僕と契約と一つの願い   作:萃夢想天

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長らくお待たせして申し訳ありません!
ですがこの作品も、読者の皆様のおかげで先日とうとう
読者数が10,000人を超えることができました‼

五桁の数の人々に自分の作品を読んでいただけるなど至上の幸福。
皆さまの応援や感想を糧にこれからも邁進していく所存です‼


それでは、どうぞ!





問13「僕と実力と決戦直前」

 

 

 

「馬鹿のくせに下手に知恵を回そうとするから天才に読まれるんだよ‼」

 

日が落ち始めた夕暮れ時の校舎の一室に、下卑た男の耳障りな高笑いが響き渡る。

それでも僕ら六人はその聞きたくも無い笑い声を発する男の存在を無視出来る状態ではなく、

むしろ目を逸らすことの方が自分の首を絞めることになるであろうと確信しつつ見据える。

 

眼前で僕らを嘲笑しているBクラスの代表、根本 恭二を。

 

 

「なんでBクラスの代表がこんなところにいるんだよ‼」

 

「作戦が全部バレてたのか⁉」

 

「ど、どうすりゃいいんだ‼」

 

「みんな落ち着け! とにかくヤバい、早く逃げるぞ‼」

 

 

僕の後ろ、つまり廊下側で待機していた同部隊のみんなが悲鳴に近い声で怯え、

それを副隊長の八嶋君が何とかいさめようとしてくれているけどほぼ効果が無い。

どにかく彼の言う通りこのままここにいても意味も無く死ぬだけだ。

急いで僕も教室から脱出してFクラスへと元来た道へ脱兎の如く駆け出そうとした時、

背中を見せた僕に向かってさらに倍増しの下卑た声を上げて根本君が声を上げる。

 

 

「つくづく馬鹿だな‼ 逃がすわけないだろうが、近衛部隊‼」

 

「了解!」

 

「逃がさないわ!」

 

「ここで討ち取る!」

 

「き、来た! 追手だ‼」

 

「ヤバいヤバい、どうすんだよ⁉」

 

「逃げ切れねぇ!」

 

「諦めるな‼ 吉井、オイ早くしろ!」

 

 

いち早くCクラス前の廊下から離脱した他の皆が口々に焦りを溢し始める。

最後尾になっている僕を心配する八嶋君の声が僕にも充分聞こえてきたけど、

僕が今気にしているのは後ろにいる部隊の皆じゃなく、むしろ前にいる彼女の方だ。

 

 

「友香………さん……………どうして⁉」

 

途切れ途切れに僕が呟いた少女の名前に二人の人物が反応した。

一人はもちろん呼んだ名前の本人である、小山 友香さん。

もう一人は背後から近衛部隊を送り出して迫ってくる根本君だった。

 

 

「どうして? ハッ、コイツはお前みたいな馬鹿は眼中に無いんだよ‼」

 

「友香さん、どうして! なんで根本君に協力してるの⁉」

 

「あーもー、うるせぇんだよ! お前ら、目障りなそこの馬鹿を始末しろ‼」

 

「「「了解!」」」

 

逃げながらもCクラス内まで届く大きさの声で彼女に呼びかけても反応は返らず、

逆に迫り来るBクラスの追撃隊の勢いを増長させる結果に終わってしまった。

一気に追い上げてくる敵の部隊を振り切ろうと僕らも何とか逃げようと必死になって

腕を振り、足の回転を上げて速度をどんどん上げていく。

けれど逃走劇にも限界が来たらしく、僕らはついに三階の踊り場で二手に分かれた相手の

追撃部隊の片割れと鉢合わせしてしまい、上と下を抑えられる形に追い込まれた。

まさしく前門の虎、後門の狼。四面楚歌にしては僕らの戦力は武将クラスがもぬけのカラ。

どうあがいても越えられない戦力差の前で僕らはただ、打ちひしがれるしかなかった。

 

 

「ようやく追いついたわ」

 

「手こずらせやがって!」

 

「観念しろ、Fクラス!」

 

 

そしてとうとうCクラス内にいた代表の側近までもが僕らに追いついてしまった。

明らかに過剰な戦力の投入に対してこちらは最初から勝ち目のない戦力でありながら

分隊で行動しているだけのゴミの塊のようなものだ。いや、スライムかな?

絶望的な戦力差に部隊の皆が愕然とする中、ついにあの男までもが姿を現した。

 

 

「チッ、さっさと死んどけばお互い楽だったのによ。

逃げるから二分も人生無駄にしちまったじゃねぇか」

 

「根本の野郎、最初から俺達を罠にハメる気だったんだ!」

 

「何が協定違反だ、テメェらだって最初から守る気無かったんじゃねぇか!」

 

「うるせぇなぁ、喚くなカス共。すぐに息の根止めてやるから大人しくしてろ」

 

 

大勢のBクラス生徒の中から歩み出てきたのは憎むべき敵の御大将、根本 恭二。

彼は手当たり次第に僕らに暴言を吐きまくるとスッキリしたのか対して長くもない

マッシュルームヘアーをかきあげ、無駄に切れ味鋭い目元を露出させて告げる。

しかも彼らが連れてきた召喚獣召喚のための教師はどうやら数学の長谷川先生らしい。

 

「一応、優等生様が来た時用のプランで用意してたんだが、ちと豪華過ぎるか?」

 

「優等生…………姫路の事か!」

 

「姫路さん…………そうか、姫路さんは数学で少し消耗してるから」

 

「まあお前ら相手じゃ消耗もクソも無いんだけどな!」

 

 

根本君直々のネタばらしに歯噛みし、乗せられていたことに苛立ちが募る。

僕らの行動だけじゃなく、雄二の作戦まで読まれてたって事じゃないか。

Fクラス自慢の奇天烈な作戦を練り上げる頭脳の策を看破されていたという事実が

既に退路を断たれた僕ら全員に重くのしかかり、訪れる死の足音をより増幅させた。

けどその時、僕の頭にふと数分前の彼の言葉が浮かび上がってきた。

そう、あれはCクラスへ行けと命令される直前の、確かに刻まれた大将の言葉。

 

