トカゲの護衛はドラゴン   作:ボンサイ

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今回はザリュース視点です。
口調に違和感があれば教えていただけると助かります。
次回もザリュース視点が続くと思いますので・・・


第四話 トカゲに紅玉。ドラゴンに沼地。

空は晴天。

柔らかい太陽の光がのびのびと世界を照らしている。遠くに見える白い山脈も心なしか温かみを帯びて見える。オスは蜥蜴人(リザードマン)特有の視野の広さで、これら全ての光景を一度に感じ取りながら階段を下る。

 

 

オスの名はザリュース・シャシャ。蜥蜴人(リザードマン)部族、“緑爪(グリーン・クロー)族の旅人だ。

 

 

蜥蜴人(リザードマン)は規律正しい階級社会を持っており、旅人とはザリュースの部族内での立場を示すものである。

 

頂点に位置するのは一族最強の蜥蜴人(リザードマン)である族長。その族長を補佐する年長者の集まりである長老会。戦士頭を筆頭にすえた戦士階級。その下に一般のオス蜥蜴人(リザードマン)、一般のメス蜥蜴人(リザードマン)、幼少の蜥蜴人(リザードマン)という具合に社会が構成さている。

無論、これに属さない立場の者も存在する。魔法を使用し部族の生活を補佐する司祭。漁猟と木々の伐採を担う狩猟班。彼らは独自の判断と行動を許されているが、族長の命令には従うことを求められる。

 

それに対して旅人は族長の指揮からも完全に外れた存在である。

基本的に蜥蜴人(リザードマン)は閉鎖社会であり、他部族の者を受け入れることはほとんどない。そのため、旅人は異邦人を指す言葉ではない。外の世界を見たいと渇望し、部族を離れ旅に出た蜥蜴人(リザードマン)を旅人と呼ぶのだ。ザリュースの胸の焼印はその証であり、部族を離れた存在である事を示すものだ。

旅人は”部族を離れた”ということから煙たがられる存在だが、”外の知識”という価値を持って一目置かれる存在でもある。

 

だが、ザリュースが一目置かれるのはそれだけの理由ではない。

腰に光る武器。ブーメランのように刃先の曲がったシミターだ。三つ叉に分かれた刀身から巨大な鉤爪のように見えなくも無い。それは湖周辺に点在する全ての部族の蜥蜴人(リザードマン)が、四至宝と称するマジックアイテム”氷牙の苦痛(フロスト・ペイン)”。その所有者であるということが、ザリュースの名を高める理由となっている。

 

 

(なんだ・・・?少し騒がしい?)

 

階段を下りたザリュースは村の異変に気が付く。本来はペットのロロロにエサを与えるために、村のはずれへ行く予定だった。

しかし、蜥蜴人(リザードマン)の声帯から発せられる甲高い警戒音が聞こえたことや、慌てるようにして正門に向かう数名の蜥蜴人(リザードマン)を広い視野が捉えたこともあり、正門に向かって歩を進めることにした。どうやら、正門の方で騒ぎが起きているようだ。

 

正門方向からこちらへ来た・・・おそらく族長へ知らせに行く途中であろう数名のリザードマンに尋ねたところ、見慣れない生物が一匹この村に向かってきているらしい。外見は「翼の生えた赤い蜥蜴人(リザードマン)のようだった」と言うのだ。

 

(翼の生えた蜥蜴人(リザードマン)か・・・旅先でも聞いたことが無いな。)

 

自らの知識に一致する生物が居ないため、警戒心を一段上げる。単純に奇形の蜥蜴人(リザードマン)という線も全くないわけではないが、”緑爪(グリーン・クロー)”族にそんな者は居ない。かつて同盟を結んだ”小さき牙(スモール・ファング)”族や”鋭き尻尾(レイザー・テイル)”族にも思い当たる人物は居ないためその可能性も低いだろう。したがって、敵だと推測される・・・しかも未知のモンスターである可能性が高い。

