オラリオの北部に広がる『ベオル山地』は凄まじい傾斜を有する山々の集合体である。何度山頂を越えても見える無数の山嶺から、人々は別名『山城』と呼ぶ。
またオラリオから近い事もあり、『古代』の時代、ダンジョンから進出して来たモンスター達が生息している地
現在この『山城』に住み着いている動物は一体のみである。それ以外の人、モンスター、それ以外の動物、果てには虫までもがこの山嶺から姿を消していた。
『それ』はゆっくりと身体を起こした。周囲を見回し、遠方を睨む。しばらくした後に翼を広げ、羽ばたく。
──今度は遠慮しなくていいわ。思う存分暴れなさい……。
どこかからそんな声が聞こえた。
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「目標に動きあり! オラリオの方角を向いています!」
『それ』を監視していた者達がいた。全部で4人、その全てが同一のエンブレムを装備に刻んでいた。翼がついた旅行帽と
「了解。全員そのまま聞いてくれ」
4人の中の隊長が神妙な顔つきと重い声音で隊員を見回す。
「ここから先は後戻りできない。生存率は絶望的、しかし必ず成功させなければならない
「やめて下さいよ、隊長」
隊員の一人が隊長の言葉を遮った。
「俺達全員、志願してここにいるんです。今さら逃げたりしません」
「それに人数が多い方が成功率も上がるでしょ?」
「ていうかそれこそ今さらですよ、隊長」
いつものような隊員達の軽口に隊長は笑みをこぼす。
「そうだな。今さらだな」
隊長は懐から1つの『
「団長、これより『黒竜』の『誘導』を開始します」
『……頼む』
返ってきたのはその一言だけだった。それだけで彼らは満足だった。
「行くぞ!」
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通信を聞いた後、【ヘルメス・ファミリア】団長、トキ・オーティクスは近くに待機していた団員に指示を出した。
「『黒竜』討伐に参加する冒険者達を
「はい!」
トキの声はあまりにも平淡だった。傍目から見れば残酷な人間だと言われるだろう。伝説の『黒竜』を北の『ベオル山地』からオラリオ東にある平原まで誘導しろ、と指示……否、命令して、なお眉1つ動かさないのだから。
だが、今指示を受けた団員はそんな事は思わなかった。なぜなら、トキの手は今にも血が出んばかりに握りしめられていたのだから。
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数時間後、オラリオの東に広がる大平原に20人もの第一級冒険者が集められた。
「それでは『黒竜』討伐のミーティングを始めます」
彼らを見回しながらトキは言葉を続ける。
「今回の作戦は至って単純、【ヘスティア・ファミリア】ベル・クラネルのスキルが最大まで溜まるまでの30分間、彼を守るというものです」
そんな彼の作戦に大半の冒険者の顔が強ばる。
「『黒竜』の鱗は硬く、最低でも我々の『超長文魔法』でようやく貫ける、というものです。さらに『自己再生』能力まで持っているため、長時間戦えば敗北するのはこちらです」
説明するトキの顔に不安や迷いはない。確固たる意思を持って冒険者達の眼光を受け止める。
「ですが彼のチャージ『スキル』、それであれば『黒竜』の身体を貫き、『魔石』を破壊できるでしょう。現に彼は14年前、Lv.2の時にLv.5相当のモンスターをその『スキル』で撃破しています」
冒険者の視線がベルの方へ向けられる。若干体を小さくしながらベルはトキに先を促す。
「作戦は以上。次に物資についてです。内訳は既に配ってあるものです。物資はここから10
さらにトキは影から袋を人数分出現させ、それらを冒険者達へ配る。
「この袋には『
この説明に冒険者達は様々なアクションを起こした。驚愕するもの、思案するもの、悪巧みを考えるもの。
「なお、返却せずにそのまま持ち去った場合、地の果てまででも追い掛けて取り立てますから、そのつもりで」
ここまで険しい表情で説明したトキは、ふと口元を緩める。
「ま、こんな事を言っても納得できない方もいるでしょう。というかそんな人が大半ですよね」
第一級冒険者というのはオラリオの上位に存在する冒険者であり、その分灰汁が強い者が多い。当然、自尊心が強い。そんな彼らが時間稼ぎという役回りをさせられるのだ。納得できるはずがない。
「ですがこう考えてみてください。『ここまで準備してアッサリと『黒竜』を倒してしまったら、【ヘルメス・ファミリア】はただの馬鹿じゃないか』と」
ピクリと数人の肩が動いた。
「これほどまでに準備して、各【ファミリア】に頭を下げて、自分達に変な役回りをやらせて、ベル・クラネルの『スキル』が決まる前に倒せたら赤っ恥をかくじゃ済まないな、と」
ニヤリとトキは挑発的に笑う。
