365日の魔法 作:アンパン食べたい
「ううん……ん?」
目を開けると、目の前にあったのは真っ白な天井。俺の家の天井はこんなに白くなかった。これはあれを言うべきだな、あのセリフ。
「知ら「あら?起きた?」」
俺のセリフを遮り、カーテンを開けて現れたのは保健室の先生。ああ、そうだ。俺は体育の授業を見学して保健室で休んでたんだっけ?そうそう、そういえば隣で西木野さんも休んでいたな。
隣のベッドを見る。しかしそこはすでに誰もいなかった。あれ、もう帰ったの?てか今何時だ?
「今何時かわかります?」
「今はもう午後4時だけど」
「4時⁉︎」
それは相当寝ていたな。あれ、何か忘れている気がする。大切なことのはずだったんだけど、思い出せない。うーん、何だっけ?
「それとこれ。お見舞いの品だって」
先生に渡されたのはあのオレンジジュース。キャップの部分には猫の絵が書いてある。凛からか。気持ちはありがたいけどできれば別の飲み物にして欲しかった。あまり美味しくないんだよな、これ。
「あとは担任の先生からの伝言。起きたら職員室に来いって」
げ。あの人からの呼び出しかよ。嫌な予感しかしない。それでも行くんだけどさ。俺、優等生だから。
保健室の先生にお礼を述べて俺は職員室へと向かう。寝たからか少し頭がスッキリしている。今ならどんな難しい推理でもできそうな気がする。寝る前の推理はイマイチだったからな。……あ!
「西木野さんに頼んでない!」
すっかり忘れてた!今日の彼女はフレンドリーだから今日ならいけそうだということで頼むつもりだったのだ。もう彼女は帰ってしまっただろうか?それともまだ音楽室にいたりするのか?さっそく行ってみなければ。職員室?そんなの後回しでいいだろ。俺、悪い生徒だから。
廊下を全力疾走して音楽室に向かう。ところが、俺は音楽室にたどり着くことができなかった。その前にボスキャラと遭遇してしまったのだ。
「おう、佐々木。元気そうだな」
「せ、先生」
音楽室までもう少しというところに立っていた我がクラスの担任。その眉毛がピクピク動いている。怒ってらっしゃいますね。
「もう廊下を全力疾走できるほど回復したのか。若いっていいな」
肩をポンポン軽く叩かれる。しけしドンドンと聞こえたのは俺だけだろうか。心なしか肩に加わる力が大きい。
「ど、どうしてここに?」
なぜ俺が音楽室に向かうとわかったんだ。エスパーか。
「保健室から電話があって、お前が職員室に向かったと報告があったんだ。。しかしなかなか来ないもんだからまさかと思って急いで来てみたら、まあ的中したってわけだ」
俺が聞きたいのはそういうことではないんだが。
「どうして俺が音楽室に行くと?」
「たまたま職員室にいた生徒会の人が教えてくれたんだ。『佐々木君ならたぶん音楽室に行ったと思います』って」
誰だそれ。エスパーか。どうして彼女は俺が音楽室に行ったと分かったんだ。怖いよ。
「まあそんなことはどうでもいいな」
腕をガシッと掴まれる。それもかなり強い力で。痛い。
「さ、職員室に行くぞ」
俺は地獄に連れて行かれるようです。
「何でこんなのをやらなきゃいけないんだか」
職員室で小一時間ほど先生に説教された後、レポート用紙を渡された。校外学習の後に班員みんなで仕上げて提出するらしい。面倒だな。
喉が渇いたのでオレンジジュースを飲もうとしたら、そのペットボトルを奪われた。図書委員の人だ。
「館内は飲食禁止です」
そう、俺は現在学校の図書館にいる。校外学習は班別行動、そしてその計画は自分たちで作らなければならないのだ。あいにく俺は他の班員の連絡先を知らないので一人で頑張っている次第である。
観光雑誌のページをめくる。どれがいいのかイマイチ分からない。鎌倉なんて行ったことないし。もう適当でいいかな?
