そこは、電気の点いていない薄暗い部屋だった。
嗜好品は少なく、あくまでも軍人として最低限の日常品と、ビルダーとしての製作工具が置かれたその部屋は、第二次地球連邦軍に所属するトップランカー、四代目メイジン・カワグチのパーソナルルームだ。
ガンプラ製作用のワークデスクの上に、つい先程製作が終わったと思わしきガンプラサイズのMSが武装を保持した状態で立っており、その隣には彼が使う携帯端末が置かれていた。
作業終わりに一度確認したのだろう端末は無造作とも思える置き方をされており、それが彼の"本来の人間性"というものを微かに表しているかのようにも見えた。
と、そこで突然携帯端末の画面が点灯。バイブ機能と同時にメールの受信を知らせる着信音が短く部屋に鳴り響いた。室内に設けられたシャワールームから携帯端末の持ち主である四代目メイジン・カワグチの姿が見せたのは、その数秒後だっただろうか。
実際に体の汚れが生じる訳ではないが、汗や涙と行った概念はシステム上で再現されるため、それに伴う不快感を文字通り洗い落とすためにシャワーを浴びていたメイジンが、些か艶かしいとも言えるバスローブ姿のまま、現実世界で言うスマートフォンのような形のそれに近づくと、映された文字をバイザー越しに見つめて眉を顰めた。
――――メイジンへ。君の副官、カスミ・オトハを預かった。本日18:00、サイド1宙域で待つ。記載時刻までに現れない場合、彼女の身の安全は保証しない。
突然過ぎるほどのその内容に、メイジンは一瞬これが現実に起こった事なのかと自分自身に問いたい衝動に駆られた。
GBWFというこの泥沼の世界で、戦場での戦死や行方不明などは数多く聞いてきたし、自らがその処理を書類に対し行う事もあった。だが、いざ自分の身の回りの人間が、あまりにも唐突に攫われたと言う文面を突き付けられれば、如何に四代目メイジン・カワグチとて狼狽するのは当然だろう。
それに、彼女には武道の心得もある。それを誘拐するとなれば、組織だっての犯行か、もしくは彼女以上の強者によるものか。どちらも考えたくはない事だが、今メイジンの目の前にある現実が本物で、このメールがカスミ・オトハのアドレスから送られてきたものだという事が、悪戯ではないと思わせるだけの十分な判断材料になっていた。
画面に表示されるショートメッセージ風に映し出されている通知を全て読み終わった四代目メイジン・カワグチは、人知れず拳を握り締めた。
この文面には、記載こそされてはいないが暗に「一人で来い」というニュアンスが込められており、今までのメイジンの経験上、敵が多数存在する可能性すらも示唆されていた。また、仲間に助けを求める行為も、恐らく捕らえれているのだろうオトハの身を危険に晒す可能性がある。
また、軍への報告などもご法度だろう。
その立場や信念、知名度などから軍上層部の一部と対立する事も多い四代目メイジン・カワグチには、幾らメイジン自身が高潔で誠実な人物であろうが人間である以上敵というもの存在する。今回の場合、軍人であるオトハを預かったという文面から考えても、軍内部の者、もしくはその関係者による犯行も十分に考えられるのだ。だとすれば、軍へ報告などしようものなら、すぐにその行動は敵へと知られてしまうかもしれない。
そんな危険な賭けに出られる程、四代目メイジン・カワグチはカスミ・オトハという人物を蔑ろに考えてはいなかった。
「くっ……よもや私だけでなく、私の友に手を出すなど、万死に値する……!」
卑劣、あまりにも卑劣な文面に、しかしメイジンは暫しの沈黙の後、「ならば」と拳を握りしめ、心中で静かにこの卑劣な手段と戦う決意を固めた。
今まで様々な敵から罠や数的不利など卑劣な手段を取られ、その度それらを正々堂々と真正面から打ち破ってきた彼だからこその決意だった。
四代目メイジン・カワグチは備え付けのクローゼットを開き、バスローブを脱ぐと、クローゼットの中に収納されていた"メイジンらしさ"に溢れる普段の制服を取り出す。上下のセットとなっているそれを、インナーの上から着込み、〆とも言わんばかりに丈を靡かせた。
「この四代目メイジン・カワグチに戦いを申し込んだ事を、後悔してもらおう」
そう呟いたメイジンは、バイザー越しに見える瞳の奥に怒りの色を浮かばせると、完成したばかりの新型機――――"GT-9600AE/A ガンダムレオパルドアメイジング"を手に取り、足早に自室を出るのであった。
その姿を、ある護衛官が見ていた事も知らずに。
***
四代目メイジン・カワグチが何者かからのメールを受信し、指定の宙域へと向かうために自室を出たのと同時刻。NPCエリアの一つ、"サルガッソー宙域"にその漆黒の船はあった。
宇宙戦艦"バロノーク"と呼ばれるその艦は、機動戦士ガンダムAGEに登場する海賊船そのままの姿で、同作品に存在する宙域に見を潜ませていた。これは第二次地球連邦軍とセツルメント軍のどちらにも加担し、どちらとも敵対している彼ら、宇宙海賊"ガルディアン"にとって必要な手段であった。
彗星の光の粒が広範囲に散布しているため、宇宙空間であるにも関わらず極端に視界を制限される事で有名なこの宙域は、身を隠すのに大変有用な事に加え、NPCエリアであるためにNPCに捕捉され、戦闘を行う必要が出てくるリスクを伴う。故に艦隊行動には向かず、大規模なMS部隊の展開も推奨されない事もあり、双方の軍からの攻撃も受けにくいというメリットがあるのだ。