「それでは皆さん、俺に大恥をかかせるよう、頑張ってくださいね」
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それぞれの具体的なポジションを言い渡してミーティングは終了となった。
「……トキ」
そんな中、アイズ・ヴァレンシュタインは己のポジションに不服だった。
「どうしたんですか?」
「……私を
彼女が言い渡された役割。それはこの作戦の要、ベル・クラネルの護衛だった。
「駄目です」
「っ! ……お願い……!」
歯牙にもかけないトキの様子に、アイズはなおも食い下がる。ベルの護衛はまず間違いなく後衛、もしかしたら魔導師達よりも後ろに下がらなくてはならないだろう。
『黒竜』と因縁がある彼女にとってそれは看過できないものであった。
このままなら土下座しかねないアイズに、トキは嘆息する。
「さっき言ったポジションはあくまで一応のものです。それに……」
ちらりとトキは彼女の後ろを見る。釣られて振り向いたアイズはその先にベルの姿を見つける。
「この役割、アイズさんしかできないんで」
そう言ってトキは他の冒険者の元へと向かった。
どういうことだろう? とアイズがトキの言葉の意味を考えていると、彼女に気づいたベルが近づいてくる。
「アイズさん、今日はよろしくお願いします」
「……うん、よろしく」
満面の笑顔を向けるベルにアイズは視線を逸らす。そして意を決して自らの意見を言おうとした時、先にベルが口を開いた。
「まず最初に謝っておきます。すみません」
「…………え?」
いきなり謝られた彼女は何がなんだかわからず、言おうとしていた事を忘れてしまった。
「僕、多分きっと……いえ、絶対無茶します。ですから、できればフォローしてくれると助かります」
「えっ、えっと……」
真剣な表情にしどろもどろした後、アイズはコクリと頷いた。それにベルは顔を綻ばせる。
「よかった……。アイズさんがいてくれれば百人力です」
そう言って、ベルはトキが歩いていった方へ向かった。
(……あれ?)
そんなベルの姿に、アイズは内心首を傾げた。
(この子、こんなに大きかったっけ?)
アイズとベルは、今日までにも少なからず接する機会があった。それでも、隣に立って戦うということはなかった。
かつては自分の方が高かった身長。それが見事に逆転していた。一度意識してしまうと、かつてのベルと今の彼の違いを探してしまう。自分の中にあった彼のイメージがどんどん、変わっていく。
だけど……それが嫌じゃない……。
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「アイズさんの視線を感じる……」
「よかったじゃないか」
「なんか全身見られてる……」
「……あ、そう。ま、がんばれ」
「……うん」
そんなやり取りをしながら二人は北西の方角、『ベオル山地』を見続ける。
「そう言えば、トキが杖なんて珍しいね」
ベルが言う通り、トキが装備しているのは短刀でもハルペーでもなく、蒼を基調とした杖だった。
「まあな。今回はこっちに専念するから」
「わかった」
顔を合わせる事もせず、二人は会話を続ける。
「それにしても、トキにしては随分杜撰な作戦だね」
「わかってるさ。だが時間が足りない。さらに今回は攻める側じゃなくて守る側だ。俺を含め、そう言った戦闘はあまり経験がない」
現代のオラリオの冒険者はダンジョンを攻略する、所謂『攻める』事に特化している。『守る』戦いは得意ではない。
「でも失敗はできない」
「外せば、全部壊される」
それ以上二人は言葉を交わさなかった。互いに抱える気持ちが違い、互いにそれを察していたから。
トキ・オーティクスが抱くのは殺意。【ファミリア】の同胞を、仲間を殺され、その仇を取ると誓う。
ベル・クラネルが抱くのは興奮。伝説の怪物と戦うという緊張と
『GAAAAaaaaaaa!!』
咆哮が聞こえる。第一級冒険者達が戦闘体勢に入る。
そんな中、トキとベルはどちらともなく拳を差し出し、コツリと合わせた。そしてトキは……詠唱を開始した。
「『悠久の時を眠る力よ、永遠の静寂を過ごす力よ 』」
その視線の先には『黒竜』に追い掛けられる1つの人影が映っていた。ギリッと奥歯を噛み締める音がした。
隣に立つベルは右手に光を集め始める。ゴォン、ゴォォン……と
出し惜しみはしない。己の限界を越えて『未知』の怪物に相対する。
詠唱が完了する。その直後、人影は『黒竜』の炎に焼かれた。
言葉はなかった。だがその目が語っていた。
『団長、後を頼みます』
トキが杖を構える。ベルが体を沈める。託された思いのため、愛する者達を守るため、冒険者達は『伝説』へ弓を引く。
そして、矢は放たれた。
この話はベル×アイズです。違和感があるかもしれませんがご了承ください。ご意見、ご感想お待ちしております。