黒衣の天使 作:ただの鴉
つまらない設定、わけのわからない設定などなど多々あると思いますが、皆様の暇つぶしになりましたらと思います。
『……以上で《ソードアート・オンライン》正式サービスのチュートリアルを終了する、プレイヤー諸君の──検討を祈る』
そこまで言うと空中に浮いていた顔の見えないフードをかぶった巨大なアバターは──この鋼鉄の白を作り出した張本人茅場は、その場に巨大な爆弾を投下してその後のケアなど知ったことかとその姿を虚空へと消していった。
そんな……どうしてこんなことに……?
周囲に集められた総勢一万人に届こうかという人々もきっと、わたしと同じことを考えていたに違いないと思う。
きっとこれはちょっとしたドッキリなんだ、と。
ログアウトボタンが消えてしまったのをごまかすためのちょっとした時間稼ぎなんだと。
あるいは、ゲーム発売日が楽しみすぎて間違って見てしまった悪夢なんじゃないか……と。
でも、それはどれも、決して、一つも、正解ではなかった。
何がきっかけだったのかはわからない、誰かの悲鳴だろうか、それともNPCが発した音だろうか、とにかく何かがきっかけで、全員が『これは現実なのだ』と理解してしまった。
この場にいるわたし達全員は『このゲームを作り出した茅場晶彦のおもちゃにされてしまったのだ』と。
そうと分かってしまい、現実となってしまった絶望感に煽られた人間はひどく脆い、かくいう私だって平常心を保てず、茫然自失とその場に座り込んでしまったのだから、何度も何度もぶつかって来た阿鼻叫喚の地獄絵図を作っている周りの人達を非難することはできない。
どうして……どうしてわたしがこんな目に遭わなくちゃいけないの……?
頭をめぐるのはずっとその言葉だけ。
何がいけなかったのだろう。
お嬢様学校に通いながら会員たったひとりの現代娯楽研究同好会などという酔狂なものを作って学校でゲームをしていたり、アニメを見ていたことだろうか。
それとも学校を休んでまで徹夜してこのゲームを買いに行ってしまったことだろうか。
それ以外にももろもろといくつか悪いことの心当たりはあるが、こんな、命をかけたゲームに強制参加させられるほどのことをやった自覚はない。
じゃあ、どうして?
それはきっと、ここにいる間は解決されることのない問題なんだ。
◇◆◇
その日は私─
そう、その日はわたしがベータテストの抽選に落ちた日から今か今かと待ち続けていたフルダイブ技術が一般に普及して初めて発売されるVRMMORPGである
わたしは中学校に上がった頃から親に買ってもらったパソコンで様々なものを知った。
その中でもわたしの心を特に魅了したのはゲームやアニメ、漫画、いわゆるオタク文化と呼ばれるものだった。
ファンタジーのお話はわたしの心を様々な魔法の世界へ連れて行ってくれた。
ギャグ漫画はわたしにたくさんの笑いを届けてくれた。
ラブストーリーはまだ恋も知らないわたしに恋の素晴らしさや感動を教えてくれた。
そういった文化があまり社会では快く思われていないことはわかっていたし、さらにわたしの親戚に関してはどこも有名な会社の社長だったり次期社長だったりととてもじゃないけれどこういったものに関心が全くなかったし、きっと快くは思っていないだろうとわかっていた。
ただ、わたしにとって僥倖だったことは、わたしの家はその親戚たちの中でもかなり異端で、もちろん世間一般で言うと裕福な部類にはなるだろうが、地位とかそういったものにほとんど執着がない家庭で、さらに親戚たちからは適度に離れたところに住んでいたこともあって私ものびのびと自由にマイペースすぎるくらいに育っていた。
だからだろうか、いろいろな趣味に手を伸ばしていて、その時たまたまわたしがハマっていたのがMMORPGと呼ばれるリアルタイムでネットの向こうにいる人たちと楽しむRPGだった。
フルダイブのゲームについてもいろいろ試してみていたが、あまりしっくりくるものがなく、結局最先端技術に対して多少アナログになってもディスプレイの前に座ってキーボードとマウスを手に剣と魔法の世界へ毎日旅立っていた。
