僕と契約と一つの願い   作:萃夢想天

36 / 38
どうも皆様、七月以降投稿を途切れさせてしまった挙句、
リハビリと称して二万字を超える短編を書いてしまった
萃夢想天です。まずは、更新を滞らせたことを御詫び致します。

本当に色々なことに時間が取られてしまっておりまして、
書こうと決意しても二週間近く時間がたって意欲が損なわれたりなど、
身勝手な理由ばかりで本当に申し訳なく思っております。


さて前回は、明久たちFクラスの中華喫茶に常夏コンビが乱入。
その裏で香川先生が何やら怪しい動きを見せていたところでしたね。
本当ならば今回は前回からの流れでパート3を書く予定だったんですが、
急きょ変更を加えることにしました。次回か、長引けば次々回には
予定通りのパート3(明久たちのストーリー)を書こうと思います。
なので、今回はまさかの香川先生にスポットが当たりますので、
お待ちくださった方々はぜひお楽しみください。

例のあの人もついに登場!

それでは、どうぞ!





問34「彼と祭りと知られざる陰謀」

僕らの出し物『中華喫茶 ヨーロピアン』にて、ちょっとした事件が起きたのも束の間。

時間が来てしまったために店内のことを秀吉たちに任せ、僕と雄二は召喚大会の二回戦に出場。

相手はBクラスとCクラスのカップルで、中々の戦力差があったんだけど、ここにきて科目選択の

優位性が強く発揮されたこともあり、またしても高得点だった雄二と僕のコンビが勝利を収めた。

 

今は二回戦が終わって教室へ戻る帰り道。雄二はトイレに寄ってから帰ると言っていたから、

僕一人きりになってしまったんだけど、正直都合がいい。雄二は人の顔色から思考を読むからね。

こういう時は逆に自分だけの方がかえって安心できる。そう思って、先ほどの戦いを振り返った。

 

「……………うん、今はもう何も感じないな」

 

 

振り返ると言っても二回戦の反省をしたりするんじゃなくて、あの時に感じた〝ある感覚〟に

ついてだ。僕が仮面ライダーになってから頻繁に感じるようになった、頭に直接響くあの音。

召喚大会の最中に突然きたもんだから驚いちゃったけど、何度も経験してるから間違いはない。

問題なのは、その反応が学校とは遠く離れた場所に現れたということ。

 

 

「反応がいくつかあった気がするし、もしかしてモンスターじゃなくてライダーかも」

 

 

学校付近か校内だったら流石に僕が変身して戦わなくちゃいけないところだったけど、学校から

それなりの距離がある場所みたいだし、手を出すこともしなくて良さそうだから放っておこう。

いざとなったら蓮さん、仮面ライダーナイトに連絡して助力してもらうって手もあるし大丈夫。

それよりも今考えるべきなのは、香川さんが僕らのことを見張っているだろうから、その対策を

どうすべきかということじゃないかな。けど、ミラーワールドを使った監視なんて防げないよ。

 

歩きながらも自分で色々考えてはみたけれど、いい考えは浮かばない。結局そのまま教室まで

辿り着いてしまい、これ以上はどうにもならないと区切りをつけて教室の扉に手をかけた。

 

 

「ただいま~………ってアレ? あんまりお客さんがいないなぁ」

 

「お、戻ってきたんじゃな」

 

「あ、秀吉」

 

 

扉を開けて店内に戻ってきてみると、思っていたよりもお客さんの姿が少なく伽藍としており、

接客担当の秀吉が暇だったのか顔を見せる。どうやら仕事が無くて退屈してたっぽいなぁ。

 

 

「その様子からすると勝ったことは明白じゃが、雄二のやつはどうしたのじゃ?」

 

「トイレに行ってくるって」

 

「勝利こそ喜ぶべきじゃろうが、何とも暢気なものじゃのう」

 

「ホントホント。あ、そーだ。アレから変な客とかは?」

 

「それなら安心せい。客足が減ったのを除けば、至って順調じゃ」

 

 

心配になって聞いてみたけれど、今のところは店にも二次被害が起きてないみたいでなによりだ。

でも、こうしてお客さんもまばらになってしまったのは割と痛い。売り上げを伸ばしたい僕らに

とって客の数と環境改善用資金は直結しているようなものだから、これ以上の低迷は困るのだ。

けどそうなると、お客さんが減った根本的な原因を見つけて、どうにかしなくてはならないはず。

こっちには他にも色々と考えなきゃいけないことがあるのに。そう考えていた時だった。

 

 

『お兄さん、ありがとうです!』

 

『いや、気にするなチビッ子』

 

『チビッ子じゃなくて、葉月です!』

 

『ははは、悪い悪い』

 

 

教室の扉のすぐそばから、聞き慣れた雄二の声と女の子の声が聞こえてきた。特徴的なトーンを

考慮すると僕らより年下な感じがするけど、葉月って名前、どこかで聞いたことがあるような?

