淡い期待を抱いていた萃夢想天です。ええ、時間なんてありませんでした。
正確に言えば書く時間そのものはあったのですが、そうすると私自身の
仕事というか提出書類やら連絡やらが滞って大変な事になってしまう為、
どうしてもそちらを優先しなくてはならず………また遅くなってしまいました。
報告はここまで。
前回のあとがきで、今回からは明久視点に戻るよーと言った矢先で
申し訳ないのですが、もう一話ほど別視点でお話を書かせていただきます!
前回同様、バカテス側ではなく龍騎側で話が動くことになりそうですが、
友人と話し合った結果、納得のいく方針に固まったのでご安心を!
それでは、どうぞ!
唐突ではあるが、時間は少しだけ遡る。
明久が雄二とともに召喚大会の二回戦を開始してしばらく経過した頃まで。
生徒たちが特設されたステージ上で召喚獣を喚び出し鎬を削る最中、彼らのことを頭上から
見下ろし物見遊山気分で用意された椅子に深々と腰を下ろす数名の男女の姿があった。
召喚大会はまだ予選と言っても差し支えのない頃合いで、見世物としてのインパクトなどは
足りておらず、その証拠に観客席を見渡しても人影はまばらに映る程度でしかない。
では彼らは何故、大会開始早々から、観客席とは別途に用意された特等席にいるのだろうか。
その疑問に対する回答は、「スポンサーであるから」が妥当であろう。
そもそも文月学園とは、学園長を含めた技術者たちが新たに開発した『試験召喚システム』を
様々な各所方面からの金銭的支援を受け取ることで、生徒たちの学力向上という聞こえの良い
建前を並べつつシステムの実用性を実験するための、いわば学園型実験施設と言える場所だ。
当然それは生徒たちも把握しており、本来ではありえないほど安い学費と、それと反比例した
学内設備の豪華さとを天秤にかけた結果で、自ら実験台として学園に入学を希望している。
いや、実験台と言うのは流石に聞こえが悪い。何も(厳密には)人体実験をしているでもなく、
苦痛を伴う実験を強いているでもない。日本という国における暗黙の了解として当然ながら
学習課程はキチンと修めることが出来る上に、好成績を実証すれば将来の心配は無用となる。
とにかく、生徒たちは普通に学生として生活しており、学園側も一切の法に抵触するような
愚行をせずにシステムの運用実験を気兼ねなく行えるというわけなのだ。
つまるところ、本学園が成り立っているのは生徒だけでなく、外部の支援による所が大きい。
召喚システムの運用が現実的なものになれば利益を賜ることが出来ると、先見の明を持った
各界の資産家や企業家などらがこぞって学園のスポンサーを名乗り、数を増やした結果だ。
そして現在、そのシステムの稼働している実態を生で観察できるまたとない機会である、
今回の召喚大会。去年の大会よりさらに増加したスポンサーの代表たちが、化粧やスーツで
覆い隠した権謀術数を張り巡らせ、自分たちがより利益を多く得る、ないし独占するための
隙が無いかを特等席にて虎視眈々と窺っていた。
『いやはや、コレが噂の試験召喚システムですか。生で動くのを見るのは初めてですが』
『素晴らしいでしょう! これなら間違いなく、生徒たちの学力向上に繋がりましょう!』
『実用化が決定したなら、我が社の営業成績をシステムに置き換えて売り上げ向上を図って
みるのも良いかもしれませんなぁ。さしずめ、【営業売上召喚戦争】と名付けましょうか』
『それは面白い! 斬新な発想をお持ちだ! 私なら、会社の株にシステムを__________』
厚塗りの唇に肥えた舌から発せられるのは、上辺だけの賛美と、これ見よがしの机上の空論。
メリットとデメリットの比重を即座に計算し、利益を己に、負債を他者に被せようとしている
古びた狸の化かし合い。高名な詩人がいれば、詠うように彼らの姿を揶揄したことだろう。
誰も彼もが生徒たちの健闘など興味も抱かず、システムから得られる恩恵ばかりに思考を割く
中で、たった一人だけ口を開くこともなく、険しい顔のまま視線を動かさない男がいた。
(………間抜けな
無言のまま心中で他の出資者たちを嘲るその男の名は、『高見沢 逸郎』という。
彼は祖父から三代で築き上げた巨大企業・高見沢グループの現総帥を務める日本経済の一角。
無論、彼がこの場にいるのは文月学園、ひいては召喚システムのスポンサーであるからだが、
周りにいる利己的な出資者たちとは異なり、利益以外の目的で出資をしていた人物でもある。
そんな彼は今、眼下に手繰り広げられている小さな獣たちによる代理戦争に意識を傾けていた。
(このシステムの本質は『闘争の可視化』にある。厳密に言えば『競争心の可視化』だが、
然したる違いはない。どいつもこいつも単純思考、どこまで行っても金、金、金か、豚め)
腕を組み、足を組んで泰然自若といった体を成す彼は、鋭い眼差しで大会参加者を睨みつける。
(そう、『闘争の可視化』だ。通常の勉強法では、定期試験での得点などでしか優劣が計れず、
生徒のほとんども試験期間を過ぎればそこで学習しようとする意志が停滞、衰退していく。
だがこのシステムが導入されればどうだ。クラス単位での設備をかけて試験の点数が直接己の
強さに反映する代理戦争が起き、一人の妥協は全体の敗北を招くというある種の吊し上げに
近い精神作用を呼び起こす。組織内での責任転嫁なんざ、企業もクラスもどこでも発生する。
点数が低ければ死が早まり、死はクラス内で己を孤立させる要因となり、そうはなりたくないと
他者は弱者を蹴り落として常に上を見る。精神面での水面下で常時戦争が勃発するわけだ)
思考を表情にはおくびも出さず、ただ鼻を軽く鳴らして侮蔑を吐き出し、戦闘を俯瞰する。
(戦争が終われば、今度は魔女裁判の始まりだ。『誰のせいで負けた』『誰の点数が低いか』と
責任の落としどころを探り合う。結果として成績下位の者が吊るされ、上位者が発言権を得る。
そうして一度、小さくても権力を得た人間は、そこにしがみつこうと身代わりの弱者を用意し、
同じことを繰り返す。お決まりだな、『ソイツが弱いから、自分たちが負けたんだ』とか)
高見沢はゆっくりと目を閉じ、その目で見たシステムの実態を幾度も反芻し、結果を見出す。
(それこそが社会だ! 上位者からの圧迫、下位となった者への非難、下位になる事への忌避!