もちろん学生であるわたしではライトゲーマーなので、最前線で新しいマップが公開される度にそこへと向かう戦士たちには並べなくてもそれなりに友達も出来て、なかなか楽しく遊べていた。
そしてその時、とある雑誌のまとめを見て、衝撃を受けた、いやもはや天啓と言ってもいい。
フルダイブ技術を使ったVRMMORPG。
いままでディスプレイに映る二次元的な視界でしか認識できなかった剣と魔法の世界についに、わたしが行くことができるというのだ。
これで興奮せずしていつ興奮するのか、今でしょ。
わたしは無謀と知りつつも十万人に対してたった千人のベータテスターの応募にもちろん挑戦し、こちらも当然見事玉砕したわけであるが、それから本販売までの間に絶望と無力感に蝕まれて何もしてこなかったわけではない。
わたしは発売までのあいだにひたすらに様々なナーヴギアを使用するフルダイブゲームに潜ってはフルダイブ環境下で体を動かすコツを掴み、ベータテスターたちの持ち帰ってくる情報を集め、いざついにプレイするとなったらどういうキャラにしようかとひたすらにイメージしてきた。
そしてその日がついに前日へと迫っているのだ、これでわたしに自分を抑えろというのはどれだけ過酷なことだろう、もちろん抑えるつもりなんか元々微塵もないわけであるが。
外は既に夕刻をすぎて夜の帳が降り始めている、既に少し早目の夕食を食していたわたしは出かける準備を整えて家の外へ繰り出し、そして近くのゲームショップへと出撃した。
それからは過酷な戦いだった……迫り来る眠気に対抗しながら時が過ぎるに連れて増していく食欲にも耐え、夜の寒さに震えて同じゲームを求める同志たちとお互いを励ましあい、時には熱く、有意義な意見交換をし、さらにその世界へ飛び立つことを楽しみにし、日の出を待っていた。
そして、開店時間となりその店に並んでいた同志たち全員が、同じゲームを買えたことを我が事のように喜んだ──といっても本当に全員我が事なのだが。
『それじゃあ、また我らがフロンティアで!』なんて冗談みたいな別れの言葉を全員で告げそれぞれの帰路についたわたしは、家についてすぐに仮眠を取った、もちろん正式サービス開始と同時にログインするためにだ。
そして正式サービス開始のきっかり一時間前に起床した私は食事も取り、限界までわたしの夢の世界へ飛び立つための準備を整え今か今かとそのときをベッドの上でナーヴギアをかぶり待っていた。
あと5……4……3……2……1……!
「リンクスタート!」
それが、わたしにとって最も長く、そして濃い二年間にも及ぶ悪夢の始まりだった。
◇◆◇
視界が闇に閉ざされてすぐにゲームらしくオープニングが始まるが、そんなものあとでいくらでも見れるし、もうすでに見飽きるくらい見てきているのでさっさと飛ばしてキャラクターメイキングへと移っていく。
しかもキャラクターメイキングすら「リアルのままで!」なんて一言で済ませてしまう。
こう言ってはなんだが、わたしは自分の容姿について多少自信があったりする。
身長こそ周りの女子に比べても一回りなんてものじゃなくいまだに中学生、下手すると小学生に間違われそうなものだが、顔はその体に見合って可愛らしいとよく言われるし、それにあまり可愛く作るとリアルの自分とのギャップに苦しみそうだからあまりこだわりたくなかったのだ。
そしてなによりも、ベータテストに参加できなかったからこそ、わたしは誰よりも早くこのアインクラッドという世界を見てみたかった。
だからわたしは飛ばせるものは全て飛ばし、あらゆる設定を初期のまますぐさま世界に降り立つことを決めた。
そして、わたしのその願いは、間違いなく達成された。
誰もが最初に降り立つ場所それがこの中央広場なのだ、そこには誰の姿もなくわたしだけがぽつんと立っていた、そしてわたしに遅れるように何人もの人が次々とこの広場に現れていく、つまりわたしは間違いなく、この新生アインクラッドに一番乗りできたのだ!
