365日の魔法   作:アンパン食べたい

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悩めるひつじ

「1、2、3、4、5、6、7、8!」

 屋上。μ'sの練習は先ほどから休むことなく続いている。俺は日陰にて購入したスポーツドリンクたちとともに待機中。もう夏至も近く、どんどん暑い季節になりつつある。

 暑い季節。今までは嫌で嫌でしかたなかった。俺の家には冷房がなかったから、よくあいつの家で涼んでいたな。あいつと一緒にぐうたらしながら、早く夏が終わらないかなって思っていたものだ。

 でも、今は。

「夏って最高だね」

 俺の目の前に広がるのは桃源郷か。日差しを遮るものが少ない屋上、必然的にμ'sのみんなは日の当たる場所で練習をせざるを得ないわけだが。

 日光を浴びて少し眩しいμ'sのメンバー。彼女たちが動くとその周りがキラッと光る。散った汗が光を反射しているのだ。なんかザ・青春って感じで良い。部活に懸命に励む女の子って素敵だよね。

 さらには汗をかくことで湿った練習着。透けるんです。ああ、絶景かな、絶景かな。それにしても日陰でも結構暑いな。のぼせて鼻血が出そうだ。

「おお!みんな完璧!」

「良かった〜。これならオープンキャンパスに間に合いそうだね」

「でも、本当にライブなんてできるの?」

「生徒会長は認めてくれなそうだにゃ〜。『学校の許可ぁ?認められないわぁ』」

 凛が生徒会長のモノマネをする。またか。今度こそ本人に告げ口してやろうか?まあ、それはともかく。

「それについては問題ないな。特別にライブをすることを許可されなくても、部活ごとに紹介の時間は設けられているはずだからな」

「アスちゃんの言う通りだよ。そこで歌を披露すれば」

「まだです」

「海未先輩?」

 みんなの輪から少し離れた場所に立つ彼女は浮かない顔をしている。まだって、μ'sのダンスのことだよね?彼女は今の何が気に食わなかったのだろう。俺としては結構良かったと思うんだけど。

「まだタイミングがずれています」

「海未ちゃん……わかった。もう一回やろう!アスちゃんも動きの確認をよろしくね!」

 もう一度、練習を開始するメンバー。俺は穂乃果先輩に言われたようにはせずに、海未先輩を見る。穂乃果先輩には申し訳ないけど、それくらい今の海未先輩は目に見えて変なのだ。

 単調に刻まれる彼女の手拍子。タイミングがずれていると指摘した彼女だが、その目はμ'sを注視していない。焦点が定まっているようには思えない。何か別の何かを見ている、そんな気がする。

「完璧〜!」

「そうね!」

「やっとにこのレベルにみんなが追いついたのね」

 満足そうな表情の海未先輩を除くメンバー。たしかに世間一般的に見たら、彼女たちのパフォーマンスはなかなかのものである。別に人前に出て恥ずかしいというレベルではない。

「まだダメです」

「えっ?」

 それでも海未先輩は妥協しない。μ'sがダメだと言う。まるで生徒会長じゃないか。……生徒会長?そうか、そういうことか。だから彼女は納得できない、このレベルを認められないのか。言われてみれば、たしかに。生徒会長のあのバレエと比べれば、μ'sのダンスは大したことないと思えてしまう。

「もうこれ以上はうまくなりようがないにゃ……」

「これでは全然ダメなんです」

 ダメだと指摘するだけで、具体的な改善方法を示さない海未先輩。彼女の気持ちが、一緒にあの映像を見た俺なら分かるけれど他の人には分からない。だから真姫が怒るのも無理はないのだ。

「何が不満なのよ!はっきり言って!」

「まあまあ。真姫、そう怒るなよ。ほら、もう少し練習頑張ろう」

「アスまで!私はただ、何が気に入らないのかはっきりさせてって言ってるの!そうじゃないと練習のしようがないじゃないの!」

 それが言えれば苦労はしないのだが。それがわからない、うまく言葉で表せないから海未先輩も困っているのだ。

「感動できないんです、今のままでは。私にはそれしか言えません」

「海未ちゃん……」

 自分たちだけではどうしようもできない。これ以上うまくなれない。彼女たちは限界という壁にぶつかってしまったのだ。

 仕方ない。しょうがない。それらの言葉で片付けることだってできないことはない。所詮、彼女たちはダンスに関しては素人の集まり。アイドルが好きな花陽やにこ部長だってそこまでダンス技術に詳しいわけでもない。

