365日の魔法 作:アンパン食べたい
「もう、アスちゃん!もう少しゆっくり!」
「無理です。電話中、ずっと我慢していたんですよ?」
「それでもゆっくりにするの!アスちゃんの体に悪いでしょ?」
「この程度、大丈夫です。問題ありません」
「飛鳥、そんなにがっつくなんてみっともないですよ」
「仕方ないじゃないですか。こんなに美味しいんですよ?海未先輩も好きなんですよね、食べたいんですよね?」
「たしかに好きですが」
「えへへっ、そうかな?」
照れたように笑う穂乃果先輩。でも残念ながら、
「「別に穂乃果(先輩)のことじゃないですからね?」」
俺はまた一つ、ほむまんを頬張る。もうさっきから手が止まらない。この饅頭、とっても美味しいんです!嫌いなもの第1位にランクインさせてもいいくらい。饅頭嫌い。
しかしさすがに食べ過ぎると、喉が渇いてくる。オレンジジュースを飲みたいな。
俺はその辺に置いておいたはずのオレンジジュースを探す。けれど、見つからない。
「あれ?俺のオレンジジュース知りません?」
「さあ?」
鞄の中をあさる。けれども入っていない。そうだろう、だって戻した覚えはないし。
「アスちゃん、これのこと?」
ことり先輩が俺へと手渡すペットボトル。ああ、そうそうこれ。
「ありがとうございます……あれ?なんか軽い気が」
受け取ったペットボトルは予想していたよりも軽かった。こんなに飲んだかなぁ。
「どうかしたの?」
ことり先輩か尋ねてくる。気の所為だろうか、仄かにオレンジの香りがするんだけど。
「ことり先輩、もしかして飲みました?」
「ごめんね! 少し喉が渇いたから飲んじゃったんだけど……新しいの買ってくる?」
「いや、いいですよ」
まあ?俺は?初心じゃないから?間接キスなんて気にしませんけど?……このペットボトルにことり先輩が口をつけたのか。ゴクリ。
「穂乃果、いる?」
その時、部屋にエプロンをつけた女性が入ってきた。穂乃果先輩の母親である。俺は一旦、開けかけたペットボトルの蓋を閉める。
「そろそろもう夜も遅いでしょ?雪穂を迎えに行って欲しいのよ」
「えー?穂乃果がー?」
「他に誰が行くのよ。お父さんは明日の準備、お母さんはご飯の支度で忙しいんだから」
「仕方ないなぁ、もう」
姉ってのは大変だな。俺は一人っ子だから分からないけども。そういえば、μ'sのメンバーの家族構成ってどうなってるんだろう。あまり兄弟姉妹がいるという話は聞かないな。穂乃果先輩とにこ部長くらいか。
「よし、みんなで行こうよ!」
「どうしてそうなるんですか……」
「じゃあアスちゃんは穂乃果を一人で夜道に送り出すの?」
瞳をウルっとさせながら俺を見上げる穂乃果先輩。うっ、これがいわゆる上目遣いというやつか!な、なんて威力!断ることに罪悪感を感じてしまう。
「し、仕方ないですね」
別に穂乃果先輩の可愛さに根負けしたわけではない。ほら、やっぱり最近世の中は物騒だからな。女の子のダンスを頑張って練習する姿を見て鼻血を出したり、どさくさに紛れて胸に触ったりする輩がいるし。どこのどいつだよ、まったく。
「アスちゃん、簡単に引き受けたね。もしかして穂乃果ちゃんのことが?」
「え?そうなの?」
「そ、そんなわけないじゃないですか!」
少し恥ずかしかったので先に部屋を出る。なぜか穂乃果先輩を直視できなかった。えっ、少しからかわれたくらいで赤くなるなんて初心だ?う、うるさい!
少し火照った頬を冷やすために外に出よう。そう思って穂むらの出入り口へと向かうと、
「ごめんくださ——テスト生?
