──ここは……どこだろう……?
気が付くとそこにいた。人の気配はなく、所謂ゴーストタウンと言われるような街。街の周囲を高い壁が囲み、街の中央には、壁を超えるほど高い塔が築き上げられている。
パッと見はオラリオに似ているのだが、周りの建物は俺の記憶にあるオラリオのものとは違う。それに、人の気配がないのでまず違うだろう。
空を見上げると、そこに月はなく星々がきらめいている。
なんとなく、【インフィニット・アビス】の詠唱に出てくる『漆黒の都』が思い浮かんだ。
『ここに人がくるとは珍しいね』
突然、後ろから声をかけられた。
バッと振り返るとそこには奇妙な『もの』がいた。
人の形をしているが、全身が黒い
だが、そんな些細なことはどうでもいい。重要なのは、こいつに俺が背後をとられた、ということだ。
自惚れるわけではないが、俺は気配探知に関してはオラリオの中でもトップクラスだ。幼少のころの暗殺者としての経験と、冒険者としての経験、そしてLv.6にまで昇華させた【ステイタス】。気が抜けていたとはいえ、俺の背後をとるのはかなり難しいと自負している。それがこうも簡単にとられるとは……!
咄嗟に手から短刀を生成しようとし……失敗する。驚いて手を見つめた。そしてようやく気づいた。魔力が、感じられない!?
『当然だよ。ここは冥界の淵なんだから』
靄のかかった『もの』が、俺の心を見透かしたように声をかける。その声は、男とも女とも聞き取れるものだった。
「冥界の……淵?」
『そう、冥界の淵。まあ冥界の1歩手前、ってところだね』
「……死んだ人間は、その魂を天界の神々に回収され、まっさらな状態で再び転生する、と聞いたんだが?」
『うん、大半はそうだね。だけど、特別な魂や別の世界の魂は違う。君の場合、まっさらにするのが難しい魂だからね。だから、神々に回収されずにここに流れてきたんだろうね』
「……それは、どういう意味だ?」
『君の宿す力、神殺しの力は、神にとって天敵のようなものさ。魂に刻み込まれたそれに、神々は極力触れたくないんだよ。そうして回収するのを躊躇されまくった結果、この街に流れ着いた、って訳だ』
……いろいろと言いたいことはある。だが、こいつの言っていることが本当ならば。
「俺は……死んだのか……」
言葉にすると、体が震え始めた。涙がこぼれる。
冒険者なんだから早死にするとはわかっていた。いろいろなことがあったし、後悔しないように生きてきたつもりだ。……だけど、やっぱり心残りはある。
まだ子供達が大人になるのを見ていない。まだ【ファミリア】団長の後継者を育てきれていない。……まだ、オッタルさんとの約束を果たせていない。
『ま、嘘なんだけどねー』
「……は?」
『さっきの話は本当。君は死んだら、神々に魂を回収されるよりも、
……やべえ、知らない『もの』の前でガチ泣きしてしまった。死にたい。
『君がここにいるのは、僕がここに呼んだからなんだよねー』
「……って、お前の所為かよ!?」
今すぐ短刀が欲しい。そして今すぐこいつを殺したい……!
『アハハ、ここは冥界の淵だから、そもそも半分死んでるようなものだよ? そんな存在をどうやって殺すのさ!』
……何だろう、この感じ。すごく神に似ている!
「お前は、いったい何『もの』だ?」
『……君、薄々気づいているんだろう?』
「……なるほど、つまりお前はそういう存在ってことでいいんだな?」
『フフフ』
確証は得られなかったが、こいつがどんな存在かはなんとなくわかった。
「なら、何故俺をここに呼んだ?」
『君と話がしたかったから!』
「……は?」
頬がひきつる。今、こいつはなんと言った?
「それも、俺をからかうための冗談か?」
『違うよ、これは本当。何でそんな下らない用件で呼んだのかって? 僕と君とが話すには、君が本当の意味で死にかけないといけなかったからさ! そんな機会、滅多にないでしょ?』
「当たり前だ! そんな何回も死にかけてたまるかァ‼」
『うんうん、やっぱり君は面白いね』
顔は見えないが間違いない。こいつ、今笑ってやがる!
