笑って笑って、また笑って(仮)   作:針山

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プロローグ ~その名は、マスターアジア!~

 

 戦争は変わった。

 石や木の棒で殴り合う時代から、職人によって研ぎ澄まされた武器に変わり。

 職人と達人が向かい合う戦場から、引き金一つ鉛一粒で人の命を奪う物になり。

 向かい合うこともなく、遥か彼方から部屋の電気を点けるのと同じように、ボタン一つで大勢の人間を殺せるようになり。

 そして、今。

 人は戦争の相手さえも、変えようとしていた。

「見ぃーつけたぁクマァ!」

 空の青に海の青。

 空の雲に海の波。

 平たく広く、どこまでも見渡す地平線。

「うわぁっはっはっはっは! 逃がさんクマァ!」

 轟く重低音。

 昇る黒煙。

 戦争は姿を変えた。

 戦争相手も姿を変えた。

 人が戦うのではなく、謎の技術で満ちた兵器を担ぐ乙女たちに。

 人が戦うのではなく、謎の生物である深海棲艦と呼ばれる者達に。

 現代の戦争は、人が争う余裕など、僅かしかないのだ。

「ふんっ!!」

 海を駆ける者がいた。

 二本の脚で、一つの身体で、世の不条理を嘲笑い世の摂理を否定する存在。

「爆! 散! クマ!」

 右腕と右足を前へと伸ばし、左腕は曲げ耳元に、まるで武闘家の構えのような格好の少女がそう叫ぶと、一拍遅れて背後で爆炎が起こる。その爆発に巻き込まれ吹っ飛ぶ目を回した少女を尻目に、構えを時、拳を握る少女は言う。

「さあ、次々とかかってくるクマァ!」

 腰に巻いた白い布を一度叩き、意気揚々と煌めき輝きはためかせて、少女、球磨型一番艦・軽巡洋艦、艦娘の球磨は声高々に叫ぶ。

「東西南北中央不敗のスーパー・アジア! 球磨に勝てる奴はいないクマァ!」

 そんな、割と意味の解らないことを。

 

 爆発と砲撃による水柱が立ち上る中、遠方からその風景、演習光景を眺める球磨型五番艦・軽巡洋艦の木曾が表情の消えた声で呟いていた。

「……姉さんはどうしたんだ」

「さぁ、私も解りません。先日、秋雲と一緒に新しい航海戦闘術の勉強と言って二十四時間何かのアニメを見ていましたが」

「姉さんはどうしたんだ……」

 げんなりした表情で姉の奇行を眺める木曾だが、その横では香取型1番艦・練習巡洋艦の香取が眼鏡を一度上げ、興味深そうに観察していた。

「でも、やはり球磨さんは凄いですね。最初は駆逐艦五人とお遊びで演習していたのに、今は軽空母も交えて一人で戦線を維持しています」 

「いや、おかしいだろ。どうして軽巡一人相手に軽空母一隻、駆逐艦二隻、軽巡三隻で戦って姉さんはしのげるんだ」

「ああっ! 凄い、凄いです! 今の見ました? 腰に巻いた布をまるで鞭か槍のようにして砲弾を叩き落としましたよ!」

「落ち着け香取! その手元の練習メニューノートに『艦装・布。講義項目追加』と書くな! あんなの出来るのはマスターアジアだけだ!」

「そうですか? でも、布一つで砲撃を無効できるなら、やる価値はある……?」

「やれるもんならやってみろ」

 本格的にアホな戦闘訓練計画を立て始める香取を余所に、木曾は頭上を飛ぶ艦載機、天山を眺めながら目を細める。

 訓練であり、演習であり。

 戦場の音が響けども、いまだ平和を維持するこの世界を眩しそうに見つめながら。

「帰りたいぜ……」

 

(くっ、さすがにキツくなってきた)

 近場で弾ける爆風を避け、球磨は現在の戦況を冷静に見極める。

(無傷は軽空母の隼鷹に重巡の足柄と那智。それから戦艦のビス子ちゃんか)