 

 

『お、なんだ坂本。お前こんな可愛い妹がいたのかよ!』

 

『本当だ、羨ましいな~! ねぇ君、五年後に俺を彼氏にしてくれないかな?』

 

『むしろ俺は今すぐの方がいいな~』

 

『坂本、いえ義兄(おにい)様! 妹さんを僕のお嫁に下さい‼』

 

『三回生まれ変わってワンと鳴いたら考えてやる。あと、俺の妹じゃないぞ』

 

 

すると同じく教室に戻ろうとしていたらしい、雑用班の野郎どもが声の元へ群がってきていた。

実にFクラスに似合いのアホみたいな会話が筒抜けだが、お客さんが少なくて逆に良かったよ。

というか、そもそも雄二はトイレに行ってなんで女の子を連れて店に連れてきてるんだ?

 

『あ、あの、葉月はお兄ちゃんを探してるんです! 何か知りませんか?』

 

『お兄ちゃん? こんなに可愛い妹持ってる奴、ウチにいたっけか?』

 

『その人の名前は?』

 

 

漏れて聞こえてくる会話の流れからすると、おそらく雄二が女の子の人探しを手伝うついでに

ここへ戻ってきたんだろうと思われる。アイツ、何だかんだで面倒見がいいし子供好きだしね。

 

ただ、本当に彼女の力になってあげたいんだったら、放送部とかに言って校内放送を使った

迷子案内とかをすればいいと僕は思うんだよね。あ、でも、それってある意味恥ずかしいかも。

学校中に迷子扱いされちゃうってのは、かえって嫌な思い出になっちゃうかもしれないよね。

 

なんてことを考えている間にも、女の子と野郎どもの話が進んでいたようだ。

 

 

『あぅ………分からないです』

 

『お兄ちゃんなのに?』

 

『もしかして、家族とかじゃない意味のお兄ちゃんってことか?』

 

『なるほど。じゃあ、その人の特徴とかって分かる? ここが他の人よりスゴイってところ』

 

 

そして意外にも、群がったFクラスの非リア軍団の女の子に対する、気遣いや優しさを感じる。

普段から愛や可愛いものに飢えてる連中とはいえ、子供相手には配慮することもできるのか。

そう思っていた矢先、扉の向こうで困ったような声をしていた女の子が、特徴を答えた。

 

 

『バカなお兄ちゃんでした!』

 

 

ソレは果たして特徴に分類していいのだろうか。

 

 

『そ、そうか………』

 

 

女の子の答えを聞いた男たちが逆に言葉に詰まる。そこから数秒後、雄二が言葉を返した。

 

 

『その、なんだ___________たくさんいるんだが?』

 

 

否定できないのが妙に歯痒い。

 

 

『えっと、あの、そうじゃなくて』

 

『ん? 何か違うのか?』

 

『他にも特徴があったりする?』

 

純真無垢な言葉のナイフでザックリ抉られた音を聞いた気がしたけれど、流石にその程度で

へこたれるほどヤワなメンタルではない。心に傷を負いながらも復帰した者たちが再び質問を

重ねると、女の子もさらに有力な情報を引き出そうと唸りはじめ、新たな要点を追加する。

 

 

『とってもバカなお兄ちゃんだったんです!』

 

『『『『吉井だな』』』』

 

 

なんで満場一致なんだよ‼

 

 

「聞いちゃいられない! みんなしてバカバカって、大体僕に女の子の知り合いは」

 

「あ! バカなお兄ちゃんだ!」

 

「知り合いは…………その続きは?」

 

「いないと思ってた時期が僕にもあったなぁって」

 

 

顔を見せに行ったところで本人であると探し人から声が上がり、中々の勢いで抱き着かれた。

女の子に好かれるのが嫌なわけじゃないけど、先程まで連呼されてた特徴と一致する人物と

公言するのは止めていただきたかったという、やるせない気持ちをそっと胸の内にしまう。

ひとまず顔だけでも確認しようと、女の子を抱擁をやや惜しみながら引き剥がすと、そこには

確かに、どこかで見覚えのある愛らしい少女の笑顔が。アレ、ひょっとしてこの子は。

 

 

「もしかして、あの時のぬいぐるみの子?」

 

「ぬいぐるみの子じゃありません! 葉月ですっ!」

 

 

僕の曖昧な覚え方に対して、不服そうに頬を膨らませる女の子には見覚えがあった。

以前、小さな女の子がお姉ちゃんにプレゼントを渡したいけどお金が足りない、なんて困った顔を

していた現場に出くわしたことがあり、見過ごすのも嫌だったので一緒に知恵を絞った事がある。

確かその時は、鉄人のロッカーに置かれてた古い本を質に売り、意外な高値で買い取ってもらった

ために店で一番大きなぬいぐるみを買ってあげられたんだっけ。色々大変だったから忘れてたよ。

 

結局一度きりの出会いだったから、その後がどうなったか気になっていたけど、この子の笑顔を

見れば良い結果になったことは明白だ。うん、やっぱり姉妹は仲良くしなくっちゃダメだよね。

 

 

(姉妹、か)

 

 

自分の言葉を引き金に、僕の中で未だ癒えることのない過去の傷が痛み出す。アレからもう六年も

経ったのかと思うと、時の流れの速さが如何に残酷なのかが分かる。でも僕は、忘れられない。

 

妹の明奈が姿を消してから六年と数か月。当時の僕は、いつも後をくっついてくる可愛いあの子を

失った実感が無く、いきなり心にポッカリと大穴が開いた気分で日々を惰性に生きていたっけ。

母さんは早くに錯乱して心を壊し、父さんも母さんに付きっきりで明奈を失う前までは朗らかな

笑みを浮かべていたけれど、最後に見たときは頬も痩せこけてなお無理に笑顔を浮かべてたな。

 

