黒衣の天使 作:ただの鴉
書き上がったのが午前4時過ぎだったからね……
「もしかして……悠ちゃん?」
「……えっ?」
まさか誰が第一層迷宮区に潜っている途中にうっかり本名を呼ばれるなんて思うだろう?
というか目の前で阿修羅の如きとてつもない戦いをしていて内心ビビっていたところにその本人から突然本名を呼ばれてビビらない人間がいるだろうか、いやいない。
まさにわたしにとって突然その名前を呼ばれることに稲妻に打たれたような衝撃を受けた。
だって、その声に聞き覚えがあったし、なによりすぐに同じような形をした、しかし色は白色をしたケープのフードを外したそこから現れた顔が、まさかわたしが数少なく慕う親戚の女の子のものだったら、誰しもが驚くだろう。
「明日奈ちゃん……?」
彼女の名前は結城明日奈、わたしの遠い親戚だ。
◇◆◇
わたしが生まれ変わったあの日からしばらく経って、この森の中なら充分安全マージンを取れたと感じた日に村を飛び出した、もちろんそれまではずっとおじいちゃんのところで下宿していたが。
それにあのクエストは毎日受けることができる上に
それからもなかなか順調に進んではいた、もちろんエリアボスはすでに前線組が掃除してくれたおかげでソロでも充分次の村へ進むことができるようになっていたため、案外楽してレベリングしながら進んでいた。
新しい村でキャンプを始めてからそろそろ五日が経過し、そろそろレベルアップが遠いなーなんて思っていたら気づけば私のレベルだいぶ上昇していてさらに強力な敵がいる場所に行かねばフィールドでのレベリングは限界が近づいてきていた。
MMORPGというのはもともと長時間のプレイングをしてもらう事を想定しているためレベルアップは遅くなりがちなもの、うまい狩場ならともかくフィールドでならなおさらだった。
「うーん……一層のダンジョンにこもってもいいけど、そこも結局すぐ限界きちゃうしなぁ……だったらちょっと迷宮区いってみようかな……」
このソードアート・オンラインには大きく分けて二種類のダンジョンがあるといっていい。
一つ目は100層をクリアするにあたって必ず行かなければならない迷宮区と呼ばれる20階層に分かれているメインのダンジョン。
もう一つはそれとは別に各フロアに存在する大小様々なサブダンジョンだ。
攻略だけを目指すならば迷宮区にだけ潜っていればいいし、レアなお宝や装備が欲しければそう言ったサブダンジョンに行くと案外お宝がある、RPGとはそういうもの。
そして迷宮区は総じてそのフロアのフィールドやダンジョンに比べて全体的に強いモンスターが配置されている、つまりそれだけ経験値効率がいいということ、わたしがソロで行動していればそれはなおさら顕著になる。
しかし基本的に今最前線で戦っている人たちにソロプレイヤーはおそらくいない、なぜならデスゲームとなったこのSAOでソロプレイをするというのはつまり自殺志願者かただの馬鹿ということになる、わたしは後者。
というのもソロになるとそれだけであらゆる面で不利になるのは誰が見ても明白だからであって、ソロとなってはMobの攻撃を
一対一ならばそれでもいいのだが、二対一になってしまえばパリングしてから攻撃に移るまでに二体目の横槍が入ることもあるし、最悪逆に自分が追い込まれることになる。
ちなみにもしこのデスゲーム上でソロプレイをするなら私のように
その証拠が今日までなんだかんだとソロで生き残っているわたしだ。
ひとまずの目標と目的地が決まったところで拠点を移動することを決めたわたしは一度村へ戻りポーションなどの消耗品を買い込むと次の宿泊地、今度は村ではなく《トルバーナの街》へ一路進路をとってのんびりと歩き出した。
ソロとしてはいささか心もとないレベルではあるが、足りない分はプレイヤースキルとスキルでカバー、ここまでほとんどのポイントを敏捷値に振っているわたしははやくも《最速》のスキルの恩恵が出始めている、体は軽いし、今なら小足みてから昇竜みたいなこともできる気がする……というか攻撃を見てからカウンターならすでに何度か成功させている、失敗もしているけれど。
そんなこんなで意気揚々と歩きながら出会う敵をちぎっては投げちぎっては投げ、時には逃げてなんとかトルバーナに到着した。
そこでひとまず数日分の宿を確保して装備の点検も終えたわたしはそそくさと再び街の外へと出て行く。
……なんというか、本当にただのゲーム馬鹿というか、どんだけこのゲームを楽しんでるんだってね?