「生徒会長?なぜここに?」
生徒会長と鉢合わせした。彼女の後ろには雪穂ちゃんがいる。もしかして誘拐⁉︎……いや、違うってわかってるけど。
「ここ、雪穂ちゃんの家で合ってるわよね?」
「は、はい。そうです」
俺の質問は無視し、後ろの雪穂ちゃんに確認をする生徒会長。あ、知り合いなんだね、二人は。あ、そういえば生徒会長の妹の亜里沙ちゃんと雪穂ちゃんが友達なんだっけ。……あ。
「久しぶりだねぇ、雪穂ちゃん」
「さ、佐々木さん。お、お久しぶりです」
「何か俺に言わないといけないことがあると思わない?」
「特には何も……」
ふっふっふっ。シラを切るつもりかね、雪穂ちゃん。佐々木飛鳥、激おこだよ?きっと今の俺の額には青筋が立っているに違いない。
「絵里さん、ありがとうございました!」
「あ、待て!」
一気に階段を駆け上がって二階へと向かった雪穂ちゃん。ドタドタという足音は遠ざかった後、再び近づいてくる。えっ、下りてきた?よし、ならば迎え撃と、
「アスちゃん!」
違った、穂乃果先輩だった。さらにその後ろにはことり先輩と海未先輩も。紛らわしいな、まったく。
「先輩、今雪穂ちゃんとすれ違いましたよね?」
雪穂ちゃんが帰ってきたとなれば、俺らが迎えに行く必要はない。言外にそう込めて言うと、穂乃果先輩は俺を手招きする。額を寄せ合って、小声で会議を始めた。
「そうだけど、これはチャンスじゃないかな?」
「チャンス?」
俺が首をひねると、海未先輩が説明してくれる。
「生徒会長を送り返すついでに私たちにダンスを指導してもらえるようにお願いするんです。飛鳥が」
「……なぜ俺限定なんでしょう?」
「アスちゃん、穂乃果たちみたいなか弱い女の子を夜道に送り出すの?」
まず、訂正しよう。決して先輩たちはか弱くなんかない。特に海……ぶるっ、何だろう、寒気が。
まあそれはおいておくとして。それでもやはり、俺は頼みづらい。今日のアルパカ小屋事件のこともある。それなのに生徒会長と二人きりになるというのは、
「会長さーん!もう夜も遅いですから、うちのアスちゃんが送ります!」
「穂乃果先輩⁉︎まだオッケーなんて言ってませんよ⁉︎それに生徒会長なら絶対断りますって!」
「そう、お願いするわ」
「ほら、やっぱり断ら……あれ?」
あ…ありのまま今起こったことを話すぜ!生徒会長が俺に送ってもらうことを承諾した!な、何を言ってるかわから……なくはないですね、はい。ごめんなさい。
「? 嫌だったかしら?」
「いや、別に嫌ではないんですけども」
「そう。じゃあ送ってくれる?」
うーん。彼女は俺と一緒になるのを気まずいと感じないのだろうか。それとも生徒会長にとってあれは日常茶飯事……なわけはないよな。
「頑張れ、アスちゃん!ファイトだよ!」
「アスちゃんなら大丈夫。ことりは信じてるよ」
「飛鳥、どうか無事に帰ってきてください」
えっと、この展開はどうなっているんだろう。俺は自分がこれから戦地に向かうような気がしてならないんだけれど。
「い、行ってまいります?」
とりあえず敬礼をしてみた。不思議そうに見る生徒会長の視線が痛かった。
「昼間はごめんなさい」
「えっ?」
穂むらを出て間もなく、生徒会長が謝ってきた。突然のことに、俺は思わず足を止めてしまった。それに気付いた生徒会長は眉を吊り上げる。
「そんなに驚くこと?私が人に頭を下げるようなことをしない人だと思って?」
「そういうわけではないんですが」
内心少し思ってたけど。でも、驚いた理由はそこではない。もっと長い間、沈黙が続くものだとばかり考えていたから。生徒会長、その大人っぽいスタイルのように、本人の内面も結構大人な女性なのかもしれない。
「冷静さを欠いてあなたを叩いてしまったり、μ'sを蔑視してしまったり。本当にひどいことをしたと思うわ。今さらかもしれないけれど」
「あの、頭上げてください。こちらこそすみませんでした」
目の前で頭を下げる生徒会長。あの時は俺も悪かったわけだし、俺も頭を下げる。
「俺だってその場の感情任せに生徒会長に対して失礼な態度を取ってしまったわけですし。お互い様ということで」
「そうね、そうしましょう」
良かった、無事仲直り完了。あれ、でも俺と生徒会長って別に仲が良かったわけではないよね?じゃあ仲良くなれたということか。
「あ!じゃあ是非μ'sの練習に参「ごめんなさい」即答⁉︎」
あっけない。あまりにもあっけない。
「ど、どうしてです?理由を聞いても?」
「意味がないわ。いい教えを受けても、それを受け取る側がしっかり受け取れなければ、意味がないの」
「μ'sのはみんなはちゃんと指導を受けると思いますが」
「理由はそれだけじゃないわ。今がどんな時期か分かっているでしょう?音ノ木坂の存続がかかった大事な時期なの。忙しいのよ、私は。そんなお遊びに付き合ってなんかいられないわ」
「遊びじゃありません!」
「遊びよ。自分たちのやりたいことをやりたいようにやる。遊び以外の何だというの?」
そんなことはない。彼女たちは本気でやってるんだ。本気で廃校を阻止しようと思っているし、本気でラブライブ出場を目指しているんだ。断じて、遊びじゃない。
「彼女たちの練習風景、見たことがあるんですか?そういうことは、見てから言ってくださいよ」
「……そう。ならあなたも生徒会長がどれくらい忙しいのか、体験してみたらいいわ。それなら2度と私にダンスの教えを請おうとは思わないでしょう」
「じゃあそういうことでいいんですね?」
「ええ。明日から、あなたが私の仕事をやりなさい。私がμ'sを見てあげる。言っておくけれど、私の基準は高いわ。厳しいわよ?それでもいいのなら、やってあげる——1日もつかも、わからないけれど」
そんなことはないだろう。だってあのμ'sだ。観客ほぼゼロのファーストライブからスタートし、メンバーだって倍になったんだ。彼女たちはそう簡単に折れたりしない。
俺だって。どんなに生徒会の仕事が大変なのか知らんが、絶対に投げ出したりしないからな。