 

(一匹でこの森の中を抜けてきたとするなら強敵だ。もしもの時は兄者が来るまで俺が押さえなければ・・・)

 

気を引き締めつつ足早に正門へと向かった。

 

 

正門にはすでに数十人の蜥蜴人(リザードマン)が集まっており、皆、敵意をむき出しにして騒いでいる。まるで敵対する部族が攻めて来たかのような光景だ。

集団の中には狩猟班や戦士階級の蜥蜴人(リザードマン)、さらには長老会や司祭の面々とほぼ全ての階級が揃っている。そんな状況でさえ騒ぎが収まらないということは、全員にとって未知との遭遇なのだろう。

ザリュースも訪問者を確認しようと戦士階級の蜥蜴人(リザードマン)に話しかける。

 

「俺にも確認させてくれないか?何か分かるかもしれない。」

 

「ザリュースか!よくぞ来てくれた!皆、あの化物が何なのか分からないのだ・・・すぐに確認してくれ!」

 

待っていたとばかりに声を弾ませる戦士階級の蜥蜴人(リザードマン)

フロスト・ペインの所有者ということで戦士階級の蜥蜴人(リザードマン)からは一定以上の信頼があるのだ。

反対に長老会の蜥蜴人(リザードマン)からは旅人ということで非常に煙たがられている。ザリュースのために戦士階級の蜥蜴人(リザードマン)が道をあける様子を、不機嫌な顔で眺めているのはそのせいだ。

ザリュースも目の端でその表情を確認するが、それ以上に怪物の確認を優先したい。すぐに集団の最前列に向かうと視線を外に向けた。

 

 

「なんだ・・・あれは・・・」

 

開口一番にそんな言葉が出てしまった。見たことの無い生物が村へ向かって歩いていたのだ。

 

(翼の生えた蜥蜴人(リザードマン)・・・いや、まるで違う。)

 

確かに一見すると翼の生えた赤い蜥蜴人(リザードマン)という言葉に間違いはない。しかし、ザリュースはその言葉をすぐに否定した。あれは明らかに蜥蜴人(リザードマン)などではなく、翼以外の体のパーツもまるで違う怪物だったのだ。

 

 

蜥蜴人(リザードマン)と比較するなら四肢が太く長い。特に脚は蜥蜴人(リザードマン)の二回りは大きい。さらに首が長く、顔は蜥蜴というよりは伝説に出てくるようなドラゴンを思わせる。全身の筋肉も大きく隆起し、背が高いというよりは大きいという印象を抱かせる体躯だ。単純な身体能力では族長や戦士頭クラスの蜥蜴人(リザードマン)でなければ、比較の対象にすら及ばないだろう。

 

そして、驚くべきは装備だ。

蜥蜴人(リザードマン)は金属製の装備をほとんど持っていない。武器なら”緑爪(グリーン・クロー)”族の族長である兄が持つグレートソードぐらいのものだ。防具だと聞いたことがない・・・せいぜい同盟を結んでいた”鋭き尻尾(レイザー・テイル)”族が革製の鎧を持っている程度だ。

しかし、目の前の怪物は金属のグレートソードと金属の鎧を身に纏っているのだ。魔法効果の有無は流石に分からないが、装備の質という点で蜥蜴人(リザードマン)の平均を上回っているのは明らかだ。さらに装備を扱えるということは、一定以上の腕前をもつ戦士であると言えるだろう。

 

(ただの化物じゃない・・・剣や防具を扱えるだけの知識と経験がある戦士だ。それに・・・気配を感じない。)

 

この時点でザリュースは恐怖を抱き始めた。

 

蜥蜴人(リザードマン)を超える強靭な肉体と良質な装備を持つ戦士”ということである程度の恐怖を感じているが、本当の恐怖はそこではない。

 