まぁいいんだよ、わたしがやりたいんだし、なによりそれがここからの脱出につながるわけだし。
迷宮区となっているタワー自体は基本的にフィールドのどこにいても見ることができるから道に迷うこともないので、のんびりと散歩気分で迷宮区に向かったわけだが……
「ちょ、ちょっと敵多すぎるよぉ~!」
迷宮区に辿り着くまでは問題なかった、どいつもこいつもすでにだいぶ戦いなれた相手だったし、なにより
そして、ここ最近は連戦して余裕の連勝だったことで初期の緊張感を失い油断していたのもあったと言える。
だからこそ忘れていたのだろう、本来MMORPGというのは、自分ひとりではなく他人と一緒に遊ぶゲームであるというを。
「さ、さすがに5体とか無理~!」
この迷宮区はクリアのために必ず通らなければならない場所だ、それはフィールドのようにちょっと釣りに行ったり素材を回収するために行くような場所とは違う。
つまり、もともと大人数、最低でも二人以上のパーティで来ることを前提にしているということだ。
それに対してわたしは多くても3体までしか相手したことがないソロプレイヤー。
つまり、はなからここに来るべきではなかったということ。
そのわたしに残されていた選択肢はこのままここでこれ以降も増え続けるMob相手に逃げる続けるか、どこかで限界を迎えて死ぬしかないということ。
死ぬ……HPが0になってこの偽物の体がポリゴンになり、わたしの脳が焼き切られる。
途端にわたしの脊髄に直接氷塊を埋め込まれたかのような冷たさが走る。
嫌だ……死にたくない……
「まだ死にたくなんかないよ……っ!」
やっぱり怖い、怖いんだ。
偽物のわたしの瞳からボロボロと偽物の涙が零れていく。
どんなにゲームだと
この目の前にいる、今までとは違って人型をしたバケモノが果てしなく怖い。
もしこいつらが持つ武器で殴られ、その牙で噛み千切られてこの世界の命が流れ出し、わたしのHPバーがすべて黒く変色してしまったら、わたしの短かった人生はここで終わってしまう。
まだ15歳だった、エスカレーター式とはいえ入学する高校も決まって、これからきっといろんな人とであって、いつか自分も恋をして、幸せな結婚をして家庭を持って、そんな未来を薄ぼんやりと考えていた。
なのに、こんな誰もいない冷たい場所で、わたしの人生は幕を下ろしてしまうの?
あまりにもあっけないと思いながら自業自得でもあるのかな……なんてことも思ってしまう。
わたしがこのゲームをってプレイしていたことも、そして無謀にもソロプレイなんてことをしてしまっていたことも、全部が全部わたしのせい。
そして誰にも知られず、ここでひっそりと死ぬのだ。
なんて親不孝な娘なんだろう、今まで親孝行の一つもしたことがない。
涙で見えにくくなった視界の影響で地面のオブジェクトに足を取られて転倒してしまう。
もう、逃げることもできなくなった。
わたしに残された選択肢はあとひとつだけ……
「来ないで……来ないでよ……っ!」
腰に下げていた《アイアン・ダガー》を引き抜いて滅茶苦茶に振り回す。
それはもう滅茶苦茶に、目も瞑って敵もろくに見ずに。
そんな攻撃は当たるわけがないって、自分の中の冷静な部分ではしっかりと理解している。
でも、目を開くのが怖い、今この目の前に迫っている死神の姿を目にして、それを受けれてしまえばわたしはそのままここで死んでしまうような気がした。
でも、少しずつ不愉快な感覚がわたしの体を蝕んでいく。
それにつれてきっとわたしのHPも刻一刻と減っているのだろう。
「誰か……誰か助けてよ──!」
ついに短剣を振るう力も失い、腕をだらりと下ろしてその死を受け入れようと覚悟をした、その時だった。
わたしの弱りきった体を再び奮い立たせる力強い生きた言霊が発せられたのは。
「そのまま伏せてろ!」
その言葉を聞いたわたしは突然の言葉に疑問を持つよりも早くその言葉に突き動かされるようにその場に頭を抱えて伏せた。
その刹那、斬撃の音とモンスターがポリゴンへと変じる甲高いシステム音がわたしの耳に届き、わたしに再び生きる希望を与えてくれた。
「すぐにPOTを飲んで!」
「は、はい……!」
突然目の前に現れて5体のMobを相手取ってわたしを庇ってくれているのは意外と言っては失礼かもしれないが、わたしといくらも年の変わらない男の子だった。
でも、今のわたしにはその背中がとても心強く、そしてとても大きく見えて、その言葉に従うようにポーチに入れてあったポーションを口に含んでいた。
緑茶とレモンを混ぜたような何とも言えないまずさのポーションを飲み込んでいるうちに冷静になり、自分と周囲の現状をある程度把握することができた。
わたしのHPは残り3割強、危険ではあるがまだまだ戦うことができる範囲ではあるし、ポーションの効果もあってじわじわと回復している。