無論NPC機からの攻撃も無いとは言えないが、この宙域を根城にして長い"ガルディアン"はNPCのスポーン位置やその周期などを把握しているため、それに従い航路の変更や場合によってはNPCの間引きを行い日々を過ごしていた。
その"バロノーク"の艦内、中枢とも呼べるブリッジの一席に白髪の首領、隻眼隻腕のキャプテン・アッシュはいた。
艦長席の隣に設けられた、所謂首領席とでも呼べるその席に備わったコンソールを義手ではない方の手で操作し、アッシュは彼とコネクションを持つ情報屋や軍人、マーチャントや一般プレイヤー達からの情報を閲覧・整理しているようだ。
一日に10通から20通、多い時には50を超える軍内部の情勢やNPC、アイテムの情報などが書かれたプライベートメールやチャットへの返信を行うのは、右目を眼帯で覆っているキャプテン・アッシュには些か疲れるのか、今しがた打っていたメールへの返信を済ませると、アッシュはコンソールから目を離して目頭を押さえた。
「そんな風にしてると、デスクワーク疲れの溜まったサラリーマンみたいですなあ」
キャプテン・アッシュのその姿を艦長席から見ていた男、レムリア・イクスカルナが微笑み混じりに茶化す。
副官とも言える男の言葉に、アッシュは眉をひそめて目頭から手を退けた。
「この身体でこンだけの量のメールを見て、返信までやってンだ。誰でも目が疲れるもンだろ」
「まあ、そりゃあねえ。片手で打ってる訳ですから、両手の倍はタイピングの時間もかかってる事ですし。いやあ、キャプテンってのは大変だ」
「分かってンなら言うンじゃねえ……。ったく、どれも大した情報はねえし、"キャンピオンモデル"ンとこのバカ女からはストライカーパックの押し売りメールが来てやがる。シャルドールはストライカーパックには対応してねえっつーの」
「はははっ、彼女の造るストライカーパック、面白いものが多いから好きなんですけどねえ。ミラージュコロイドストライカーとか、あれウチの機体がストライカーパック対応機だったら採用したいくらいですし」
そう軽く笑いながら、レムリアはサムズアップした拳の親指を背中へと向けた。背面装着型であるストライカーパックの事を指しているのだろう。
「だとしても、実際問題シャルドールもGエグゼスもストライカーパックは対応してねえよ。今更機種を増やせってのも、整備班のヤツらの負担が増えるだけだし、当分は考えちゃいねえしな。っつーか、ストライカーパックを使うなら今ある機体そのものにその装備の機能を付加させた方が早えしコストも安いだろ」
「そうなんですけどねえ。ま、そこは彼女なりのロマンってヤツじゃないですか。キャプテンにもあるでしょ、そういうの」
「それについちゃ否定はしねえがな。ただ、アイツの異常なまでのストライカーパックへの執着には付き合う義理はねえだろ。他の商品は買ってやってンだからな」
言いつつ、キャプテン・アッシュは改めてコンソールに目を移すと、スリープ状態になっていたコンソールを起動させメールの確認を再開した。
と、そこで画面の右下端に新着メールの通知が現れた事に気づき、アッシュはその通知アイコンをタップしてメールを開くと、同時にメールの内容に対して眉をひそめた。
「……、こいつは……」
「どうしました、キャプテン? 何か厄介事でも舞い込んできましたかね」
キャプテン・アッシュの言葉に反応するように、レムリアはアッシュへと声をかける。
それに対し、暫しの間思慮を巡らせていたアッシュは徐ろにレムリアを一瞥すると、席を立ち無重力に体を預けてブリッジの出口へと向かった。その後、アッシュは出口付近で着地すると艦長席へと振り向き、
「レム、少し船を離れる。後の指揮は一任すンぞ」
「いきなりですねえ。どうしたんですか?」
艦長席から振り向く形でアッシュへと顔を向けているレムリアへと言葉を返す。
「ある連邦軍人からの情報なンだが、カワグチのヤツが、突然新型を持ちだしてサイド1方面へ向かったらしい。それも、何の命令も無くだ」
「あのメイジンが……軍規には基本的に忠実な男ですし、何の命令も受けず無断出撃とは、にわかには信じられないですね」
「ああ。特務かとも思ったが、どうやら違うらしい。それに、どことなく焦っていたようだとも書いてある。ヤツには借りがあるからな。アイツが面倒事に巻き込まれてンなら、サポートぐらいはしてやるつもりだ」
「あの時の件の、ですか……分かりました。ただ、面倒事に巻き込まれるのはいいですけど、もうクジョウちゃんやユキナちゃんたちを悲しませるような事はしないでくださいよ。孤児院の子たちも心配しますから」
「分かってるっつの。あとなンつーか、悪りィな、突然」
「いやいや、いいって事ですよ。キャプテンは色々と抱えてるものがありますからね。副官として、これくらいはお安い御用ってヤツですよ」
「ハッ、グレコみたいな事を言いやがるじゃねえか。……助かる」
「良いから急いでください。手遅れになったら、元も子もないですから」
「分かってる。久しぶりにGバウンサーの最大推力を使って向かってやンよ」
そう言うと、不敵な笑みを見せながらキャプテン・アッシュはレムリアへと敬礼代わりに軽く手を振り、ブリッジを後にした。
アッシュの敬礼に軽く敬礼で返すと、レムリアは正面へと向き直ると、MSデッキへと通信を開いた。アッシュのGバウンサーの出撃準備を命じたレムリアは、通信を切ると艦長席へと深くもたれ掛かった。
「またあんな事になるのは、もうごめんだからな。ソラン」
ブリッジクルーにも気付かれない程の小さな声で呟かれたその声には、後悔と自責の念が込められていた――――。