365日の魔法   作:アンパン食べたい

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只今凛の家

「みんな上がったよ」

 タオルを肩にかけた花陽がリビングへとやってくる。

「じゃあ、俺も入るかな」

 着替えとタオルを持って洗面所へ向かう。あ、さっきは覗いてないよ?俺は天使と悪魔からの誘惑に勝ったんだ。

「あれ?」

 花陽の横を通り抜けようとした際、何かに気付いた花陽が俺の額に触る。そこは赤くなって腫れていて、花陽が触れたことで少しだけ痛みが走る。

「痛っ!」

「ご、ごめんね!」

「あ、大丈夫。ちょっと驚いただけ」

 慌てて手を引っ込める花陽。これは俺がアブナイことを考えた罰なのだから、そこまで花陽が気にする必要はないのだ。

「でも腫れてるよ?」

「本当に大丈夫だから。心配してくれてありがとう」

「無理しないでね?」

 心配そうに俺を見る花陽。何て優しい子なんだ。こんなに優しい女の子に俺は何をしようとしていたんだか。うん、全力で机に頭を打ち付けた甲斐はあった。この痛みは無駄じゃなかったんだ。

 しっかりと洗面所のドアを閉めて、服を脱ぐ。時刻はもうすぐ零時になるところだ。さっさと入ってさっさと上がろう。

 ガラガラ__

 バスルームの中は先ほどまで人が入っていたからか結構蒸していて暑い。ん?先ほどまで入っていた?誰が?

 恐る恐る浴槽を見る。そこまで大きくない浴槽。ここに、凛と真姫と花陽が入っていた?この小さい浴槽に?3人同時に入れる大きさではないから、交代で入ったのだろう。……って、そこじゃない!

「は、は、は、入ってた……?」

 この風呂に、凛と真姫と花陽が入っていた。そしてそこに俺が今から入ろうとしている。ナンテコッタ。どどどどうしよう?あわわわわわ……。

 

 

 

 フラつきながらリビングへ帰還。そこでは真姫がソファに座って本を読んでいた。俺に気付くと本を閉じる。

「アス?早いわね。ちゃんと体は温めた?」

 時計を見る。たしかに俺が入ってからまだ10分と経っていない。でも逆上せたんだよな。

「まあ。逆上せるくらいには」

「え?逆上せる?この時間で?」

 まさか湯船に浸かることなく逆上せることになろうとは思わなかった。結局シャワーを浴びただけ。全然疲れは取れていない。むしろ余計に体力を消費した気がする。

「ところで真姫。何読んでるの?」

「ゔぇえ!何でもない!」

 真姫が本を背後に隠すも、一瞬だけ表紙が見えた。タイトルは『好きなあの人の胃袋を掴め!』。それ、凛の本じゃん。でもそれを読んでいるということは、まさか真姫にも好きな人が⁉︎気になる。すごく気になる。

「なあ、真姫の好きな人って「アスじゃない!」……あっ、そう」

 即座に俺という可能性を否定された。いや、ね?わかってるけどさ。俺みたいなフツメン男子を好きになるほど真姫の趣味嗜好が偏ってるなんて思わないけどさ。でもそんなふうに否定されると、傷ついちゃうな。別に期待なんかしてなかったけどね?

 しかし面白い話を聞いた。俺はニヤニヤしながら真姫の隣に腰を下ろす。端から見るとヤバい人だな。

「でも俺じゃない、ってことは誰かいるんだよな?誰なのかな〜?」

「べ、別にアスには関係ないでしょ!」

「いやあるね。俺はμ'sのマネージャーなんだから、メンバーの恋愛事情は把握しておかないと」

「……何も把握できてないくせによく言うわよ」

 深くため息を吐いた後、彼女は立ち上がる。同時に、俺にその料理本を渡す。え?

「元の場所に戻しておいて」

「人使い荒くない⁉︎」

 悪戯っぽく微笑んだ彼女はリビングから出ていく。と、その前にこちらを振り向いた。

「そういえば、凛からの伝言を頼まれてたわ。アスはリビングで寝てって。おやすみなさい」

「おやすみ……?」

 俺だけリビング。まあ別室だろうとは思ってたけども。でも、せめて布団を用意するくらいはして欲しかった。ソファくらいしか寝れるところないし。余計に疲れが溜まりそうだ。真姫の好きな人も結局聞いてない。気になって眠れ……ないこともないな、うん。

 本を電子レンジの上に戻した後、電気を消してソファに横になる。目を閉じると、上から笑い声とか悲鳴が聞こえる。まだ遊んでいるのか?恋バナに花を咲かせているのかもしれない。凛と真姫には好きな人がいるみたいだけど、花陽にはいるのだろうか?

