魔法少女リリカルなのは 妖精の舞う空   作:スカイリィ

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第十六話 唐突な再開

「……フォス、大尉……?」

 

「思ったより早く会えたわね、深井中尉」

 

 

 驚きのあまり瞬きをすることさえ忘れ、零は彼女の顔を見つめた。

 

 

 金髪のショートヘアー。

 

 整った顔立ち。

 

 色白の肌。

 

 桜色の口紅。

 

 

 間違いない。確かにエディス・フォス大尉だ。人違いではない。

 

 あまりにも唐突な再会だ。

 

 しかし、零の中に沸き上がってくるのは再会の喜びなどではない。

 

 

 零は息が詰まるのを感じた。

 

 

「どうしたの? そんな怖い顔をして」親しげにそう言って、彼女は近寄ってくる。

 

「きみは」様々な問いかけの中から、零はひとつを選んで投げかけた。「本物の、フォス大尉なのか?」

 

 彼女は足を止めた。きれいな曲線を描いている眉が、少し持ち上がる。

 

「さあ」と彼女は肩をすくめる。「ニセモノかも」

 

 悪びれた様子もなく、おどけたような返答。

 

 

 零はわずかに震えた。

 

──なぜフォス大尉がここにいるのだ

 

 ありえない

 

 ありえない

 

 ありえない

 

 

 彼女はバンシーⅢに乗って、ブッカー少佐やクーリィ准将と共に地球へ帰還したはずだ。なぜ、ここにいる。

 

 まさか、少佐や准将までもこっちに? バンシーごと?

 

 いや、もしかしたら、このフォス大尉はジャミーズなのかもしれない。だとしたらジャムは、おれと雪風を追って、ひそかにこのミッドチルダにまで侵入してきているのか?

 

 いてはならない存在。これは誰だ? 正体は何だ?

 

 本物か、ニセモノか。どっちなんだ──

 

 

 

「フォス大尉」零の背後から、凛とした声が響いた。

 

 零はその澄んだ声にハッとなり、振り向く。

 

 見れば、雪風が椅子から立って、フォス大尉へと歩いていく最中だった。

 

 

 雪風はちょこちょこと歩き、フォス大尉の腰に抱きついた。母に甘える子供のようなしぐさだ。

 

 フォス大尉と零はその行動に目を丸くする。

 

「あら、この子は?」フォス大尉は驚きながらも、雪風の頭を優しく撫でた。この少女が雪風であるとは、わからないようだ。

 

「ものすごく綺麗な子ね……あなたの名前は? お嬢さん」

 

 

「雪風」

 

 

 

は? という表情でフォス大尉が固まる。

 

 

「我が名は、雪風」雪風はフォス大尉の腰に抱きついたまま、彼女の瞳を見上げ、続けた。「フォス大尉。私はあなたと再び会えたことを幸運に思う」

 

 

 沈黙。食堂全体から音が消える。

 

 

 雪風をしばらく見た後、フォス大尉は顔を上げ、こちらを見つめてきた。少し表情が引きつっている。

 

 

 

「……ウソ……でしょ……?」

 

「本当だ」と零。

 

「え……だって、こんな子供が……」

 

「雪風だ」

 

「……」

 

「……」

 

 痛いくらいの沈黙。たっぷり数秒の間、誰も何も言えなかった。

 

 

 しばし無言でフォス大尉は零を見つめていたが、やがて、ゆっくりと、天を見上げ、重々しく、呟いた。

 

 

「おお、神よ」

 

 

「未開人」

 

「あなたに言われたくない」

 

 

──フォス大尉がジャムなら、雪風が気付くだろう。

 

 

 とりあえず本物のようだな、と零は安心した。

 

 

 

 

 

 

 話したいこと、聞きたいことは、お互いに山ほどあった。

 

 とりあえず零とエディスは話し合いの場を応接室に変えた。あのまま話していられる空気ではないことくらい、零にもわかった。

 

 今、応接室にいるのは零とエディスと雪風。そして八神はやてとシャマルとフェイト、リインフォースⅡの計7人である。

 

 シャリオは用事があるため来れず、なのはは午後の教導があるため、いない。

 

 

 ソファーに座り、お互いの意見を突き合わせてみると、エディスは零と違い、何の脈絡もなくミッドチルダに飛ばされてきたようだった。

 

 

「あなたと雪風がフリップナイトの爆発に飲み込まれたところはバンシーのブリッジから見ていたわ。でも、その後の記憶が無くて……」

 

「記憶がない?」いぶかしむように零。「気を失ったのか?」

 

「多分そう。で、目が覚めたら聖王病院のベッドの上よ。傷だらけで」

 

 聖王病院。たしか聖王教会とかいう組織の病院だったか。と零は思う。

 

 幸い酷いケガではなくて、3日間ほどで完治し昨日退院した。とエディスは続けた。つまり零と同じく4日前にこちらに来た、ということ。時間帯も同じようだ。

 

 エディスの口振りだと、気を失っている間にこっちに来たのか、それとも記憶があいまいなのか、分からないようだ。

 