その喜びと溢れる笑みを噛み締めながらわたしの足はすぐさま動き出し、街の出口の方へと走り出した。
◇◆◇
「すごい……」
それはわたしが《はじまりの街》に降り立つと同時に駆け出してフィールドへと飛び出してそこを見た瞬間に、自然と口から出た一言目だった。
街の外へ出た途端に視界のどこまでも広がっていく草原は、それがコンピューターの作り出したシステム上にしか存在しないなどということが到底信じられる訳が無いほど目に眩しい青さをしていた。
吹き抜ける風はわたしの頬と、その横に流れる神をサラサラと掬い後ろに流れていくその感覚すら、自分が普段感じているそれに違いないものだ。
ゲームはこの瞬間、今まさにハイエンドにたどり着いてしまったのかもしれない、と半ば本気で思うほどのリアリティ……いや、
そしてふと我に返る。
「そうだ、早く装備整えに行かなきゃ!」
わたしはこの世界でやりたいことがあったのだ、この美しい光景ならこれから先何度でも見ることができる、まずはこれから始まる私の分身、『イシュタル』のための装備を整えるのが圧倒的優先事項なのです。
わたしはたった今飛び出してきた《はじまりの街》へと駆け戻り、あらかじめリサーチしていた装備類の調達へと勤しむことにした。
──はずだったのだが。
いつの間にかはじまりの街観光に目的が変わってしまい、街をすみずみまで歩いてみようかな、なんて思って散歩に勤しむわたしの姿が裏路地にぽつんと一人。
思えば遠くまで来たもんだ──じゃなくて、実際ここはどこなんだろう、気づいたら迷子のわたし、とりあえず来た道を戻って行くように歩いていると、突然リンゴーン、リンゴーンという大音量の鐘の音のようなアラームが鳴り始め、思わず耳を塞いでしまうが、システムによって無理やり鼓膜を震わせられるアラームがなり止む訳もなく、ただただ鐘の音を聞かされる。
「きゃっ、なに……突然……」
アラームが鳴り止むのと同時にわたしの体が淡い青い光に包まれていく、それはわたしが最初この世界に降りおたった時と同じ光であり、つまりこれからどこかへと転送されるということであった。
僅かな浮遊感の後に恐る恐るつぶっていた瞳を開いてみるとそこは見覚えのある場所、なんといってもわたしがこの世界に来て最初に降り立った場所、つまり《はじまりの街》の中央広場だった。
周りを見渡せば、そこかしこなんて言葉も生ぬるいくらいに人の大群がそこにあって、そこにいる誰もが現状について疑問を持っているのは聞こえてくる様々な会話の内容を聞くに確かなようで、誰かが話していた内容がたまたま聞こえたわたしは、その真偽を確かめるべくシステムメニューを開き、愕然とした。
「本当だ……ログアウトボタンがなくなってる」
その現象に気づいて、周りが漏らしている不満以上に、ただ単にスタッフたちに心の中で合掌していた。
まさか初日からこんな致命的なミスをしてしまうなんてきっと大目玉だろうな、なんてまるで他人事みたいに思いながら、それと同時になんでこんなにたくさんのプレイヤーを集めたのかな、なんて純粋な疑問も抱いていた。
そして、それはすぐにわかる。
誰かが上を指差したその先を見ると、下から見ているにもかかわらず、底なしの深淵を思わせるような真っ暗な闇が潜むだけのローブが存在していた。
そしてそのローブは自らをこの世界を創造したもの、自分を萱場晶彦であると名乗り、デスゲームの開始を声高々に宣言した。
それは、わたしを絶望の底に突き落とすには十分すぎるくらいの言葉とともに、いつ死ぬともわからない絶望と隣り合わせのデスゲーム開始の儀式が執り行われたのだ。
ソードアート・オンラインという約一万人の魂を幽閉した鋼鉄の城が、本来の完成を達成したその日の始まりのできごと。
◇◆◇
SAOの正式サービススタートから一週間、わたしは第1層にある最も大きな街であり、その名のとおりすべてのプレイヤーが最初に降り立つ最初の街である《はじまりの街》にある一番安い宿の一室を貸し切ってずっとのその部屋に閉じこもっていた。
その間わたしはずっと、同じことを考えていた。
死にたくない、たったのその一言を。
これは悪い夢である、と。
きっと誰かがナーヴギアを剥ぎ取り助け出してくれると。
しかし時間が経つにつれて、一日が経過するにつれて希望は絶望へと変様していく。
これでも頭はいい方であるという自負はある、この一週間のうちにも少なくない