ああ、そうだ。普段から物静かで大抵の事には動じない姉さんですら、夜になると自分の部屋で

声を殺して泣いていたのを何度か見た。姉さんは僕と明奈を着せ替えて遊ぶのが趣味だったし、

何より姉さんは素直に甘えていた妹を溺愛してたから、僕以上に心の傷は深かったと思う。

自分の過去を振り返ってみて、目の前で垢抜けた笑顔を浮かべる葉月ちゃんを見ると心が痛む。

 

 

「アレ? 葉月? なんでココにいるの?」

 

「あ、お姉ちゃん! 遊びに来たよっ!」

 

 

何とも言えない感傷に苛まれていると、二回戦を無事突破して戻ってきたであろう美波が店内に

戻ってくるなり、葉月ちゃんに抱き着かれていた。ん、待てよ。お姉ちゃんってもしかして。

 

 

「ねぇ葉月ちゃん、君のお姉ちゃんって………」

 

「ハイ! 葉月のお姉ちゃんです!」

 

「え、なに? アキと葉月って知り合いなの?」

 

 

そのまさか、というヤツだった。いやぁ、世界は広いなんて言うけど、実際は窮屈この上ないね。

たまたま街中のファンシーショップで出会った女の子がクラスメイトの妹とか、そんなのはもう

ギャルゲーの世界観だよ。妹との出会いから姉の紹介イベントが発生して、しばらく姉と妹の

両方の好感度を上げるイベントが相互に起こり、分岐点に入ると姉か妹かの選択を余儀なくされ、

悩み悩んだ末に片方を選ぶと、最後の方で選ばなかった方の子がスゴく胸に刺さる言葉を………。

 

____________ハッ! 僕はいったい何を⁉

 

 

何故かやけに具体性のある思考誘導をされた気がするけど、うん、深く考えちゃダメだろう。

決して『双子の妹を攻略しようとしたら姉が登場し、交互にイベントを消化していくと決断を

迫られる分岐イベントが発生。姉を選べば作り物消滅ENDに、妹を選べば結界守護ENDに』なんて

口にしてはいけないんだ。妹の方は簡単なのに姉の方はイベント条件が激ムズとか僕は知らない!

 

そうだ。ここは本土沖の孤島じゃないし、キラッキラのギャラクシー美少年もいないからセーフ。

 

どこからか怪しげな電波を傍受してしまったようだけど、気にしない方針でいこうそうしよう。

頭を切り替えて、まずは美波の質問に答える。葉月ちゃんとの出会いや経緯、事の顛末までを

僕なりにかいつまんで説明すると、何故だか顔を真っ赤にしたままモジモジし始めてしまった。

 

「そそそ、そーなんだ。あ、あのぬいぐるみはアキが………なら間接的にアキから貰った物⁉」

 

「…………美波ちゃんはズルいです。抜け駆けは無しにしようって約束してたのに、いつの間にか

家族ぐるみのお付き合いじゃないですか。私なんて、両親の紹介もまだ………姉妹とか姉弟とか

意外なアドバンテージになるんですね。一人っ子の私には取れない戦術です。羨ましいです」

 

熱に浮かされたように譫言を呟く美波の横で、こちらもどこか虚ろな表情で日頃の彼女からは

想像もつかないほどの速い独り言を漏らす姫路さん。二人とも二回戦で何かあったのかな?

 

そうして店の入り口で喋っていると、ちょうど中を覗ける位置にいた雄二が顔をしかめた。

 

 

「ん? 思ってたより少ないな。おいホール、また何かあったのか?」

 

 

店内の様子を一目見た雄二が不満げな表情になったのは、あまりにまばらな客足が原因だろう。

さっきここへ帰ってきた時も秀吉がそんなことを言ってたし。ただ、経営責任者としてこんな

状況を長引かせておけないと思ったのか、彼は暇を持て余していたホール担当に声をかけた。

 

 

「いや、それが俺にも分からなくて。ちょうどオーナーと吉井が出かけたくらいから……」

 

「俺と明久が? となると…………あぁ、何となく予想はついた」

 

 

雄二の質問に答える彼のセリフの中に、僕の意識に引っかかる呼びかけがあったことに気付く。

あー、そう言えばコイツ、皆に変な名前で呼ばせるの好きだったっけ。代表、総統閣下ときて

今度はオーナーか。一体いくつの名前があるのか気になるけど、それこそ「イッパイアッテナ」と

返されたら何も言えなくなる。僕は捨て猫じゃなくても、字の読み書きくらい完璧だい。

 

今日はどうも頭の中でおかしな回線が混ざるなぁと思い悩んでいると、僕らの視線の下側から

思いもよらない情報が持ち込まれた。

 

 

「そう言えば葉月、ここに来る途中で色んな話を聞いたよ!」

 

「それって、どんな話なの?」

 

「えっと、中華喫茶は汚いから行かない方がいい、って」

 