 

『_________これからこのクラスを工作部隊と本隊との二つに分けて行動させる』

 

 

言葉と同時にあのゴリラの憎たらしい顔が脳裏に鮮明に浮かび上がり、

僕の顔にハッキリと『歓喜』の表情を作らせた。

 

 

「…………なぁんだ、それならそうと最初に言ってよ」

 

「あ?」

 

「吉井…………?」

 

 

場に似つかわしくない表情になっている僕を見た誰もが怪訝そうな視線を送ってくる。

中には『なんだあのバカ?』って感じの侮蔑の視線も混じってる気がするけど、

今はそれすらも気にならないくらい自分の頭の冴えっぷりに酔いしれている。

そして特に意味も無く呟いたであろう僕の言葉に、たった一人が反応して応えた。

 

 

「__________ねぇ、雄二?」

 

「最初から作戦の肝を最前線の雑兵如きに伝える将軍がいてたまるか」

 

「なっ、坂本だと⁉」

 

 

僕の呼びかけに反応した雄二と彼の引き連れたFクラスの大半で構成された本隊が

踊り場の上で僕らを見下ろしていい気になっていた根本君をあからさまに動揺させた。

姿すら確認していなかった敵が突然自分達の後ろに湧いたら誰だって驚くだろうし、

ましてその相手が本陣で缶詰になっているはずの大将(ゆうじ)ならなおさらだろう。

仕掛けた罠に獲物が引っかかった事を確信し、元々歪んでいた顔をさらに歪めた雄二は

人数で敵を上回っていることを武器に堂々と根本君の前まで歩み寄っていく。

 

「ひ、怯むな! 相手はたかがFクラスだ‼」

 

「おいおい、"たかが"Fクラスに作戦を読まれて背後を取られた"たかが"Bクラスの

代表様よぉ、少々コッチの話を聞く時間を作っちゃもらえねぇか?」

 

 

相手からの安い挑発に対して特売大売出し状態で喧嘩を吹っ掛けていく雄二。

どう考えても向こうを怒らせるような言い回しだったのに、根本君は予想とは裏腹に

近衛部隊を自分の周囲に展開させながら雄二を正面に見据えて語り始めた。

 

 

「いいぜ坂本、そっちの話とやらを聞いてやろうじゃないか」

 

「助かるぜ。さて、コッチの話はただ一つ。

今回行われてしまった悲劇的なまでの行き違い、戦争での『協定違反』行為についてだ」

 

 

僕らの代表が物怖じしない態度で言い放ったのは、まさしくこの戦いの核心。

Cクラスに予め接触を図って僕らを卑劣にも待ち伏せていたBクラスへの言及だ。

的確かつストレートな雄二の問いかけには、流石の根本君も手は出せないだろう。

ここまで格下を追い詰めておきながら見逃すしかない屈辱を噛み締めるがいい‼

 

 

「コレについてはこちらの落ち度だ。先に詫びる、済まなかった」

 

 

カッコよく決めていた二秒前の僕はどこへ行ったのか。

 

じゃなくて、これはどういう事なの⁉

どう考えても向こうが悪いのにどうして僕らが悪者なの⁉

 

なんて秒速で口に出そうとしてる間にも僕らの代表は眼前のBクラスに向かって

そのツンツンと逆立った髪の毛を真っ正面に向ける、つまりは、深々とした一礼。

顔を真下に向けつつ腰を折り、一部の隙も無い佇まいから繰り出される謝罪の意。

あまりに直接的な詫びの方法に根本君もBクラスも唖然としているけど、そうじゃない。

 

 

「雄二、どうしてそんな事を⁉」

 

「だからこそコレだけはハッキリとしておく。

今回のCクラスへの協定違反行為について、俺の後ろにいる連中は関与していない」

 

「……………は?」

 

「繰り返す。俺を含めてこちら側にいるFクラス生徒は全員、今回の件とは無関係だ」

 

 

憮然と、そして堂々と。その男はその場の誰もに聞こえる声量でそう告げた。

途端に新校舎三階の踊り場一帯に静寂が舞い降り、一瞬だけ世界が静止する錯覚が起きた。

そしてそこから彼の言葉の意味を理解した僕ら全員の感情が一気に膨れ上がり、爆ぜた。

 

 

「「「「ハアアアアァァァ‼⁉」」」」

 

 

しんとした校舎内に二クラス分の人間の怒号が響き渡り、染み込んでいった。

なんて情景を意識してる場合じゃない、早くあのバカに宣言を撤回させないと。

即座に回復した僕はすぐさま、未だに前を見据えて威風堂々たる様を見せつけている

逆立った赤い髪のファッキンゴリラに激しい憎しみと苛立ちを込めた視線を全力投球する。

けれど現場は先程のヤツの宣言で完全に混乱し、似たような怨嗟や困惑の視線が飛び交って

上手く向こうまで届くことはなかった。

 

「だからBクラス代表並びに同諸君、あの反乱分子はどうしてくれても構わん」

 

「…………あーなるほど、そういうハラか坂本」

 

「何の事だか。先生、さっきの俺の言葉には撤回も訂正もありません。

なのでこの後の処刑で被告人共が何を喚こうが聞く耳は持たないでください」

 

「は、はぁ。分かりました」

 

「そういうことだ、煮るなり焼くなり好きにして構わんぞ」

 

「…………まあいいさ、受け入れてやるよ」

 

 

そうこうしている内に代表同士での腹の探り合いが終わったらしく、互いに意味ありげな言葉を

投げかけ合って、雄二はそのままFクラス本隊を引き連れて何事も無く帰っていった。

どうやら頭のいい人にはこの場がうまくまとまったように見えるらしいが、僕らは違う。

ハッキリ言おう。僕たちはあの腐れ外道の悪知恵によって見捨てられたって事だよね!

