僕と契約と一つの願い   作:萃夢想天

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どうも皆様、新年明けましておめでとうございます。
今年も、萃夢想天とその作品をよろしくお願い申し上げます。

このSSの投稿を始めたのが2015年の9月ですから、今年も続けると
2年になるわけですか。いやぁ、本当に時の流れが速く感じますよ。
どこぞで神父が時間を加速させてるんではなかろうか………(天国感

さて、前回からようやく入った原作第二巻【清涼祭編】ですが、
これも私たちが作った初期案よりも、長くなる可能性がかなり高いです。
もう一人いないとはいえ、まだあと十一人かぁ……長いこと長いこと。


それでは、どうぞ!





問27「僕と結束と彼女たちの本音」

 

 

 

 

 

 

清涼祭での僕らの出し物が喫茶店となり、役割分担も決まったところでチャイムが鳴り響いた。

授業の終わりを知らせる鐘の音が、僕らを学校という一つの牢獄から釈放してくれたわけだ。

となればもうここにいる理由は無い。ミラーモンスターやライダーのこともあるし、何より早く

昇降口に行かないと、友香さんを待たせることになる。彼女を長く待たせると、下校途中の道で

小言を聞かされる羽目になるから、なるべく避けたい。教科書や筆箱を鞄に押し込んだ僕は、

帰りのSHRが終了したと同時に茣蓙から立ち上がって、教室の扉に手をかけて開こうとした。

 

 

「あ、アキ! その、ちょっといい?」

 

「ん? 島田さ________み、美波、何か用?」

 

 

けど扉を横に開こうとする寸前で、背後から声をかけられた。振り向いてみると、そこには

可愛らしいポニーテールの女子、美波がいた。やっぱりまだ、下の名前で呼ぶのは抵抗あるなぁ。

なんて思っていると、彼女は不安げな表情から一転、真面目な顔になって話を切り出してきた。

 

 

「アキに言うのが一番かなって思ったんだけど、やっぱり坂本をどうにかできないかな?」

 

「坂本って、雄二だよね? どうにかって、どういう事なの?」

 

「その、だから、坂本をどうにかして学園祭に引っ張り出せないかってこと!」

 

「雄二を、清涼祭に引っ張り出す?」

 

 

中途半端にオウム返し状態になっているけど、彼女が言いたいことは要するに、そういう事だ。

確かにさっきの授業中の態度を見る限りじゃ、アイツが清涼祭の成功に自ら貢献するという気概は

見受けられなかっただろう。でも、どうしてそれを本人じゃなく、僕にわざわざ言ったのかな。

 

いや、もしかしたら美波は、このFクラスの設備を清涼祭の売り上げでどうにかしたいと思って、

今の僕らじゃ成功は難しいから、確実に儲けを得るために雄二の知略を使わせようと考えている

かもしれない。腐っても『神童』と呼ばれたアイツの知恵があれば、確かに売り上げは伸ばせる。

それは分かるんだけど、それを僕に言う理由がわからない。けどやっぱり、無理だと思うなぁ。

 

 

「多分ダメだと思うよ。さっき姫路さんにも言ったんだけど、雄二は自分の興味のない事には

とことん無関心を貫く性格だからさ。僕が言ったところで、適当にあしらわれて終わりだよ」

 

「じゃあ、坂本はどうしても動かないっていうの?」

 

「え、う、うん。そうなるんじゃないかな」

 

「それ、何とかできないの? このままだと、喫茶店が…………」

 

 

僕が雄二の人柄をよく知っている以上、きっとその通りになるのだと彼女も理解したんだろう。

でも、目を伏せて沈んだ面持ちになりながらも、まだ食い下がってくる。どうしたんだろうか。

彼女はそれほどまでに、この清涼祭に思い入れでもあるのかな。いや、きっとそれは違う。

何か、もっと他に理由があるはずだ。美波がこれほどまでに必死になる、とても大きな理由が。

 

 

「その、美波。随分深刻そうな顔になってるけど、何かあったの?」

 

「!」

 

「どうかした?」

 

「………流石はアキね。今から言うことは、誰にも言わないでほしいって言われてたんだけど、

事情が事情だから話すわ。あ、でもやっぱり一応は言わない約束だから、秘密にしといてね?」

 

「う、うん」

 

 