最近一度だけあったおおよそ一時間の回線切断はおそらくわたしが病院へと運ばれて安定した回線へと繋がるための時間。
つまりわたしの体はきっと今は病院のベッドの上ということになる、しかしそれは安心できるほどのことではない、周囲の環境が良ければ人間は食事を取らず、動かずに永遠に生きていけるわけではないのだ。
そのことを、この一週間でよく理解した。
そしてすべての希望が絶望へと塗り変わった。
しかし、どうやらマイペースに育ちすぎたわたしの脳はあまりの絶望についに限界を迎えてしまったのかわからないが、突然頭の回転のベクトルが反転してしまった。
簡単に言っちゃえば超ポジティブに切り替わってしまったのだ。
そうだ、たとえデスゲームに変わってしまったって、これはゲームなんだ。
茅場だって言ってたじゃないか「ゲームであって遊びではない」と、つまりこれはまだゲームなんだ。
それもRPGだ、わたしの大好きなゲームジャンルだ、その名のとおり役を
じゃあ、このゲームを買えたわたしは、このゲームを楽しんだっていいんじゃないかな。
そんなお気楽思考に入ったわたしの行動は早かった。
即座にベッドから立ち上がり、所持コルの残額を確認する、さすがというか一週間分の宿代を払っているというのに最安値の宿だけあってコルにはまだまだ余裕があった、もちろん食欲がなくて食事が二日に一回だったというのもあるだろうが、十分な額だった。
わたしはすぐにチェックアウトを済ませて宿を飛び出し、リストアップしていた店にダッシュで向かう。
そこで買い揃えたのは頭まですっぽり覆うことができるフードのついた黒いローブのようなコートに、この街で買う事ができる最も威力の高い
これで準備は整った、まずは初期装備の武器は全部売ってしまい何も持ってない右手の装備を今買った《ショートダガー》に変更する。
ショートと名がついているゆえに初期装備の《シンプルダガー》よりも弱そうに思えるが案外そうでもなく、しかも名前の割に《シンプルダガー》よりも刃渡りがちょこっと長くて攻撃力がほんの少しだけ高かったりするその分値段もちょっと高い。
元々は買う予定はなかったし、しばらく進めればこれより強いダガーもNPC店舗にあるが、少しでも安全を確保するために必要な出費だった。
そしてローブをまとい頭をすっぽり隠す。
これで気分は
なぜダガーなんていうソロでは効率が悪いなんてレベルじゃなく、ダメージ率は低くリーチの短い装備を選んだかといえば、わたしがそれを好きだから、としか答えられない。
わたしは今までのあらゆるゲームでこのポリシーだけは貫いてきていた。
たとえ補助魔法なら僧侶がいるし、攻撃魔法なら魔法使いがいるし、物理攻撃なら戦士がいると言われようとも《魔法戦士》にこだわったし。
敏捷値が高くて攻撃回数が多く回避率が高いとは言え、攻撃力も防御力も心もとない……と言われようが忍者のようなタイプのキャラクターを使ってきた。
だって、それはロマンだから。
さらにメニューウィンドウを開いてスキル構成を変更する、初期装備の片手直剣とついでに曲刀は既に売ってしまったから使わない片手直剣スキルの代わりに短剣スキルを選択する。
あともうひとつのスキルスロットは本来ならアサシンらしく
「あれ、なんだろうこのスキル……」
スキルスロットをいじっている間にわたしはひとつの見覚えのなければ身に覚えもないスキルがスロットに装備されていることに気づいた。
というかそもそも初期スロットは二つのはずで、だとすればこれは果たしてバグなのかそれとも何か特殊なフラグでも立てて自動で取得されたスキルなのか……
そのスキル名は《最速》、
5%というとそうでもないように感じるかもしれない、たしかに敏捷度が20なら上昇値は1となる、しかし敏捷値が100を超えれば5増えることとなる、5点というのはつまりほとんど2レベル分に相当する量なのだ、当然2レベル分のアドバンテージは大きいものとなる、特に後半になればなるほどステータスの数値は大きくなるわけであって……
「まぁ、深く考えるのはやめて、素直にこのスキルに感謝しようかな」
元々敏捷値極振りにするつもりだったわたしにしてみれば願ったり叶ったりの神スキルだったわけだが、本当に謎、もしかしてわたしが最初にこの世界にログインしたから?たったそれだけの理由でこのスキル付いたの?