それに対して今助太刀してくれている剣士さんのHPは見ることができないが、そこにいるモンスターたちは無傷のものもいるが軒並み1~2割ほど減っていた、どうやらわたしの滅茶苦茶な攻撃もそこそこ当たっていたらしい。
一度振り返ってわたしがある程度落ち着いたのを確認したらしいその
「動けるならあんたも戦ってくれ、一人かばいながら4体相手は厳しいんだ」
「わ、わかった」
先ほど落としていたダガーを手に取り、その剣士の横に並ぶと、今まで一人だった時に比べてとても心強く、改めてソロプレイの限界というものを感じていた。
「わ、わたしが右の2体を抑える」
「一人で大丈夫か?」
「なめないでよ、わたしだってここに来れる程度にはレベリングしてるの……心配だったらそっちの2体を倒して手伝って」
「言われなくても……!」
そこまで会話を交わしてお互いにそれぞれが相手をするモンスターと対峙する。
わたしの体力は現状で5割、あまり攻撃をくらっている余裕はない、今まで以上に集中する必要がある。
しかし、不思議と今まで程の心配はなかった。
それはきっととなりにもうひとり、背中を預ける仲間がいることから来る安心感。
それはわたしの集中力を限界まで引き上げ、敵の動きすら完璧に把握できる程となっていた。
相手モブである最初の人型モンスターである《ルインコボルド・トルーパー》は基本的には右手に斧を持つだけで防御手段をほとんど持っていない、代わりに今まで遭遇してきたどのモンスターよりも攻撃力は高いと言える。
そして初めての武器持ちモブということで攻撃パターンもさして多くはない、基本的には持っている武器でなぎ払うか切り下ろすか、フェイントも使ってこないし、特定のパターンでの攻撃もあるのでしっかりと見極めれば躱すことは難しくない。
さっきまで考える余裕もなかった情報がスラスラと頭から流れ出てくる。
すっかり戦闘者のソレに切り替わった頭は敵の攻撃パターンをしっかりと思い出す。
そして、2体のうち1体が連続攻撃のパターンの予備動作に入るのがしっかりと見えた。
3連続攻撃が来る……!
まず最初の一撃である斧の振り下ろしはあえて大きく回避する。
続く第二の撃は横へ薙ぐ攻撃が来るのでそれを体を逸らして紙一重のタイミングで躱すと、その斧を引き戻すように逆向きの一撃がさらに踏み込んで振るわれる。
その一撃をさらに踏み込むことによってダメージ算出がほとんど行われない柄の部分での攻撃を片腕で受け止め、自分と相手の間のわずかな隙間で腕を畳み、短剣に淡いライトエフェクトを纏わせる。
「やぁぁああああ!」
その一撃ではHPを充分には削りきれず、まだ余裕で6割近くを残している。
だが、それでは終わらせない。
硬直時間が終わると同時にさらに通常攻撃を数発当てて後ろに大きく飛び退き、横合いからの攻撃を躱す。
続いてスイッチして前に入ってきたのはよりにもよってまだHPが全く減っていない一体、これから同じような攻防を5度以上繰り返さなくてはHPを全損させることができない相手達。
だというのに余裕を取り戻したからだろうか、自然と笑みがこぼれてくる。
きっと、これが本性なんだと思う。
人間は極限状態になって初めて本当の人柄が出てくるなんて言うけれどそれはきっと本当のことで、普段お嬢様の仮面をかぶってバカ丁寧に話していたわたしは外用のわたしで、家に帰ってはパソコンの前に座って、こうして現実とはまるで違うバーチャルの中では自分を殺さんとしている敵の前で笑っている今のわたしこそが本物。
こうなるとわたしの脳細胞はとどまることを知らない。
次々と回線が繋がっていく、世界が加速していく、今ならばポリゴン単位で敵の動きが見えるような気さえしてくるのだ。
敵の動き一つ一つが遅く見える、敵の攻撃の前に一撃、躱してもう一撃、敵の硬直時間でソードスキル。
ひたすらにそれを繰り返す、何度も何度も、すでに何度繰り返したのかもわからないほど繰り返す──
◇◆◇
凄まじい……
そんな言葉しか出てこないような鬼気迫るというよりは鬼そのものになったのではないかという戦闘が目の前で繰り広げられていた。
片手直剣とはいえ現状出来うる限りの強化を施してある《アニールブレイド》の威力にかかればコボルド二体くらいなら一瞬で片付けることもでき、急いで救援に向かおうとしていた。
しかしその必要もないほど、さっきまで泣いてへたりこんでいた姿からは想像もできないような戦闘をしていた。
見ているこっちの背筋が凍るほど紙一重で敵の一撃を躱し、自分がしてきたようなダメージを最低限に抑える"受け"を行い、反撃する。
これまでは自分も経験がある領域にある戦闘だった、しかし驚かされたのはその更に向こう。