あの怪物を見ても何も感じない(・・・・・・)のだ。

敵意や殺意、威圧感、さらには強者独特の雰囲気、そういったものをまるで感じない。ただの蜥蜴人(リザードマン)がそこを歩いているかのような違和感の無さがある。

狩猟班が気配を消す、薄くするといったことができるがそれとは少し違う。気配を消すというより気配を周りと同化させているのだ。僅かな感情の揺らぎさえも周りと同化させ一切感じさせない。そんな気味の悪いものに対して恐怖したのだ。

 

意図的にそんなことが出来るとするなら、戦士としての格は今まで出会った中でダントツの一位だろう。一対一では勝ち目は無いに等しい。

 

(あれには勝てない・・・兄者と俺の二人掛りで時間稼ぎ程度か?)

 

正確な実力差は分からない。その位の実力差があるという憶測に過ぎない。しかし、なるべく最悪の想像をしたつもりだった。

緑爪(グリーン・クロウ)”最強の二人をもってしても時間稼ぎ程度。村の者たちを逃がすのがやっとだと。

この時はそんな”楽観的な最悪”を想像をしていた。

 

 

「オレは遭難者だ!助けてくれねぇかー!?」

 

これから取るべき行動を思案していると、怪物から言葉が放たれた。正門から20mほど離れた位置立ち止まり、棒読みの大声を上げている。さらに大きく息を吸い込み二言目を放つ。

 

「水と食料を恵んでほしい!んでもって数日ここで休ませてくれー!それなりの礼はするからよー!」

 

棒読みである点には警戒を残しているが、ザリュースはこの時、他の蜥蜴人(リザードマン)とは異なり安堵していた。上手くいけば戦闘にならずに済むと感じたからだ。

 

対照的に他の蜥蜴人(リザードマン)達からは驚きの声が上がっている。

装備を身に纏っていることから知能を持つ亜人種だろうとザリュースは予想していたが、周りの蜥蜴人(リザードマン)はそう思っていなかったらしい。怪物の要求した内容よりも、言葉を発したことに対して驚いているようだ。あちこちから「話したぞ!?」と声が上がりざわめきが広がっている。中には怪物の要求に対して「怪物を村に入れるなどあり得ぬ!」などと否定的な声も若干混じっている。

 

 

ザリュースは怪物の発言について考えを巡らせていた。

単純に怪物の発言を信じるなら願っても無いことだ。水と食料、そしてしばらくの間の寝床。それさえ用意してくれれば”礼”を用意する。そんなことを自分以上の強者である怪物が言っている・・・”礼”の内容次第だが、対等の取引をしようと持ちかけているのだ。

 

ザリュースも戦士であり、強者との戦いに興味が無いわけではない。蜥蜴人(リザードマン)として部外者が・・・ましてや正体不明の亜人種が村へ入ることを許容できない気持ちも持ち合わせている。

しかし、明らかな強者との戦いは避けるべきだし、友好的に接することができるならそのほうが良い。旅の経験から勇気と無謀が別物だとはっきり分かっているのだ。

 

 

問題になるのはどうやってその取引を成立させるかだ。蜥蜴人(リザードマン)が部外者を村に入れるなど通常はあり得ない。本当に”遭難者”であったとしてもだ。

仮に怪物の強さを目の前で分かりやすく示せたとして、蜥蜴人(リザードマン)は恐怖に屈して怪物を受け入れるだろうか?・・・それはあり得ない。蜥蜴人(リザードマン)なら恐怖を塗りつぶしてでも立ち入りを拒否し、無理に立ち入ろうものなら死を覚悟して戦うことを選択するだろう。

 

そのため、蜥蜴人(リザードマン)達に立ち入りを認めさせるだけの理由が必要だった。それも一族にメリットのある理由が必要だ。

正確に言えばそれを族長である兄だけにでも理解させれば成功だ。族長が立ち入りを認めるなら、他の蜥蜴人(リザードマン)も内心はどうあれ立ち入りを認めざるを得ないからだ。

 

 