答えを知るのはこの世界を作り出した茅場晶彦その人のみ、また生きて帰って確かめねばならないことが増えてしまった。
◇◆◇
ひとまずの準備を終えてこの世界へやってきてから二度目の街とフィールドの堺へとやってきていた。
ここから一歩出れば、わたしの隣人は『死』だけ……あの時軽く飛び越えていたはずの境界線が、今日はとても長く、足元のタイルは底なし沼にでもなったのではないかと思うくらいに足が重い。
今更ながらパーティメンバー募集しておけばよかったかな……なんて今更後悔したってもう遅い、わたしはこのゲームで限界を感じるまでソロで行動すると決めていた。
理由は特にないが、強いて挙げれば圧倒的男性率の高さだから。
こういってはイヤミのようだけれど、わたしはずっといわゆるお嬢様学校と呼ばれるものに通っていたわけで、つまり自分と同い年や年上の男の人とほとんど話したこともないわけで──早い話がわたしは男の人が大の苦手だからっていうたったそれだけ、もちろん男の人がみんな苦手というわけではないけれど。
好き嫌いで命を賭けるのか?なんて言われたって仕方ないと思うけれど、それでも苦手なものは苦手なのだ、仕方ない。
閑話休題。
心の準備も終えて、ついに再びフィールドへと歩を進める。
前回来た時にはあれほどの感動を感じていたそこは、今はただ恐怖を与えるだけだった。
ここにいるあの青いイノシシ─フレンジーボア─ですら、わたしを殺すには十分な戦闘力を持っているのだ、わたしより強いってわけじゃなく、数値的な意味で。
しかしフィールドに出てみるとわかりやすいことに、視界に入れたモンスターが今の自分にとってどの程度の強さなのかMobを中心としたカーソルで表示されたり、ある程度の距離があっても表示されるはずなのだが、視界に映る限り、やはりはじまりの街付近のMobはあらかた狩られてしまっているようで、まばらにひとつふたつしか反応がないし、あってもあっという間に消えてしまう。
ひとまずここら辺は比較的安全だということはわかったのだが、これではレベリングどころか現在装備とポーションに全て使ってしまったコルを増やせない、つまり今夜は宿無しとなってしまうわけなんだけど……
「さすがに宿無しはちょっと……多少無理してでも次の村に行ったほうがいいかな……」
狩場がないのならMobがわく場所へ移動すればいいわけなのだが、どう考えても今の安全マージンを守っているところなんてきっと既に狩り尽くされていてろくに稼ぐこともできないだろう、なら次の目的地に先に向かって自分ひとりでも倒せる"かもしれない"単体でいるMobを狩るという方法の方がレベリングとしても効率がいい。
ただ、あくまでも倒せる"かもしれない"であって、誰も安全を確保なんてしてくれない今のソロでは自ら死にに行くようなもの、それでもなぜかわたしはワクワクしていた、自分でも頭がおかしくなったんじゃないかと思うけれどそれでもやってみたいと思った。
それはきっとわたしが生粋のゲーマーで、どうしようもなく頭がゆるいからこそくる楽観。
でも一週間悩んで、わたしは最後に思ったんだ、死ぬなら前のめりにそして笑顔で死にたいって。
だったら、やりたいと思ったから全部やりたい、本当に限界が来るまで一人で頑張りたい。
◇◆◇
なんて思っていた自分を全く度し難い馬鹿だと思った。
どうにか目的地の村までたどり着くことはできたし、目論見通りなんとレベルが2に到達していた、もちろんステータス割り振りは、
ただ、ここに来るまで本当に地獄だった……今でも生きた心地がしない。
草原フィールドを歩いていたうちはいい、フレンジーボアくらいなら正面に立たなければそれほど怖い相手じゃないし、むしろ最弱のスライムと言ってもいいくらいの敵だから見つけ次第急行して狩っていったし、時々見かけた狼型のモンスターも時々噛み付いたり引っ掻かれたけどHPが
しかし、森に入ったとたんそこらじゅうに敵を意味するカーソルがあるし、みんなわたしからしたら危険であることを意味するかなり濃い赤の表示だし……時々いた単体で行動してるMobを見つけてはソードスキルでバックアタックを仕掛けて初撃でできるだけ削って、敵の攻撃を避けて避けて、隙をついては懐に潜り込んで右手に持った短剣の一撃を見舞う……我ながらよく初めての戦闘の時にパニックにならなかったと思う、そんな戦闘をしばらく繰り返しているうちに、どうにかこうにか1レベル上がった。