どうしてこうなった! 何でアイツはここまで来て僕らを見殺しにしたんだ!

全く以て理由が不明だ。不明過ぎて頭の何割かが機能停止寸前まで貶められてしまった。

 

とはいえ僕は少なからず頭は回る。すぐさま現状を把握出来た。

孤立無援、包囲網完成、背水の陣(勝率0%)、パーフェクト四面楚歌状態。

ダメだ、何をどう考えてもチェスや将棋で言う『詰み(チェックメイト)』に嵌まってしまっている。

ここからどうあがいても僕らの生還は望めない。

 

 

「さて、これで心置きなくお前らを処刑出来るわけだ」

 

「…………ここまでか!」

 

「し、死にたくねえよぉ…………」

 

「クソ、クソ!」

 

「補習は嫌だ補習は嫌だ補習は嫌だ補修は嫌だ」

 

 

上を見上げれば鎌を振り上げていつでも処刑開始可能な死神連中が待機、

横を見れば現状を理解してしまったが為に往生際の悪さを露見するバカ達、

下を見下ろせば地獄の釜の蓋を全開にして手招きしている鬼集団が待機。

盤石過ぎるにも程がある布陣に挟まれた僕らはただただ絶望する。

それでも、例え勝ち目が無いと分かっていたとしても。

僕は、僕は惨めに負けたままで死にたくは無い。

個人のワガママだとしても、同じ男ならきっと分かってくれる。

そんな希望的観測を込めて、僕は部隊の隊長として最後の命令を下した。

 

 

「みんな、せめて戦って、その上で散ろう。

こんな奴ら相手に無駄死になんて、僕は絶対嫌だ」

 

 

たった五秒ほどの呟き。

文章にすらならない位の短く、懇願にすら近しい死に逝く部隊長の命令。

けど、たったそれだけでいい。

 

「「「「「応ッ‼‼」」」」」

 

 

僕らバカの吹き溜まり、Fクラスにはコレ位が丁度いい!

 

 

「無様にでも何でもいい、とにかく喰らいつけ!

お互いに背を向け合って死角を潰して正面の敵と応戦しろ‼」

 

「任せろ隊長!」

 

「せめて二人は道連れにしてやる‼」

 

「かかって来いやぁ‼」

 

「あのクソキノコを採取してやんぞ‼」

 

「乱戦に混じって女子のパンツ覗いたらぁ‼」

 

 

死を悟って絶望する、それはおそらく一般的な人間がする当然の反応だ。

でも僕らは違う。何故なら、僕らは学力最底辺のFクラスなのだから。

むしろ死ぬのが分かってるならせめてその散り際にいい思いをしてから死のうと

決意して戦いに臨む僕らの士気を、舐めてもらっちゃ困る。

 

 

「な、なんだコイツらいきなり」

 

「気持ち悪…………」

 

「ヤダ、それ以上目線を下に向けないでよ‼」

 

 

そして圧倒的なまでの士気の高さに怖気づいたBクラスの面々が目に見えて怯え

僕らから一歩、また一歩とその足並みを後ろへと下げていく。

もしかしたらこのまま行けば無血開城も有り得るんじゃないだろうか。

そんな夢想まで浮かんでくるほどの状況の変わりように少し気が緩む。

 

 

「落ち着け、相手はFクラスだ。囲めば墜とせる!」

 

あ、ヤバくない?

 

「下の連中は戦線を押し上げろ! 俺たちが前進すれば潰せる!」

 

「元々人数で勝ってるんだし、怖がる必要は無いのよ!」

 

「よし、皆固まって動くぞ!」

 

 

さ、流石Bクラスだ。あの空気を一瞬で立て直すとは。

逆に味方が場の空気よりも早く退散していかれた僕らは今度こそ

断崖絶壁に立たされる羽目になってしまった。

いや、絶壁ならまだ前に進めば何とかなるかもしれないけど、これは違う。

前には断崖、後ろには絶壁。もはやこれ以上の修羅場は地球上には無いだろう。

窮地に落とされた僕らには救いの手は無い、故に自分達で這い上がる他ない。

 

仕方ない、覚悟を決めよう。

 

 

「…………皆、明日の一時限目からは鉄人とにらめっこだね」

 

「「「「「…………………」」」」」

 

 

現状を無理やりにでも彼らに理解させた僕は戦闘に立ち、

せめて生き残る可能性のある下の階の部隊を迎え撃つように歩み出る。

僕らの覚悟を悟ったのか次々と召喚獣を喚び出して応戦の姿勢を見せる

敵の一団を前に、僕らは、ただ底抜けに笑った。

 

 

「一人でも多く殺してから死のう、行くぞ‼」

 

僕の味方への最後の命令を皮切りに、両軍の戦力が火花を散らし始める。

 

 

「……………試験召喚(サモン)‼」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「坂本君、あの、吉井君をどうして……………」

 

「見殺しにしたんですか、ってか?」

 

「あ、その、えっと…………」

 

「答えは一つ。『アイツなら大丈夫だから』、それだけだ」

 

「それだけって!」

 

「他の雑兵ならともかく、明久は尋常じゃないほどしぶとい」

 

「でも…………」

 

「確かにアイツは勉強じゃ小学生にも劣る。

だがな、世の中学力で全てが決まるわけでもない」

 

「それってつまり…………?」

 

「あのバカも伊達や酔狂で【観察処分者】なんて呼ばれてないって事だ」

 

「その名前って、素行不良な生徒や学力が一定基準値以下の生徒とかに

課せられる重い処罰を表すはずですけど……………」

 

「そうだ。観察処分者は並外れた桁違いのバカに学園から贈られるペナルティの総称で

大体は教師の雑用係とか放課後残って掃除やらされたりとか、そんなんだ」

 

「でもそれと今回と、何の関係が?」

 