浮かない表情を指摘した途端に、踏ん切りがついたように話をトントン拍子で進めていく美波。

というか、誰にも言わないでって言われたことを、言っていいんだろうか。女子って自由だな。

 

「ちょっとアキ、真面目に聞く気ある?」

 

「あ、あるよ」

 

 

そんな風に思ってたらいきなり注意された。危ない危ない、気取られるとは思わなかった。

気を引き締めて真っ直ぐ美波と向き合った僕は、彼女が話した内容とその意味に驚かされた。

 

 

「瑞希のことなんだけど……」

 

「姫路さんが、どうかしたの?」

 

「実は、もしかしたらだけどね? 転校しちゃうかもしれないの」

 

「転校⁉」

 

 

美波の放った言葉に思わず声を上げてしまったけれど、幸い誰の興味も惹かなかったようだ。

それにしても、予想の遥か上をいく話だな。あの姫路さんが転校して、いなくなるなんて。

わずかに意表を突かれた僕はしばらく無言の間にいて、ようやく自我が戻ってきたので即座に

彼女に問い直す。

 

 

「転校って、どういう事さ!」

 

「そのままの意味よ。このままだと瑞希は、転校させられちゃうかもしれないの」

 

「…………このままだと?」

 

 

すると、美波は随分と妙な言い回しで返してきた。このままだとって、おかしくないかな。

普通は転校するなんて一度決まったら、そう簡単に覆せるものじゃないはずだし、

転校するならともかく、転校させられるというのも妙だ。まるで、姫路さん本人の意思が

そこに介在してないみたいな言い方じゃないか。そう思った僕は、眼前の美波に再度問う。

 

 

「今はまだ大丈夫ってこと? でもそんなのっておかしくない?」

 

「おかしくなんてないわよ。瑞希の転校の理由は、『Fクラスの環境』なんだから」

 

「……ってことは、親御さんの仕事上の関係とかじゃなくて」

 

「そう。単純に、このボロっちいクラスの設備の問題なのよ」

 

 

重たげな溜息を吐く美波に同情しつつも、僕は彼女の話を聞いてようやく合点がいった。

最初は、二年生になったばかりのこの時期に転校するなんて、おかしな話だと思ったけど、

勉強に励むどころか呼吸すら難しいような環境に、大事な一人娘を預けられるわけがないと

思うのが、正しい親の心情ってところかな。僕には、両親からのそういうものはないけど、

何となくなんだけど、分かる気がする。しかも、姫路さんは頑張り過ぎで体調を崩すほどに

身体が弱い人だから、なおのことこんな場所に長く置いてはおけないと、そういう事か。

今は春先だから、花粉症でない限りはさほど問題になることはないけど、これから先もこんな

劣悪な設備のままだったら、冬場はきっと大変なことになる。真冬の隙間風なんて、姫路さんが

耐えながら授業を受けたら間違いなく身体を壊してしまう。そんな事になったら一大事だ。

 

 

「そうか、それで美波は何が何でも喫茶店を成功させて、売り上げで設備を良くしたいのか」

 

「そうよ。瑞希も瑞希で、『召喚大会で優勝して、両親にFクラスのことを見直してもらう』って

考えてるみたいで張り切っちゃって。でも、やっぱり一番の問題は設備のことだからさ」

 

これで美波が、あれほどまでに雄二の引き込みに食い下がった理由がハッキリした。

このFクラスで三人しかいない女子が一人でも減るのは、当然寂しいだろうし、何より彼女は

せっかく出来た友達との別れが寂しいのだろう。僕だって、姫路さんがこの教室から去るなんて

ことになったら、きっと寂しくなるに決まっている。そうさせないために、清涼祭は断固として

成功、いや、大成功させなくちゃいけなくなったわけだ。となれば、あの男は必要不可欠になる。

 

「そういう事なら話は別だよ。何としてでも、雄二を焚き付けてやるさ‼」

 

 

未だに不安そうな表情のままでいる美波に、僕は自信満々な態度でそう宣言してからすぐに、

とっくに教室から出て行った雄二と話をするために、一陣の風となって廊下を疾走した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まぁまぁ、ちょっと落ち着いてよ。お願いを聞いてくれたらそれでいいんだから」

 

「お願いだと? ハッ、どうせ学園祭の喫茶店の事だろ」

 

