金曜日の朝、矢澤家にて。
「お……お姉さま…………その頭は」
「もしかして、失恋?」
「アイドルは恋愛禁止だからそれはありません!でもどうしたんですかお姉さま?」
「いいのよ…これは私のケジメだから。……いってきます」
妹たちの詮索をかわし、私は家を出た。
「お姉さま、どうしちゃたんですか?」
「折角のツインテールが…」
「だんぱつー」
金曜日。ライブ本番まであと…1日。
第7話 「涙」
金曜日の放課後、部室にて。
私、矢澤にこはとても焦っている。なんでかって?凛が学校を休んだのよ。真姫と花陽曰く体調不良らしいけど、理由はそれ以外にもあるはず。っていうか…多分私のせいなんだけど………もし明日までに凛が戻らなかったら…!!
「どうすんのよ…本番は明日なのに」
「でも、まだ明日来れないって決まった訳じゃないし…ふふっ」
「真姫、あんた今笑ったでしょ!」
「だってその頭…くくっ…!虎太郎くんそっくり…!」
「あんたねぇ〜!!」
すかさず希が仲裁に入る。
「まぁまぁにこっちも真姫ちゃんも落ち着いて。それより今日の練習はどうするん?ちょっと言いにくいんやけど…」
「わかってるわ」
絵里がその言葉を遮る様に言う。
「凛がいない今のうちに、
「…そう。凛ちゃんが初めてセンターになるライブで、ウチらが中途半端にやったらあかん。だからできる時にやっておきたいんよ」
「希…」
「私は構わないけど…凛の方はどうするつもり?」
「………それは」
絵里と真姫が心配そうに尋ねるが、希も今すぐにはっきりとした案は出せそうもないみたい。すると今まで黙って聞いていた花陽が周りには聞こえないように聞いてくる。
「………ねぇにこちゃん。髪切った事と凛ちゃんが休んだ事、何か関係あるの?」
花陽には話しておいた方がいいわね。
「花陽。支倉 柾って子、知ってる?」
その名前を告げた途端に花陽は目を見開いた。何かを知っている様なリアクションだ。
「その様子だと知り合いみたいね。あんまりいい思い出はなさそうだけど」
「支倉くんが…どうしたんですか?」
私は花陽に全てを打ち明けた。柾が凛のことを好きだってこと、柾が凛を傷つけたこと。私の無神経な言葉で凛を傷つけたことを、全て。
「………よし」.
花陽は何かを決断したかのようにみんなの前に出た。
「私は、凛ちゃんのお見舞いに行きたいです。練習もとっても大切だと思う。けど私は、少しでも早く凛ちゃんに元気になってほしい」
「花陽…」
「花陽ちゃん…」
「こんなのただの我儘かもしれないけど、それでも私は…」
「了解♪」
希はその答えを待ってましたと言わんばかりに返事を返す。
「私も賛成よ」
絵里もすぐに賛同する。
「本当に5人でお見舞いに行く気?
真姫が不安を口にする。アレはぶっつけ本番でできるものではない。一回でも多く練習すべきである事はみんなわかってる。
「じゃあ凛のお見舞いは花陽と真姫にお願いしようかしら」
「そうやね、二人が一番凛ちゃんの事わかってるみたいやし」
一年生二人がお見舞いに行く流れが出来た所で、花陽は私に目で合図を送ってきた。…私も行けって事ね。
「私も行くわ」
「にこ?」
「にこっちもお見舞い行くん?てっきりウチらと練習するもんだと思ってたけど」
「私だってできるなら練習したいわよ。けど今回は私にも責任があるし、なにより凛が傷ついたままなのに放ってはおけないでしょ?さぁ行くわよ、真姫、花陽!!」
「うぇぇええ!?ちょっと、にこちゃん…!ヒッパラナイデ! 」
「じゃあ行ってきます。絵里ちゃん、希ちゃん」
真姫、花陽、そして私の三人は凛の家を目指し歩き始めた。
花陽は携帯でメールを打っている。凛に連絡してるのかしら?それにしては随分長いわね…
すると門を出た所で花陽は私たちと逆の方向へ歩き始めた。
「花陽、どこ行くの?」
「凛の家はこっちよ?」
「……二人ともごめんね。私、ちょっと行かなきゃ」
一言そう言って、花陽は私たちと逆の方角へと走っていった。
「「花陽!!」」
花陽の姿はあっという間に見えなくなってしまった。
「なんなのよ…」
「取り敢えず、私たちだけでも行きましょう」
「…わかったわ」
〜♪
《メールを受信しました》
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「えっと、確かこの道を左に……」
支倉くん。