「成績優秀なお前は知らんだろうがな、観察処分者もリスクばかりじゃない。

真面目に暮らしてるやつから見ればそうかもしれんが、実はメリットもある」

 

「そうなんですか⁉」

 

「ああ、しかもこの学園ならではのとびっきりのメリットがな」

 

「そ、そのメリットがあるからこそ坂本君は吉井君を信じて?」

「よせ姫路、俺があんなバカを信じてるわけが無いだろうが。

まあそうだな、せめて信じてるというか、分かってる点を挙げれば」

「挙げれば?」

 

「アイツはこの俺以上に____________負けず嫌いだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「な、なんで⁉」

 

「どういう事だよコレ‼」

 

「くっそ、俺が聞きてえよ‼」

 

「あーもー‼」

 

 

新校舎三階の踊り場、僕らがいるこの場所は先程から既に視界をどこに向けても

殺気と鋼色に輝く武器凶器が乱舞する悪夢の如き戦場と化していた。

その戦場の中から時折、雄叫びや悲鳴に混じって疑問符が飛び交うことがある。

そしてそれは主に、僕が参加している戦線で見られる現象であった。

 

 

「もう一度やるぞ!」

 

「動きを合わせろ、いいな!」

 

「さっきからやってるわよ!」

 

「分かってるってば!」

 

場面は二階へと続く階段で、僕と四人の敵グループとの変則デスマッチ。

この戦線で使用されてる教科科目は上の階段の戦線と同じく数学。

そして肝心の戦っている召喚獣の強さ(スコア)はというと。

 

 

『Bクラス 柳田奏太&浅場啓介_________数学 131点&120点』

『Bクラス 真田由香&百武飛鳥_________数学 126点&117点』

VS

『Fクラス 吉井明久&八嶋快人_________数学 51点&92点』

 

 

素人が見たとしても分かる絶対的な戦力差に覆らない物量差。

どちらも戦争という一つの観点から見れば必要不可欠な要素であるのに

今の僕らにはどちらもかけている。何たることか勝ち目が迷子な状態だ。

だとしても、僕らの分身として戦っている召喚獣の迫力だけは引けを取らない。

 

精悍で見る者全てを虜にしてしまいかねない美貌を備えた顔立ち。

しなやかでありながら繊細な一面を垣間見せる本体より短めの肢体。

あらゆる行動から見え隠れする他を寄せ付けない軽やかで俊敏な動作。

召喚するたびに場の全てを凍てつかせる絶対的な強さの具現。

 

 

「クソ、あんなチンピラ装備の二桁召喚獣なのに‼」

 

「言うなよ! 迫力とか威厳とかまるでパァじゃないか‼」

 

「余計なこと考えてないで立て直せよこのバカ‼」

 

「八嶋君⁉ 君は味方だよね、味方であってるんだよね⁉」

 

 

先程までリアルに再現されかけてた僕の召喚獣のイメージが崩れ去った。

確かに着てるのは重そうな鎧とかじゃなくて改造された黒の長ランだし、

持ってる武器も鉄製の剣とか槍じゃなくて手作り感丸出しの木刀一本だし。

弱そうに見えるかもしれないけど、ハートは誰にも負けてないんだ!

「クソ、オラァ!」

「いい加減くたばれよッ‼」

 

なんて周囲からの評価に押し潰されそうになってる場合じゃなかった。

階段を二体の召喚獣が同時に駆け上がり、一体が僕の召喚獣の足めがけて、

もう一体が横から振り抜くようにして互いの持つ武器を突き出してくる。

普通なら格上相手に挟まれたら何も出来ずに死んでいくんだろうけど、

相手が悪過ぎたことを恨むべきだね。

加速して突っ込んでくる敵を前に僕は余裕の笑みを浮かべ、召喚獣を動かす。

 

 

「いよぃしょぉ‼」

 

「「は⁉」」

 

僕の召喚獣は手にした木刀を真下に突き立て、柄の部分に(つか)まって逆立ちをして

滞空し、相手の同時攻撃を躱した直後に地面に降りる勢いを足に載せて足を狙っていて

姿勢が低くなったまま呆然といている方を蹴り上げ、即座に握り直した木刀を裏拳の

要領でもう一体の召喚獣の右肩にぶつけて吹き飛ばす。

 

『Bクラス 柳田奏太&浅場啓介_________数学 119点&108点』

VS

『Fクラス 吉井明久_________数学 51点』

 

 

やってる攻撃はかっこいいのに実際の戦績は行動に反比例するらしく、

ダブルスコアがトリプルスコアに蹴りと木刀で一本入れただけでは到底

太刀打ち出来やしないって現実だけが色濃く残る結果となった。

ただ、向こうはそうは思ってないみたいだけど。

 

 

「なんでアイツに避けられるんだよ‼」

「俺が知るわけねぇだろ‼」

 

 

そう、相手からしたら格下の雑魚に攻撃を完全に躱された上で一撃ずつ入れられて

ダメージを受けたという上位クラスにしては恥に相当する結果になっている。

だとしてもこればっかりは仕方が無いし、妥当な結果だとしか言いようが無い。

言ってしまえば僕はこの戦争に参加している生徒の誰よりも、操作(たたかい)に慣れているから。

 

 

「吉井、どういう事だ?」

「んー、まぁアレだよ。観察処分者の数少ない利点ってヤツかな」

 

「利点?」

 

「要は、僕は召喚獣の操作に慣れてるってわけ」

 

 

叩かれれば一撃で殺られるレベルの戦力差で上回っていることに驚いたのか早速

八嶋君が僕に理由を尋ねてきたけれど、思い当たるのはやっぱりこれしかない。

 