葉月ちゃんがもたらした情報を聞いた僕らは、そろって店内に置かれたテーブルへ視線を移す。

確かに調達が間に合わずに間に合わせ(という設定)でテーブル代わりに小汚い段ボール箱とかを

使ったりしてたけど、それはもう改善されているから噂が広まる可能性は相当低いはずだ。

なのにそれがまだ残って、この店の印象悪化につながっているとなると、噂の出所があるのかな。

 

「ねぇ雄二」

 

「分かってる。アイツらだろうな、十中八九」

 

 

何となく嫌な予感がして、こういう時には頼りになる悪友の名を呼ぶとそこには、悪魔ですらも

引き笑いして逃げだすような顔つきの男がいた。多分もう脳内で全部つながってるんだろうし、

僕だってここまでの事を加味して対象が分からないバカじゃない。そう思って尋ねてみる。

 

 

「けど、もしあの三年生………常夏コンビだっけ? いくらなんでもそこまで暇じゃないでしょ」

 

「バーカ。暇を持て余してるから、わざわざ召喚大会の注目度が低い時間帯に来たんだろ」

 

「でもさ、あの坊主の先輩なんか雄二のバックドロップ喰らったんだよ?」

 

「ああいう手合いはな、自分の事は棚に上げて恨み辛みを垂れ流して助長するタイプだ」

 

 

一応の確認として聞いてみたつもりだったけど、やっぱりこの男が悪だくみするほど抜け目が

無い時はないだろうと確信が持てた。流石は『悪鬼羅刹』と謳われた、ヤンキー=スレイヤー。

あ、間違えた。ヤンキースレイヤ=サンだなぁ。ハイクを読ませる暇も与えずにカイシャクし、

スコアを伸ばしてきたベテランだ。ニューロン細胞の活動もセンコハナビめいてる気がする。

 

こうして僕たちは、葉月ちゃんが噂話を聞いたという『短いスカートときれいな服を着た美人の

お姉さんたちがたくさんいるお店』を目指し、意気揚々と進軍を開始した。ん? 他意はないよ?

決してやましい気持ちで言ったわけじゃないから、本当だから! 言ってないのに着いてきた

ムッツリーニに写真の現像なんて頼んでないから! 信じ________野郎の写真じゃないか畜生‼

 

この後、葉月ちゃんの言ってたお店がAクラスのメイド喫茶【ご主人様とお呼び!】だったことを

知った雄二を無理矢理連行し、店内で騒いでいた例の常夏コンビを無事成敗。そのためとはいえ、

まさか女装させられるとは思ってなかったけど、終わりよければの精神で乗り切ったのだった。

ちなみに、雄二の前には料理ではなく、記名済みの婚姻届けと坂本家の実印が出されたそうな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時は一時間ほど前へと遡り、召喚大会Aブロックの二回戦開始直後から再始動する。

文月学園主催の清涼祭、その目玉と言える召喚大会を成功で飾るべく多くの職員や研究員らが、

召喚システムのプログラムやプロトコルの計算・修正を血眼になって行っているちょうどその頃。

大会の進行上仕方がないことではあるが、相次ぐ召喚の影響で召喚獣たちを召喚するための演算

機能がオーバーフロー寸前となり、本当ならば視察するだけの予定だったある男も駆り出された。

 

 

「いやぁ、本当に助かりましたよ。やはり開発担当の方が居てくれると作業が捗ります」

 

「御言葉はありがたいですが、今後も私が居るとは限らないので、スタッフの情報処理能力や

演算過程の把握力を鍛えておいた方が宜しいかと。まして今年の球技大会では、何やらまたも

カヲルさん………いえ、学園長が良からぬ思い付きで事を起こすおつもりらしいので」

 

「ははは______________冗談でも笑えませんよ」

 

「私は冗談など口にするタイプではありませんが?」

 

「存じておりますよ、だから余計に辛いんじゃありませんか」

 

 

文月学園のシステムサーバーの管理を担当している研究員と、白衣を整然と着こなす眼鏡の男が

プログラムのアップデート準備が整う合間に言葉を交わす。片や苦渋に満ち、片や能面の如き

無表情ではあったものの、互いに遠慮を持ち出さず、けれど立場を弁える形で会話していた。

眼鏡の男こと香川は、本音を言えばすぐにでもこの場を去りたいと思っており、仕事仲間である

研究員との話は合わせているだけであって、本人はそこに何の価値も意味も見出してはいない。

元々学園と密接な関係のある人物というほどではなく、むしろ今日は時間を最大限に活用して、

とある人物の監視とそれに合わせた情報収集を行うつもりでいたため、早くここを去る気でいた。

 

香川 英行はそもそも、研究者という立場に間違いではないが、それは学園所属というわけでも

ない。彼は清明院大学という、合格難易度は東大や京大、早稲田にも並ぶと言われる名門大学の

教授として籍を置いている。学者でもあり、研究者でもあるが、何より彼は教え伝う側である。

そんな彼が、大学所属の系列校でも何でもないこの文月学園に訪れた事には、二つの明確なる

理由が存在した。一つは、立場上断れない、かつての恩師である学園長からの仕事の依頼。

 

こちらは問題なく、一週間も通えば完了する内容だったが、彼が重要視したのはもう一つの方。

即ち、現在【ライダーバトル】に参加している仮面ライダーとの接触。及び情報共有であった。

その為に目を付けたのが件の問題児、学園きっての馬鹿と名高い最底辺(Fクラス)の吉井 明久だ。

 