今までの領域を一つ飛び越えた戦闘。
すべての行動が次の攻撃への布石、わずか1秒程度の隙すら逃さずにすべてのタイミングで攻撃を畳み込むという俺のようなバランスをとりつつやや筋力値寄りのステータス配分ではなく、正しくこれから先必要になるであろう最低限の筋力値以外すべてを敏捷値に極振りしているからこそ可能な限界のその向こう側にある境地。
そこに立ち、驚異的な速度で短剣使いとは思えない速度でコボルドのHPを削り取っていく。
危ういということが分かっていながらも止めることができない完成した、そして美しい闘いがそこで繰り広げられていた。
そしてぼうっと眺めている間にコボルド2体のHPはあっという間にゼロになり、戦闘は集結していた。
◇◆◇
「
戦闘を終えて息を荒げながらその場に立っていたところに後ろから肩に手をかけられる。
「はぁ……はぁ……終わったら……手伝ってくれるんじゃなかったの……?」
「ご、ごめん、あまりに凄まじい戦闘だったから……スイッチするタイミング見失っちゃって」
改めてその剣士を見てみると、やはり体格としてはわたしと同年代くらいかな?顔は中性的で女の子ウケもそうだけど、一部の稀有な男たちからもモテそうな顔立ちをしていた。
装備は見たとおり盾無しの片手剣使いで、全体的に革装備、わたしと同じようにパワーよりスピードで勝負するタイプじゃないかなと思う、というかこんなところにソロでいる限りたぶんそのほうがいい。
「でもすごいな、まさかあんな戦闘出来る人がいるなんて思わなかった」
「すごいって、さっきのやつ?」
あんなって……まぁ、わたしでもどうなのよって思うくらい獅子奮迅というよりもあんたはどこの狂戦士だって位の戦いやってたと思うけどさ……でも褒められるのは悪い気分じゃないかも。
「あぁ、俺も今までソロでやってきたけど、あそこまで洗練された動きは見たことなかった」
「そんなに難しいかな?あなたも多分ダガー使えばできるようになると思うけど」
そこまで言ったらなぜか引きつったような顔を見せられた。
え、何それちょっと傷つくんだけど。
「い、いや、あそこまでとなると俺じゃあある程度のダメージ覚悟しないと無理かな……それこそあれは君だからこそできるセンスの賜物だと思うよ」
うーん、そんなに難しい事だったかな、あれ。
簡単にまとめちゃえば敵の攻撃を読んで、攻撃の前、後に一撃ずつ当ててるだけだと思うんだけど……
という内容を話したら余計に顔を引きつらされた、ショック。
◇◆◇
なんでそんな簡単そうに話すんだよこの子……
パッと見俺より年下だと思う女の子にここまでの戦闘センスを見せ付けられるとさすがにちょっと凹みそうになる。
とはいえ、この少女が持っている戦闘センスは本当に恐れ戦くに値するレベルのものを持っていた。
敵の攻撃の前後に一撃を入れるといえば簡単そうに聞こえるかもしれないが、それはつまり相手の一動作の間に二回カウンターを入れるという離れ業をしているということだ。
それはもちろん振りの小さくて済む短剣を使っているからできる芸当でもあるのだろうが、下層どころかまだ第一層のうちからこんな攻撃をできるというのは、とてつもないことだった。
おそらく彼女でも気づいていないうちに思考速度が一時的とは言え限界を超えていたはずだ、そうでなくてはいくらモブとはいえ、一度の攻撃のうちにカウンターを二度仕込むなんてできるはずもない。
名付けるならば、さながらトップアスリート達がベストコンディションを引き出すためにゾーンに入っている時のような状態を意図的に引き出すことから、システム外スキル《
とにかくこの力はきっとこれから先、このアインクラッドを攻略するうえで必ず必要となってくるはずだ。
それを守ることができただけでも、これ以上ない今日の戦果と言えるだろう。
◇◆◇
「そうだ、君の名前聞いてもいいかな?」
しばらくお互いに無言のまま迷宮区を歩いているうちに唐突に剣士から声をかけられる。
そういえばわたしこの人の名前すら知らなかった。
「あー、わたしは『イシュタール』」
これでも本名ももじって、しかもそこそこかっこいい名前にできたと思う、もともと変更してなかったとは言え、このアバターではカッコつかないけど……
「イシュタールって言うと戦神の?」
「そ、性愛の。そういうあなたは?」
「俺は『キリト』」
「キリト……キリトねうん、覚えた」
なんというか、なんともひねりがない名前のようにも感じたけど、まぁネトゲのプレイヤーネームなんてそんなもんじゃないかな、以前プレイしてたゲームだとホッカイイクラとかいたくらいだし。
「いきなり呼び捨てかよ……」
「いいじゃない、キリトも呼び捨てにしていいから」
「まぁいいけどさ」