 肝心なところが分からない。零は思わず、ウウムと唸る。

 

 

「なんで傷だらけだったんですか?」とシャマル。「何かの事故にでも?」

 

「そう。……飛ばされた所が道路のど真ん中だったらしくてね。……車にはねられたのよ」

 

「悲惨だな」と零。

 

「バンシーがいたのと同じ高度に放り出されるよりはマシよ。そうなったら間違いなく即死だもの」

 

「フムン」確かにそうなったら悲惨だろう。目もあてられない、と零はわずかに口元を緩める。

 

 飛ばされて早々、車にはねられるとは実に悲惨だ。そのショックで記憶があいまいなのかもしれない、と零は想像した。

 

 

「退院した後、私をはねた車のドライバーから慰謝料をせしめたの。相手は女性だったし、相手に過失はそれほどなかったけど容赦なく巻き上げたわ」とエディス。「そのお金と管理局からの補助金で、新しい生活をスタートしようとしたところで、あなたのことを小耳に挟んだ」

 

「で、いてもたってもいられなくなって、会いに来たわけなんですね?」と隣に座っているシャマル。

 

 そうよ、とエディスはシャマルに親しみのこもった笑顔でうなずいた。女医同士、気が合うのだろうか、と零はふと思う。

 

 エディスは続けた。

 

「でも聞いた時は本当に驚いたわ。私以外にFAFの人間がこっちに来ていて、しかもそれが深井中尉だなんて」

 

「だろうな」と零。

 

「でも、一番驚いたのは……」そこでエディスは一旦言葉を区切り、シャマルの方をチラリと見た。──正確にはシャマルの膝の上の存在を。

 

 

「まさか、あの雪風が……こんな可愛い女の子になっているなんて……」

 

 そう言いながら、エディスは雪風の頭を撫でてやる。シャマルの膝の上で大人しくしている雪風は、相変わらず無表情のままだ。

 

「『この子が雪風だ』なんて言われたときはもう・・・私の頭がおかしくなったのか・・・それともあなたの頭が狂ったのか、と思ったわ」

 

 それが普通だ、と零。戦闘機が可憐な少女になるなど、ブッカー少佐が知ったら卒倒するだろう。

 

「おれだって、最初は驚いた」でも、彼女は間違いなく雪風だ。おれにはわかる。と零は静かに言った。「直感でわかったよ。『この少女は自分の知っている雪風だ』って」

 

『お互いの魂が引き合った感覚』などというような非現実的な言語表現はしたくないのだが、雪風と再会した時、まさしくそのような感覚が自分の中に生じたことを、零は覚えている。

 

 普通なら、戦闘機がいきなりユニゾンデバイスという代物に変わるなどあり得ない、と考えただろう。だがあの時、自分の中に沸き上がった、とてつもなく強い風のような感情──まさしく魂の叫びが、告げたのだ。

 

『雪風だ』と。

 

 はたして機械知性の雪風に『魂』と呼べるものがあるのかは、わからないが、とにかく魂が引き合ったのだ。失われた自己の一部を取り戻そうとするように。

 

──雪風にとっても、そうだったのだろうか──

 

 そんな零の言葉に、エディスは半分あきれたように言った。「あなたがそう言うなら、そうなのよ。・・・あなたの直感を信じるわ」

 

「人間の直感は精密ではないが、正確さ。めったに故障しない」

 

「あなたらしい言い方ね」一転してエディスは微笑んだ。

 

 ジョークとして受け取られたのか、真剣な意見として受け取られたのか、零にはわからなかった。わかったとしても、それに注意を払うことはしないだろうが。

 

 

 

 

 

 

「あのぅ……」フェイトが指先で頬をかきながら、遠慮がちに言い出した。「さっきからお二人が言っている、『バンシー』って何ですか?」

 

「FAFの飛行機ですか?」同じように遠慮がちなリインフォースⅡ。

 

「ああ……ばかでかい空中空母だ」零は面倒くさいと思いながらも、答えてやることにした。「FAFはそれに乗って地球に撤退した」

 

「空中……空母!? 魔法無しでそんなの作ったんか!?」はやてが驚きの声をあげる。

 

 その肩の上で、空母ってなんですぅ? と首を傾げるリイン。

 

「空母ってのはな、地球では戦闘機なんかをいっぱい載せる、えらく大型で、上が真っ平らな軍艦のことや」

 

 映画か何かで見たことあるやろ? とはやてがリインに説明してやる。

 

「じゃあ、バンシーってのは、そんな大きい船に翼を付けて飛ばしているんですか? 深井さん」

 

「バンシーはそこらの空母とは桁違いだ」零は、たかだか三機のジャムに殺られそうになった日本海軍の空母のことを思い出しながら答えた。

 

「ものすごく大きいとか……?」フェイトが聞く。

 

「そう。バンシーは横幅1400メートル。縦700メートル近い巨大な飛行機よ」エディスが少し誇らしげに言った。「もはや空飛ぶ基地と言えるわ。旅客機だって着艦可能な、世界最大の航空機よ」

