365日の魔法 作:アンパン食べたい
「うわー、混んでるなぁ」
近所のスーパー。開店10分前なのだが、ものすごい行列ができている。土曜日だし、なにか特売でもするのだろうか。
とりあえず俺も並ぶ。俺の前に並んでいるのは双子と思しき小学生くらいの女の子2人。お使いか?えらいな。しかしどこかで見たことある顔だ。どこだっけ?
「こころ!ここあ!」
「お姉様!」
「お姉ちゃん!遅い!」
「ごめん!少ししつこい巫女を撒くのに時間がかかったのよ」
聞き覚えのある声。声のした方を双子ちゃんたちとともに振り返ると、やはり黒髪ツインテール。
「にこ部長じゃないですか。こんなところでどうしたんですか?」
「げ、飛鳥」
俺がいることに気付いたにこ部長は何か都合が悪いのか、露骨に嫌そうな顔をする。そんなに俺のことが嫌いなの?
「ただの買い物よ、買い物。あんたこそ何でこんなところにいるのよ」
「にこ部長と同じで買い物ですよ」
「そう。あんたの家も大変なのね」
「違いますよ。ほら、今凛の家で合宿してるじゃないですか。それで俺が朝食、いや時間的には昼食か、を作るってことになったんです」
「ああ、そういえばそうだったわね」
にこ部長が眉を顰める。あれ?俺は何か彼女が不快に思うことをしただろうか?
「お姉様、この方があの飛鳥さんなのですか?」
彼女ら双子は俺のことを知っているらしい。にこ部長が話したのだろうか。それよりも気になるのは、お姉様である。これ、にこ部長が言わせてるの?
「そうよ。あなたたちも挨拶をしておきなさい」
「矢澤こころです。お姉様がいつもお世話になっています」
少し大人っぽいというかおとなしい方がこころちゃん。ふむふむ、頭の左側で髪を結んでいる、と。
「矢澤ここあ。飛鳥ってさぁ、お姉ちゃんの専属マネージャー兼将来を誓い合った相手なんでしょ?」
ここあちゃん。彼女はどちらかというとアクティブな感じ。凛みたいな。髪は右側で結っている。……え?
「え、何?俺がにこ部長の専属マネージャー兼将来を誓い合った相手?」
「そう!ここあたちの将来のお義兄さんになるんでしょ?」
ちょっと待った、意味がわからない。俺は説明を求めてにこ部長を見る。
「どういうことです?」
「こ、これは!ちょっとこの子たちが勘違いしてるみたいなのよねー。あ、あははは……。あ!開店したわ!」
言うが早いか、にこ部長は双子を連れてスーパーマーケットの店内へと入り込む。
「ちょっと!ちゃんと説明してくださいよ!というより、並んでる人を抜かしちゃダメでしょ!」
追いかけようとしても目の前に並んでいる主婦やその夫たちに阻まれる。くっ、何だよ!にこ部長たちは通したくせに!このロリコンども!……ごめんなさい、嘘です、冗談です。だからそんな怖い目で見ないで!
適当に安めの食材をかごに入れていきながら先程の出来事について考える。ここあちゃんは俺がにこ部長の専属マネージャーであると言っていたが、同時に将来を誓い合った相手だとも言っていた。それって、もしかしてにこ部長が……。いや、違うな。俺がμ'sのマネージャーなのにもかかわらず、それをにこ部長の専属マネージャーだと勘違いするくらいである。きっとこれも勘違いのはず。
と、目の前にものすごい人だかりを発見した。たくさんの人たちがゴミのように積み重なっている。何売り場だ、ここ?
『卵、M一パック88円!お一人様一パックまで!』
張り出されている紙を読む。え、88円?格安じゃないか?
俺も買おう。そう決心して人混みの中に突っ込む。……が。
「邪魔すんな!」
「どけどけ!」
「うわっ⁉︎」
あっという間に弾き飛ばされた。はずみで唇が切れる。何だこれ、戦場かよ。戦場体験は昨日のゲームでこりごりなのに。
「あ、飛鳥さん」
「こころちゃん」
尻もちをついていた俺の近くへとやってきたのはこころちゃん。なぜかかごを二つ持っている。
「こころちゃんも卵を?」
「はい、お姉様が」
こころちゃんが指さした方向。そこではものすごい形相をしたスクールアイドルが必死に人を掻き分けていた。とてもアイドルとは思えない怖い顔。見なかったことにした方が彼女のためだろうか。
「1人一パックまでしか買えないので、私たち3人で買いに来たんです」
「ここあちゃんは?」
「他に必要なものを買いに行ってます」
「じゃあこころちゃんは?」
「お姉様に、飛鳥さんに卵を買ってもらうようにお願いするよう頼まれたんです」
なるほど。1人一パックまでしか買えない格安卵。それを一つでも多く買うために俺を利用しようってわけか。
「お姉様はおっしゃっていました。飛鳥さんは可愛いものに弱いそうですね。でしたら、とっておきのがあるんですよ!」
こころちゃんは両手のかごを床に置く。俺はどんなことをしてくるのか身構える。彼女は弾けるような笑顔で、
「にっこにっこにー♪」
あ、それね。にこ部長の妹だしね、そうだよね。よかった、上目遣いとかそういう系の技を使われたらどうしようかと思っちゃったよ。
「ごめんね。お兄さん、ちょっとあの中に入る勇気はないかな」
「え……」
こころちゃんは笑顔から一転、今度は目に涙を浮かべる。え、泣くの?泣いちゃうの?それはまずいんだけど。小学生泣かした高校生って肩書きがついたらもう生きていけない。
「だ、ダメなんですか?」
「いや、いいよ、うん!お兄さん頑張っちゃおうかな!」
「わあ……!飛鳥さん、かっこいいです!」
先程までの涙はどこへいったのか。満面の笑顔のこころちゃん。まさか嘘泣きじゃないよね?もしそうならかなりの演技派女優じゃないか。
それはともかく。行くと言ったからには行くしかあるまい。俺はかごをこころちゃんの隣に置き、腕まくりをする。佐々木飛鳥、これより戦地に赴きます!