お互いの名前を知るだけで意外とお互いの距離というのは縮まるもので、お互いリアルでのことがわからない程度に軽い雑談を挟みながら迷宮区の更に奥へ奥へと歩みを進めていく。
そうやって実際話しているうちにキリトが悪い人ではないということが分かってきた……まぁ助けてくれた時点で悪い人じゃないとは思っていたけど。
キリトは話してみればみるほどに興味のわく人だった、わたしが以前プレイしていたMMOもやっていたし、なによりパソコンについての知識も渡し以上に持っていて話していて飽きが来ない。
「そういえばさ、なんで短剣使ってるのにソロで活動してるんだ?」
まぁ、そりゃ気になるよね、誰だってそー思う、わたしだってそー思う。
「話してもいいけど……絶対に笑わないって約束して」
「大丈夫、絶対笑わないよ」
なんか、こうも即答されると信じられないんだけど……
「男の人が苦手だから……」
わたしがソロで活動してる理由はそれだけだ、それ以外はない。
もちろん子供だったりわたしなんかより全然年上の人なら大丈夫なんだよ、先生とか。
「ぷっ」
「ほら!やっぱり笑ったじゃん!」
あまりにも一瞬で約束を反故にされて、軽くカチンと来たわたしはぽかぽかとグーで、それでもダメージが算出されないように─といってもそもそもわたしの筋力値じゃ大したダメージにもならないけど─殴っていたわけだが、本人は詫びる気持ちも感じさせない謝罪だけを返してくる。
わたしの恥を、乙女の恥をなんだと思っているのだこの男は。
「もう、わたしがこんなこと教えたんだから、キリトもわたしの質問に答えなさいよ」
「わかったわかった、イシュタルだっておそらくこの世界初めてのオレンジにはなりたくないだろ、で何に答えればいいんだ?」
納得いく言質を得たわたしは殴るのをやめてニンマリと笑顔を作る……うわっ、わたしの悪女力高すぎ……?
「じゃあ、キリトはなんでわたしを助けてくれたの?」
「なんでって、困ってたら助けるものだろ?」
「いやそうじゃなく」
なんでこうも察しが悪いのかなこの男……コイツのこと好きになった女は苦労するわ……
「あんただってソロなのに、最前線でモブ5体も相手にするとか、いくら強くたって無茶でしょ」
「あー……まぁソロでも倒せるには倒せるぞ?5体くらいなら」
何ですか、逃げ回っていたわたしへのあてつけですか。
無言で睨んでいるとさすがに観念したのか、一度ため息をつくと諦めたように喋り始めた。
「……絶対笑わないか?」
「絶対笑う」
まさか自分が笑って笑われないだなんて思っていないだろうな。
「……妹に……似てたから」
「マジで?」
「マジで」
「それだけ?」
「それだけ」
「バカじゃないの?」
「言うなよ……笑われるより傷つく」
割と本気で傷ついている様子、悪いことしたかなぁとも思ったけど、お互い様。
しかし、まさか妹に似てるからなんてそんな理由でわたしの命を救ってもらえるだなんて、あったこともないけどキリトの妹さんに感謝。
「そんなに似てるの?」
「跳ねっ返りなところなんか特にな痛っ」
余計なことを言ったキリトの脛を思いっきり蹴り上げる、もちろんダメージは出ない程度に、それでも口は災いの元という言葉をきっと今身にしみて理解してこのバカ男の辞書にも乗ったことだろう。
「髪型とかさ、ちょうどイシュタルくらいの長さで前髪ぱっつんって言うの?」
「へぇ、わたしはこれが一番いいとこお嬢さんって感じの髪型だし、手入れも楽だからこうしてたんだけど、まぁこう言う特もあるものだね、珍しくもない髪型だし」
それでもしっかりケアはするわけだけれども。
黒髪のストレートは短くてもしっかりケアしないと枝毛は出来るわまとまらないわで苦労多いんだからね……
黒髪に憧れるのはわかるけど、わたし達だってこれを維持するのは大変なのだ。
ちなみに世間でこういう髪型を姫カットと言うらしい。
「いいとこのお嬢さんって、自分で言うことじゃないだろ」
「事実なんだからしょうがないじゃない、でもキリトも大変な時期にこの事件に巻き込まれちゃったね」
「大変な時期って、なんで?」
「なんでって、だってもうすぐに大学受験に向けて勉強始める頃でしょ?それとももしかしてもうとっくに社会人?そうだとしたらあなたすごい童顔ね」
あ、でもMMOでリアルについて聞くのはさすがにルール違反だったかしら、ちょっと反省しないと。
でもそれにしても、わたしと同じくらいって言うともうすぐ、あるいは近い将来高校生だし、その兄ってことは少なくとも受験控えてると思うんだけど、もう決まってるのかしら。
「いやいやいや、ちょっと待て」
「うん、ごめん、リアルについて聞くのはさすがに失礼だったよね、忘れて」
「いや、そうじゃなくてさ、俺の妹まだ中一なんだけど……」
中一?中一ってことは12歳か13歳くらいってことだよね?