要するにこの試験召喚戦争での勝ち方は、一つじゃあないということだ。

確かに勉強が出来ればその分召喚獣の強さは比例して上がっていく。

けれど召喚獣を使うことが出来るのは、試験召喚戦争中のみの話だ。

いちいちクラス単位で大掛かりな動きをしなければいけない戦争を

何度も何度も繰り返すクラスなんていないだろうし、負けたリスクも少なくない。

でも観察処分者である僕は教師の立会いのもとである限り、戦争以外でも召喚獣を

喚び出して動かすことが出来る仕様になっているんだ。

しかも教師の雑用で呼ばれるのがほとんどだから通常では設定されていない

『物体干渉機能』がONになっていて、物に触ることも可能になってる。

 

数少ない特権、使わなきゃ損だよ。

 

 

「さてと、どうしたの? 格下相手に随分時間かかってるみたいだね」

「うるせぇ‼」

「Fクラスの分際で生意気言ってんじゃねぇ‼」

 

「いいね、来なよ!」

 

 

雄二仕込みの安い挑発で相手の判断力を鈍らせ、さらに動きを単調にする。

動きが単調で直線的になればなるほど操作に長けてる僕には避けやすくなるし、

追撃や重い一撃を加える場面も増えてくることだろう。

そう考えた矢先に向こうが勢いに任せた同時攻撃を仕掛けてくる。

ただ今回は完全にお互いがお互いの間合いを完全に無視していて、

明らかに連携は取れていないようだった。

 

先に突っ込んできた(なた)装備の召喚獣の攻撃をバックステップで回避し、

横から追撃しようと突っ込んできた片刃剣装備の召喚獣の手を空いた手で掴み、

最初の召喚獣の方へとスイングして放り投げ、二体が重なったところを木刀で叩く。

 

「クソ、クソクソ!」

 

「邪魔すんなよ!」

 

「ハァ⁉ 邪魔してんのはお前だろうが‼」

 

「なんだと‼」

 

 

あまりに戦闘が長引いて集中力が途切れたのかついには仲間割れにまで発展し、

目の前で体勢を立て直してる僕をよそに二人で殴り合いを始めてしまった。

でも正直に言っちゃえば、僕からしたら好都合なんだよね。

 

 

「余所見は禁物だよっと!」

僕の召喚獣そっちのけで殴り合う二人の召喚獣をジト目で見つめて、

自分の召喚獣をすばやく移動させて二体を射程圏内に捉える。

そして僕は点数の差を一発で埋めるべく相手の急所を見定め、射貫く。

 

鉈持ちの方の召喚獣の背後に一挙手一投足に細心の注意を払って近付き、

木刀を逆手持ちにして内側に切先が向くように構え、そっと背後を取る。

そのまま羽交い絞めにして動きを封じた鉈持ちの後頭部にヘッドバットを

浴びせてから、開いた相手の口の中に木刀の切先を一瞬でねじ込む。

 

 

『Fクラス 吉井明久_________数学 51点』

VS

『Bクラス 柳田奏太_________DEAD』

 

「あっ‼」

 

「まず一人!」

 

 

人体の弱点の一つ、体内の脆さも如実に再現されていて助かった。

この召喚獣同士の戦いに置いては、決して点数だけが強さの基準というわけじゃない。

実際の戦争でも同じだけど、幅広く緻密な策略や戦略もまた武器に成り得るし、

戦闘スキルを突き詰めればこうして圧倒的な戦力差も覆せるようになる。

 

目の前で格下相手に急所を突かれて補習室送りにされた仲間を怯えた視線で見送る

もう一人の召喚獣が戦場のど真ん中で突っ立っている、やるなら今だ!

 

「そこだッ‼」

 

「わっ、うわぁ‼」

 

 

倍近い点数差を覆された仲間を見て驚愕を禁じ得ない気持ちは分かるけど、

ここは戦場なんだし、何より敵を目の前にして意識を別の方へ向けるなんて

もはや自殺行為もいいとこだ。あっさり殺されたって文句の一つも言えやしない。

 

棒立ちになっていた片刃剣持ちの足を木刀で薙ぎ払って体勢を大きく崩し、

後頭部から廊下に沈んでいくのを確認しながら相手の胴体を絞めるように馬乗りに

なって両足でガッチリとホールドして半開きになった口に木刀の切先を突き刺す。

 

 

『Fクラス 吉井明久_________数学 51点』

VS

『Bクラス 浅場啓介_________DEAD』

 

 

本当ならあのまま相手の首を跳ね飛ばすのが一番楽なんだけど、

僕の召喚獣の武器は木刀だからそもそも『斬る』こと自体が難しいんだよね。

手持ちの武装の頼りなさを痛感しつつも限りなく薄かった望みをつなげて

どうにか退路を手繰り寄せることに成功したようだ。

上からの猛攻は他の三人が何とか抑えてくれているみたいだし、

ここは一気に突っ込んで一人ずつでも駆け抜けられる経路を確保しないと

生きて帰ることが出来なくなってしまう。

 

 

「八嶋君、まだ生きてる⁉」

 

「何とかな! 嵐山、お前はどうだ‼」

「お前らバカと一緒にすんな!」

 

僕の背後に張り付いて流れてきた敵を上手く牽制してくれている八嶋君と嵐山君の

生存を確認してから一度大きく息を吐いて、一気に吸い込んだ息を声に変えて

相手を制する意図も込めながら部隊全員に新たな指令を下す。

 

 

「総員、これから撤退戦に移行する!

上の階の侵攻は引き続きそっちの三人で上手く抑え込んで!