唯一の希望(・・・・・)は怪物の言っている”礼”だ。蜥蜴人(リザードマン)は外部との接触を絶っているために、外の世界をほとんど知らない。ザリュースの知る外の世界も世界全体で見ればほんの一欠けらに過ぎない。怪物が有益な知識・・・もしくは珍しいアイテム等を持っていれば十分なメリットになる。長老会を黙らせるのは難しいだろうが、族長である兄を説得するぐらいは何とかなるかもしれない。

 

 

(俺が飛び出して交渉をしに行ったほうが良いな・・・他の者が出向けば恐らく戦いになる。)

 

長老会の面々からはさらに嫌われることになるが、自ら交渉役になることをザリュースは決意した。本来なら族長が到着するまで待つべき事なのだが、それでは遅いと思ったのだ。

怪物が棒読みをしていたため、慣れない演技(・・・・・・)をしているのは確実。返答があまりに遅いと怪物の機嫌を損ね、戦いに発展しかねない。一旦、交渉役が出向き怪物に待って欲しいと伝えるべきなのだ。それだけで、兄との交渉の時間も稼げる。

 

 

(すぐに他の者に待つように伝え・・・)

 

「おーい!どうだー!?助けてくれんのかー!?返事してくれー!」

 

ザリュースの考えを遮るように怪物の声が耳に届く。先ほどまでの棒読みとは違い、多少の苛立ちを感じる声色だ。ザリュースは内心”不味い”と直感する。怪物が苛立っていることに対してもそうだが、最も”不味い”と直感したのはこの声を聞いた蜥蜴人(リザードマン)が取るであろう行動を想像してだ。

 

そして、その直感は現実のものとなる。

 

 

ヒュッ

 

 

そんな音と共に狩猟班の一人が怪物めがけて投石した。自然とザリュースの目は投石された石を追った。本来なら頭の中に狩猟班と怪物に対する怒りが渦巻き、投石を眺めるほど暇ではないはずだった。

狩猟班には「なぜ強者である怪物に投石して怒らせようとするのか」、怪物には「なぜもう少し苛立ちを抑えられなかったのか」と本来なら思っているはずだった。おそらく、その先にある恐怖も頭を巡っていただろう。

 

しかし、あまりに完璧なタイミングの投石だったため、反射的に石を見てしまった。未だ頭の理性が反応できない程度の時間しか経過していない。そして視界が怪物と石、両者を捕らえたとき理性が覚醒する。

 

 

(ば、馬鹿な・・・)

 

石は正門と怪物の中間に位置している。そんな時、怪物の姿が目に入る。そこで驚愕の事実を見る。

 

怪物の目は石ころなど眼中に無いと言わんばかりに、集まった蜥蜴人(リザードマン)全員を観察するように動いていた。一人一人をじっくりと値踏みするかのような眼差し・・・まるでどの獲物を狩るか選んでいるかのような猛獣の観察だ。

その目は左側から右側へゆっくりと動いていき、一度ザリュースを通り過ぎ・・・再び戻る。明らかにザリュースで視線が止まっている。捕食者が狙った獲物を見つけた瞬間だ。そんな視線と一連の怪物の観察がザリュースを恐怖させた。

 

一瞬の内に数十人を一人一人観察するというのは、どれほどの力の差があればできるというのか。これは怪物が圧倒的強者である事を示す何よりの証拠だ。先ほどの”楽観的な最悪”を考えていた自分を殴り飛ばしたくなるほどの圧倒的な差。戦うどころか時間稼ぎさえ無謀・・・今すぐにでも逃げ出すべき怪物を前にしているのだ。

 

そして、何の因果かその怪物に目をつけられる・・・ザリュースほどの戦士でさえ臓腑に滴る冷や汗を止めることはできなかった。

 

 

コッ

 

 

完全に頭の中から消えていた石が怪物に命中する。当然ながら怪物は無反応・・・それに対し蜥蜴人(リザードマン)からは驚きの声が上がる。その声には僅かに震えが混じっており、ようやく、ザリュース以外にも恐怖が芽生え始めたようだ。強敵を示す甲高い警戒音もついに鳴りはじめた。