え?その妹と見間違えられるってどういうこと?
「え?じゃあキリトは?」
「14……」
「うっそ、年下!」
「イシュタール年上だったのか!?」
「えっ、その反応はどういうこと!?」
そりゃわたしの体格は同年代の平均を大きく下回ってるけど……!
「お、怒るな怒るな……」
その『どうどう』と馬をなだめるように両手を上げるその行為は挑発と受け取っていいのだろうか。
本気でデュエル申請しようかメニューウィンドウを開こうとしたとき、奥から斬撃の音が聞こえてくることに気づいた。
「キリト」
「あぁ、見に行こう」
二人ともその場から走り出しいくつかの角を飛び出し、その先の光景にわたしは驚愕した。
まさか、ここまでソロでくるバカが3人もいるなんて……!
まず最初の衝撃はそこだった、しかし改めてその戦闘を見ていると更に別種の衝撃を受けることになった。
敵─ルインコボルド・トルーパー─の攻撃を見極めてすべてを紙一重で躱していく、そこまではわたしもやってきた行動だから、特別驚きはしない。
しかし、驚くのはそこから先、すべての攻撃を避けた上で、同時に2体のコボルドを相手取り無傷のまま相手を圧倒しているのだ。
そして敵の攻撃を避けては
その姿をわたしはただ呆然と眺めていた。
暗い迷宮区の中を淡く何度も照らすそのリニアーがまるで夜空を彩る流星群のように流れ、赤いエフェクトを散らして燃え尽きていくそのさまを、眺めていることしかできなかった。
正直に言えば恐ろしいというただその一言に尽きる。
さっきのわたしの戦闘が鬼神の如き戦いだとしたらこちらは正しく阿修羅だろう、あるいは速疾鬼といってもいいかもしれない。
その攻撃全てに怒りが篭もり、その速さはこの階層にいる、あるいはもしかするとこのアインクラッドにいるどの剣士より鋭く研ぎ澄まされた速さにたどり着いているかもしれない。
それも、この第一層迷宮区の時点で、だ。
あれがプレイヤーである自分に振るわれることはないとわかっていても目の前にすれば勝てる自信はいささかも湧いてこない、それは隣にいる剣士すらも同じなのかもしれない……いや、この剣士ならば案外どうにかするかもしれないが。
「あれ、できる?」
「いや、完全な封殺って意味ならできなくもないけど、全部躱した上でってのは無理かな……」
ということは、やっぱりわたしと同じ敏捷値を最大限上昇させたスピード系ビルドで、更に常人をはるかに超えた戦闘センスが必要……と、あくまでも現実でちょっとだけ乙女の嗜みとして合気をやった程度のわたしでは無理ということですねわかります。
その
その姿はまるで真夏の夜に焚かれる篝火に羽虫が吸い込まれていくような危うさよりも、まるで幽鬼が次の獲物を探し求めてさまよっているような、そしてその美しさに惹き込まれて手を伸ばしたくなるような危うさを伴っていた。
このまま放っておけば、そのままただ死ぬまでここで戦い続けるんじゃないかと思った。
「いこ、キリト」
だからか、私は放っとくというという選択肢を選ばなかった。
このゲームはもう……いや、茅場晶彦の想定の中では最初から遊びじゃなかったんだ。
死に戻りなんて優しいシステム保護は存在せず、HPが0になれば死ぬ、できることなら目の前で、あるいは知らぬ間に死なれるのは寝覚めが悪い。
それに、あの戦闘センスはきっとこれから必ず必要になる、見捨てるのはもったいない。
「行くって、あれを追いかけてか?」
「当然、困ってる人を見つけたら助けるのが常識なんでしょ」
「確かにそう言ったけど……あれ困ってたか?」
……この男の目は節穴なのか?