 

喫茶店成功の為の鍵になる男、雄二を探して十分ほど。何故か女子更衣室に隠れていたヤツを

ようやく見つけ出し、道中で協力を仰いだ秀吉に雄二が大好きな霧島さんの声を真似てもらい、

それを脅しに使った。結果、雄二は不機嫌にはなったものの、こうして協力を取り付けられた。

 

しかし、この状況下で僕が「お願い」と言っただけでその内容を先読みするなんて、やっぱり

この男は並大抵レベルとは一線を画している。流石、『神童』と呼ばれていただけの事はある。

頭の回転の速さに救われたと内心で褒めていると、目の前の男が急に態度を変えて話し出す。

 

 

「こんな回りくどい事せんでも、『大好きな姫路さんの為に、何とかしてあげたいんだよ!

協力してください! 何でもします、雄二様!』って言えば、面倒くさいが手ぇ貸したのに」

 

「別に姫路さんが大好きって………というか、誰がそんなセリフを吐くものか‼」

 

「………あー、そうだったな。今お前がお熱いのは、姫路じゃなくって小山だったな」

 

「んbbsぴうふぇおj」

 

「頼むから日本語で反応してくれ」

 

 

つーかそこまで焦るほどかよ、とぼやいてから頭を掻いて、表情を普段通りに戻した雄二に、

僕は協力をしてもらうための理由として、このままでは姫路さんが転校する可能性があることを

丁寧に説明した。僕の話を聞き終えた彼は、しばらく無言で俯いてから、Fクラスの教室で他の

メンバーたちとも話しておきたいと一言だけ答え、そのままの足で僕らは教室に戻った。

 

僕ら二人が教室に戻ると、そこには美波だけでなく、今は部活に行っているはずの秀吉もいた。

秀吉の所属する演劇部は、文化系でありながらも非常にハードだと聞く。なのにどうして教室に

いるのかが分からずに訝しんでいると、察しの良い当の本人から事情を説明してくれた。

 

 

「ああ、演劇部は急遽休みになったのじゃ。顧問の先生に急な出張が入ったらしくての」

 

「へー、そうなんだ」

 

「うむ。じゃから、ここにワシが居てもおかしくないわけじゃ」

 

 

実に分かりやすい説明を受けて疑問が晴れた僕は、改めてこの場にいる四人で話し合いを始める。

 

 

「さて、さっそく姫路の転校についての話なんだが。まず一つ、喫茶店の成功だけじゃダメだ」

 

「なんで⁉ どうしてさ!」

 

「姫路の親御さんが転校を勧めた理由は、おそらくだが三つ」

 

 

ところが、いきなり雄二は僕らの考えていた案に異議を唱えて、指を三本立てて見せた。

声を上げた僕と同じように驚いている美波と秀吉を見てから、雄二は一つずつ説明しだす。

 

 

「まず一つ目は、茣蓙とみかん箱という貧相極まりないこの設備。快適な学習環境ではない、

という面だな。これについては、喫茶店の成功による売り上げで、どうとでもなるはずだ」

 

 

そう言いながら三つ立てた指の一つを引っ込めて、続けて語る。

 

 

「二つ目は、老朽化した教室そのもの。健康に害を及ぼす可能性のある学習環境である以上、

これは絶対に避けては通れない課題になる。むしろ、一つ目はさほど重要視しちゃいない」

 

「一つ目は勉強するための道具で、二つ目が勉強する場所ってことか」

 

「そうだ。これに関しちゃ喫茶店の利益程度でどうにかなる問題じゃねぇからな。

教室自体の改修ともなれば、学園側が動かない限りは一生徒がどうこうしても意味が無い」

 

やや厳し目な口調で語る雄二の言葉に、僕ら三人はただ黙って相槌を打つことしか出来ず、

僕らがやろうとしていることが、如何にハードルの高い事かを再確認させられる。

確かに、椅子や机を買うだけならば、最悪僕ら自身が自腹を切れば済む話だ。その気になれば、

ホームセンターなんかで木材を買ってきて、自分たちで木工作業をして一から作る事もできる。

けど、どれだけ道具を新調したところで、それを置く場所自体が不潔であったら効果は無い。

本当にこの男は、恐ろしく頭が回る。やはりコイツ無しでは、僕らに出来る事の範囲が狭まる。

 