下の階は僕ら三人が死んでも突破口を切り開く、行くぞ‼」

 

命令が踊り場内で伝播した途端に喧噪の中でひと際大きな雄叫びが上がり、

平坦になりかけていた僕らの士気が再び燃料を投下されたエンジンのように

火が燃え盛って周囲に火の粉を撒き散らしながら暴れ回る。

 

 

「逃がすな、何としてでもここで殺せ!」

 

「格下相手に油断するな、いいな!」

 

 

とはいえ相手もそう簡単に逃がしてくれるわけも無い。

僕らの狙いが判明した直後にはもう下の階に分厚い陣形が組み込まれていて

絶対に死守すると言わんばかりの無言の圧力がひしめき合っていた。

人数的にも勝てるとは思えない、狂気じみた僕らの凶行。

それでも、無意味にこの命を散らすことを考えてる奴は今はもういない。

 

「必ず、勝つ‼」

 

 

生きる事への執念を燃料にして、僕らはもう一度戦争の火蓋を切って落とした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おはよー…………」

 

「おお明久、お主無事じゃったか!」

 

「…………何より」

 

「流石だな明久。そのしぶとさときたらゴキブリ並みか?」

 

もはや見慣れた面子と聞き慣れた侮辱のコントラストを受けながら

僕は建付けがやたら悪い木製のオンボロ扉を器用に開けて教室に入る。

 

ただ今の時刻は午前8:09分、朝のSHRには充分間に合う時間だ。

それでも今日の僕はどうしてもいつもより早くここに来てとある人物に

言わなきゃいけないことがあった。他でもない、僕らを見捨てたあの男に。

 

 

「どういう事だよ雄二‼ 何で昨日僕らの隊を見捨てたんだ‼」

 

教卓の前でいつも通りのブサイクな顔で僕を待っていた雄二の胸倉を

掴んで引っ張り上げて自分の拳の射程圏内に奴を引き込む。

身長差でどうしても重心が上手く移動出来なくなるけど今はどうでもいい。

どうしてコイツは昨日、あそこで僕ら六人を見捨てたのか。

その理由を意地でも聞かなきゃ気が済まなかった。

 

 

「答えろよ雄二‼」

 

「…………ああ分かった、全部話してやる。

だからまずは落ち着け、話はそれからだ」

 

「落ち着け? 何言ってるんだよ、雄二が僕らを見捨てたせいで

昨日の撤退がどれだけ辛かったか分かってるの⁉」

 

「明久、落ち着くのじゃ!」

 

「放してよ秀吉! 昨日の撤退戦で新田君と須川君が死んだんだぞ‼」

 

 

そう、あの撤退戦で上の階から僕らを押し潰そうと迫った来た敵に対して

新田君と須川君は残る僕を含めた四人を助けるために果敢に特攻を掛け、

勇猛さ虚しく壮絶な討ち死にでその命を散らしてしまった。

責任は部隊長である僕にもある。けれど全ての元凶は間違いなくコイツだ。

せめて何か彼らに対しての哀悼の意を示してもらわなきゃ示しがつかない。

激しい怒りを露わにする僕とは対照的に雄二はどこまでも冷静沈着のままで

悪びれることも無く話を始める。

 

 

「それがどうした。全滅しなかっただけ大金星だろうが」

 

「お前…………それだけか⁉」

 

「それだけも何もまずは俺の話を聞いてから怒鳴れってんだバカ。

いいか、昨日俺らがお前らを助けなかったのには理由がある」

 

「…………どんな理由だよ」

 

「あのな、そもそもBクラス相手に正面から向かって勝てる戦力なんざ

このクラスには姫路と俺、保険に絞った場合込みでムッツリーニの三人だけだ。

そんな状況で科目が数学と削られたものが選択されてた上に味方はクラス全員の

六割程度しかいないときてる。お前だけならまだしもこれで勝てると思うのか?」

 

「……………でも、なら何で」

 

「一度姿を見せたのか、だろ? それだって同じことだ。

俺一人で話をしに行ってもみすみすクラスの首ぶら下げて行くようなもんだ。

だから最大級の護衛は必要不可欠だったし、何よりあの状況下でお前らの部隊を

庇い立てしてみろ、野次の変わりに召喚獣の攻撃が飛んできてたろうぜ」

 

「つまり、あれは必要な犠牲だったとでも?」

 

「いや、本音を言ってしまえば助けることは出来た。

だが今日の戦争で俺らが事を有利に運ぶためにはあの場で連中の警戒心や焦燥を

焚き付けることだけは避けなきゃならなかった。だからこそ、お前らを見捨てた」

 

「……………………」

 

「根本はこちら側が一時的にでも下手(したて)にでれば満足する小さい男だ。

俺があの場であの腐れキノコに頭を下げたからこそ、お前らの追撃に奴自身と本隊は

加わっては来なかっただろ?」

 

掴んでいた胸倉を放して雄二の言葉を聞き入れる。

確かにコイツの言う通り、昨日の撤退戦に根本君と取り巻き部隊は参加していなかった。

途中まではいたんだけど、多分僕ら六人程度なら簡単に潰せると思ってたんだろう。

ここまでの雄二の話に不自然な点も、納得のいかない点も見当たらない。

やっぱり腐ってもコイツは元『神童』、考えてるには考えてるんだなぁ。

 

 

「納得してもらえたか?」

 

「うん。ゴメン雄二、昨日の事は本当に大変だったから……………」

 

「分かってる。それについてはそこまで押された指揮官の無能さが原因だ。

俺を責めるってんならその部分だな。そこに関しちゃ何の文句も言えやしねぇ」

 

「いや、このクラスで雄二以上に汚い作戦を考えられる人なんていないよ」

 

「なんで今の流れで俺を罵倒したんだ明久。褒めるフレーズだったよな今の」

 

「納得してたんだよ。このクラスの大将は雄二しかいないってさ」

 

「…………まあとにかく昨日の事は済まなかった、俺の落ち度でもある。

だがそれにしても四人も生き残るとは思ってなかったぜ。

せいぜいお前一人程度にまで減るとは覚悟して来てたんだがな」

 

「舐めてもらっちゃ困るよ」

 

 

教室内に漂っていたギスギスした空気は僕の心中と同様に晴れやかになり、

僕と雄二の間で行き交っていた負の感情の連鎖も自然と立ち消えた。

お互い悪かったんだし、これでお相子お流れさんってヤツだよね。

 

 