依頼された際に渡された資料や写真から、彼の所業が人間離れしていることは充分認識可能で、

さらには仮面ライダーになった者だけに伝わる独特の耳鳴りが、可能性により拍車をかける。

この街やその付近では、比較的多くの仮面ライダーが活動していることは元から把握できては

いたのだが、文月学園周辺では反応の出現頻度が特に多く、対象が学生との予測はできていた。

 

(そして単身で私が乗り込み調べてみれば、大当たりだったわけですが)

 

 

おあつらえ向きにミラーモンスターと交戦していた折、予想通りの人物が姿を自ら晒しに来て、

頭脳明晰な彼は逆にそれが罠である可能性すら考えたが、実際に二度ほど対面して確信を得た。

そのような事ができるタイプではない。彼は、学園で噂されている人物像と遜色ない人間だと。

 

けれど思考を一点に留めない香川は、それすらも彼が日常で演じている仮の姿ではないかと疑い、

学園長に「Dクラスの壁を大破させるような生徒です、過去の遍歴に問題があるやも」などと

語り、極秘裏に吉井 明久の経歴を調べもした。その結果、彼の予想予測は確信へと昇華する。

 

 

(家族構成は父母と姉妹がおり、そのうち妹を六年前に『失踪事件』により喪失。死亡と断定。

当時のマスメディアや清濁乱れる記事によって、母親は精神を病み、治療のために海外移住。

数か月後に父親も介護目的で同じく海外へ飛び、唯一残った保護者の姉も、彼が中学校三年生

に進学した頃に海外留学、と。結果的に一家は離散し、定期的な仕送りがなされる日々を送る)

 

目にした資料の内容を〝鮮明に〟思い返す香川の奥底には、筆舌に尽くしがたい感情が溢れた。

壮絶、などという言葉では語りきることなど出来ないほど、燦々たる悲劇が彼の過去にあり、

それは間違いなく彼という平凡で普通な青年の心を蝕んでいるのだろうと、眉根を歪めさせる。

ここまでならば、世にそうそうあってほしくはないが、それでも稀にある悲劇で終わるのだが、

一つの不確定要素が加算されることによって、吉井 明久の未来が大きく変わってきてしまう。

そして何よりも、彼の境遇そのものが(・・・・・・・・・)、とある人物の琴線に触れるという事も予測できていた。

 

「それでは、私はこれで」

 

「ああ、はい。本日は急に御呼び立てして、申し訳ありませんでした」

 

社会人として、同門の者として、最低限必要であると判断した時間を過ぎたため、早々と話を

切って足早にサーバールームを去ろうとする香川。研究員はまだ何かを口にしているのだが、

それを聞こうとする配慮すら見せず、眼鏡を指先で持ち上げ、キチッとした姿勢で退出する。

 

学園の地下にあるそこから地上には、エレベーターしか行き来する手段がなく、上階へ向かう

エレベーターにちょうど良いタイミングで乗り込んだ彼は、服装を今一度正して到着を待つ。

数秒の後に学園一階専用入り口への到着を知らせるアナウンスが響き、ゆったりと両開きの

扉が開け放たれる。完全に開き切ったのを見てから足を出して、目的地の旧校舎を目指す。

 

 

『___________! ________________!』

 

『_______! ________、________!』

 

「おや?」

 

 

ところが、関係者以外立ち入り禁止の文字で規制されているはずの扉の向こう側から、

何やら人が揉めているような声が微かに届き、また面倒事かとやや呆れつつも対処に向かった。

ギギギと重たげな音を立てる扉を開けた先には、学園の警備員と、掴みかかる一人の女性が。

 

 

「何事ですか?」

 

「おお、貴方は!」

 

 

今度ばかりは必要に駆られて声をかけると、こちらを向いて安心しきったような警備員と、

標的を移し替えたとばかりに探るような女性の視線が、同時に香川へと集中した。

 

 

「いえ、少々問題が起こりまして………」

 

「見れば分かります。大方、そちらの女性が進入禁止を無視しようとしたのでしょう?」

 

「え、ええ。その通りですが、何故?」

 

「理由は簡単。そちらの女性が新聞記者だからですよ」

 

 

しどろもどろになっていた警備員を軽くあしらい、香川はまだ強めの視線をぶつけてくる

女性へと向き直り、この場で起きたこととその要因を無関心らしい口調で言い当てる。

これには警備員も女性も驚きを隠せなかったが、それらの反応を無視して香川は続けた。

 

 

「取材の件でしたら、どうぞ歩きながら。いや、お待たせしてすみません」

 

「……………いえ、こちらこそ」

 

「という訳なので、こちらの方については問題ありません。どうぞご心配なく」

 

「は、はぁ。了解しました」

 

 

理路整然とした立ち振る舞いで場を収めた香川は、先程まで抜かりなく隙を窺っていた、

今でも窺っている女性を先導し、警備員に何事も無かったことを念押しして歩き出した。

慌てて彼の後を追いかける女性は、肩からかけたカバンに手をやり、何やら考え込むような

顔つきになって押し黙る。だがそれを見計らってか、先んじて香川が女性に声をかけた。

 

 

「今度からお話を窺う際は、きちんとアポを取っていただかないと困ります」

 

