桃色の花弁が、くるくると宙を舞ってから葵の前に落ちた。
卒業式も終わり、校舎の外には大勢の人がいた。黒色の筒を持って涙を流し抱き合う女子や、笑顔で肩を叩き合う男子。制服を名残惜しそうにしながら互いに写真を取り合ったり、恩師の元に頭を下げて挨拶する者もきた。
葵も水野や仲のいいクラスメイトと、話をした。三年間で、嬉しかったことや、楽しかったこと。出会いはこうだったよね、などと、昨日までも話せたはずの話題を今になって思い出したかのように語り合う。
これでもう会えない、なんて人はいないのに、何故か皆そんな気になってしまって、自然と涙を溜めたりしていた。
一通り仲の良かった人と話し終えた後、ある男子が気になって葵は周囲を見回す。
「葵ちゃん、誰を探してるの?」
「んー。多分、水野と同じ人」
「え!?高嶺くん!?」
「うん、そうそう。あ、いた」
目的の人物は大勢に囲まれていて、とても忙しそうにしていた。昔の彼を知る身からしたら考えられないことだ。
その人気っぷりも、彼の幸せそうな笑顔も。
「な、なんで、葵ちゃん……。ま、まさか、葵ちゃん、高嶺くんのこと……」
「そうじゃないけど、ちょっと話したくて」
「ほんとに? ほんとにそうじゃない?」
「誓って」
青がそう言うと、良かったーと、水野は胸を下ろした。相変わらず可愛い反応だ、と葵は可笑しく思った。
「でも、駄目そう。皆話してるし」
葵にあの中に飛び込む勇気なんてなく、飛び込めたとしても大勢の前で話したい話題でもない。残念そうに諦めた顔をすると、水野はきょとんと首を傾げた。
「なんで?呼べばきっときてくれるよ」
「いいよ、恥ずかしいし」
「高嶺くーーん。葵ちゃんが話しあるってーー」
「ちょ! 水野!」
いきなり大声で呼びかける水野。羞恥心というものが人より欠けているようで、注目を浴びることに関心もないようだった。しかし葵はそうではなく、流石に恥ずかしくなって、水野の口を真っ赤になりながら抑える。
それでも、水野の声はすでに届いてしまったようで、清麿は今話してる人と軽く会話を終わらせてこちらに歩いて来てくれた。
「さっき呼ばなかったか? 」
「あ、あの。それは水野が勝手に……」
「葵ちゃん高嶺くんと話がしたいんだって」
改めて言われると、その気がなくてもやはり恥ずかしい。みんなもばっちりこちらに目を向けている。まさか告白か、と瞳を輝かせている女子生徒も沢山いて、とても話が出来るような雰囲気でもない。
「あ、あの……」
「あっ!?」
そんな時、誰かが急に声を張り上げた。
「あんなとこにUFOとツチノコが!?」
「何ぃ!ツチノコ!?逃げろみんな噛まれたら死ぬぞぉ!!」
「や、やっとUFOが!? 僕の願いが蓄積されて卒業式の今宇宙人に届いたんだ!」
声につられて、約2名の男子が訳の分からないことを言いながら騒ぎ出した。みんなも、なんだなんだ、と周りを見渡し何が起きたかを確認しようとしている。
(吉川さんありがとっ)
葵は心の中で自分のメイドに礼を言って、清麿の手を取った。
「高嶺君、こっち」
「あ、ああ」
騒ぎに乗じるように、葵達は人気の少ない校舎裏にまで移動した。それにより後で噂になって二人は囲まれ問い詰められるのだが、今はまだそんなことは知らなかった。
◯
ちょっとあそこは話しにくかったからさ、と前置きすると、清麿は、まぁ確かにな、と頬を掻いて笑っていた。
「……ねぇ。次の戦いで終わり、なんだよね」
葵がそう言うと、彼は全てを察して真剣な表情になり、ゆっくりと頷く。
「ああ。ガッシュともお別れだ。どうなろうとな」
「そっか」
葵には分かる。別れは、寂しい。
清麿の顔を見れば、涙の跡がついている。卒業式で彼とガッシュが号泣していたのを、葵は見ていた。そして、その理由を正しく理解出来たのは、きっと葵だけだろう。
彼等は卒業して少しばかり離れ離れになるという訳ではなく、世界を超えて場所を違えることになるのだと。
葵は釣られて泣きそうになるのをぐっとこらえて、静かに話を続けた。
「……すごい、強くなったよね。二人とも」
「分かるのか?」
「うん。ちょっと雰囲気が変わったし」
「まぁ、色々あったからな」
「色々、ね」