「…………雄二、昨日の明久の撤退戦での結果を統計し終えた」

「お、ご苦労ムッツリーニ」

 

 

僕が雄二と腹を割って話し合いを終えた直後、どこからともなく忍び装束を

まとった現代のニンポウ=マスターことムッツリーニが現れて何かを手渡した。

数枚のメモ用紙らしき紙束を受け取った雄二はそこに書かれている内容を素早く

読み取って表情を驚愕に染め上げていった。

 

 

「オイ、これは流石に冗談臭くないかムッツリーニ?」

 

「…………既にウラは取れている。俺の情報網を舐めるな」

 

「だからって___________撤退戦でBクラス生徒七人単独撃破はねぇだろ」

 

「なんと! 明久、それは真か⁉」

 

「え、まぁ、うん

っていうかムッツリーニ、それどうやって調べたの?」

 

「…………情報ソースは明かせない」

 

 

ムッツリーニが仕入れてきた情報は昨日の撤退戦での詳細だったらしく、

部隊の生存者はともかく、相手側の被害とか使用した科目とかを細やかに把握

しておきたかったから頼んでいたらしいんだけど、それよりもこの武勲の方が

雄二にとってショックは大きかったみたいだ。

 

 

「す、凄いですね吉井君! 一人で七人もやっつけちゃうなんて!」

 

「あ、うん。まぁね」

 

 

いくら教室と言っても広さには限りがあるから、すぐに僕の昨日の戦績が広まって

窓際の席でテスト勉強をしていた姫路さんまでもがこちらにやってきて混じった。

天才の彼女に褒められるのは確かに嬉しいんだけど、実は内心複雑な気持ちだった。

 

「しかし明久、お主ここまで強かったかの?」

 

「…………生への執着が異常」

 

「確かにな。おい明久、お前数学のテスト勉とかしてなかったよな」

 

「え? うん、してないけど」

 

「それにしては点数差も比較にならん相手ばかりじゃぞ」

 

「…………七人の内一人は理科でAクラスレベルの点数保持者だった」

 

「ほー、そんな理数系の奴をお前が単独でねぇ。

そこまで召喚獣の操作に慣れてるとは、嬉しい誤算だったぜ明久」

 

「ま、まぁね」

 

 

口々に飛び出してくる好意的な言葉の数々にも僕は愛想笑いで応える。

特に雄二の言葉が一番ドキッとしたけど、何とか上手く誤魔化せたみたいだ。

さっきの姫路さんといい雄二といい、彼女たちは僕のもう一つの姿を知らない。

だからこそ知る由も無い。僕が慣れてるのは召喚獣の操作だけでなくもう一つ、

『命の奪い合い』にも長けてしまっているという悲しい事実。

ライダーとして日夜鏡世界(ミラーワールド)で戦う日々を送ってきた僕にとって

本当のただ一つきりの自分の命を懸けない戦いなんて、お遊び程度にしか感じられない。

それで昨日も自分で思っていた以上に冷静で着実な行動が出来たんだと思う。

 

そんな口に出せない後ろめたい事情を思っていた時、

不意にFクラスの古臭い木製の扉が勢いよく開け放たれた。

その奥から、つまり廊下からはまたしても予期せぬ人物がやって来た。

 

 

「明久君! 良かった、家にいなかったから急いで来たの!」

「友香さん⁉」

 

両肩で息をするように激しく上下させながら僕の名前を呼んだ人物は友香さんだった。

口ぶりから察するに僕の家の前をわざわざ通って来た挙句にここまで来たらしい。

たった一日ぶりに見かけたと言うのに、僕の心の中で何かが溶け出すような感覚が

広がっていき、やがてそれが表情に現れかけたのでどうにか気を引き締めて防ぐ。

けど、僕は彼女にも話しておきたいことが一つだけあったんだ。

 

 

「友香さん、昨日はどうして根本君と組んで僕らを嵌めたの?」

 

「………それは、違うの」

 

僕が淡々と口にした言葉に彼女は一瞬だけバツが悪そうな表情を浮かべて

真っ正面から僕を見据える場所まで歩み寄って来てもう一度繰り返した。

 

 

「お願い明久君、少しでいいからコッチで話を聞いて!」

 

「えっ、ちょ、ちょっと!」

 

Cクラスの代表がこんな短期間で二度も訪れ、さらに同じように僕を指名したことに

クラス内の非リア軍団が一斉に襲い掛かって来る未来を予期しながらもかなり慌てた

様子の彼女の行動に着いて行かざるを得ず、僕は彼女と一緒に廊下へと移動した。

僕を引っ張って誘導した友香さんはほんの一瞬だけ握っていた手を凝視した後で

恥ずかしそうに手を引っ込めて唐突に話を切り出してきた。

 

 

「昨日の事は本当にごめんなさい。でも、聞いてほしいことがあるの」

 

「何? どうしたの?」

「実は………このメール見て」

 

「ん? このメールってもしかして」

 

「そう、根本よ。アイツが私と明久君の関係を両親にばらすって」

 

「えっ⁉ じゃあまさか根本君って僕の正体を⁉」

 

「………それは多分違うと思う。

アイツが言ってるのは、私と君の交友関係の事よ」

 

「あ、あー。そういうことか」

 

 

人の通りが少ない場所まで移動した僕ら二人はケータイの画面に注目する。

そこには端的な電子文字でこう書かれていた。

 

 

『友香、何があったか知らないけど俺の話を聞け。

じゃないとお前とあのバカが妙な付き合いを始めたってお袋さんに

全部話してやるからな、分かったら明日の放課後教室で待ってろ』

 

 

つまり彼女は、根本君に脅されていたというわけらしい。

実のご両親に僕との関係をバラされて何か問題があるのかと聞こうとしたけど、

よく考えてみれば学力最底辺の男子生徒と突然親密な関係になったと聞かされて

彼女の親はそれを良しとするだろうか、いや間違いなく有り得ない。

でもそうなると彼女は僕との関係を明かされたくないから根本君の脅迫にあえて

協力したということにならないかな。

 

 

「こんな下らない理由で明久君の秘密が他人にバレたら

それこそ最悪の結果よ。しかもよりによって根本になんて」

 

「それって、つまり僕との関係を知られたくないって事?」

「えっ⁉ い、いえ別に! そんなんじゃないんだから!」

 

「そうなんだ…………」

 

「か、勘違いしないでよね!