そんなことを繰り返してるうちにどうにか体力的にはともかく精神的に限界が来る一歩手前で目的の村にたどり着いたわたしは安堵のあまり着いてすぐに座り込んでしまった。
日は傾き始めていたとは言え空も明るくもう一度レベリングに行ってもいいのだが、それより一度休みたくなったわたしは村の中で泊まれる場所を探し、一軒の民家の屋根裏部屋を無償で貸していただけることとなり、しかもご飯まで頂いてしまった。
思わず浮いたコルでひとまずさらに予備のショートダガーを購入して久々に程良い疲労感を感じて、体は動いてないはずなのに不思議だなぁ、なんて場違いなことを考えながらわたしは一週間以上の久々に悪夢どころか夢すら見ることのない深い眠りについた
◇◆◇
わたしはこの世界に来て初めてセットされて、そして初めてその仕事を全うした目覚ましアラームの力は凄まじく、眠気も一切残さずすっきりとした朝を迎えていた。
装備類の確認や消耗したアイテムの補充も行って昨日お世話になったおじいちゃんの家を後にした、餞別のお弁当までいただいて。
「気をつけて行ってくるんだよぉ」
「うん!おじいちゃんも元気でね!」
NPCが病気にかかることはないし、村の崩壊イベントなどという鬼畜のようなイベントがなければ死ぬことはないというのを知っていても、わずか一日とは言えまたわたしに人の温かさを教えてくれたおじいちゃんの身を心配するのは人として当然だと思いながら挨拶を返す。
もちろん街にいる間や、買い物をするときなんかもNPCと会話をした、しかし、昨日ほど充実した会話をしたのは実に一週間ぶりのことだった。
思い返すだけで涙が流れそうになるのをぐっとこらえて親切なおじいちゃんに笑顔で手を振り村を離れていく。
温かい食事を食べながらなんでもない話をする、ただそれだけのことでぼろぼろと涙を流してしまったわたしの頭をおじいちゃんはそのシワシワの手で優しく撫でてくれて、何があったのかと訪ねてくれた。
もちろん、すべてを正直に答えることなんかできるわけもなかったから、もう会えない人のことを思い出したことと、そしてもう一度その人がいる温かい場所へ帰りたいことをただただ話していた。
きっとわたしの話を半分もわからなかったと思う、それでもおじいちゃんは「そうかそうか」「うんうん」とただ聞いてくれていた、わたしはそれが嬉しくて嬉しくて涙は止まらずにひたすらに泣きじゃくっていたことは今も覚えている。
今日はその恩返しのために行くのだ。
◇◆◇
それは今日目が覚めて階下から漂ってきた美味しそうな匂いに釣られて一階に降りていったときに始まったことだった。
朝食を食べていると突然頭上に金色のクエスチョンマークが浮かび上がったのだ。
事前に情報を集めていたわたしは知っている、これはクエストが発生した時に現れるもので、つまりおじいちゃんは今何か困っているということ、もちろんわたしはそれを見て見ぬするフリなどするわけもない。
「おじいちゃん、なにか困りごと?」
本当はこんな聞き方をしなくても「何かありました?」とか「どうかしましたか?」とかでも充分なのだが、まぁ気分の問題ともうすっかりこのおじいちゃんがわたしのおじいちゃんであることからこう言う聞き方をしているのだ。
「あぁ、実はちょっとだけ困っていることがあってね……」
おじいさんの言っていることをまとめるとつまりこうだ。
最近ここら辺モンスターが多くて物騒だからちょっと数へらしてきてくれね?充分に減ったと感じたらおこずかいをあげよう。と。
比較的簡単なお使い感覚で受けられるクエストでわたしはひと安心した。
事前に入手していた情報だとこの村には《リトルペネント》という名前の捕食植物型のモンスターの希少種を特定数倒さなくてはならないというクエストがあるらしいのだが、それがまた厄介のなんのと、というか今のわたしにはそんな戦力的余裕もなかったので、ちょっと一安心だったりした。
「任せてよ!それくらいわたしがぱぱっと片付けてきてあげるから!」
わたしがそう答えるとクエスチョンマークはエクスクラメーションマークへと変わり、クエストが正式に始まった。
「おぉ、それは助かる、でも無茶だけはするんじゃないよ」