 駆逐艦五人はあっという間に蹴散らした。

 次に軽巡が混ざり、重巡も参加し、軽空母も出てきた。

 お祭り騒ぎが好きな艦娘らしい、バカ騒ぎが好きな艦娘らしい展開だ。そんな、みんなが自分を倒すために集まって来る展開に、思わずにやけてしまう球磨。

 秋雲に見せてもらった『機動武闘伝Gガンダム』。作品自体は1994年に放送されたもので、かなり昔のアニメだったのだが、今のアニメにはない展開に超展開に一気に引き込まれた。

 ガンダムは知っていた。明石と夕張がたまに話をしているのを聞いたことがある。ただ、ガンダムというのは新兵器のガンダムが古いガンダムを倒していくイメージしかなかった。

 結局、新しい良い性能の平気が勝つお話、そんな風にしか捉えていなかった。

 だが、Gガンダムは違った。生身でガンダムを倒したのだ。

 まだガンダムとガンダムじゃないガンダムの違いが解らず、たまに秋雲に「だから! これはガンダムじゃなくてジム! いいですか球磨さん、ガンダムは球磨さんが考えてるよりずっともっと深いんですよ!」と言われるが、球磨はどうでもよかった。正直、ガンダム自体にはそれほど興味が沸いたとは言えない。

 球磨は強さに憧れている。

 太平洋戦争当時、すでに進水から二十年経っていた球磨は他の艦と比べて貧弱であり、主に輸送任務ばかり行っていた。速力もあまり出せず、これは装備の増強により遅くなったのだが、最後は潜水艦によって撃沈される。

 だが、今の球磨は違う。

 装備は20㎝主砲と魚雷。それから布と拳。

 無駄に装備を搭載せず、極力軽く動きやすい兵装。

 その結果、渡り合っている。

 かの大戦で活躍した戦友たちと、互角に渡り合えている。

 それが嬉しかった。

 それが楽しかった。

 あの日の続きを。

 あの日の戯れを。

 だから球磨は、不敵に笑う。

 口角を曲げ、瞼を目いっぱい広げ、笑う。

「そんな腕でこの球磨に、勝てるとでも思ったかクマ!」

 球磨は繰り出す。

 その白き布を。

 

「フフ、私が一番、一番なのよ! さぁかかってらっしゃい! へそでお茶を沸かせてあげるわ!」

 風に揺れる稲穂の如く、美しさだけではない優美さを纏うドイツの艦娘、Bismarck級一番艦・戦艦ビスマルクが颯爽と水上を駆け抜ける。

 さて、最前線の後ろでは、前に出過ぎたビスマルクを援護しながらも共に近づく二隻の重巡が険しい顔で戦況を分析していた。

「おい、誰かあのバカを下がらせろ! いくら軽巡相手で六対一でも……なんで軽巡相手に六対一でやってるんだ、私たちは?」

「那智! ほら、よそ見しない! あの布の射程距離、意外と長いわよ! あのドイツ艦はあたしに任せて!」

「……え? ちょっ、ど、どういうことだ!? あし、足柄! 足柄聞いて! 今、主砲が布で切断された!? なんでだ!?」

 背後で混乱する酒飲み一号と喚く日本の飢えた狼の言葉を聞きながら、ビスマルクは密かにほくそ笑んだ。ビス子とてむやみやたらに突っ込んだわけではない。軽量弾を約二十秒に一発放てる連射砲、38㎝の主砲は近距離戦こそが本領発揮だ。今しがたの那智を見たように、微妙な距離では異様に長いあの白い布に絡めとられる可能性がある。

 

 ――――ならば、だ。

 

 釣り気味の瞳が、鋭く――

 

 ――――思い出せ。

 

 広げた両手が狭く細く――

 

 ――――思い知れ。

 

 全ての指先を眼前の敵に――

 

 ――――私の知らない戦争を知る者。

 

 力強く広げた指先に眼光を込めて――

 

 ――――果たして世界が、どんな戦をしたのか知る為に。

 

 怪しく光る瞳。

 怪しく曲る口。

 獰猛な笑みと瞳が、開戦の合図を奏でる。

「私はビスマルク型戦艦のネームシップ、ビスマルク! よおく覚えておくのよ!」

 