人のことを中学生と間違えるわ、あの状況を見て放っておこうとするわ……
「間違いなく困ってた、というか助けを求めてた」
「助けって言うと、パーティメンバー?」
「いや、そうじゃなくて、もっと大きいもの、この世界から……あるいはこの状況から助けてくれる人、かな?」
「なんじゃそりゃ」
「いいから、行く」
「お、おい、引っ張るなって」
とにかく言う事を聞かない、あるいは行くか迷っていたキリトを無理やり伴って例の細剣使いが消えていった角の向こうへと進んでいく。
角を抜けた先のすぐ、そこに件の細剣使いは壁に背中を預けるように座り込んでいた。
まだここは、安全地帯でもないのに。
それでも警戒は一切緩めていなかったのか、近づいたわたしたちの足音に反応して腰にさしてあった細剣に手を伸ばすが、近づいてきたのがプレイヤーであるとわかると再び手を離し、頭をたれてしまう。
うーん、来てみたはいいけど、なんて話しかけたらいいんだろう……
◇◆◇
全くMMOプレイヤーというのは本当に、度し難いほど嫉妬深いというか……
まさか日に二度も、他人の戦闘を見て羨ましいだなんて思うとは思わなかった。
一人目は今まさに俺を引きずっているこの圧倒的集中力を持った少女だが、もうひとりのフェンサーはまた違った才能に溢れていた。
それが持っていて嬉しいものなのかといえば甚だ疑問ではあるが、俺やこの少女にはない圧倒的な戦闘センスを持っていた。
彼女の戦闘センスが最も輝いたのはおそらく回避よりもあの《リニアー》。
世界の全てを置き去りにする光のような、昔一度だけ見た彗星を思い出すような鮮やかな一撃だった。
……まったく、どうして今日はこんなに出会いが多いんだ……しかも稀有な、さらに圧倒的戦闘センスを持ったソロプレイヤーと。
◇◆◇
「さっきの最後、あれはオーバーキルすぎるよ」
近づいていたプレイヤーの一人が突然口を開き、そう言った。
オーバーキルという馴染みのない言葉の意味はさっぱりわからないけれど、なんとなく意味はわかる、しかし間違っていては嫌だし、それに相手をするのも面倒だったから、わたしは小さく首をかしげるだけにとどめる。
そしてそのプレイヤー、片手直剣使いの男はこっちが望んでいないのに勝手にオーバーキルの言葉と、その効率の悪さを説明し始める。
放っておいてくれればいいのに、そう思って反論しようとして顔を上げた時にふともうひとり一緒にいたプレイヤー、足元までしか見えていなかったからパンツタイプの装備でてっきり男だと思っていたが、どうやら女性プレイヤーだったらしい。
そして、その顔を見た瞬間、わたしはあまりの驚きで一瞬言葉を失って、中途半端に開いた口を再び閉じて、もう一度しっかりと息を吸い込み直して口を開いた。
「もしかして……悠ちゃん?」
その顔には見覚えがあった……いや、まさか見間違えるわけがない。
そのとてもおとなしそうな顔も、綺麗に手入れされている姫カットの黒髪も、間違いなくわたしにとってあまり多くはない仲の良い親戚の女の子そのものだった。
「……えっ?」
そうだ、わたしケープのフードかぶってて、顔が見えないんだ。
そう気づいてフードを外す。
「明日奈ちゃん……?」
やっぱり、どうやら間違いなかったようだ。
◇◆◇
えぇ……まさか第一層迷宮区どころかゲームの中で明日奈ちゃんと会うとは思ってもみなかった。
「えっと……知り合い?」
「「親戚」」
「あー……そうなの」
明日奈ちゃんの家ってかなりゲームとかそういうのに厳しかったような気がしたんだけど。
でも、そんなことは置いておいてこんな状況になって知り合いの一人と会えるだけで本当に気が楽になる。
「ところで、キミのプレイヤーネーム聞いてもいいかな?さすがにリアルネームを呼ぶのはさ」
あ、キリトのこと忘れてた。
それもそうだ、わたしもうっかりリアルネームを呼ばれないようにプレイヤーネームを教えておかなきゃ。
「?アスナだけど」
「リアルネーム!?」
「明日奈ちゃん……いや、まぁらしいっちゃらしいけど」
「まぁ……いいか、俺はキリト」
「わたしは一応イシュタール、でも二人でいる時とか、あとキリトにはバレちゃったしキリトがいるときも悠でいいよ」
「うん、わかった、キリトと悠ちゃん」
さっきまですっかり疲れきったような顔をしていただけに、やっと少しだけ笑顔を見ることができて一安心できた。
しかし、一体どれだけ戦ってたらあんなに憔悴できるだか……