優秀な頭脳を有している男に敬意を抱いていると、そいつは最後の指を折って話を続けた。

 

 

「そして三つ目、レベルの低いクラスメイト達。姫路自身が切磋琢磨するために必要な人材が、

この教室には一人だっていやしない。姫路の成長が促せない環境に、学習的な成長の見込みが

あるとお前らは思うか? 俺だったら絶対に首を振る。姫路を育めない学習環境という問題だ」

 

彼が最後に語った事は、要するにこのバカだらけの教室には、彼女に見合った競争相手が存在

しないから、学習意欲が停滞してしまうんじゃないかって危惧がある、ってことだよね。

 

「参ったねぇ。随分と問題が多いや」

 

「そうじゃな。一つ目はともかく、二つ目と三つ目はちと厳しいのじゃ」

 

「そうでもねぇさ。三つ目の方は、島田が姫路と一緒に例の召喚大会での優勝って対策案が

出てるんだろ? それが見事に実現されれば、三つもあった課題がたったの一つに減るわけだ」

 

そう言って、チラリと美波の方を向いて粗野な笑みを浮かべた雄二。確かにその話題は上がった。

召喚大会は日本全国どころか、学園に採用された『召喚システム』を研究している海外からも、

大勢の人が押し寄せてくるほど観衆の目が集まる大会だ。そこで学年最下層のクラスに所属する

女子生徒のタッグが優勝したとすれば、宣伝効果は半端ではないだろうし、娘が活躍したとあれば

姫路さんの親御さんだって気を良くするに決まってる。これは全部、事がうまく運べばの話では

あるけれど、そうなれば残る問題は一つしかなくなる………けど、その一つが厄介なんじゃないの?

 

 

「しかし、その二つ目が問題じゃろ。お主はどうするつもりじゃ?」

 

 

そう思ってたら、ちょうど秀吉が同じ質問をしてくれた。ラッキー!

 

「どうするも何も、学園長様に直訴する以外にねぇよ」

 

 

しかし、秀吉からの問いかけに対して、雄二はさも当然とばかりに軽く返した。

 

あまりに軽いノリだからうっかり賛同しかけたけど、それって策としてはいいんだろうか。

それに、承諾してくれなかった場合はどうする気だろうか。不安になった僕は素直に聞いてみた。

 

 

「僕らが何か言ったところで、学園長が何とかしてくれることってあるのかな?」

 

「あのねぇ、ここは実験的な面で色々とおかしな制度が多いが、曲がりなりにも教育機関だぞ?

いくら方針だからっつっても、生徒が健康被害を訴えるほど酷い状況が報告されたんなら、

それの改善を要求する権利は当然生まれるし、何より改善する義務が発生するのはあちらさんだ」

 

「どういうこと?」

 

「おま……………つまりだな、生徒が転校する理由に挙げられるほど、酷い環境がここにある。

それをもし、学園側が知らぬ存ぜぬを通せば、姫路の転校理由を知った色々な方面からの攻撃を

受けて、教育機関としての信頼を失う。そうなれば、実験的に導入していたシステムのあれこれも

中止、あるいは頓挫を免れない。その結末を辿ったら、科学者としてはもう終わり確定だぜ」

 

「ふむふむ。要するに?」

 

「…………学園側は、俺たちの要求を受け入れる可能性が、極めて高いってこった」

 

 

最後の方は何やら頭を抱えて顔をしかめていたけど、雄二の言いたかったことは大体分かった。

僕らがしなきゃならないことは、二つ。一つは、この喫茶店を成功させて、大きな利益を獲得して、

それらを勉強をしやすい設備の用意に充てること。残るもう一つは、学園側に訴え出ることだ。

召喚大会優勝は、美波と姫路さんの問題だから僕らじゃ何も出来ないため、リストから除外した。

 

さて、やるべきことは決まった。これから忙しくなりそうだ!