「わかってるって!」
◇◆◇
「しかし……なかなかソロでいないのもね……」
あれからしばらく森をうろちょろしているのだが、なかなか単体で現れるMobがいない、大体のMobが2~3体で行動しているのだ、しかも厄介なことにリトルペネントがうじゃうじゃと。
「あいつは苦手なのよね……うねうねしてるし……溶解液吐くし……」
わたしは女子にしては珍しいことに、虫は別に嫌いじゃない─もちろんあの
「うぅ~、背に腹は変えられないか……」
諦めて覚悟を決め、こそこそと後ろから忍び寄り卑怯にも背後から短剣の初級ソードスキル《ラピット・スタブ》を放つ。
……イイデショ別に、わたし弱いんだかラ。
とにかくわたしの放った淡い燐光をまとう高速の刺突はその植物が反応するよりも早くそいつの元に届き狙いたがわず体に突き刺さり、普段とは違う深紅のエフェクトを発生させ、クリティカルヒットであることを示す。
だというのにそのモンスターのライフは半分も減少せず、いかにわたしが……というか短剣が非力かを痛感させられる。
しかもわたしは今回に限ってはついに単体ではなく2体いるリトルペネントへ攻撃を仕掛けていた。
つまり、今回は間違いなく私にとって初めての正念場となるのだ。
しかしわたしにとって幸運であったことに2体とも突然の襲撃に、いわゆる『あいてはあわてふためいている!』といった具合に攻撃してくる様子を見せない。
だからわたしはここぞとばかりに連続攻撃に打って出る、スキル後の硬直時間が解けると同時に後ろに飛び退き、もう一度武器に燐光を纏わせて限界を超えたスピードで飛び出し突きを食らわせる。
そうすることでやっと一体目のHPを半減させるとやっと、まず先に無傷の方が動き出した、本体らしき部分のしたから伸びているツルの一部をさらに伸ばしムチのようにしならせて横薙の一撃を繰り出してくる、わたしはそれを硬直時間が解けると同時に後ろへと大きく飛び退き紙一重のタイミングで躱す、すると直ぐにHPの減少している個体のウツボが大きく膨らむ。
まずい……腐食液が飛んでくる……!
直ぐに真横へと飛び退くと、ぶしゅっという音と共に強烈な腐臭のする液体がさっきまでわたしがいた場所へとかかり、そこに生えていた植物を軒並み枯らせてしまう。
システム上即死することはないとわかっていても、その光景にはゾッとする。
もしあれがわたしにかかっていたら……
そこまで考えてふるふると頭を振り、もう一度しっかりとリトルペネントを見やる。
今は目の前の戦闘に集中しなくては、さっきの疑問の答えを自分の体を持って確かめることとなる、幸いなことに二体ともツルを大きく振り上げて威嚇の姿勢を取ったまま動こうとしない、AIのくせして小賢しいことに様子見なんかをしているのかもしれない。
だが、わたしにとってそれは明確な隙であり、罠であろうと関係なく使えるチャンスはすべて使わねばならなかった。
このモンスターについてももちろん情報は得ているし弱点も知っている、ならなぜソードスキルで狙わなかったのかといえば、弱点の位置が低すぎて《ラピットスタブ》では攻撃しにくかったからだった。
ラピットスタブは名のとおり高速の突きであって、攻撃するのはどうしても自分の腰より上ということになる。
それに対してリトルペネントの弱点はツタと口のある茎部分の境、いくらわたしの身長が低いとは言えそこを突き技で攻撃するとなれば相当無茶をしなくてはいけないし、無茶をすればソードスキル自体が消滅してしまう。
とことんわたしと相性悪いなぁ。
そんな愚痴を頭の中でつぶやきながらもともと低い体をさらに前傾姿勢にしてHPが減っている方の横へと回り込むように駆ける、そしてその一体目の影に二体目が隠れるような場所へ移動すると今度は的に向かって真っ直ぐに近づき、不意に振るわれた横薙のツタを前方へ転がってよけ、立ち上がる勢いのまま短剣を振り抜く。
確かな手応えとともにさらにリトルペネントのHPの1割近くを奪い、おまけとばかりに振り上げていた短剣を叩き下ろす、そうすることでついに一体目のHPをレッドゾーンまで減少させることに成功する。
しかし連続攻撃もここまでというタイミングで二体目が横に回り込んできたため、再び後ろへ大きく下がり、横から突きこまれたツタを躱す。
相手が二体になるだけでこんなにきついなんて……!