 

 

「なぁ・・・返事してくれよぉ!」

 

ドクン、と自分の心臓が大きく鳴ったのをザリュースは感じ取った。怪物が明らかにザリュースを見ながら言葉を発したのだ。棒読みでも苛立った声でもない。強者が弱者をいたぶる時のような余裕に満ちた声だ。この声はザリュースの心と体を戦慄に染め上げた。

 

理解したのだ。これが脅し(・・)であると。

「早く返事をしろ。今なら取引で済ませてやる。」

そんな意味を込めた言葉なのだと。

 

同時になぜ自分が選ばれたのかも理解した。全蜥蜴人(リザードマン)の中で最初にあの怪物の強さを感じ、恐怖を抱いていたからだ。怪物が観察し、探していたのは脅しを理解できる蜥蜴人(リザードマン)だったのだ。

 

 

(まだ取引で済む・・・もう一刻の猶予も無い!)

 

 

戦慄に染まった顔を使命感で即座に立て直す。

まだ取引で済むのだ。ここで自分が出て行けば戦いを回避できるかもしれない。そんな思いがザリュースを突き動かした。

 

「俺があの怪物と話す!道を空けろ!」

 

ザリュースはフロスト・ペインを手に持つと、集まった蜥蜴人(リザードマン)達に叫んだ。その鬼気迫る迫力に正門までの道が自然と開いた。

 

「旅人風情が何を言う!戦いに行くならいざ知らず話すなどと・・・!それは族長が来るまで待つべきあろう!」

 

ザリュースの声にいち早く反論したのは長老会の老いた蜥蜴人(リザードマン)だ。その発言は正論だ。しかし、今はその正論こそが暴論であり、暴挙こそが残された最善の一手なのだ。ザリュースは長老会の蜥蜴人(リザードマン)の発言を無視して声を吐き出す。

 

「あの怪物は俺より強い!俺が戻るまで誰もあの怪物に近づくな!」

 

ザリュースはそのまま怪物に向かって駆け出していた。後ろではザリュースに対する長老会の怒りの声やその他の蜥蜴人(リザードマン)の驚きや困惑の声が聞こえる。それは自らが守るべき者の声だ。その声を後押しに、鉛のように重たい足を動かして怪物の眼前へたどり着いた。

 

 

「俺は”緑爪(グリーン・クロー)”族のザリュース・シャシャ。お前の要求は俺が聞かせてもらう!」

 

ザリュースは怪物にフロスト・ペインを突きつけ、声を張り上げた。これには二つの狙いがあった。

 

一つは自らを鼓舞するため。心情を吐露するなら圧倒的強者の間合いに入るなど怖くて仕方が無いのだ。そんな中で心が折れないようにと声を張り上げ、”緑爪”族の代表であるという己の立場を自らに言い聞かせたのだ。

 

二つ目は取引を成功させるためだ。自分勝手にとはいえ、村を代表することになった者が”よそ者に怯えている”と認識されるのは非常に不味い。自分の評価が落ちるだけなら良いのだが、その矛先が怪物に向いてしまったら目も当てられない。出来る限り毅然とした態度を取り、立場としてリザードマン(こちら)が上だという雰囲気を”緑爪(グリーン・クロー)”族に示さなければならないのだ。

 

そして、発言の内容にも意味がある。

自らを一族の代表として怪物に紹介している。これは怪物が他の者へ標的を移さないようにするためだ。蜥蜴人(リザードマン)は良くも悪くも誇り高い種族だ。ザリュース以外が話してしまえば簡単に戦いになるだろう。旅をしたことで、蜥蜴人(リザードマン)にしては柔軟な考えを持つに至った自分でなければ危険なのだ。