 

「横幅が1.4キロ……とんでもない化け物飛行機ですね」とフェイト。「もしかして、深井さんとエディスさんの地球って、ものすごく発展しているとか?」

 

「さあ」エディスは肩をすくめた。

 

 

 

 原子力空中母艦『バンシー』

 

 そのあまりの大きさから、地上ではなく宇宙で組み立てられた、地上に降りる手段を持たない、空飛ぶ基地。

 

 ⅢとⅣの二機あったが、Ⅳはジャムに乗っ取られ、最終的に弾道ミサイルで破壊された。残されたⅢは大幅な改修を受け、フェアリィ空軍が撤退する際に役立った。

 

 もしフォス大尉がバンシーごとミッドチルダに現れていたら、恐ろしいことになっただろう、と零は思う。

 

 艦載機のために可燃性の高い航空燃料と弾薬を大量に積み込んでいる上、バンシー自体は原子力ジェットエンジンで飛んでいる。墜落したら町ひとつを吹き飛ばす大爆発と、放射能汚染は免れない。

 

 たとえ爆発が起きず、原子炉が破壊されなくても横幅1400メートルを超えるデカブツが高速で町中に突っ込むことになる。どちらにせよ終わりだ。

 

 

──だが、なぜフォス大尉だけ飛ばされてきて、バンシーは来なかったのだ

 

 バンシーごとの方が自然なのに、そのブリッジにいたフォス大尉ただ一人だけが飛ばされてくるというのは、あまりに不自然だ。まさか、ジャムの仕業だろうか。

 

 いやしかし、雪風は彼女を敵として認識していない。つまり彼女は本物である、ということだ。

 

 いったいこれはどういう──

 

 

「……エディスさんは、これからどうするんですか?」それまで黙っていたシャマルが呟くように言った。

 

 真面目な口調だが、雪風の頭に頬擦りをしながらの発言であるため、まったくもって緊張感がない。わずかに場が和む。

 

「そうね・・・できればこの六課に居たいわ」と少し笑いながらエディス。「行くあてもないし、研究者として深井中尉と雪風の関係を考察したいの」

 

「エディスさんは、FAFで心理分析官をやっていたんですよね?」とフェイト。

 

「そうよ。カウンセラーでもあったから。ね? 深井中尉」

 

 なぜおれに振るんだ、と零はあからさまに嫌な顔をした。

 

「……きみには世話になったよ。きみは優秀だ。……気に食わないことにな」

 

「なによ、それ」とエディス。「私をからかっているの?」

 

「率直な意見を言ったまでだ。きみは確かに優秀だが、おれはきみに付きまとわれる趣味はない」

 

「それは私があなたと雪風の関係を阻害しかねない、という意味での嫌悪かしら? それとも別の何か?」

 

「ノーコメント」

 

「ストレートに言ってほしい。単刀直入にものが言えないというのは、ときには病んでいる証として──」

 

「おれは、きみが、気に入らない。……これでいいか?」

 

「けっこう。───とまあ、こんな感じで隊員達のカウンセリングをしていたわ」打って変わって、穏やかな口調で他のメンバーに言った。

 

「はあ……」四人の呆けたような声。

 

「なんか、ケンカしているみたいでしたけど……」とフェイト。

 

「それは彼が私をからかうからよ」とエディス。「こちらとまともに取り合おうとしない相手には、誰だって怒るわ。ケンカ腰になるのも当たり前よ」

 

「きみとケンカをするつもりはない。痴話喧嘩をするほど、親しくもない」と零。

 

「……もういいわ。あなたと話しているとイライラしてくる。後で『じっくり』とカウンセリングしてあげるから」

 

「フムン」

 

 『じっくり』というところが、やたらと強調されているな、と零は思う。

 

 エディスは零を無視して続けた。

 

「私は深井中尉と雪風の関係に一番興味を持っている。でも私は軍医としての仕事をないがしろにしてまで自分の興味を優先させているわけでわない。誰か心に傷を持った者がいたなら、それを治すことを優先するわ。医師として当たり前のことをする。それはこの六課でも同じよ」

 

 そこまで言ってエディスは言葉を区切り、はやてに向き直る。

 

「私も深井中尉と同じように、六課の民間協力者になるわ。ただし戦闘員ではなく、隊員達のカウンセラーとして」

 

 それなら良いでしょ? とエディスは笑顔で八神はやてに尋ねた。

 

 確かに戦士というのは、身体だけでなく、心まで磨り減っていくものだ。それをどうにかする存在は必要だ。と零は思う。他人が磨り減ろうが知ったことじゃないが。

 

 エディスの発言に、はやては一瞬悩んだのち、晴れ晴れとした顔で、わかった、と言った。

 

 

「カウンセラーとして、みんなの心の健康をよろしく頼むで、エディスさん」

 

「決まりね」

 

 エディスとはやては、笑顔で握手をかわした。

 

 

 

 

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