 

 

「そういう事なら、今すぐにでも学園長に会いに行こうよ!」

 

「ん、だな。俺ら二人で行ってくっから、秀吉と島田はその間に喫茶店の準備計画を練ってくれ。

ああ、それと、もし鉄人が俺らを探していたら、二人ともとっくに帰ったと伝えといてくれよな」

 

「オッケー、任せて」

 

「心得たのじゃ」

 

 

思い立ったが吉日って言葉もあるくらいだし、何事も即座に行動を起こした方がいいんだろう。

そう思った僕は雄二を連れて、文月学園一階に有る学園長室めがけて、勇ましく歩み始めた。

 

 

今にして思えば、この時、僕は姫路さんの事で頭がいっぱいになっていて、忘れてたんだ。

 

 

きっとこれから先に起こる出来事を知っていれば、僕はもっと別の行動を取っていたのに。

 

 

何も知らないまま、何もしないまま、何も出来ないまま、僕はただ敷かれた道を歩んでいた。

 

 

なぜこの時の僕は、思い出すことが出来なかったんだろうか。

 

 

「五月末に行われる、文月学園『清涼祭』で会いましょう__________吉井 明久君」

 

 

ヤツは確かに、そう言っていたというのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「_____________遅い」

 

 

明久が女子更衣室でかくれんぼ(比喩)をしていた雄二を発見し、Fクラスで作戦会議を

始めていたちょうどその頃、昇降口では新入生たちの目を惹く美少女が、苛立っていた。

 

 

「遅い」

 

 

クールビューティーという言葉がしっくりくるその美少女は、ある人物と待ち合わせていた

はずなのだが、部活動に所属していない彼が下校時刻になっても姿を現さないというのは、

どうにもおかしい。眉をヒクヒクと動かして待ち続ける美少女は、時計を睨んでまた呟く。

 

 

「遅い!」

 

 

秒針が一秒ごとに時を刻むたび、彼女の心の中には苛立ちが刻まれていくが、残念なことに

外見が他を寄せ付けない鋭い美しさをたたえているので、怒りの発散ですらも一部の人間には

綺麗に見えてしまう。だが、そんなことはお構いなしに、美少女_______小山 友香は呟く。

 

 

「お・そ・い‼ 何してんのよ明久君ってばもう‼」

 

 

とうとう我慢の限界を迎えた友香は、待ち人である少年の名前を惜しげもなく喚き散らす。

下校しようと昇降口から出ていた生徒のうち、その名を悪い意味で知っている二年生たちは、

名前を口にしたCクラス代表との関係を怪しむ小言を漏らしているが、友香は全て無視した。

 

 

(明久君の事、Fクラスってだけで見下してる奴らばっかり…………世の中頭が全てじゃない。

そんなことも分からずに明久君を馬鹿にしてる、アンタたちの方がよっぽど馬鹿だわ)

 

 

ひそひそと微かに聞こえる言葉に、内心でそう返した友香だったが、ここでふと立ち止まり、

時間になっても彼が来ない理由ではなく、時間になっても彼が来れない理由について考える。

彼女自身もつい最近になって知った、鏡の中の世界。そしてそこから来る怪物と、戦士たち。

彼と自身との間にある秘密を思い出した彼女は、彼に苛立ちを抱いていたことすら忘れて、

校内の何処にいるかも分からない彼の安否が気になりだし、昇降口から校内へ戻ろうとした。

 

しかし、ここで偶然にも、彼女の先の呟きを聞いている者がいた。

 

 

「明久君って…………吉井君のこと、ですよね?」

 

「えっ? あ、あなた、姫路 瑞希さん?」

 

 

急ぎ足で歩き出した友香の真横から声をかけられ、そちらを振り向いた彼女は声の主を

見て驚きに目を剥く。本来ならば頂点のAクラスに在籍できる実力者、姫路がいたことに。

だが今は、彼女にかまっている場合ではない。友香は持ち前の冷静さで、思考を立て直す。

優先すべきことは、明久の安否の確認。それ以外は全て二の次でいい、彼女の優秀な頭脳は

そう解答を示したため、彼女自身もそれに従う事にする。ただ、声をかけられた以上は、

日本人として一応返事を返し、やんわりとした態度で断りを入れなければならないという

妙な責任感がある。時代を経てもなお(変な形で)受け継がれる『WABI・SABI』の心だ。

 

ひとまず返事をして、そこからだと切り替えた友香は、立ち止まって姫路に向き直る。

そして、「今急いでるから」という言葉をなるべく丸くして、それでもニュアンスを変えない

ままで伝えようと頭脳を駆使していたところで、なんと姫路が先に話を切り出してきた。

 

 

