長を部屋に残し、俺らは中庭へと向かった。
「あ、みんな!」
中庭に行くと花陽と真姫はすでにいた。俺らが来た途端駆け寄ってくる花陽と、それとは対照的に渡り廊下に立ちこちらには目もくれない真姫。
「真姫、撮影するからこっちに……」
「何?聞こえない」
呼びかけたら睨まれた。なぜだ。
「大事な話があるから中庭に来てくれって言うから来てみれば……」
「だってそうでもしなきゃ真姫は来なかっただろ?」
「い、行くわよ!……アスからの頼みだもの」
昼休みは来なかったくせによく言うよ、まったく。
「まあいいや。まずは花陽から撮ろう。いいですよね、東條先輩?」
「ウチはオッケーや。花陽ちゃんもそれでいい?」
「は、はい」
凛がカメラを花陽に向ける。ただ、花陽は了承したものの、まだ少し緊張しているようである。表情が硬く、視線が定まっていない。あっちを見たりこっちを見たり。でもその小動物が何かに怯えているような感じが可愛い。守ってあげなきゃと思えちゃう。
「えっと、その……」
「緊張しなくていいんだぞ、花陽?ただ聞かれたことに答えればいいんだから」
「アスにゃんの言うとおりだよ。かよちんは可愛いんだから自信持って」
「後で編集するから、答えるのに時間がかかっても大丈夫やし」
「でも……」
うーん、やっぱり花陽が最初にやるには少しハードルが高かったかな?
「仕方ないから真姫にやってもらうか」
「だね。真姫ちゃーん!こっちくるにゃー!」
「私はやらない」
だよな。断ると思ったよ。
「そこを何とか……」
「いいんよ、佐々木君。どうしても嫌なら無理にインタビューしなくても」
ニヤッと笑う東條先輩。俺がこの学院に来てから何度も見てきた女子特有のその悪魔の微笑み。ああ、真姫にどんな災難が降りかかるのか。後で後悔しても知らないからな。
「真姫だけはインタビューに応じてくれなかった。スクールアイドルから離れればただの女子高生、多感なお年頃なのである。憂いた顔の少女、いったい何に思い悩んでいるのか。もしかしたら、μ'sのマネージャーの男子に恋い焦がれているのかもしれない」
「「何ナレーション被せてるんですか⁉︎」」
恥ずかしいわ。後悔先に立たずとはよく言ったものだ。しかも真姫が俺に恋い焦がれている?何その最高なシチュエーション。スクールアイドルをやるような美少女に慕われているって、
「そんな有り得ない話してどうするんですか」
「アスの頭の方が有り得ないわよ!」
酷くない⁉︎そりゃたしかに真姫の方が頭良いのは知ってるけど、さすがにひどいだろ。有り得ないって何だよ、有り得ないって。
「インタビューを受けないならこれをそのまま使うけど?」
「わかった、わかりました。ただ1年生全員で受けさせてください」
「あ、それ名案だにゃ!」
たしかに。これなら花陽も一人でやるよりかは緊張しなくて済むだろうし。凛がすかさずフォローを入れてくれるはず。というか、凛が全部答えてくれれば良いんじゃないか?
「じゃあ凛。おれが撮るからカメラ貸して」
「何言ってるの、アスにゃんもこっち側でしょ?」
……はい?
「それじゃあ一人ずつ自己紹介」
「星空凛です!」
「小泉花陽、です」
「……西木野真姫」
「しゃ、佐々木飛鳥です」
「ぷっ、アスにゃん噛んだ〜!入学式の日と同じだね!」
「うるさい!」
穂乃果先輩が持つビデオカメラの前に一列に並んだ凛、花陽、真姫、俺。
「へえ、そうなの?アスちゃんって緊張に弱いんだね!私もだよ!」
「飛鳥が噛んだ……。ふふっ」
穂乃果先輩に私もだよと言われてもまったくフォローとして受け取れない。穂乃果先輩、そういうの感じてないでしょ?それよりも海未先輩、何笑ってるんです。あなただって人前に立つのは苦手でしょうが。
「それでは、アイドルの魅力について聞いてみたいと思います。まずは花陽さん」
「ええっ⁉︎私⁉︎ええっと……」
「かよちんは昔からアイドルが好きだったんだよね」
「は、はい!」
凛が花陽をフォローする。うん、やっぱり1年生全員でやるというのは正解だったな。ただ、俺は必要なかったと思うんだ。まさか俺が撮られる側になるなんて。
「佐々木君はアイドルについてどう思う?」
「俺ですか?」
アイドル、か。正直に言えば、もともとアイドルには興味はなかった。中学生の頃、オタクのクラスメイドが騒いでいるのを何やってんだかみたいな目で眺めていた。いや、他の生徒ともそんな感じだったけども。友達いなかったし。
ただ、この音ノ木坂に来て一つわかったことがある。それは、
「頑張っている姿は格好良いと思います。必死に歌とダンスのレッスンをして、基礎体力もつけて。それにμ'sのメンバーってみんな可愛いじゃないですか。魅力的だと思いま、あれ?」
なぜか多くの人が顔を赤くしている。気のせいではないみたいだけどどうしたんだ?あ、もしかして褒められるのに慣れてなかったのか?それではダメだろう。これから褒められる機会は増えるはずである。変化を見せていないのは穂乃果先輩となぜかひょっとこのお面をつけていることり先輩だけだ。
「ありがとね、アスちゃん!」
「ええ、まあ」
「うーん、やっぱり佐々木君なしで撮ろっか。それにほら、この映像を見た誰かが発狂するかもしれないやん?」
ああ、なるほどな。μ'sのみんなが可愛いからな。……あれ?それって俺がいてもいなくても変わらない?じゃあなぜ?
「そうだ!練習風景を撮ろうよ!」
「そうね」
「なるほど。スクールアイドルの活動の本番は練習ってわけやな」
「ようし、そうと決まればすぐに屋上だ!」
はりきる穂乃果先輩に続いてみんながぞろぞろと校舎内に移動していく。俺もついていこうとして、ふと、ことり先輩がお面をつけたまま立ち尽くしているのに気付く。
「何してるんです?早く行きましょうよ」
「う、うん」
「いつまでお面をつけているんですか?」
「だ、だって今は顔をアスちゃんに見せられないから……。そ、それよりも!にこ先輩に知らせなくて良いの?」
あ、忘れてた。にこ部長、まだ部室にいるのだろうか?もしかしてまだあのキャラを演じてたり……さすがにそれはないか。
「あ、あと先輩。俺今日バイトなんで帰りますね」
「ど、どうぞ〜」
大丈夫か、ことり先輩?