冒険者に憧れる少年の夢   作:ユースティティア

9 / 12
冥界の淵より

 ──ここは……どこだろう……?

 

 気が付くとそこにいた。人の気配はなく、所謂ゴーストタウンと言われるような街。街の周囲を高い壁が囲み、街の中央には、壁を超えるほど高い塔が築き上げられている。

 パッと見はオラリオに似ているのだが、周りの建物は俺の記憶にあるオラリオのものとは違う。それに、人の気配がないのでまず違うだろう。

 

 空を見上げると、そこに月はなく星々がきらめいている。

 

 なんとなく、【インフィニット・アビス】の詠唱に出てくる『漆黒の都』が思い浮かんだ。

 

『ここに人がくるとは珍しいね』

 

 突然、後ろから声をかけられた。

 

 バッと振り返るとそこには奇妙な『もの』がいた。

 人の形をしているが、全身が黒い(もや)で覆われており、顔にあたるであろう部分にも、目や耳などは見当たらない。

 

 だが、そんな些細なことはどうでもいい。重要なのは、こいつに俺が背後をとられた、ということだ。

 自惚れるわけではないが、俺は気配探知に関してはオラリオの中でもトップクラスだ。幼少のころの暗殺者としての経験と、冒険者としての経験、そしてLv.6にまで昇華させた【ステイタス】。気が抜けていたとはいえ、俺の背後をとるのはかなり難しいと自負している。それがこうも簡単にとられるとは……!

 

 咄嗟に手から短刀を生成しようとし……失敗する。驚いて手を見つめた。そしてようやく気づいた。魔力が、感じられない!?

 

『当然だよ。ここは冥界の淵なんだから』

 

 靄のかかった『もの』が、俺の心を見透かしたように声をかける。その声は、男とも女とも聞き取れるものだった。

 

「冥界の……淵?」

 

『そう、冥界の淵。まあ冥界の1歩手前、ってところだね』

 

「……死んだ人間は、その魂を天界の神々に回収され、まっさらな状態で再び転生する、と聞いたんだが?」

 

『うん、大半はそうだね。だけど、特別な魂や別の世界の魂は違う。君の場合、まっさらにするのが難しい魂だからね。だから、神々に回収されずにここに流れてきたんだろうね』

 

「……それは、どういう意味だ?」

 

『君の宿す力、神殺しの力は、神にとって天敵のようなものさ。魂に刻み込まれたそれに、神々は極力触れたくないんだよ。そうして回収するのを躊躇されまくった結果、この街に流れ着いた、って訳だ』

 

 ……いろいろと言いたいことはある。だが、こいつの言っていることが本当ならば。

 

「俺は……死んだのか……」

 

 言葉にすると、体が震え始めた。涙がこぼれる。

 

 冒険者なんだから早死にするとはわかっていた。いろいろなことがあったし、後悔しないように生きてきたつもりだ。……だけど、やっぱり心残りはある。

 

 まだ子供達が大人になるのを見ていない。まだ【ファミリア】団長の後継者を育てきれていない。……まだ、オッタルさんとの約束を果たせていない。

 

『ま、嘘なんだけどねー』

 

「……は?」

 

『さっきの話は本当。君は死んだら、神々に魂を回収されるよりも、冥界(ここ)に流れてくる可能性の方が高い。だけど今回、君がここにいるのは死んだからじゃない』

 

 ……やべえ、知らない『もの』の前でガチ泣きしてしまった。死にたい。

 

『君がここにいるのは、僕がここに呼んだからなんだよねー』

 

「……って、お前の所為かよ!?」

 

 今すぐ短刀が欲しい。そして今すぐこいつを殺したい……!

 

『アハハ、ここは冥界の淵だから、そもそも半分死んでるようなものだよ? そんな存在をどうやって殺すのさ!』

 

 ……何だろう、この感じ。すごく神に似ている!

 

「お前は、いったい何『もの』だ?」

 

『……君、薄々気づいているんだろう?』

 

「……なるほど、つまりお前はそういう存在ってことでいいんだな?」

 

『フフフ』

 

 確証は得られなかったが、こいつがどんな存在かはなんとなくわかった。

 

「なら、何故俺をここに呼んだ?」

 

『君と話がしたかったから!』

 

「……は?」

 

 頬がひきつる。今、こいつはなんと言った?

 

「それも、俺をからかうための冗談か?」

 

『違うよ、これは本当。何でそんな下らない用件で呼んだのかって? 僕と君とが話すには、君が本当の意味で死にかけないといけなかったからさ! そんな機会、滅多にないでしょ?』

 

「当たり前だ! そんな何回も死にかけてたまるかァ‼」

 

『うんうん、やっぱり君は面白いね』

 

 顔は見えないが間違いない。こいつ、今笑ってやがる!