ちらりと時計を見る。下校時刻まであと20分。今日はここまでかな。まあ明日になれば他の班員とも話ができるだろうし、そっちの方がいいだろう。勝手に決めても何でこんな所行くにゃ!って怒られそうだし。
もとあった場所に本を戻して、カウンターに向かう。
「すみません、ペットボトル返してもらえます?」
「次からは気をつけてください」
「すみません、ありがとうございます」
美味しいわけではないので別に飲まなくてもいいのだが、せっかく凛がお見舞いの品として買ってくれたのだから飲んだ方がいいだろう。美味しくないけど。
ペットボトルを受け取ると図書館を出る。下校時刻が近いこともあり、多くの生徒が昇降口へと移動している。流れるプールみたいだ。
俺も昇降口へと歩いていくと、通路の先に壁を睨みつける女子生徒がいた。黒髪のツインテール、アイドル研究部の先輩だ。
近づいて何を見ているのか確認する。ポスターのようだ。
『μ's、ライブやります!』
あ。思い出したくないことを思い出してしまった。西木野さんに作曲してもらうように頼まないといけないんだった。もし失敗したらこのライブもできなくなっちゃうんだよな。考えただけで背中にずっしりとしたプレッシャーを感じる。思い出すのはあの日の園田先輩。思わず身震いをしてしまう。身の危険を感じる。
「あ、テスト生」
と、先輩がこちらに気付いたようだ。
「お久しぶりです」
しかし彼女はすぐにポスターへと視線を戻す。そんなに気になるのか。そりゃそうか、彼女はアイドル研究部の部長だもんな。
「先輩は見に行くんですか、ライブ」
「はあ?何で私がこんなおままごとを見なくちゃいけないわけ?」
えっ?おままごと?彼女は今、高坂先輩たちのスクールアイドルをおままごとと評したのか?イラッとしかけた自我を抑えて、理由を尋ねる。
「それはどういう意味です?」
「どうも何もそのままよ。稚拙だって言ってるの」
心の奥で何かが蠢いた。だんだん頭が熱くなってくる。
「先輩は彼女たちの練習を見たことがあるんですか」
「ないわよ。なくてもわかるの。そんな数週間練習した程度で一人前になれるんだったら、誰だってスーパーアイドルよ」
たしかにそうかもしれない。いや、先輩は正しいのだろう。高坂先輩たちのレベルはまだまだ低い。そして1ヶ月程度練習しただけでプロ並みにうまくなるわけでもない。でも、だからって其れをおままごとと一蹴していいのか?稚拙だって貶していいのか?
……いいわけないだろうが。
「おかしいだろ!どうして一生懸命のやったことを馬鹿にされなきゃならないんだよ!どうしてその努力を認めないんだよ!人の努力を馬鹿にして何が面白い?こっちは必死にー」
枷が外れたように言葉が溢れ出すのも束の間、すぐに言葉が止まる。俺は何を言っているんだ?なぜ彼女にあのことを話そうとした?
目の前で、背の関係上、ただ俺を見上げる先輩。その顔からはなんの感情も読み取れなかった。
「……」
「……」
しばらくの沈黙。彼女は俺が自分のことを話そうとして、やめたのに気付いただろうか?もしそうなら、それを聞いてくるのだろうか?
やがて、彼女は口を開いた。
「タメ口?随分と生意気ね」
「……すみません」
「そ。まあ私も悪かったわよ。たしかに何も見てないの推測だけで言うのは良くないわよね。だから」
先輩は右手を上げると、その人差し指でポスターを指差す。
「ちゃんと見て、決めさせてもらうわ。ライブと、練習風景と。期待はしてないけど」
「……腰を抜かしても知りませんよ」
ふん、と鼻で笑うと先輩は去っていった。残された俺はさっきまでのカッカしていた頭が落ち着いてくる。西木野さんに作曲をしてもらわなければならない理由が増えたな。先輩に分からせてやる、彼女たちの努力を。
だからとりあえず、校外学習のルートは西木野さん最優先にしよう。