「とりあえず、一度街に戻ろう、時間もいい具合だし、近々ボス攻略会議も行うって話もあるから、情報を集めておこう」
「うん、そうだね……街に戻るの、久しぶり」
ん?ちょっと待とうか明日菜さん。
「久しぶりって……食事とかポーションとかどうしてたの?」
「ご飯は食べなくても死なないし、攻撃だって喰らわなければ薬はいらないでしょ?」
「寝るときは?」
「安全地帯で休んでた」
「……何日間?」
「今日で……三日目?」
三日野宿って……お姉さんさすがに怒っちゃいます、同い年だけど。
女の子がそんな簡単にプライドを捨てて迷宮区暮らしなんて……いったいどうしてそんなことを……
というか喰らわなければポーションいらないって、当たらなければどうということはないってやつですか。
「最初は、わたしだってずっと始まりの街にいたのよ」
突然、明日奈ちゃんがぽつぽつと語り始めた。
「ずっと、なぜナーヴギアをかぶってしまったのかって、自分を恨み続けたわ。
そして、ひとつ決意を決めたの……この世界にだけは負けないって。
ずっと、ずっとこのバケモノと戦い続けて、ゆっくりと果物が腐っていくみたいに死ぬんじゃなくて、絶対に戦い続けて前のめりに死のうって。
それからずっと、戦い続けてきた。」
なんて言ったらいいんだろう……
きっとわたしなんかが想像したこともないくらい厳しい日々を、向こうでは送ってきたんだと思う。
より良い学校へ、より良い大学へ、そしてより良い会社へ入るために、毎日毎日勉強をして、そのために生きていたんだと思う。
それが、たった一日で、今までの努力が全部なくなってしまった。
前回ベータテスト2ヶ月で進むことができた階層数は8、単純な計算をすれば同じペースで進んだ場合必要な期間は25ヶ月ということになる……
まる二年以上かかることになるのだ、そのあいだの遅れは取り返しがつかないほどに大きい、特に明日菜ちゃんはきっとどこかいい高校への入学を既に決めていたはずなのだ。
今まで積み重ねてきた15年分の努力が、水泡に帰す。
きっと筆舌し難い程の苦痛だったんじゃないだろうか。
「明日奈ちゃん、よく頑張ったね」
わたしは気づけば自分でもよくわからないまま彼女の体を抱きしめていた。
理屈なんてない、ただそうするのが正解のような気がしたから、そうしていた。
「うぅ……悠ちゃん……わたし……わたし……っ!」
「いいんだよ、明日菜ちゃんは泣いて、でもひとつだけ約束して」
「約束……?」
「そう、約束……もう絶対、自分から死ぬようなことはしないで」
「でも……」
「いいから、約束して、わたしが絶対クリアしてみせるから」
「一応俺だって最前線で戦ってる、もちろん目標はゲームクリアだ」
ごめん、キリトのこと完全に忘れてた。
でも確かにわたし以外にもキリトだっている、攻略会議が開かれるってことは、少なくともほかにもたくさんクリアを目指している人はいるってこと。
きっとゲームクリアは夢物語じゃない、どんなゲームにも必ずエンディング画面が用意されているはずなんだ。
「ほら、こんなに頼りになる仲間が二人もいるんだから、大丈夫だよ」
「……わかった、約束する、わたしはもう、絶対諦めたりしない」
「うん、約束」
よかった……綺麗にまとまった。
「ところで、アスナ、君のレベルは?」
「今12だけど」
「イシュタルは?」
「キリトも悠でいいよ、二人バラバラだとややこしいから……10」
「そうか、ちなみに俺は14だ」
「なっ!わたしが一番レベル低いの!?明日奈より先にフィールド出てたのに……」
「あ、あはは……わたし、外出てからほとんど戻ってないから……」
現実もゲームも自分に厳しすぎでしょ、あなた……
次回予告
ついにフロアボスの部屋を突き止めた攻略組一行。
一ヶ月という長い時間をかけた第一層をついに終わらせるべく40人の剣士が立ち上がる。
しかし、そこへ立ち込める暗雲ははたして誰が持ち込んだものなのか。
次回黒衣の天使第三層:決戦前夜
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本当のあとがき
うーん、こんなに長く書くつもりもなかったのだが……
それに後半は会話が主体となって地の文が減ってしまったのも反省反省……
読者の皆様の率直な感想をお待ちしております、良き感想は私の励みに、批判は改善点を見つけるための材料となりますゆえ。