「待ってろよ、卵ぉ!」
再び人の山に突っ込む。一番手前にいたヒョロヒョロの大学生を後ろへと引っ張り、先へと進む。そんな俺の前に立ち塞がったのは少し肥ま、ふくよかな体型の主婦たちの壁。これを突破できるのか?
「飛鳥さん!頑張ってください!」
いや、突破しなくてはダメなのだ。可愛い小学生の女の子が俺を応援しているんだぞ?やるんだ、佐々木飛鳥!……ロリコン?誰が?
「うおおおおお!!」
2本の大根の間に自分の足を挟み込み、一気にその隙間を押し開く。一瞬だが、残り数個の卵のパックが積まれたケースが見えた。行ける!
一歩ずつ、しかし確実に、周囲の人を押し分けて卵へと近づく。が、その間にも卵の残数はどんどん減ってきている。
「飛鳥、下がりなさい!」
誰かに、おそらく声質から女だが、後ろから髪を引っ張られる。けれどもその力はそこまで強くはない。負けてられるか!
手を伸ばす。残り一個となった卵のパック、それを俺の手は掴んだ。
「すごいな、飛鳥!」
「ふっ、まあな」
その後、合流したここあちゃんに自慢をする。体のあちこちに引っ掻き傷のついた俺の手には卵のパック。俺は勝ち取ったのだ。勝利を収めたのだ!
「でも、お姉ちゃんの方がずっとすごいけどね!」
そうなのだ。にこ部長はすごい。まずここあちゃんのかごに一パック。次にこころちゃんのかごにも一パック。そしてにこ部長本人のかごに一パック。さらにはその手にももう一パック。計四パックもの卵を入手しているのだ。この人、プロだな。
「あれ?4?」
もう一度数え直す。たしかに四パック。俺の数え間違えでもなんでもない。まさか。
「にこ部長、その卵ってもしかして……」
「そうよ、あんたのために取った卵よ」
「やっぱり。でも取っていたんなら言ってくれればいいじゃないですか」
「言ったわよ。わざわざあの人の山の中に入って飛鳥を呼び戻しにも行ったんだけど?」
俺を?あ、もしかして。
「俺の髪を後ろから引っ張っていたのって」
「私よ」
そういうことか。そういえば、あの人は俺の名前を呼んでいた気がする。なぜ気付かなかったんだろう。それだけ卵に夢中だったわけか。
「というわけで飛鳥、その卵を元あった場所に戻しておきなさい」
「にこ部長のそれを戻せばいいじゃないですか。何で俺なんですか?」
「戻した瞬間にさっき取れなかった人たちが群がるからに決まってるじゃない。あんた、私を危険な目に晒すつもり?マネージャーのくせに生意気ね」
「はぁ。わかりましたよ」
そう言われれば仕方ないから頷くしかない。マネージャーとして、彼女に怪我をさせるのは嫌だし。
卵を持って売り場へ。さっきから客の視線が俺へと向けられている気がする。これは置いた瞬間に逃げ出さなければ。
売り場の前に着くと深呼吸。3秒後に置いて、走ってこの場を離れよう。3、2、
「卵!」
「それを俺に!」
「あんた、さっきの生意気な子ね!」
「わ、ちょ!待って!待ってって!まずは俺をこの場から離れ、あぶっ⁉︎」
誰かにアッパーカットをもらう。メガネをかけたヒョロヒョロの大学生。
「さっきのお返しだ」
「ぼ、暴力は、ぐへっ⁉︎」
ミンチ状態である。やめろ、ここは精肉コーナーの挽肉体験サービスなんてやってない!そんなサービスあるのかどうか知らないけど!
「毎度ありがとうございました〜」
店員に見送られてスーパーマーケットの外へ。そこではにこ部長が待っていた。
「あれ?こころちゃんとここあちゃんは?」
「あんたがあまりにも遅いから先に帰らせたわ」
なんかすみません。でも仕方ないと思うんだよね。だっていったいあの後どれくらいの時間、俺がもみくちゃにされていたと思う?怖くて言えないけど。
「はい、卵」
にこ部長に特売の卵を渡す。ちなみに、俺は通常価格で販売されていた卵を購入している。どうせみんなで割り勘のはずだから問題ない。
「ありがと。はい、お代」
「いいですよ。家庭、大変なんですよね」
小学生の妹やマネージャーの俺を使ってまで特売の卵を多く入手しようと試みるくらいである。少々お金に余裕がないのだろう。
「いいの?」
「はい。その代わりに」
俺はμ'sのマネージャーである。たまにはこういうお願いをしてもきっとバチは当たらないだろう。
「赤点、絶対に回避してくださいよ」
「飛鳥……。そうね、ラブライブ!がかかってるものね」
エコバッグの中をゴソゴソ漁ると、彼女は自分が買った卵を取り出す。そして、二つの卵のパックを頭上に掲げて、
「絶対に出るにこ♪」
「……寒」
「ちょっと⁉︎」