また、この考えは”最初に会話した”という既成事実にも大きく関係する。

“最初に会話した”ということで今後の取引の際にもザリュースが間に入りやすくなるだろう。怪物の思考は掴めていないとはいえ毎回、別人と交渉をするのは煩わしいはずだ。特定の誰かを交渉役に据えたくなる。そうなれば最初に目が行くのは自分と言うわけだ。

さらには交渉役と言う名の監視役(・・・)として、怪物と行動を共にするといったこともやり易くなる。

 

 

つまりザリュースは、今からの怪物との交渉に向けての準備、”緑爪(グリーン・クロー)”族との交渉に向けての準備、そして怪物を受け入れた後の準備、その三つを同時に行っていたのだ。

しかし、それ故に緊張していた。短時間にこれほど大量のことを考える事を強要されるなど生まれて初めてなのだ。何処かに綻びがないか、既に間違ってるのではないか、といった不安がその緊張を増長させていた。

 

 

そんな緊張感の中、交渉が始まった。

 

 

「とりあえず、出て来てくれてありがとよ。オレの要求はさっきのとおり・・・」

 

「その前に名を教えてほしいのだが?」

 

「そりゃごもっとも。」

 

緊張感などまるで無い怪物はおどけるように肩をすくめた。

 

 

こちらが自己紹介をしたのだからそちらも名乗るのが常識。この辺りは取引相手として当然のことだと思い、怪物の言葉を中断させてまで発言した。これは普通なら非常に危険な発言であることは間違いない。

 

しかし、脅されている(・・・・・・)立場であることも間違いないのだ。それは理由こそはっきりとしないが、怪物も”戦いよりは交渉を望んでいる”ということをこれ以上無くさらけ出している。

したがって、ある程度の筋は通してくれるはずだ。こんなことで戦いになるのなら取引や脅迫など仕掛けてくるはずが無い。

 

怪物は一呼吸置くと、真っ直ぐとザリュースを見据えて名前を告げた。

 

 

「オレはドラゴニュートのオクト・パスだ。オクトと呼んでくれや。」

 

名乗った際に居心地の悪そうな表情を一瞬だけ見せた。確かに蜥蜴人(リザードマン)にとっては不思議な名前だが、何か名乗りにくい理由でもあったのだろうか?

考えても理由は分からないうえに、話が進まないので別の疑問を投げかける。怪物の要求を聞くだけではなく、なるべく怪物自身の情報も引き出したいからだ。

 

「なるほど・・・オクトだな。要求を聞く前に質問をしたいのだが、”ドラゴニュート”とはオクトの種族名か?俺は聞いたことが無い種族だ。」

 

「ああ、オレの種族名だぜザリュース。ドラゴニュート・・・まぁ、人間型のドラゴンって感じだな。ってかお前らは”リザードマン”でいいんだよな?オレが知ってるのとは随分と姿が違うんでな。」

 

「もちろん、我等は蜥蜴人(リザードマン)だ。しかし、この湖の周辺以外には蜥蜴人(リザードマン)は居ないはずだが・・・どこの出身だ?」

 

「あ~・・・出身ね・・・」

 

そこまで言うとオクトは頭をポリポリとかきながら言葉に詰まる。数秒の沈黙の後、衝撃の返答が返ってきた。

 

「最初に”遭難者”って言ったけど、実は”異世界からの遭難者”なんだわ。ぶっちゃけた話。」

 

「い、異世界・・・!?」

 

 

 

それから簡単な経緯を説明された。

元の世界では傭兵として名を上げ戦場を駆けていた。『フェアリー・ウッドの森』という所で寝ていたらいつの間にかこの”トブの大森林”で寝ていた。水と食料が尽きたのでたまたま見かけたこの村に来た。

そんな荒唐無稽な話を聞かされた。ちなみにオクトの世界の”リザードマン”についても訪ねてみたが、どう解釈しても化物にしか聞こえない生物だった。

 

 

 

「そんな話を信じろ・・・と?いささか無理のある話に聞こえるな。」

 