私は根本の思い通りに事が運ぶのが嫌なだけなんだから‼」

妙に言い訳臭い友香さんの言葉を真に受けて僕は真摯な態度で頷いてみせる。

友香さんも僕の反応を見て落ち着いたのか一気に冷たい目線に戻って

先程まで続けていた話し合いに会話を戻す。

 

 

「…………とにかく、これが昨日私が明久君を助けられなかった理由よ。

こんな脅迫じみたことさえされてなかったら君を裏切ったりしないわよ」

「うん、ありがとう。

別に疑ってたわけじゃなかったんだけど、安心したよ」

 

「してる場合じゃないわよ、どうするのよ。

このカードをアイツが握ってる時点で私はあなた達に協力出来ないのに」

 

「あ、そっか」

 

「……………もう、本当に普段は頭が働かない人なのね」

 

「うーん、生まれつきだしなぁ」

 

(私を助けてくれたときはあんなにカッコ良かったのに)

「カッコイイって誰が?」

 

「ふぇ⁉ え、えっと、今の聞こえてたの⁉」

 

「聞こえちゃまずかったの?」

 

「いや、えと、その、アレよ!

カッコイイって言ったのは明久君じゃなくて、龍騎の方よ‼」

 

「……………あー、そーだね」

 

 

友香さんがボソッと呟いた「カッコ良かった」という言葉が聞こえて

もしかしたら僕の事なんじゃないかと若干期待をしていたんだけれど、

あながち間違いじゃないけど決定的に違うというもどかしい答えが返ってきた。

僕の事を期待ごと裏切ってくれた龍騎の鎧を心の中で恨みながら友香さんとの

会話を再開させる。

 

 

「とにかく、昨日の事に関してはもう大丈夫だよ。

でも今日もまたBクラスとの戦争があるからそのメールの事に

ついて考えてられる余裕が無いかも」

 

「最初から期待してないから大丈夫よ。

この件は私の問題だから、私が何とかしてみせるわ」

 

「…………ホント、友香さんみたいな人は頼れるなぁ」

 

「えっ? た、頼れる? 私が⁉」

 

「うん。雄二も友香さんも頭がいいから悪知恵が働くし、

大抵の問題は自分で何とかできちゃうんだもん」

 

「…………あー、そうね」

 

僕が口にした「頼りになる」というフレーズに変な反応を見せる友香さんだったけど

理由を話した瞬間に僕に向ける視線が普段の何倍も冷たいものになったのは何故だろう。

さっきの僕とほとんど同じ反応をしたけど、何か間違った事言ったかな。

 

 

「もういいわ、吉井君は戦争に集中してちょうだい。

コッチの問題は私が何とかするから、いいわね?」

 

「うん、お願いするよ」

 

「任せて!」

 

「じゃあそろそろいいかな?

もう戻らないと作戦会議が始まっちゃうし」

 

 

やたら冷たい視線から逃れるために本当の事を交えて逃げる口実を作った

僕はそのまま友香さんに背を向けて走り出す姿勢を整えて出発しようとする。

けど一歩目を踏み出そうと息を吸った直後に彼女が僕を呼び止めた。

 

 

「あ、待って明久君!」

 

「え、何?」

 

「もう一つ言っておくべきことがあったの。

これは明久君だけじゃなくてFクラスの戦争にも関係するかも」

 

「え?」

 

 

僕を呼び止めた友香さんはそのまま少し間を置いてから言葉を続ける。

 

 

「あなたのクラスの姫路さん、今日は戦えないかも」

 

「えっ、何で姫路さんが出てくるの?」

 

「昨日、アイツ明久君たちを追って出ていった後に戻って来て

『俺はそろそろ明日の仕込みをしておくかな』って言って

そのまま私を連れて昇降口にあるFクラスの靴箱に行ったのよ」

 

「Fクラスの靴箱に? どうして?」

「…………それは、詳しくは言えないんだけど」

 

「けど?」

 

「姫路さんは多分、今日の戦争に参加出来なくさせられるわ。

昨日アイツがそれを実現出来るほどの"弱み"を手に入れたから」

 

「弱み? 姫路さんを戦線から離脱させられるほどの?」

「ええ。だから、気を付けて」

 

 

友香さんはそう言って僕に一抹の不安を残したまま歩いて行き、

僕は僕でさっきも言った作戦会議に間に合うようにFクラスに戻っていった。

彼女の最後の言葉を、ずっと心の奥底に留めておきながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そしてその言葉の真意は、すぐに明らかになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

雄叫びと怒号が飛び交う戦場の最中、

純情可憐な雰囲気をまとう桃色の長髪を揺らす彼女の前に立つ、

護衛を連れて世の全てを見下すような下卑た笑みの男の手には、

 

二日前に僕が教室で見た、姫路さんの持っていた可愛らしい便箋があった。

 

奴は、姫路さんの心を、人が人を愛する想い(ココロ)を、踏みにじった。

 

 

 






いかがだったでしょうか?

今回は気合を入れた書かせていただきました。
というより、原作がある分書きやすかったんです(本音)
ですが完全に同じでは原作を知る方々にとってはつまらないので
ある程度は自分の思い描く独自の展開にさせてもらっています。

と、思っていたらバリバリ独自展開でした。


次回はおそらくBクラス戦堂々決着になるかと。
ご意見ご感想をお待ちしておりますのでどうか、


戦わなければ生き残れない次回をお楽しみに!
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