 でも。それで片付けるわけにはいかないのだ。彼女たちはうまくなる必要がある。この学校の人気を上げるため。音ノ木坂学院を残すため。何とかして上達しなければならないのだ。

「まあ、今日は終わりにしましょう。これ、差し入れです。持って帰ってください」

 一人一人にスポーツドリンクを手渡していく。みな納得いかないという顔でそれを受け取る。

「で、でも。まだダメなら練習した方がいいんじゃ……」

「花陽。みんなテスト明けってこともあって疲れてるんだ。無理にやって体を壊したら元も子もないだろ?」

「そうだけど……」

「それでいいですよね、穂乃果先輩」

「そうだね」

 ノロノロと動き出す一同。まだ納得をしていない人もいるけど、休みだって大切である。

「穂乃果ちゃん、お家に寄って行ってもいい?今度の衣装のことで相談があるの」

「いいよ!」

「真姫、一緒にファストフード店に行きましょ」

「私はいい。一人でどうぞ」

「……つれないわね」

「かよちん、か〜えろっ!」

「う、うん。飛鳥君、また明日」

「ああ。また明日な」

 みんながゾロゾロと屋上から出ていき、俺も続こうとする。けれども、一人だけ動かない人がいる。海未先輩である。

「先輩、帰らないんですか?」

「飛鳥。飛鳥はどうしたらいいと思いますか?私には分かりません。どう練習したらあの人に認められるのか。どこまで努力すればあのレベルに到達できるのか。むしろ一生辿り着けないのではとすら思えてしまうんです」

 二人だけの屋上。生徒会長のあの映像を見た二人だからこそ、話せること。堰き止めていた何かが決壊したように、彼女は喋り出す。本心を。おそらくあの日からずっと気にしていたことなのだろう。

「やはり私たちには無理なのでしょうか?結局はその程度ということなのでしょうか。あの時、ファーストライブの後にスクールアイドルなんてやめていた方が……」

 海未先輩の肩に手を置く。

「何を言い出すんです!そんなことありません!絶対にμ'sは活動を続けて良かったんです!μ'sのおかげでみんな救われてるんですよ?にこ部長も、真姫も凛も花陽も!みんな自分のやりたいことをやれてるんです!μ'sがなかったら……」

 μ'sがなかったら。もしあの時、穂乃果先輩とぶつかっていなかったら。俺は今何をしているんだろうか?どんな高校生活を送っているのだろうか?

「先輩とだって出会えてなかったかもしれないんですよ?そんなの嫌です」

「私と……?」

「海未先輩だけじゃありません。穂乃果先輩、ことり先輩、にこ部長。真姫や凛、花陽とだってこんなに仲良くはなっていなかったと思います」

 何かに驚いたかのように固まっていた海未先輩。やがて、にっこり微笑むと、

「私は飛鳥のそういうところが嫌いです」

「ええっ⁉︎どういう話の流れですか⁉︎」

 嫌いだと言われた。なぜ?しかもそういうところってどういうところ?もしかして、勝手に仲がいいと解釈しているところとか?海未先輩って実は俺と一緒にいたくないのか?お、俺っていない方がいいの……?

「でも、そうですね。たしかに飛鳥の言う通りかもしれません。μ'sがなければ、私は違う学年のμ'sのメンバーと接することはなかったと思います。飛鳥を含めて」

「でしょう?」

 良かった。よく分からないけど、海未先輩は別に俺と出会えたことが嫌だったわけではないみたい。でもそういうところってどういうところなんだろう……。

「ですが、どうしたら私たちはもっと上へと行けるのでしょうか?飛鳥は何か良い案はあるんですか?」

「ないことはないです。ただ、問題はそれを他の人が許してくれるかなんですよね」

「許す?どうするのですか?」

「それはですね……」

 

 

 

『ええ⁉︎生徒会長に教わる⁉︎』

 俺と海未先輩は穂乃果先輩の家にお邪魔し、あのことを相談してみた。その結果、ことり先輩の提案によりグループ通話ができるアプリを利用してμ'sのみんなで電話会議の真っ最中。

「うん、海未ちゃんがダンスを教わろうって」

「ですから、それは飛鳥が」

「まあまあ。別に良いじゃないですか、海未先輩。あ、穂乃果先輩。この饅頭食べて良いですか?」

「いいよー」

 テーブルの上に置かれた穂むらまんじゅう、略してほむまんに手を伸ばす。と、手をぴしゃりと叩かれた。

「電話中です。飛鳥もちゃんと話し合いに参加してください」

「へい」

 大人しく手を引っ込める。でもまだ俺は諦めていない。隙を窺ってほむまんを食べてみせる!