「ま、信じようが信じまいがお前らの勝手だ。でも、真実には変わりねーけどな。だから蹂躙なんてせずにメンドクセェ交渉してやってんじゃねぇか。お前なら脅してるのぐらい分かってるだろ?」

 

「・・・なるほど。それで水、食料、寝床、そしてこの辺りの情報(・・・・・・・)も欲しいということかな?見習いたいぐらいの脅迫・・・いや、交渉術だな。」

 

「理解が早くて助かるぜ。正確には”この世界の情報”だけどな。」

 

惜しいっと言いながら人差し指を突きつけてきた。

異世界の話を本当に信じたわけではないが、そういう事であるならオクトの行動と要求は理にかなっている。

 

まずは生活必需品としての水と食料を手に入れる取引を持ちかける。さらに、しばらく滞在することで取引を重ね信用や信頼・・・引いては友好的な関係を築く。そして、最も欲しい情報という品を手に入れる。

 

精神操作系の魔法を使えるなら話は別だが、村を蹂躙するよりは友好的に接したほうが情報は得やすいはずだ。

蹂躙して無理やり情報を吐かせることは可能ではあるが、それでは自分の思いついた情報だけしか引き出すことは出来ない。さらに、蜥蜴人(リザードマン)のような誇り高い種族だった場合は、吐かせることすら出来ないかもしれない。

ならば多少遠回りになってでも、友好的に接して情報を聞き出すほうが量も質も良い。異世界に来たのだと仮定すれば、情報は何よりも欲しい物・・・だからこそ情報がより多く得られる方を取るのが利口だ。

 

また、ザリュースを脅迫したことも上手い。交渉役として利用できる。オクトを真の意味で恐怖する交渉役・・・これ以上の人材は居ないだろう。可能な限り手足として動いてくれる駒だ。奇しくもザリュースの思惑と被る部分があるので、より好都合だろう。

 

 

「脅しの意味と要求の大半は理解した。だが、それに見合った対価は何を用意してくれるつもりだ?見たところ武器と防具しか持っていないようだが・・・。それとも力で俺をさらに脅すつもりか?」

 

「安心しろってザリュース。脅すのは友好関係を築くためだけだって。ちゃんと要求のものをくれるならそれなりの”礼”をやる。見た目は手ぶらだが・・・まぁ、”いくらでもアイテムを収納できる魔法の箱”みたいな魔法アイテムを持っててな。その中に魔法の力の宿った武器や防具、さらには家具なんかもある。お嬢さん方が要るってんなら宝石なんかもあるぜ。」

 

 

そういってオクトは手を空間の中にめり込ませた。ギョっとする光景なのだが、今更慌ててもしょうがない・・・ここは既に死地なのだから。しばらくすると、人間の頭ほどの大きさのある赤く透き通った宝石がその手に掴まれていた。

 

「手始めにコイツをやる。これでなんとかリザードマン(連中)を説得できねぇか?」

 

ポイっと石ころを子供が投げ渡すかのようにしてザリュースに宝石を投げる。

慌てて左手で受け止め宝石を確認する。宝石に詳しいわけではないが、これはルビーと呼ばれるものではないだろうか?形状からしてまだ原石のようだが、これほどの大きさならば、外の世界ではかなりの価値があるはずだ。そんな物を手始めで渡すとは・・・価値観が随分と違っていそうだ。

 

「これほどの宝石ならどうにか説得は出来そうだが・・・少し時間がかかるぞ?しばらくここで待ってもらうが構わないか?」

 

「ん~・・・まぁ、しょうがねーか。だが、なるべく早く頼むぜ。今日は何も食べて無いんでな。」

 

「そうか。食事の準備も含め、可能な限り急ぐとしよう。そして、もう一つ頼みがあるのだが・・・」

 

言い淀んでいるザリュースを不思議に思ったのかオクトが首を傾げている。

これまでの話から要求さえ通るなら、オクトはある程度のことを許容してくれるとザリュースは感じている。しかし、今から言うことはもしかすると逆鱗に触れるかも知れないのだ。オクトの言う元の世界で傭兵をしていた点からも難しいかもしれない。