5年前のあの日、私はあなたを大嫌いになった。
悪意がなかったとはいえ、私の親友を傷つけたことがどうしても許せなくて。
でも今日にこちゃんから話を聞いて少しだけホッとした。
もしあの日のことを忘れていたら、絶対に許さない所だったけど。
あなたはずっと苦しんでいたんだね。
自分が犯した罪を、背負い続けてきたんだよね。
凛ちゃんを、忘れないでいてくれたんだよね。
私は…嬉しかった。
やっぱり私、あなたを心から嫌いになることはできなかったよ。
だって、
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
『支倉くんは偉いね、毎日お水をあげて』
『みんながサボるからしょうがないよ。僕が毎日見張ってないと、すぐ枯れちゃうし…ちゃんと来てくれるの、かよちゃんだけだよ』
『私は別に……うゎぁぁ!?は、蜂!?』
『動かないで!騒ぐと敵だと思われて刺されちゃうから。落ちついていれば大丈夫だよ』
『あ……飛んでった。……ありがとう、支倉くん』
『何もしてないけど…どういたしまして』
『優しいんだね。だから凛ちゃんは君のことを…』
『…?星空さんがどうかしたの?』
『……鈍感』
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「……!?やべぇ、寝てた」
寒っ!?てか頭いてぇ。風邪ひいたかな?店番中にパイプ椅子に座って寝るなんて普通はない。最近忙しかったし、体調が崩れても仕方ない。けど店番は続けなきゃいけないんだ。あと一週間で父さんが退院する。それまで…
「……凛ちゃん、来てくれるかな」
昨日の夜何を言ったのかよく覚えていない。ただ、明日来てほしいってことだけは伝えた気がする。
「こんにちは」
…….お客さんだ。
「いらっしゃいませ…!?」
一瞬言葉を失った。
目の前にいたのはかつてのクラスメイト。
「変わらないね、支倉くん」
凛ちゃんの親友であり、μ'sのメンバーの一人。
「………かよちゃん?」
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
『ねぇマサキくん。凛って可愛くないのかな?』
『!?どうしたのいきなり….』
『昨日お母さんの読んでる雑誌を見たらね、モデルさんがいっぱい載ってて……みんな髪が長くて、クールで、すっごく綺麗だったの。それで凛…自信なくなっちゃって』
『凛みたいに髪が短い子は、女の子らしくないのかな?』
『そうかもしれないね』
『っ!…そうだよね、可愛くないよね……』
『そうじゃないよ』
『えっ?』
『らしい、らしくないで言えば、確かに「女の子らしさ」は少しだけ負けてるかもしれない。でも、それと「可愛い」は別だと思うよ』
『それに僕は髪が短くて元気いっぱいの星空さんが……す………』
『す…?』
『す……素敵だと思うよ』
『素敵だなんて…….恥ずかしいにゃ。でも、嬉しい………ありがと』
『……どういたしまして』
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「…!また…柾くんの夢……」
諦めたはずなのに、何度も夢に見る。やっぱり、自分の心に嘘はつけないよね。
凛は柾くんが好き。
でも、その想いが届くことは無くて。
〜♪
すると不意にインターホンが鳴った。…誰だろ。一階まで行き、その画面を見る。
『凛、いる?』
『見舞いに来たわよ』
真姫ちゃんに…虎太郎くん?なんで制服着てるんだろ……
気だるい体を引きずって玄関先へ向かった。
「真姫ちゃん…おはよ。虎太郎くん、なんでここに?その制服、にこちゃんのやつだよね…」
「あんたマジで言ってる?」
え…?あ、よく見ると眼の色が違う。って……
「!?に、にこちゃん?髪切っちゃたの?どうして!?」
「それはどうでもいいの。それよりも、凛…ごめんなさい!!!」
「うぇぇ!?にこちゃん、なんで土下座なんか」
「これは私のケジメなの!…私が柾のことをべらべら話さなければこんなことには…」
にこちゃん、そんなこと気にしてたんだ…凛は大丈夫だよ。いつものように諦めればいいんだもん。
…諦めたくない。でも凛にはどうすることも……
「凛」
「真姫ちゃん…何?」
「花陽から伝言。電話が来たらそのまま聞いてろって」
「え?」
かよちんが?…ていうか、どういうこと?