 スマホを片耳に当てながら、海未先輩を盗み見る。チャンスは海未先輩が喋って、注意が逸れる時だろう。

『何で生徒会長なのよ。他にはいないわけ?』

「はい。あの人のバレエを見て思ったんです。私たちはまだまだだって。だから、その生徒会長に教えてもらおうと。そうですよね、あす……か?」

「は、はんでしょう?」

「……」

 無言で俺の背後まで近づいた海未先輩は、穂乃果先輩のベッドの上の枕を掴むと俺の背中を思い切り叩いた。

「んぐっ⁉︎」

 鞄からオレンジジュースを取り出して飲む。あ、危なかったぁ。まんじゅうが喉につっかえ、窒息するんじゃないかと思った。

 ふと、視線を感じた。ことり先輩がこっちを見ている。いや、正確にはオレンジジュースを見つめている。これ、そんなに珍しい種類だったっけ?普通に自販機で売っているやつなんだけど。

「どうかしました?」

「ううん。何でもないよ」

 微笑むことり先輩。んー、何だったんだろ。まあ嫌な気はしないし、いっか。美味しくないオレンジジュースも旨く感じるしね。

『でも、生徒会長、私たちのこと……』

『嫌ってるよね、絶対!凛たちのこと、見下してるもん!』

『つーか、嫉妬してるのよ、嫉妬』

「それはないと思いますよ。生徒会長の踊り、あれを見せられたら嫉妬してるなんて思えませんよ』

「そんなに凄いんだ……」

「はい。あんなに踊れる人が私たちを見て、素人だと言う気持ちが分かるんです。どうでしょうか?生徒会長に教えてもらえれば、きっと上手くなれると思うんです」

「俺からもお願いします。このとおり!」

『どのとおりよ。見えないんだから分からないわよ』

 にこ部長に冷静につっこまれた。べ、別に?穂乃果先輩とことり先輩に向けてだし?電話で話していたことを忘れていたわけではないし?

『私は反対。潰されかねないわ』

「あ、真姫いたの?」

『本当にゃ〜。真姫ちゃんはもう寝てるんだと思ったにゃ』

『い、いたわよ!ただ、入るタイミングが分からなかっただけ!』

 友達少ないもんね。真姫がμ'sのメンバーと俺以外の誰かとしゃべっているところを見たところがない。でも、大丈夫。きっとそのうち他の友達ができるよ。

『話を戻すわよ?にこも反対ね。三年生はにこがいれば十分だし』

「三年生なんていましたっけ?」

『……飛鳥、明日覚えておきなさいよ?』

「まあそれは置いておいて。凛と花陽はどう?」

『生徒会長、ちょっと怖いかな』

『凛も楽しいのがいいな』

「そうですよね……」

 まあ、そうなるよな。今までμ'sに対して敵対してきた人物に教わろうというのは、やはり抵抗があるだろう。結局、みんなの許しは得られなかったわけだ。別の方法を考えないと、

「私はいいと思うけどな」

『ええっ⁉︎』

「穂乃果先輩?」

「だって、身近に上手い人がいて、もっと上手くなりたいから教わりたいって話でしょ?だったら私は賛成!頼むだけ頼んでみようよ!」

『ちょっと待ちなさいよ!』

「でも、絵里先輩のダンスはちょっと見てみたいかも」

『あ、それは私も!』

 カリスマ性があるってこういうことなのだろうか。彼女が意見を述べると、それに続々と賛同する人が現れ、

「よ〜し、明日早速聞いてみよう!」

「うん!」

『はい!凛ちゃんも良いよね?』

『まあ、かよちんが良いなら』

『しょうがないわね』

『はぁ。どうなっても知らないわよ』

 こうして全員を一つの方向へと導いてしまうのだから。さすが、μ'sのリーダー。ことり先輩が強く彼女を推した理由も分かる。俺にはそんなことはできそうにない。いや、できなかった。

 だから、穂乃果先輩が少し羨ましい。

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