 

だが、この頼みが通ればおおよそザリュースの目論見どおりにことが運ぶはずなのだ。

オクトの言う友好的な関係が築け、蜥蜴人(リザードマン)達もオクトを敵視しない。この頼みさえ通れば。

 

 

「非常に言い難い事だが、その武器を預からせてもらえないか?オクトに敵意が無いことの証明として村の者たちに見せたい。そうすればより早く話が纏まるはずだ。」

 

なるべくオクトを刺激しないように頼みを伝えた。

単純な話だが、武器を他人どころか初対面の人物に預けるなど普通ではない。しかし、”武器を預ける”ということ以上に”敵意が無い”ことを示す行動も無いのだ。これで蜥蜴人(リザードマン)達の警戒心も一段階は和らぎ、少なくとも交渉の余地は出来る。

 

オクトも交渉の成立を望んでいるなら悪くない話のはずだ。圧倒的弱者から言われても”悪くない”と思ってくれるのかが問題ではあるのだが・・・

 

 

「フツーは断る所なんだがな・・・ま、お前らなら素手でもぶっ殺せるから構わねぇか。ってか持てるか?結構重いぞ?」

 

「あ、ああ・・・受け取ろう。」

 

意外とあっさり預けることに応じた。圧倒的な実力差があるためか、武器程度ではオクトの警戒心が刺激されないようだ。それどころか持てるかどうかの心配までされることになろうとは・・・それほどまでに弱者に見られているのだろうか?

 

オクトは背中の剣を右手で軽やかに抜き取ると、峰の部分をザリュースに向け、ズイっと目の前に差し出してきた。少し躊躇したがフロスト・ペインを仕舞い、同じく右手で受け取った。

 

 

「なっ!」

 

「おいおい・・・やっぱ持てねぇんじゃねーか?」

 

大きさにして2m程のグレートソードだ。重たい事は理解しているが、想像を超える重さだったのだ。危うく落としてしまうところをオクトによって支えられ事なきを得ている。オクトの手伝いを得て何とか肩に担ぐようにして持つことに成功したが、まるで大柄な蜥蜴人(リザードマン)を担いでいるかの様な重量を感じる。

 

(こんな物を片手で軽々と・・・やはり敵対できる相手ではないな。)

 

「では俺は村へ戻る。武器は交渉が終わり次第、返却することを約束する。」

 

オクトへの警戒心を新たにしつつ、ザリュースは最低限の礼を尽くす。本来は戦士が剣を預けるなどそう簡単なことではない。脅される立場であり、埋めがたい実力差もあるとはいえ剣を預けてくれたことには戦士として礼を尽くすべきなのだ。

 

「ああ、それでいいぜ。ただ、地面には落とさないでくれよ。泥で汚れるのは流石に御免だからな・・・」

 

オクトは冗談ではなく本気で剣が泥で汚れることを嫌がっているらしく、忌々しいものを見るかのように地面を一瞥した。本来は違う心配をすべきだと思うのだが、その辺りはオクトにとっては心配する事柄ではないらしい。

 

 

ザリュースは最初の交渉に成功したことに対して安堵したいところだったが、重りのようなグレートソードを落とさずに運ぶという重圧にそれが許されなかった。

ヨタヨタと踵を返すと正門へ向かって歩き出した。今度は肉体的な意味でも鉛のように重い足を動かしながら・・・

 

 

(次は兄者達との交渉か・・・問題ないと思うが気を引き締めなければ。)

 

ザリュースは新たな交渉の事を思い溜息をついた。そして、すぐに表情と姿勢を正し村への帰路を急いだ。

 

 

 

蜥蜴人(リザードマン)の・・・いや、ザリュースの苦難は今、始まったばかりである。




これから更新ペースが週1になる予定です。
気長に待って頂けると幸いです。
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