「そ、それについてはすみませんでした」

 

「記者である以前に、社会人としてのマナーですので、今後はお忘れなきよう。

さて、それで今度はどのようなご用件ですか。 『OREジャーナル』の桃井 令子さん?」

 

 

顔も合わせず肩越しに告げた言葉に、背後にいる女性_________令子は心拍を跳ね上げる。

実はこの二人は面識があり、その時も今回と変わらない状況だったために印象が悪いのだ。

初めて対面した時の冷たい対応を嫌でも思い出す声色を前に、ここぞとばかりの記者根性で

耐え抜いた彼女は、意を決したように眼尻を釣り上げて普段通りの気丈な態度で切り出す。

 

 

「貴方ほどの人なら、言わずとも分かると思いますが?」

 

「記者にあるまじき言葉ですが………まぁ、ある程度は。召喚システムの取材でしたら、

私ではなく学園長にするのが正しいかと。あくまで私は開発の関係者であって、システム

自体の責任者などではありませんから。と言っても、あの学園長に話が通じるかどうか」

 

「…………そちらも大変興味深いですが、もう一つ別の要件が」

 

「ええ、もちろん承知していますよ。ですがこちらは前にもお答えしたはずです」

 

 

今はただ時間が惜しい。言外に相手をしている暇はないという態度であしらう香川だが、

令子も負けじと持ち前のタフさを見せ、取材で鍛えた控えめな食い下がり方で話をつなぐ。

そういった手合いは下手に話を切ると後が面倒になると、経験上理解している彼は、

一度深いため息で逸る気持ちを落ち着かせ、クリーンな思考回路を取り戻して言葉を選ぶ。

 

 

「言ったはずですよ、私は無関係だと」

 

「確かに証拠も動機も今のところは見えませんが、少なくとも関わりがあったことは」

 

「認めましょう。確かに私はあの日、彼と___________城戸 真司君と出会っています」

 

 

一呼吸置かれてから、振り向きざまに言い放たれた一言に、令子は表情を大きく崩した。

彼女は記者としてネタを探し求めるジャーナリストではあるが、それよりも人情あふれる

人格者であり、何より隠された事実を詳らかにして暴く、真性の探究者であったのだ。

 

香川が普段と変わらぬ鉄面皮のままにのたまった言葉を受け、彼女はさらに食い下がる。

 

 

「でしたら、その後の彼の動向について何か心当たりは? 何処かへ行く予定があった、

あるいは誰かと会う予定があったとか、何か聞いたりしていませんか?」

 

「そちらはお答えできません。彼も貴女と同じように無断で大学キャンパス内に侵入し、

私の研究室に飛び込んで取材を敢行しようとしてきましたが、その類の話は一切。

ええ、あの時は私も自分の研究で忙しく、すぐにゼミの生徒たちが追い返しましてね」

 

「………城戸君ってば、相変わらずなんだから」

 

「貴女方の所属するOREジャーナルでは、非常識な訪問を主流にする指導でも?」

 

「そんな事はありません! 城戸君は確かに無鉄砲ですが、全体がそうと言うわけでは」

 

「つい先程までの貴女の行動からみても、その発言には同意しかねますが」

 

「そ、それは」

 

 

自分の行いを棚に上げたような発言に気付き、思わず眼を泳がせ視線を逸らしてしまった

彼女は、このままでは前回と同じ轍を踏んで真相から遠のいてしまうと、気を逸らせる。

何とかしなくては。けれど取り付く島もない。どうにかして現状を打破しなくてはと焦る

彼女を、香川は一瞥しただけで変わらず冷徹な表情のまま、事務的な対応を継続しようと

口を開きかけた瞬間、どこからともなく頭蓋を軋ませる異常な耳鳴りに苛まれた。

 

 

「ッ………くっ!」

 

「あ、あの、香川教授? どうかされましたか?」

 

 

それまで仏頂面のまま表情筋をピクリとも動かさなかった彼が、急に頭を押さえて苦痛に

顔を歪めだしたことに驚いた令子。取材対象に異変が起きることは、記者の心臓に悪い。

無事を確かめようと声をかけた彼女を無視して、香川の眼鏡の奥にある瞳は、一点を睨む。

 

 

「この感覚は…………」

 

「香川教授? 大丈夫ですか?」

 

「ふぅ、ああ、どうも。ご心配には及びません。最近はシステムの調整で寝てなくて」

 

「な、なるほど。徹夜で作業してらしたんですか」

 

「複雑なシステムなのでね。すみませんが、今日の取材はここまでということで」

 

「え? あ、ちょっと!」

 

 

半ば強引に令子との会話を終わらせた香川は、未だに脳内で反響する耳鳴りを頼りに、

それまでとは打って変わってやや足早に歩を進め、職員用の給仕室へと転がり込んだ。

あの女性記者がタダで身を引くとは思えない以上、尾行されていたら厄介だと頭の隅で

痛みに乱されながらも思考する彼だったが、一際大きな反響音を最後に辺りが鎮まる。

脳をキリキリと締め上げるような音が消えたことに安堵した直後、不意に声が聞こえてきた。

 

 

『____________何をしている』

 