「……で、何か聞きたいことは?」
『うーん、いろいろあったんだけどね。なんかもういいや!』
「ここまで引っ張っといて何だそれはァ!?」
『アハハハハ!』
靄でわからないが、やつの体が心なしか揺れている。絶対ケタケタと笑っているのだろう。
目の前の存在に怒りを感じていると、ふと意識が遠退くのを感じた。
『……そろそろ現実に戻るみたいだね』
「……そうか」
今度の声は、なんだか寂しそうだった。
「ま、当分来るつもりはないから」
『ひどいなぁ、頻繁に来てくれてもいいんだよ?』
「お断りだ」
体の感覚がどんどん消えていく。……ま、一言くらい声をかけていくか。
「じゃあな、
『もの』はピクリとその靄を揺らした後、嬉しそうに言った。
『またね、
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目が覚めると、何度か見たことがある天井が目に映った。バベルの治療院の天井だ。
「……パパ?」
ふと、声をかけられた。顔を動かして見てみると、そこには娘のアンジュがいた。
「おはよう、アンジュ」
声をかけると、アンジュはその目に涙を浮かべ、ワッと泣き出した。
「アンジュ、どうした!?」
アンジュの泣き声を聞きつけたのか、息子のウィリアムが部屋に入ってくる。
「う、ウィリアム、パパが、パパがあ~」
「あーと、おはよう、ウィリアム」
涙声で話すアンジュと片手を上げて答える俺に、ウィリアムは最初キョトンとしていたが、すぐに目に涙を溜めた。
「ぼ、僕、ママとギルドの人に知らせてくる!」
そう言って、ウィリアムは部屋を出ていった。
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戻ってきたウィリアムと、一緒に来たレフィーヤに再び泣きつかれ、さらに、俺が目を覚ましたと聞き付けた【ファミリア】の皆にも囲まれ、落ち着いたのはそれからしばらくしてのことだった。
どうやら俺は6日も眠っていたらしい。そして、戦争の現状はあまりよくない、とか。
「やはり、『隻眼の竜』ですか……」
「ええ、6日前と2日前の2度。それも数十分だけですが、それでも被害は甚大です。幸い、死者は6日前の我々の団員だけですが、重傷者がとにかく多いです」
アスフィさんからの報告を受け、顔をしかめる。重傷者の内訳を聞いてみると、かなり有名な冒険者も少なからず混ざっていた。
「ベルは?」
「貴方と一緒に、【剣姫】によってここへ運びこまれました。命に別状はありませんが、意識がまだ──」
──うわーん、ベルくーん‼ うわあ‼ か、神様!?
「……いえ、今目覚めたようです」
「あはははは……」
とりあえず、後で様子を見に行こう。恐らく俺以上に時間がかかると思うけど。
「他の【ファミリア】の動きは?」
「連携して『黒竜』を倒そう、という動きはあります。ですが、戦力を出すのを渋る派閥が多く、それほど人数は集まっていません」
「そうでしょうね。あれと戦うには第一級冒険者でないとダメです。それ以外は足手まといになる。戦争の状況は?」
「『黒竜』の影響か、あちらの士気は上がっています。レベルの差で一応は押していますが、数も多く制圧しきれない、というのが現状ですね」
「そうですか……」
やはり『黒竜』をどうにかしないと、今回の戦争、勝てはしないだろう。
「……一応、『黒竜』を倒せるであろう案はありますけど……」
「あるんですか!?」
「けど、それにはオラリオ中の【ファミリア】の協力が必要になります」
無理ではないが、不可能に近い。それに、これは案であって作戦ではない。それほど粗末なものであり、しかも100%倒せるという保証もない。
「だけど、恐らく次に『黒竜』が出た時に倒せなければ、オラリオは負ける。……最悪、滅ぶ」
「ほ、滅ぶ!?」
「伝説の『黒竜』ですからね。戦力の消耗を考えても、次が山場でしょう」
息を吐き、考えを纏める。今やるべきことを整理し、次の決戦までの準備の手順を考え、戦闘のシミュレーションを空想する。
「アスフィさん、動ける団員を全員集めてください」
「……わかりました」
そう言ってアスフィさんは部屋を出ていった。
長い間寝ていたからか、傷はもう癒えていた。ベッドから立ち上がり、近くに畳まれていた
ご先祖様にあんなことを言ったんだ。そうそうに再会してたまるか。
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