「その、Cクラスの小山さん、ですよね?」

「え、あ、ええ。そうだけど………なにか?」

 

「いえ、その、今確かに吉井君のこと、明久君って言ってましたよね?」

 

「………言いましたけど?」

 

 

名前と所属が割れているのは当然だが、友香と姫路とでは全くと言っていいほど面識は無く、

そもそも会話のタネ自体が無いのだから、たまたま廊下で出会っても会話すらしていない。

ほぼ初対面と言える相手からの不思議な問いかけに、友香は素直に首を縦に振ってしまった。

その直後、それまでオドオドとした態度が一変し、意を決したような表情になった姫路が

友香へと一歩近付き、覇気に満ちた声で質問を重ねてきた。

 

 

「小山さんは、あ、あき………吉井君と、どういった関係なんですか⁉」

 

「えぇ⁉」

 

「も、もも、もしかして_________付き合ってたりとか!」

 

「姫路さん? えっと、とりあえず落ち着いてくれるかしら?」

 

 

ところが、決心が勢い余って暴走を引き起こしているようだと見て取れる状態の姫路を、

一旦冷静にさせようと周囲からの目線を気にかけた友香だったが、それは徒労に終わる。

 

 

「落ち着けるわけないじゃないですか! まだ何も、想いだって伝えられてないのに、

始める前から初恋が終わってたなんて、そんなの耐えられるわけありませんっ!」

 

「え………………? じゃあ、姫路さん、まさか」

 

 

それまでの"姫路瑞希像"を打ち砕くような感情の発露を前に、ただたじろいでいただけの

友香だったが、相対している人物の口から放たれた言葉を聞いて、雰囲気を変える。

 

そんなはずはない。そう思いながら友香は視線を投げかけ、そして大きな衝撃を受けた。

 

(__________泣い、てるの? あの姫路さんが、泣いてる)

 

 

桃色の髪を揺らす眼前の少女の瞳からは、今にも零れ落ちんとする大粒の滴が湧き出て、

眼の保護機能であるまばたきによって、その熱い水滴はゆっくりと頬を伝っていく。

時間をかけて流れ落ちていく軌跡を見つめ、友香はそれが本当に本気の感情であると悟った。

悟ったと同時に、同じクラスの人間ですら聞いたことのない怒鳴り声を上げた彼女が、

誰の事を想ってその水滴をあふれさせているのかを理解して、友香は息苦しさを感じた。

真っ直ぐにこちらを見つめてくる彼女の視線に耐え切れず、目を伏せて顔ごと俯く。

まるでやましい事があって、逃げているようだと思われたとしても、直視出来ないのだ。

 

しかし友香は、ここにきて自分がどうしてそんな感情に苛まれるのかを考える。

 

姫路が泣いているのは、先の彼女の発言から鑑みても間違いなく、彼の事が原因だ。

そして友香は聞き逃してはいなかった。彼女の口から出た、『初恋』という言葉を。

自分の記憶が正しければ、姫路と彼が面識を持つことになったのは、一か月前からのはずで、

まだそれほど時間は経っておらず、およそ一般人が語る『恋』に落ちる期間としては、

やや短いように感じる。一目惚れという言葉もあるにはあるが、目の前の彼女の涙がそんな

軽く手早い感情からくるものにしては、真に迫り過ぎているという実感があった。

初恋であったとしても、一目惚れしただけの相手に、ここまで涙を流すことが出来るのか。

そこまで考えた友香は、一つの結論に至った。

 

 

(この人はきっと、私なんかよりもずっと前から、明久君を知ってたんだ)

 

 

一年生としてここに入学した時からか、もしくは同じ中学からの出身だった時からか、

可能性としては低いが、もしかしたら小学校の時からという線もある。だとするならあの涙は。

彼女が今も頬から伝わせているその感情の結晶が、本当に本物であることの証明になるだろう。

 

自分よりも、彼を知っているかもしれない。

自分の知らない彼を、彼女は知っているのかもしれない。

自分よりもずっと前から、彼と時を過ごしたかもしれない。

 

そう考えただけで、友香の中で不快感は急激に増し、それは敵意となって視線に宿った。

それまで俯いて逃げていた姫路からの視線を、受けて立つように正面から見据えた彼女は、

ただただ自分の中で渦巻いている感情に従って、頬を伝う跡を憎むように睨みつける。

 