清涼祭の最中と言うことで、教師の誰しもが忙しなく校内を駆け巡っているような時間帯。

そんな時に給仕室で呑気に茶を啜るような者は一人もいない。ならば、この声は誰なのか。

緩んだ思考をコンマの値で引き締めた香川は、此処に自分を呼び出すような真似が出来る

人物の心当たりが、たった一人しかいないことに気付き、備え付けの置き鏡を鋭く睨んだ。

 

彼の予想通り、そこには、とある男が立っていた。

 

「やはり、君でしたか…………神崎 士郎君‼」

 

『旧交を深めるつもりはない。私の質問に答えてもらおう』

 

 

冷徹な瞳に射抜かれてなお、勝るとも劣らない眼光を放って返す男の名を、香川は口にした。

草臥れたような丈の長いコートを羽織り、整え方を知らぬとばかりに乱れ伸びた黒い髪。

世捨て人のように世界を灰色に俯瞰する窪んだ両眼と、生者とは思えぬ土気色に褪せた肌。

香川をもってしても冷静さを奪い去るほどの彼。鏡の中の男_________神崎 士郎。

 

 

「質問と言いましたが、その意図が読めません。君ならば私がこの学園に来た理由など、

お見通しでしょう。なにせ、最初から最後までミラーワールドから覗き見ているのですから」

 

『表向きの理由で私を誤魔化せると思うな、教授。もう一度問う、何をしに此処へ来た』

 

 

どうにか平静であろうと努めるべく眼鏡を指で押し上げる香川だが、その彼以上に鉄面皮な

神崎という男は、時間稼ぎや下らない雑談に付き合ってはいられないと態度のみで突き放す。

自分以外の存在との接触を極力避けるような物言いに、香川は相手が間違いなく神崎本人だと

確信する。そして、この場で彼を取り逃がせば、確実に不味いことになることも予測できた。

 

必要最低限の事務的な神崎の問いかけに対して、香川はわずか二秒でまとめた回答を述べる。

 

 

「その質問には答えましょう。ですが、代わりに私からの質問にも答えてもらいますよ」

 

『……………分かった』

 

「では簡潔に。神崎君、君は、この【ライダーバトル】によって何を成そうというのです?」

 

『…………………答える必要はない』

 

「いいえ、答えてもらいますよ。君は自分以外のライダー(・・・・・・・・)を利用して、あらゆる願いを成就させる

ために必要なエネルギーを集めようとしている。君は一体、何を叶えるつもりですか⁉」

 

 

言葉が口から放たれる度に、内に宿り籠もった感情に歯止めが利かなくなり、彼をよく知る

人が見たら驚くほどの激情を露にする香川。しかし、神崎は涼しい顔でそれを見つめるだけ。

香川はどうしても、彼の真意を知る必要があった。神崎の行っている狂気を逸脱した儀式や、

その為だけに彼によって選ばれた(・・・・・)仮面ライダー候補となる人々、そして彼のいる鏡の中の世界。

いったい彼は何の為に、世界と、戦士と、怪物を生み、【ライダーバトル】を開催したのか。

 

「答えなさい、神崎君!」

 

彼の所業は最早、人の犯していい罪の領域を遥かに超えている。人は、神にはなれないのだ。

歴史上の多くの人々が信仰し、崇拝し、排斥してきた神とは、あくまで尊き御名でしかなく、

縋り救いを求める「偶像的象徴」でしかない。だが彼は、現実に神に等しい行いを成している。

存在しないはずの鏡の中の世界を創り、其処に生きる怪物を造り、それらを倒す戦士を作った。

これだけの行いをしてなお、彼は止まらない。命と楽園を創造した神となっても、まだ続ける。

そこにはどんな祈りがあるのか。どんな願いがあるのか。それは、果たして叶えてよいものか。

 

『…………………………』

 

 

知らなくてはならない。見定めなくてはならない。世界創造の力を以て、さらに何を願うかを。

 

頬を自然と汗が滑り落ち、顎へと伝っていくそれを拭うこともせず、男の答えをひたすら待つ。

うっすらと開かれているその瞳が、世界というものに絶望し、諦観しているような眼が自分を

見つめていることを自覚しつつ、香川は心か思考のいずれかの端で、神崎の答えを読んでいた。

彼の人となりは、ある程度把握している。なにせ、かつては同じ大学の講義で教鞭を取り、

真面目ながらあらゆることに無関心な学生だと、良くも悪くも彼という一個人を見ていた故に。

 

だからこそ、香川の中にある冷静な部分が、己の予想を否定する。

 

 

まさか、そんな筈はない(・・・・・・・・・・・)

 

そんな事の為だけに、(・・・・・・・・・・)人の命を奪うはずがない(・・・・・・・・・・・)と。

 

 

自分でも意識せずに心拍数が増したことに気付く間もなく、ついに神崎がその口を開いた。

 

 

『_____________の為だ』

 

「…………今、何と言いましたか?」

 

 

微かに聞こえた言葉を、優秀な頭脳の中で繰り返す。それでも、理解できなかった。

否、信じられなかった。

 

 

「まさか、君は本当に」

 

『…………私の願いは、最初から変わらない』

 

「本当にそんな事の為に、君は! 他の多くの人間を犠牲にするつもりですか‼」

 

『それ以外に、()の人生に意味など無い‼』

 

 