いままで単体としか戦ってこなかったわたしにとって相手が増えるということはいままで目の前の一体にだけ集中することによってできていたぎりぎりを見極める戦い方のそのギリギリのレベルが極端に下がるということ、つまりそれだけ攻撃する機会が減り、それだけ戦闘が長引くということ。
戦闘が長引けば長引くだけわたしにとっては不利だった。
もちろん集中力ということもあるが、もし万が一こうして戦っている間にも周囲にほかにもいるリトルペネントがこっちにやってきたらそれこそジエンド、死ぬ可能性が高まるどころか四対一で勝てるほど今のわたしは戦い慣れていなかった。
だからこそ、今は短期決戦が好ましかった。
この戦いは今までのギリギリなんかじゃなくて、その向こうにある薄い氷のような場所に踏み込む必要が出てくる、それが今だった。
「やぁぁあああ──!」
飛び退いた勢いそのままに短剣を胸元に引き寄せ三度目の燐光をまとわせる、もちろん標的はHPが減少している方、もしこのソードスキルで倒せなければ優勢だったところが一転、硬直時間で二体から攻撃をくらい一気に追い込まれることになるだろう、そして回復する余裕すらなければそのままここで死ぬことになる。
しかしこれで倒すことができれば攻撃を受けるのは一回ですむ、それからならわたしの得意な一体一の戦いに持ち込むことができる。
そして、そんなわたしの決死の思いが届いたのかリトルペネントのHPゲージの赤いラインはだんだんと黒く変わっていき、そして……
パリーン、という軽い音を残してリトルペネントはこの世界から消え去った。
「や、やった……!」
喜ぶのも束の間、横に控えていたもう一体が仲間の仇とも言わんばかりに奇声をあげてツルを振り回してくる。
その痛みに耐え、すぐさま反撃に移るべく歯を食いしばって足を踏ん張りその場にとどまる。
「キェエエ!」
「ぐ、ぅぅうおおおお!」
そしてツルを受け止めたわたしはそのツルを思い切り引っ張りリトルペネントのバランスを崩す。
その隙を逃す訳もなく、ただめちゃくちゃに短剣を振り回した。
そしてリトルペネントのHPを三割ほども削ったところでウツボが大きく膨らんだのを見てとり、サイドステップでリトルペネントの横へと移動し、腐食液を吐き出すと同時に再び攻勢へと移る。
ただひたすらに振るい、突き、避けてまた振るった。
それから多分一分も経ってない、いや、戦闘全体を通しても五分も経ってないはずなのに、わたしはまるで三十分も戦闘をしていたかのような今までにない疲労感を感じていたところで、やっとリトルペネントはポリゴンの光へと還元された。
「はぁ……はぁ……」
そこに残ったのは、戦闘に勝ったわたしだけ。
「なんとか、勝てたぁ……」
すっかり疲れてしまったわたしはヘロヘロとその場にゆっくりとしゃがみこもうとして、しかし思ったより足に力が入らず尻餅をついてしまった。
それと同時に、最後の腐食液をかぶっていたらしいショートダガーが限界を迎えてリトルペネントと同じように青いポリゴン体へと変じてしまった。
「今までありがと」
そう小さく呟くいて一度合掌すると、わたしはメニューウィンドウを開き、予備のシンプルダガーを右手に装備させて立ち上がる。
まだまだクエストクリア条件は満たしていない、これから今のような戦いをもっと続けなくてはいけない。
でも、それも今は不思議と怖くはなかった。
それは多分わたしが、今の戦闘で一皮むけて今この時、きちんと戦士として生まれ変わったのだと思う。
今ここにいるのは石田悠ではない、剣の世界に生きる戦士『イシュタル』なのだ。
そう言い聞かせてわたしは次の標的に向かって歩きだした。
次回予告
ある程度レベルも上がったわたしはついに無謀にもソロでの迷宮区への挑戦を決め込む。
そこで知り合った二人の仲間はきっといつまでもわたしを導いてくれる光となってくれるはず──!
次回第二層、邂逅
リンク・スタート!
◇◆◇
本当のあとがき
細かい部分の修正を行いました。
第一話タイトルを 第一層:女神転生 と変更いたしましたが、百話も続く予定ももちろんながら75話も書くつもりはありません、想定としてはALO編までとなると思います。
またそこまで書くと完結がいつになるかわからない、それどころか完結するのかすら謎ですが、末永くお付き合いいただけたらと思います。
希望があればその先までかければとは思いますが……まぁひっそりと消えるのが関の山でしょう(笑)