 寝返りをうつ。誰かがドスッとソファから落ちた音なんて、きっと彼女たちの笑い声に掻き消されたに違いない。

 

 

 

「チュンチュン」

「ことり先輩?」

 目を開けると、窓の外に小鳥がいた。ことり違いだった。よくよく考えてみると、ここにことり先輩がいることはホラー以外の何物でもないな。

 身を起こして時計を見る。朝の8時。随分と寝ていたみたいだ。さらにいうとソファで寝ていたためか体の節々が痛い。正確に言えば一度落ちたからだけど。

 立ち上がると伸びをする。未だに他の3人を見かけない。もしかしてまだ寝てるのか?起こしてやるか。いや、やめよう。女子が寝ている部屋に入るのは、たとえそれが起こすためでも良くないことは既に身をもって経験済み。着替えて大人しくリビングで待っていよう。

 って思ったんだけど。

「本当に起きてこないな、あいつら」

 時計を見る。もう既に9時を過ぎた。いい加減起きてきてもいい頃だと思うのだが。

 でも、部屋に行くのには抵抗がある。やっぱり指を噛まれたくない。それに腹も減った。何か食べたい。

「あ、じゃあ俺が朝食を作ってやるか」

 それがいいな。今いる面子、ろくに料理をできる人は俺と花陽だけ。よし、そうしよう。

 台所へ行き、冷蔵庫を開ける。あれ、何もないな。あるのは調味料や牛乳といった飲み物ばかり。それにしても牛乳の量が多いな。誰がこんなに飲むんだろう……あ、なるほど。しかし成果はあまりみられていないな。まあカルシウムはビタミンDと一緒に摂取することで初めて吸収率を高めることができるらしいし。たぶん凛はそれを知らないと思う。

 それはともかく、これじゃあ作ろうにも作れない。俺はそんな余り物をうまく活用して、なんてできないし。

「……アス、早いのね」

「あ、真姫。おはよう」

 眠たそうな目を擦りながら真姫が起きてきた。しかし早いって。真姫たちが遅いだけだろ。その目の下のクマが、彼女が昨日の夜遅くまで起きていたことを示している。

「まったく。夜更かしなんかしたら美容と健康に悪いだろ?せっかく真姫は可愛いのに、その容姿が無駄になっちゃうじゃん」

 スクールアイドルなんだから、それくらい意識してほしい。そう思って言ったんだが、

「ほ、褒めたって何も出ないわよ!」

 赤みがさした顔を俺から背ける真姫。別に褒めたつもりなんてないんだけど。

「俺はただ、真姫にスクールアイドルとしての自覚をだな」

「ああ、そう。そういうこと」

 こめかみを押さえる真姫。頭痛でもするのか、顔を顰めている。

「ほら、寝不足だからそうなるんだよ。もっとしっかり寝ないと」

「違うわよ。アスのせいでしょ」

「俺?」

 どうやら真姫の頭痛の原因は俺にあるらしい。そんなこと言われても心当たりは何もないんだけど。

「もう、真姫ちゃんうるさいにゃ〜」

「凛、花陽」

「真姫ちゃん、飛鳥君、おはよう」

 不機嫌そうな顔をしてやってきた凛。さっきの真姫の声で起きたらしい。凛も花陽もやはりクマができている。みんなして夜更かしなんて、悪い奴らだな。もう少し善良な俺を、痛たたた。おかしいな、額が痛んだ。

「そうそう、凛。朝食はどうするんだ?さっき冷蔵庫の中を見たけど何もなかったよ」

「大丈夫!備蓄ならあるにゃ!」

 備蓄?もしやまたか。

 台所の戸棚を開ける凛。取り出したのはやはりカップラーメン。

「またそれ?別の何かはないわけ?」

「美味しいじゃん、ラーメン!」

「美味しいかどうかが問題なんじゃないの!それに飽きたのよ!」

 裕福な家庭で育った真姫にはカップラーメンを2食連続で食べるというのが嫌らしい。その気持ちも分からなくもない。俺だって、親に一週間ずっと作り置きしておいたカレーを出された時には怒った。

「あ、あの」

「花陽?」

 遠慮がちに手を挙げる花陽。彼女がアイドルに関すること以外で意見を述べるなんて珍しいな。

「飛鳥君に作ってもらうっていうのはどうかな?」

 なぬ?

「あ!それいいね!凛は賛成にゃ〜!」

「そうね、カップラーメンよりはマシね」

「いやちょっと待て⁉︎なぜ俺が⁉︎」

「調理実習の時に作ってた味噌汁が美味しかったからまた食べたいな、って思ったんだけど……」

 指をいじりながら話す花陽は、やがて顔を上げる。見上げるようなかたちで俺を見る花陽。そう、いわゆる上目遣いというやつだ。女の子の必殺技の一つ。

 危険だという信号を受け取った脳がその場からの離脱を命令する。しかし、いつのまにやら真姫と凛ががっちり俺の腕をホールド。逃げられない。

「ダメ、かな?」

「うっ」

 花陽の声が脳内で反響する。脳が蕩けてしまいそうである。さすがは天使、ことり先輩と同タイプ。つまり、断ることはできない。

「わかったよ」

 腕の拘束が解かれる。

「やったにゃー!昨日真姫ちゃんが言った通りだね!」

「でしょ。アスはことり先輩が弱点なのよ。これでアスの攻略は完了ね」

 君たち。まさか夜遅くまで寝ていたのはそれを話し合っていたのか?みんなして俺を嵌めようと企んでいたのか?

「飛鳥君」

「花陽?」

「あの、ありがとう」

 嬉しそうに、にっこりと微笑む花陽。まあ、この笑顔が見れただけでも良しとしますか。

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