「話は全部にこちゃんと花陽に聞いたわ。それに、花陽にはずっと前から切り札を渡してあるしね。この時のために用意して…」
♪〜
携帯の着信音が鳴り響く。あれ、これって…
「凛の携帯?あ、かよちんからの電話!」
えっと、電話に出たら黙って聞いてる、だよね。
緊張しながら、凛は耳を澄ました。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
おっぱい大きいなぁ。
いや何考えてんだよ僕は!!
今完っ全にフルハウス、いやシリアスな空気だろうが。凛ちゃんの親友である
「5年ぶりだよね、確か」
「そ、そうですね…」
そうだ、集中しろ支倉柾!
そもそも何故このタイミングでかよちゃんが来たのか?普通に考えれば凛ちゃんに何かあったと考えるのが自然だ。そして原因が僕にあるんじゃないかと疑って…かよちゃんおっぱい大きくなったなぁ……煩悩死ね!消えろ!!
「凛ちゃんがスカート履けなくなってから、もう5年も経つんだね」
「………うん」
かよちゃんもやっぱり僕のこと恨んでるのか……確かに小学校の身体測定のときに恥ずかしがってた記憶がある。胸囲を気にしてたのかな?思えばあの頃から結構大きくじゃねぇよ何考えてんだ支倉柾!自分を取り戻せ支倉柾!!ちっぱい好きの誇りを…思い出すんだ!
「支倉くんはさ、凛ちゃんのどんなところが好きなの?」
かよちゃんが僕に訊ねる。凛ちゃんの好きなところ…?
「それは…その……」
全部、って答えたらいいのかな…いやそれだと重みがない。どこに惹かれたのかきっちり話さないと!……やっぱり全部好きだなぁ…
僕が答えを出せずにいると、かよちゃんは吐きすてるように言った。
「ま、どーでもいいよ、
氷のような冷たい口調に、思わず背筋が凍った。
「か、かよちゃん?一体何を…」
「支倉くんも悪趣味だよね。あんな
何でだよ…かよちゃんは凛ちゃんの親友じゃなかったのかよ!?なんで、なんで……
「何で…そんなこと言うんですか」
「だってそうでしょ?寸胴だわ、髪は短いわ、胸はないわで、何も良いところないじゃん。あれを可愛いと思える支倉くんが不思議だよ」
沸々と怒りがこみ上げてくる。自分の罪は棚に上げて、相変わらず卑怯だと思う。でも、好きな人がここまで言われて我慢できるはずもない。
「特に胸。あんなまな板見たことないよ。ある意味奇跡だよね?車に完全勝利しちゃいそうな…」
「そ こ が い い ん だ よ ! ! !」
自分でもびっくりするぐらいに大きな声が出た。その瞬間何かが弾け、僕はかよちゃんの言葉を全力で否定しようとした。
「まな板!?最高だよ!!あの絶妙に
「さっきから黙って聞いてりゃ、凛ちゃんが可愛くないだぁ!?可愛いだろ!!!365度どっからどう見ても可愛いだろうがぁぁぁ!!!!!」
「髪が短かい!?それがグッとくるんだよ!!想像してみなよ、僕は結構身長差あるんだよ!胸元でオレンジの球体がわさわさ動いてんだよ!?抱きしめたくなるだろうが!」
「僕はそんな星空凛が好きなんだよ…!!可愛くて女の子らしくて素敵でIがLOVEでYOUでまじえんじぇーなんだよ!!!今すぐ凛ちゃんのwomder zoneにwonderful rushして2人っきりで輝夜の城で踊りたいぐらい愛してるんだよぉぉぉぉぉおぉぉおぉぉ!!!!!」
「はぁ…はぁ……疲れた…………」
「…ふふっ」
かよちゃんは制服の胸ポケットから携帯を取り出す。その携帯は何故か
かよちゃんはそのままその携帯を耳に当て…
「そういうことらしいよ?
…はい?
かよちゃんは悪戯っぽく笑いながら、携帯の画面を僕に見せた。
通話中 【星空凛】
……あ。
「ゔぁぁぁぁぁぁぁあ!?」
なんだよこれ…通話中って、星空凛って!!さっきまでの会話全部…つつぬけ?