 

「……で、何か聞きたいことは?」

 

『うーん、いろいろあったんだけどね。なんかもういいや!』

 

「ここまで引っ張っといて何だそれはァ!?」

 

『アハハハハ!』

 

 靄でわからないが、やつの体が心なしか揺れている。絶対ケタケタと笑っているのだろう。

 

 目の前の存在に怒りを感じていると、ふと意識が遠退くのを感じた。

 

『……そろそろ現実に戻るみたいだね』

 

「……そうか」

 

 今度の声は、なんだか寂しそうだった。

 

「ま、当分来るつもりはないから」

 

『ひどいなぁ、頻繁に来てくれてもいいんだよ?』

 

「お断りだ」

 

 体の感覚がどんどん消えていく。……ま、一言くらい声をかけていくか。

 

「じゃあな、()()()()

 

『もの』はピクリとその靄を揺らした後、嬉しそうに言った。

 

『またね、()()()()()

 

 ------------------------

 

 目が覚めると、何度か見たことがある天井が目に映った。バベルの治療院の天井だ。

 

「……パパ?」

 

 ふと、声をかけられた。顔を動かして見てみると、そこには娘のアンジュがいた。

 

「おはよう、アンジュ」

 

 声をかけると、アンジュはその目に涙を浮かべ、ワッと泣き出した。

 

「アンジュ、どうした!?」

 

 アンジュの泣き声を聞きつけたのか、息子のウィリアムが部屋に入ってくる。

 

「う、ウィリアム、パパが、パパがあ~」

 

「あーと、おはよう、ウィリアム」

 

 涙声で話すアンジュと片手を上げて答える俺に、ウィリアムは最初キョトンとしていたが、すぐに目に涙を溜めた。

 

「ぼ、僕、ママとギルドの人に知らせてくる!」

 

 そう言って、ウィリアムは部屋を出ていった。

 

 ------------------------

 

 戻ってきたウィリアムと、一緒に来たレフィーヤに再び泣きつかれ、さらに、俺が目を覚ましたと聞き付けた【ファミリア】の皆にも囲まれ、落ち着いたのはそれからしばらくしてのことだった。

 

 どうやら俺は6日も眠っていたらしい。そして、戦争の現状はあまりよくない、とか。

 

「やはり、『隻眼の竜』ですか……」

 

「ええ、6日前と2日前の2度。それも数十分だけですが、それでも被害は甚大です。幸い、死者は6日前の我々の団員だけですが、重傷者がとにかく多いです」

 

 アスフィさんからの報告を受け、顔をしかめる。重傷者の内訳を聞いてみると、かなり有名な冒険者も少なからず混ざっていた。

 

「ベルは?」

 

「貴方と一緒に、【剣姫】によってここへ運びこまれました。命に別状はありませんが、意識がまだ──」

 

 ──うわーん、ベルくーん‼ うわあ‼ か、神様!?

 

「……いえ、今目覚めたようです」

 

「あはははは……」

 

 とりあえず、後で様子を見に行こう。恐らく俺以上に時間がかかると思うけど。

 

「他の【ファミリア】の動きは?」

 

「連携して『黒竜』を倒そう、という動きはあります。ですが、戦力を出すのを渋る派閥が多く、それほど人数は集まっていません」

 

「そうでしょうね。あれと戦うには第一級冒険者でないとダメです。それ以外は足手まといになる。戦争の状況は?」

 

「『黒竜』の影響か、あちらの士気は上がっています。レベルの差で一応は押していますが、数も多く制圧しきれない、というのが現状ですね」

 

「そうですか……」

 

 やはり『黒竜』をどうにかしないと、今回の戦争、勝てはしないだろう。

 

「……一応、『黒竜』を倒せるであろう案はありますけど……」

 

「あるんですか!?」

 

「けど、それにはオラリオ中の【ファミリア】の協力が必要になります」

 

 無理ではないが、不可能に近い。それに、これは案であって作戦ではない。それほど粗末なものであり、しかも100%倒せるという保証もない。

 

「だけど、恐らく次に『黒竜』が出た時に倒せなければ、オラリオは負ける。……最悪、滅ぶ」

 

「ほ、滅ぶ!?」

 

「伝説の『黒竜』ですからね。戦力の消耗を考えても、次が山場でしょう」

 

 息を吐き、考えを纏める。今やるべきことを整理し、次の決戦までの準備の手順を考え、戦闘のシミュレーションを空想する。

 

「アスフィさん、動ける団員を全員集めてください」

 

「……わかりました」

 

 そう言ってアスフィさんは部屋を出ていった。

 

 長い間寝ていたからか、傷はもう癒えていた。ベッドから立ち上がり、近くに畳まれていた戦闘衣(バトル・クロス)に着替える。

 

 ご先祖様にあんなことを言ったんだ。そうそうに再会してたまるか。




ご意見、ご感想お待ちしております。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。