「な、なんでありますか……これは……」

 特種船丙型・揚陸艦のあきつ丸が震えた声で言った。

「え、演習……かも?」

 その隣で、水上機母艦の秋津洲が疑問形で返す。

 二人はとっくのとうに終わっているはずの演習部隊が連絡もないまま帰還しないことから、大淀に言われ様子を見に来たのだ。

 近海であり、また演習場であるから敵に攻められたとは考えづらく、恐らく演習に熱が入り過ぎて時間を忘れているのだろうということで、二人が頼まれたのだが。

 そこで見たのは、想像よりも斜め上にぶっとんだ光景だった。

「このわしを倒せるとでも思ったかクマ! 十年早いクマァ!」

「あ、足柄! もう帰ろう! 今日の球磨はなんか嫌だぞ! 怖いぞ!」

「那智姉さんは下がってて! 逃がすもんですか、こんな戦場、もう二度と経験できないっ!」

「っ! やるわね……! でも、一番は私、私なのよ! ドイツの科学力は世界一なんだから!」

「ひゃっはー! やるぅ球磨ちん、避けるね避けるねぇ……本当に、避けきれると思ってるのかねぇ!!」

 全員負傷しているが、元気はいっぱいだった。

 目をきらきらじゃなくギラギラさせ、かなり怖い。参戦してるはずの那智は若干涙目で離脱しようとするのだが、球磨は見逃さず「ぬぅん!」と叫ぶと同時に片手を何か押すように突きだすと、空気の塊らしきものが那智の足元まで飛び弾け水柱を生んでいた。意味が解らなかった。

「ありえねぇ……」

 離れたところで呟く木曾を見つけた秋津洲は、恐々と話し掛ける。

「あの、木曾さんかも。どうしてこんな事になってるかも?」

「ああ、秋津洲か。俺にもわかんねぇよ……」

「あのあの、大淀さんがそろそろ帰ってこいって言ってるかも……」

「それならアレ、止めてきてくれないか?」

「む、ムリムリムリムリかも! 死んじゃうかも! 秋津洲は死ぬときは炬燵って決めてるからムリかも!」

 涙目で全力で首を振る秋津洲。

 それを情けないとは言わない。木曾もまったく同じ意見だからだ。ただし炬燵には同意できなかった。いつ出撃するのだろうか、こいつは。

「木曾殿」

「ん? あきつ丸も来てたのか。あーこれはそのなんて言ったらいいか……」

 背後で肩を震わし、若干怒ってるっぽい様子のあきつ丸を見て、真面目なあきつ丸が小言を始めるのかと思った木曾は言い訳を考えるが、その前に。

「素晴らしい、であります」

「え?」

「球磨殿、なんて素晴らしい体術を使うでありますか!」

 キラキラした子供のような瞳で、あきつ丸は興奮していた。

「いや、あれを体術って言っていいのか解らないけど」

「我慢できないであります。自分も参加するであります!」

「待て待て待て、お前ら大淀に言われて来たんだろ?」

「大丈夫! 問題ないであります! …………たぶん!」

 飛び出す、飛び込んでいくあきつ丸を見送りながら、木曾はまた頭上を見上げる。

「あー帰りたい……」

「それは秋津洲のセリフかも!」

 戦争は変わった。

 その主役達が、彼女達。

 其の身にかつての軍艦の魂と記憶を宿し、戦場を駆け抜ける海の守護者――艦娘。

 そんな彼女らの、歴史になれば語られる武功を語る――――ではなく。

 本来なら語られない、彼女らも一人の命を持つ者として、日常を過ごす日々の儚げな思い出を、語って行こう。

 何を思い、何を想ったか。

 何を知って、何を知っているのか。

 兵器であり兵器ではない、矛盾した存在として。

 語り継いでいこう。

 忘れぬ為に。

 あの戦争を、忘れぬ為にも――――。

 

 ここはある警備府。

 目立ったものはなく比較的穏やかな空気が流れるそこで、物語は始まる。

 なんてことのない、人々の生活が。

「おぉ! 木曾さん木曾さん、あきつ丸さんもなかなかやりますね。あの剣術、陸軍式でしょうか? しかし球磨さんも負けてません、真剣白刃取りですか。今度の講義で駆逐艦の子達にも教えた方がいいかしら?」

「やめろ香取、拳でそれが出来るのは東方不敗だけだ」

 今日も平和な、他の基地や鎮守府よりも平和と言われる大湊警備府は、艦娘と人の笑い声と絶叫が響いている。

 

 

 

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