「ごめんね、試すような真似しちゃって」
かよちゃんはそう言って、静かに微笑む。小学校のときかは変わらない笑顔がそこにはあった。
かよちゃんは僕にその携帯を渡した。受け取ってそれを耳に当てる。
「…もしもし」
『…もしもし』
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
『…』
「…」
互いに言葉を発さぬまま、既に2分が経過した。電話代、大丈夫かな…
『柾くん』
「は、はい!」
!?びっくりした…
『…スケベ』
「ご、ごめんなさい…でも本心だから。何のフォローにもなってないけど」
『…』
「…」
『あのね、凛は主役じゃないし…みんなと比べたら全然可愛くないんだけど、凛なりにスクールアイドルとして頑張ってきたつもり。だから、今まで凛がやってきたことを全部出し切りたいって思ってる。その姿を、柾くんに見てほしいんだ。だから…明日、来てくれる?』
そんなの決まってる。僕ははっきりと答えた。
「絶対行く、死ぬ気で行く!死んでも棺桶から這い出て行く!!」
『そこまでしなくてもいいにゃ。……ありがと、楽しみにしてるね。じゃあ、また明日』
「うん…また明日」
電話はそこで終わった。かよちゃんに携帯を返すと、かよちゃんはまるで宝の隠し場所を教えるような声で言った。
「明日は
そう言って僕に一枚の紙を渡し、静かに帰っていった。
「なんだこれ…VIP席?」
それは、明日のライブのチケットだった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
その日の夜、僕はなかなか眠ることができず、ただμ'sの動画を眺めていた。「観ていた」ではなく「眺めていた」んだ。歌詞の意味なんてこれっぽっちも頭に入ってこない。まるで歌番組を見ているような気分だ。
画面の向こうで、歌ったり踊ったり、皆を笑顔にするスクールアイドルたち。僕はそんな彼女たちを心のどこかでバカにしていたのかもしれない。やってもやらなくてもいい、所詮は部活。プロの下位互換でしかないと思っていた。
本物のアイドルにこだわるつもりもないし、そもそも興味もない。ただ、プロと素人の境目が曖昧になっている気がしてた。
でも、違うんだ。スクールアイドルは、下位互換なんかじゃない。
部活であるからこそ、見えるものや得られるものがある。たった3年間、
長い人生のなかでのたった3年間。だけどその時間は、何年、何十年経っても決して色あせることのない最高の思い出なんだと思う。
………何考えてんだよ。明日告白するんだぞ?
凛ちゃんに告白して……
告白して……
……どうする?
「……!!」
慌てて動画を巻き戻し、最初から見る。凛ちゃんの映る所に、ひたすら目を凝らしながら見る。
凛ちゃんの歌やダンスはとてもキラキラ輝いていた。
そしてそれ以上に、笑顔が眩しいと思った。
『
そんな声が聞こえてくるような気がした。
…そうか。
ずっと心に引っかかっていた
凛ちゃんには、かけがえのない仲間がいる。
共に泣き、笑いあった、とってもとっても大事な人たち。
離れたり出来るはずない、最高のチームメイト。
「μ's」として、「スクールアイドル」としての凛ちゃんが精一杯輝けるステージ。
そこに立つ資格がある「みんな」の中に、僕はいない。
…また、奪うのか?
あの日、凛ちゃんから自信を奪ったように。
今度は凛ちゃんの大切な人たちまで奪ってしまうのか?
僕は結局、凛ちゃんから何かを取り上げてしまわなければいけないのか?
そんなはずはない。凛ちゃん幸せのために、僕が気持ちを隠し続ければいいんだ。
…でも、本当にそれでいいのか?
それは凛ちゃんを言い訳に利用した、僕自身の逃げでしかないんじゃないか?
……僕の想いは凛ちゃんにとって邪魔でしかないのか?
「もう…訳わかんねぇよ」
何が「覚悟はできてる」だよ。
この程度の覚悟、通用するわけないじゃないか。
「アイドル」から「アイドル」を奪う覚悟。僕にそれができるのか?
♪〜
不意に1階の電話が鳴った。こんな時間に何だよ…いたずらかな?
『【ただいま留守にしております。ピーッと鳴りましたら、お名前とご用件をお話しください。】』
ピーッ…
『
思わず飛び起きた。一階に駆け下り、電話に出る。
「もしもし、支倉です」
『息子さんですか?お父様の容体が———』
つづく
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
ネモフィラ
科・属名: ムラサキ科ネモフィラ属
和名: 瑠璃唐草(ルリカラクサ)
英名: Baby blue eyes, Nemophila, Five sp
花言葉は「あなたを許す」
カランコエ
科・属名: ベンケイソウ科カランコエ属
和名: カランコエ
別名: 紅弁慶(ベニベンケイ)
英名: Kalanchoe
花言葉は「君だけを守りたい」
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
次回予告
最終話 「新しいわたし」