真っ当な人間であれば到底信じられない発言に、香川の沈着な仮面がついに剥がれて

怒号を発させるが、それよりもさらに激しく強い激昂を放つ神崎に、思わず怯んでしまう。

見たこともない一面に驚きを隠せない香川だったが、続く彼の言葉に意識を呼び戻される。

 

 

『これが、今回が、最後になるかもしれないのだ……………もう失敗はできない』

 

今回が(・・・)? 待ちなさい、それはどういう意味ですか‼」

 

 

人が変わったような形相となった彼に動揺させられはしたが、それでもこれまでの流れの中で

考えて、違和感となるその呟きに対して、香川は過敏に反応する。すると、神崎の顔が歪んだ。

 

 

『ッ…………もういい。これ以上の干渉は、良からぬ結果を招くことになりそうだ』

「ま、待て! 待ちなさい、神崎君‼」

 

『最終通告だ、教授。次に私の邪魔をしたら、その瞬間からお前を〝計画〟の障害と見做す。

お前の作った不出来な模造品(オルタナティブ)は、このバトルの正式な参加者ではないから、調整を行う必要も

無いだろう。もっとも、お前は私以上に人という生き物に対する(・・・・・・・・・・・)認識が甘いがな(・・・・・・・)

 

「くっ、こうなっては…………変身を」

 

『やめておけ。言ったはずだ、最終通告だと。たった今、お前の妻と息子のいるデパートに数匹の

ミラーモンスターを向かわせた。確かあとふた月ほどで、息子は七歳になるのではなかったか?』

 

懐に忍ばせておいた、疑似ライダー【オルタナティブ・ゼロ】のカードデッキに手を伸ばして、

彼が映る鏡にかざそうと手を動かした直後、神崎の口から信じがたい警告が飛び出してきた。

妻と息子。その言葉を聞いてしまった瞬間、香川が完全に硬直するのを神崎が見逃すはずもなく、

先程まで発露させていた激情を隠すかのように、背中を向けて鏡面の奥へと歩き去っていく。

 

追わなくては。ここで彼と戦い、人の命を無益に散らせる茶番を終わらせなくてはならない。

頭では理解していて、既に幾つもの戦術パターンが脳裏を駆け巡っているのに、体は動かない。

変身しろと使命感が己を奮い立たせ、笑顔を浮かべる妻と息子を思い出す度に、戦意が削られる。

 

目の前の鏡に映る彼の行いを、常軌を逸した異常を垣間見たあの時から、何もかもを捨て去って

でも彼を倒すべきだと誓ったはずなのに。自分は、愛に酔いしれる軟弱な男ではないはずなのに。

 

「くぅ………‼」

 

 

悔しさと怒りで握った拳を震わせる香川に、神崎は鏡から消える直前に振り向いて言葉を残す。

 

 

『言い忘れたが、あの吉井 明久という少年の邪魔も許さん。彼は、あの男の代わり(・・・・・・・)だからな』

 

 

香川が追及の言葉を口にするよりも早く、再び大きな反響音を鳴らし、神崎は鏡から姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『やはり、今回も私の計画に気付くのはお前か。どこまでも私の障害となるつもりらしい』

 

『だが、多少は泳がせておけばいい。あちらにも既に、願いを叶える資格を持った者がいる』

 

『当面の問題は、やはり吉井 明久となるだろう。バトルの進行状況も、考慮しなくては』

 

 

『素質はある。もう一度あの男が龍騎にならないよう、私自身が選んで正解だったようだ』

 

 

『念には念を入れて、先んじて消しておいたのは早計…………いや、繰り返しでは意味がない』

 

『ドラグレッダーに強制契約させた弊害か、私の想定外の存在までもが資格を持ったようだが』

 

『アレはアレで、吉井 明久を龍騎としてさらに飛躍させる為に、利用せてもらうとしよう』

 

 

『…………………龍騎、か』

 

 

『あの男は、何を思って願いを見出したのか。最初から最後まで読めない男だったな』

 

『期待はしていたが、まさかあんな形で裏切られるとは。何があの男に、そう願わせたのか』

 

 

『欲がないわけではなく、むしろ人並みの欲を持つ男が。聖人気取りか、英雄願望か、あるいは』

 

 

『…………過ぎた事に意味は無いな。それでも、俺には理解できない。お前は、何故あのような』

 

 

『お前にとって【ライダーバトルの無かった世界】こそが、願うに値するものだったのか?』

 

 

『だが、それでは_____________は救われない! 俺の求める願いではない‼』

 

 

『………何度考えても、何度目の当たりにしても、何度果たされても、未だ俺には理解しかねる』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『お前はいったい何を願った______________城戸 真司』

 

 

 

 

 

 

 





いかがだったでしょうか?

またしても長くなってしまいました、申し訳ございません。
ですが物語としてはそれなりの進展をさせられたでしょう。


長く語るのは駄作と友人に怒られたので簡潔に!


陰謀渦巻く清涼祭にて、さらなる妨害の苛まれる明久達!
その裏では、香川に警告を発する謎の男・神崎の暗躍が!
仮面ライダー、そしてライダーバトルが何故行われるのか、
少しずつその真相に近づく度、戦いは激化する!


それでは皆様、戦わなければ生き残れない次回をお楽しみに!
ご意見ご感想、並びに質問や批評など大募集しております!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。