自分よりも前から彼と会っている? そんな事は関係ない。

自分よりもずっと彼を知っている? そんなわけがあるか。

自分よりも長い間彼を想っている? そんなのゆるさない。

 

たった一か月前の事だが、それでも友香は今なお鮮明に『あの日』の事を覚えている。

自身の中に有った、勉強への価値観をあっさりと砕き、生きることの難しさと厳しさを身を以て

教えてくれた彼に、一番近いのは他でもなく私だ。彼と秘密を共有している、私しかいない。

 

渦巻く黒い感情の波を押さえつけながら、友香はこの瞬間、姫路瑞希を競争相手と認識した。

 

 

「__________好き、なのね? 明久君の事が」

 

「っ………はい。私は、吉井君の事が好きです」

 

 

諭すような声から一転、低く迫るような声で確認を取る友香に、姫路は正直に想いを語る。

ハッキリとしたその意思表示、宣言とも取れる言葉を受けて、友香は自分の事を話し出す。

 

 

「私は、どうなのかしらね。明久君の事は、私自身もどう想ってるか把握しきれてないわ」

 

「…………………」

 

「でもね、これだけは分かった。たった今、分かったことがあるの」

 

「分かったこと、ですか?」

 

「ええ。それは_____________彼の隣に私以外の誰かがいるなんて、嫌ってこと」

 

「そう、ですか。だったら」

「私と姫路さん、陳腐な言い方だけど、これは競争よ。どちらが先に彼を射止めるか」

 

 

紛れもない本心を語った友香は、普段通りのクールビューティーな雰囲気を全身にまとい、

涙を拭いてこちらからの言葉を受け取った姫路に対して、本当に宣戦布告を行った。

言うなればそう、これは『恋の戦争』である。

 

友香からすれば、相手は長年彼を想い続けてきた下積みある強豪という認識だが、

姫路にしても、相手はいつの間にか彼の一番近くに来ていた、実力未知数の難敵なのだ。

油断も隙もありはしない。

自分の抱く想いに対して、素直になるきっかけとなったこの宣戦布告だが、それは同時に

戦わなければ彼の隣に立つことが出来ない、生き残れない戦陣に切り込むことと同義。

 

(絶対に負けられない! 明久君と姫路さんが付き合うなんて、そんなの嫌‼)

 

 

今までに、テスト勉強などで敗けて対抗意識を燃やした相手ならいくらでもいたのだが、

これほどまでに執念を燃やしてまで勝ちたいと、敗けたくないと思った相手はいなかった。

彼の隣が自分以外の誰かの者になるなど、想像しただけで心臓の奥がジリジリと痛むのだ。

勉強だけが全てではないと教えてくれた彼に、もっと自分を見てほしい。

理不尽な怒りをぶつけても助けてくれた彼に、もっと自分を知ってほしい。

 

かつて友香は、明久に自分を見てほしいという自己顕示欲を自覚したつもりだったが、

それはこの一か月という時間を経てより大きく膨らみ、取り返しのつかないところまで

成長しきっていた。傍に居続けたいとすら思うほどの、『恋』という巨大な欲求に。

 

 

「敗けません、私。小山さんに勝って、この想いを打ち明けてみせます!」

 

「させないわ、絶対。姫路さんに勝って、正々堂々と彼の隣に立ってみせる!」

 

 

もはや誰も寄り付かないほどにヒートアップしていた二人の口論。

 

己の中に有る感情を受け入れ、自覚した彼女たちの、戦いの幕が上がった。

 

 

 

 










いかがだったでしょうか?


本当に私は、恋愛描写が下手で下手で………他の方々の作品を見て勉強しては
いるんですが、全くものに出来てませんよね。ああ、文才落ちてないかなぁ。
それにしても、私が書くヒロイン枠の女性はどうしてこうも、ヤンデレ属性に
偏っていくんでしょうか………私自身がヤンデレ好きだからといっても、
純愛系も清純系もこよなく愛しているんですが、どうしてこうなるのやら。

さて、次回はいよいよ、明久とあの人物がご対面されます。
彼との出会いが、明久をどのような運命に導いていくのか。


戦わなければ生き残れない次回を、お楽しみに!
ご意見ご感想、並びに批評も(本当に)大歓迎でございます!
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