365日の魔法 作:アンパン食べたい
入学してから4日目。4月8日火曜日に入学式があったので今日は金曜日。つまり明日からは学校は休み。何が言いたいかというと、
「今日聴けなかったら月曜までお預けじゃん!」
突然声を上げた俺に、周囲の女子たちが少し距離を取る。変な人に思われたかもしれないがしかし、今の俺はそんなことは気にならない。それよりもすぐにでも音楽室に行かなければ。既に西木野さんは教室を出て左に曲がっている。
席を立ち、鞄を持つ。走り出そうとした俺の襟を、誰かが後ろから引っ張った。
「ぐえっ!げほっ、げほっ。誰だよ、いきなり首掴んだやつ!」
振り向くとそこにいたのはショートカットの女の子。星空さんだ。
「ねえ、今日も一緒に帰る人いないでしょ?凛やかよちんと帰ろ?」
人の襟を引っ張って止めるほどのことだから、何を言い出すのかと思えば。たしかに星空さんや小泉さんのように可愛い女子と帰れるというのは魅力的な話だが、俺にはやるべきことがあるのだ。
「悪い、忙しいんだ。また今度にしてくれ」
反転して再び教室の外へと向かう。しかし今度は彼女に足をかけられて俺は盛大にすっ転ぶ。複数の机が音を立てて倒れる。だいぶ痛かった。しかしこんなことを気にしている場合ではない。早くしないと西木野さんのピアノコンサートが終わっちゃうだろ。
起き上がろうとした俺を覗き込む星空さん。
「そんなんだと友達失っちゃうよ?」
「うるさい!余計なお世話だ!星空さんこそ誰か別の友達を作った方がいいんじゃないのか?」
「大丈夫だよ、凛はアスにゃんと違って"ふれんどりー"だもん」
「さりげなく俺が非友好的だと言うな!ってか、アスにゃんって何だよ。もっと別のニックネームぐらい作れるだろ」
まったく、女子はろくなニックネームをつけないな。高坂先輩といい、星空さんといい。何で二人して女子みたいなニックネームを俺につけるのか。
「凛ちゃん。佐々木君嫌がってるしそんな無理に誘わなくても……」
ここで現れたのは小泉さん。いや〜、話がわかるね!さすが小泉さんだよ。また今度オレンジジュースを奢ってあげるね!美味しくないけど!
「えー⁉︎だって友達になったんだよ?一緒に帰るくらい普通だよ」
諦めの悪い星空さん。君のセリフをそっくりそのまま返してやろうか、そんなんだと友達失っちゃうよ?
ちらりと時計を見る。ああ、もう西木野さんが教室を出てから十分も経ってる。早く行かないと本当に聴けないよ。
「じゃあまた明日!」
小泉さんが星空さんの相手をしてくれている間に俺は教室から抜け出す。
「あ!待ってよ!」
慌てて俺を追いかける星空さん。しかし俺とて女子に負けるほど運動神経がないわけではないのだ。悪いが撒かさせていただく!
階段を上る前に少し後ろを確認する。あれ?なんか距離が縮まってない?これは少々まずい気がする。もう少しスピードを上げるか。
スピードを上げて階段を上る。すると、踊り場を曲がったところで誰かとぶつかった。
「きゃあっ⁉︎」
「イテ⁉︎」
ジンジンする額を摩りながらぶつかった相手を見る。金髪のポニーテール、グラマーな体型。外人か?
「えっと、前をよく見てなくてぶつかってしまいすみません。大丈夫ですか?」
「ええ、大丈夫よ。……あら、あなたテスト生ね」
「まあ、そうですが」
俺がテスト生だとわかると急に目を細める彼女。
「私は生徒会長なのだけれど、テスト生は毎週木曜日にレポートを提出することになっているわよね?今日は金曜日でまだ受け取ってないのだけれどどういうことかしらね?」
あ。やばい、すっかり忘れてた。
「それにも関わらず廊下を走り回っていたとはねぇ?」
いわゆるジト目というやつで俺を見てくる生徒会長。これは今すぐ書いた方が良さそうですね、はい。
今日も西木野さんのピアノは聴けなさそうだ。
「お疲れ様」
その後、教室にて適当にレポートを仕上げた俺は生徒会室に提出に行った。すると、中にいた紫色の髪をおさげにした、これも生徒会長に負けず劣らず高校生とは思えないくらい、どことは言わないが大きい先輩がペットボトルを渡してきた。それはいつものオレンジジュース。というか、この先輩とどっかで会ったことあるような気がするんだが。
「えっと、これは?」
「頑張ったテスト生君へのご褒美や。占いでも君はそのオレンジジュースがラッキーアイテムだって出てるんよ?」
これがラッキーアイテム?本当にそうなのか?だって俺はまだ西木野さんのピアノを聴けていない。その時はいつだってこのオレンジジュースを持っていた気がするのだが。
「うちの占いはよく当たる。それは保証するで」
「まあありがたく頂戴します。それじゃあ俺は帰りますんで」
「来週は忘れないでよ?」
さっきまでずっと書類とにらめっこしていた生徒会長が、顔を上げて言う。それにしてもやっぱり外人っぽいよな。日本語はペラペラなのに。
「えりちは、クォーターなんや」
ああ、どうりで。
「って何で俺の心読んでるんですか⁉︎」
「ふふっ、スピリチュアルパワーや」
恐るべし、スピリチュアルパワー。えっ、もしかしてさっきの大きい件も読み取っていたりするのか……?もう二度とこの先輩の前ではそういうことを考えないようにしよう、うんそうしよう。……どこかで似たようなことを言っていた人がいた気がするんだが。気のせいか?