二人は、昔と比べたら大きくなった。筋肉も目に見えて分かるが、それよりも、心が強くなったんだと葵には感じられた。
闘いと別れを繰り返す彼らの日常は、辛いことも楽しいことも沢山あったのだろう。その経験を経て、彼等は人間的に大きく成長したのだ。
清麿はずっと大人っぽく更に思慮深くなり、ガッシュの堂々たる雰囲気は、本当に王のようだと葵は感じる時がある。
「大きな巨人が現れたりもしたしね」
葵がそう言うと、清麿はバツが悪そうな顔をした。
「あー、あれは、すまなかった」
「なんで高嶺君が謝るの?」
「あれが日本に来たのは俺のせいみたいなもんだったから」
後で聞いた話だが、突如日本に現れた大きな巨人は、魔界のものだったらしい。
モチノキ町の目の前にまで来た巨人はかつて自分のパートナーだった龍よりも更に大きく、当時の葵は、龍太郎助けて、と本気で願ってしまった。
「でも、守ってくれたから」
ありがとう、と続けて言うと、清麿は、ああ、と返事をして笑った。
「ああ、そうだ。そういえば、龍太郎にあったぞ」
「え!?うそ!?どういうこと!?!?」
葵がいきなり顔を近づけ詰め寄ったので、彼は困ったような顔をした。
「実はな、この前の戦いで、魔界のみんなの力を借りたんだ。その時に、龍太郎が出て来てガッシュに力を貸してくれた」
「そう、なんだ」
「凄かったぞ、龍太郎の最大呪文は……。反則級だった。あの一発で相手はほとんどボロボロだった」
お世辞などではなく本当に凄かったのだろう。今思い出しても鳥肌が、という風に清麿は自分の腕をさすっている。
「デモルトも来てくれたよ。まだいいことねぇんだから、負けんなよって言ってくれた」
「ふふ、そっか」
久しぶりに龍とデモルトの話が聞けて、葵は嬉しかった。あの時の出来事は自分の夢ではなく、彼等はちゃんと存在して、これからも元気に過ごしていくという確証が出来ただけで、満足であった。
「……ねぇ、寂しい?」
葵が聞くと、清麿は空を見上げるようにしながら言う。
「……そりゃ、寂しいさ。でも、仕方ない。いや、仕方ないってのは違うな」
今までの闘いを、日常を思い出しながら語るかのように、清麿は穏やかな表情をしていた。
「さよならはいつか来るって、ずっと前からわかってた。それでも俺たちは、全力を尽くして来た。一瞬一瞬に本気だった。後悔もない。だからこそ、胸を張れるんだ。ここまでやって来たぞってな。それで、その頑張りの最後が、もうすぐある。目指して来たものが、目の前にある」
風が吹く。桜の花弁といっしょに、葵の髪と彼の髪がさらさらと揺れた。
「王になっても別れが来るし、その別れは辛い。でも、俺たちは信じてる。別れは後退でも停滞でもない。次に進むための一歩なんだって」
すっきりした顔で語る清麿を見て、葵は清々しい気持ちになった。
悲しいものとしての別れを彼等は乗り越えて、今はもう互いの未来を見据えている。格好いいと素直に思った。
「いいコンビだね」
そう言うと、照れ臭そうに彼は頬を掻いた。
「二人とも、次に会う時が楽しみだよね。お互いが次はどれだけ大きくなってるかって」
葵がなんとなしにそう言うと、清麿は、一瞬だけ驚いたかのように目を開いた。
「……次、か」
「え? 次会うの楽しみじゃないの?」
葵が純粋にそう尋ねると、清麿は急に可笑しく思えて、思わず笑ってしまった。
「えー。なんで笑うのー?」
「……いや、そうだな。ああ、これが、今生の別れじゃない。俺たちはきっとまた会える」
「もちろん」
葵は、微笑んだ。
最後に言った。龍太郎に、またね、と。
いつになるかは分からないが、葵は龍太郎と再び会えると、信じていた。
そして、次に龍太郎が来た時は、特大のおにぎりを作ってあげて、喜ばせてあげるんだと心に誓っていたのだ。
ガッシュが王となったと聞いて、しばらく経った後。
葵の元に一通の手紙が届いた。
差出人を見て、ウキウキとしながら葵は封を裂く。
手紙には、魚拓のように、龍の鼻に墨をつけて押し付けたようなものが書かれてあった。
「……ふふ。なにそれ」
葵は思わず笑ってしまった。
言葉を介さないやりとりが、2人の間らしくて、想いを伝えるには充分であった。
手紙を胸で抱いた後、葵は嬉しそうに笑った。