悩みながら生徒会室から出ると、そこには星空さんと小泉さんがいた。
「あ!遅いよ、アスにゃん!ほら、早く帰ろ!」
わざわざ俺を待っていたのか?何て健気なやつなんだ。やっぱり星空さんはいい人だったよ、うん。
「よし、じゃあ帰ろう!」
「よかったね、かよちん!これで行けるね!」
ん?行く?家に帰るんじゃないのか?
星空さんに聞いてみたところ、彼女は不気味な笑いを浮かべる。
「高校生の帰り道に寄り道は必須なんだにゃ」
さ、寒気がする。もしかしなくても、俺は選択を誤ってしまったのかもしれない。
「他に何か欲しいものはあるの、かよちん?」
「もうないかな。だいたい欲しいものは買ったし……」
混んでいる道を早足で進む二人を頑張ってよろめきながら追いかける俺。その両手に持つ荷物は左右のバランスが悪すぎる。せめて均等にしてほしかったな。
赤信号で止まったところで袋の中身を見てみる。よくわからないアイドルのCDやDVD、スクールアイドル専門の雑誌が数冊、アイドルのフイギュアが幾つか。後は特典のクリアファイルやらポスターやら諸々。袋からはみ出たポスターが俺の頭を度々打ち付ける。痛くはないけどうざったい。ついでに学生鞄が三つ。
「それにしても、やっぱり荷物持ちがいると楽にゃ〜」
呑気に腕を組みながら口笛を吹く星空さん。このやろう、後ろから殴り飛ばしてやろうか!……駄洒落じゃないよ?
「ご、ごめんね佐々木君」
一方、心配そうに俺を見る小泉さん。可愛いんだけどさぁ、心配するくらいなら荷物の一つや二つ、せめて自分の鞄くらい持ってくれませんかね?
「どうする?喫茶店でもよるかにゃ?」
こちらを振り向く星空さん。何だよ、まだ寄るっていうのかよ。もう疲れたよ。
「そうだね、少し休憩しよっか」
「じゃああそこ行こうよ!ほら、早く早く!」
「凛ちゃん!走ると危ないよ!」
信号が青になると、交差点の向こう側にある喫茶店へと走っていく星空さん。それを慌てて追いかける小泉さん。ちょっと待ってよ、これだけの荷物を持っている俺は放置かよ!
できるだけ急いで横断歩道を渡り、喫茶店に入ると既に星空さんと小泉さんは談笑を交わしていた。
「アスにゃん、こっちこっち!」
「バカ、こういう場所でそれで呼ぶな!」
店内の客たちがクスクス笑っている。ほら、笑われちゃったじゃん。
「お疲れ様。佐々木君にはオレンジジュースを頼んでおいたよ」
荷物を置いて席に座った俺に小泉さんがお絞りを手渡す。って、オレンジジュースですか。普通にコーヒーとかでもよかったんですけど。
「だってアスにゃんいつもオレンジジュース持ってるよね?」
「それは俺がそうしたくてしてるわけではなくてですね」
「ご、ごめんね佐々木君。わたしがオレンジジュースを頼んじゃったせいで。じゃあ店員さんを……」
俺が不満げに言うと少し涙目になりながら謝る小泉さん。可愛い。守ってあげなきゃって感じがする。つまり罪悪感を感じた。
「いや、いいよ。小泉さんが注文したんならしかたない。星空さんなら激おこだけど」
「何それ?まあいいや。それよりも、アスにゃんって何で凛たちのことを名前で呼ばないの?」
「それは二人のことを何も知らないからだろ。というか二人とも最初から仲良かったよな。同じ中学とか?」
星空さんが初めて俺に話しかけてきた時も既にかよちんと呼んでいたし。見るからに昔からの友達って感じだ。
「うん。凛ちゃんとは小学校に入る前から友達なんだ」
幼馴染みってやつか。羨ましい。俺もそんな仲のいい友達が欲しかったな。
店員さんが注文した品を持ってくる。クリームソーダとカプチーノ、そしてオレンジジュース。今さらながらやっぱり変えるべきだったなと思う。
「ああ!」
美味しそうにクリームソーダを飲んでいた星空さんが急に大声を出す。
「結局話題逸らされちゃったじゃん!凛たちのことを名前で呼んでって話!」
「そんな話だったっけ?」
「そうだよ!凛はアスにゃんって呼んでるんだからアスにゃんも凛のこと名前で呼べばいいよ!」
彼女曰く、さん付けは堅苦しいらしい。まあたしかに友達ならそうかもな。
「小泉さんも?」
「え?あ、はい。凛ちゃんがそうなら私も……」
「じゃあ、凛と花陽でいいのか?」
「うん!」
「は、はい」
大きく頷く凛と、対照的に小さく頷く花陽。まったく違う性格の二人なんだな。少しだけ友達について知れて良かった。
「美味しかったぁ。そうだ!帰りは凛とかよちんはちゃんと自分の鞄くらいは持って行ってあげるね!」
「ああ、助かるよ」
いやあ、荷物を少し持ってくれるなんて優しいなぁ。やっぱり星空凛は優しい子だ、うん。
「行こ、かよちん!」
「あ、待って凛ちゃん!」
二人は先に店を出る。あれ?俺に払えと?……まあいいや。こっちには二人の鞄があるんだ。その中から財布を、
「あ、ない⁉︎まさか凛のやつ!」
前言撤回。星空凛は酷い友達だ。