まさしく現代社会の負の縮図!
最高だ、素晴らしい、こうでなきゃな! 誰もが戦い、誰かを蹴落とし踏み上がってこそだ!)
達した結論のせいか、堪え切れずに彼の顔にはうっすらと笑みが浮かぶ。狂気を孕んだ嘲笑が。
良くも悪くも、彼は独自の二元論を掲げている。即ち、『戦って生きるか、負けて死ぬか』だ。
勝ち取ったものにこそ価値が宿り、敗北には何も残らない。勝利は強奪、敗北は剥奪である。
故に彼は他の出資者のような、出し抜くような真似を好まない。それは、戦いではないから。
騙すのは良い。騙される奴が悪い。
欺くのは良い。欺かれる奴が悪い。
唆すのは良い。唆される奴が悪い。
けれど、戦わずして弱者から搾取するのは認めない。戦っていない時点でそれは敗者と同類だ。
(そうさ、生きたいなら________死にたくねぇなら、他人を蹴落とすことを考えろ‼)
だから高見沢は、この試験召喚システムを心から気に入り、出資することを決意したのである。
高見沢が改めてこの会場へ来て良かったと本気で考えていた瞬間、脳裏に不快感が押し寄せた。
例えるならばそれは、頭蓋に直接響く耳鳴りか、あるいは何者かに強制された頭痛であろうか。
彼は数か月前から自身を蝕むようになったその感覚に顔をしかめ、額を手で押さえつつ目を開き、
視界内に光を反射する物があるかを探し、特設会場を支える鉄パイプを見つけて視線を向ける。
そこには、しかし彼が予期していた存在は見当たらず、逆に頭痛は鳴りを潜めていく始末。
普段ならば反射物に
そろそろ決着がつきそうな特設会場へと戻した直後、彼は己の見たものに対し驚愕を露わにする。
「____________あのガキ、俺と同じタイミングで頭を押さえた、だと?」
全くの偶然であると笑う事は可能だった。しかし、奇跡染みたシンクロニシティで同時に手を
額に押し当て、コピーしたというレベルで同様の苦悶の表情を浮かべる。これが偶然だろうか。
高見沢の出した答えは、否だった。
この時の彼は痛苦の余韻残る脳裏に、数日前
黒い騎士【仮面ライダーナイト】との戦いを有利に運んでいた最中にしゃしゃり出てきた、
やけに青臭いセリフで苛立たせてきた癇に障る赤い騎士、【仮面ライダー龍騎】のことを。
「……………まさか、な」
根拠は無い。偶然で済ませるのが普通だろう。
けれど高見沢は妙な確信を抱いていた。あの青二才の言動、行動。年若いガキに当て嵌まる。
外れの可能性の方が高い。だが万が一、もしもという事があったなら、奴が仮面ライダーなら。
(……………俺の願いに、また一歩近付くってわけだ)
自分が負けることなど考慮に値しない。だからこそ彼の行動は迅速であり、徹底していた。
他の出資者たちが未だに空論で騒ぎ合うのを横目に見やり、隙を窺った彼は右手でスーツの
内ポケットから
自国の確認の為などではなく、自身の体で右手に持つ物を見られないよう隠しつつ、反射物を
視界内に納めるために必要な工程だったのだ。腕時計のガラスに、見慣れた異形が現れ出でる。
「仕事だ、バイオグリーザ」
のそりのそり、と体を揺らして高見沢に姿を見せたのは、かつて龍騎を苦しめたこともある
新緑色の仮面ライダーと契約を交わしたモンスター。巨大な瞳が高見沢の次なる言葉を待つ。
自身に力を与えた異形が己の声で動いたことで、自然と上に立つ者としての立ち振る舞いが出た。
「あそこにいる、吉井 明久を見張れ。俺がこの視察を終えるまではな。もしあのガキがお前の
気配を感知したらビンゴだ。その時は透明化して撤退、すぐ俺に知らせろ。分かったか?」
『………………………シュルルル』
淡々と口にされた指令に対して、異形は舌を鳴らして了承の意を告げる。高見沢が最後に小さく
呟いた「行け」の一言を受け、新緑の怪物は腕時計のガラスから姿を消して去っていった。
命令は二つ。
『吉井 明久という
『見つかったら透明化して撤退、契約者に知らせること』
達成不可能な点は無い。むしろ今までに比べれば簡単な部類だ。
契約者は人間の中でも、「権力」という力を持った人間らしい。
見ただけでは強さは判別できないが、多くの人間を従えている姿を見ると納得する。
建物内に集まった無数の人間たちの全てが、契約者の為に日々動いているそうだ。
理解できないし、する気もない。どれもこれも、食い物でしかないのだから。
だが見境なく人間を食べる事は契約者に止められている。不愉快な事だ。
けれど、「食べるな」ではない。「バレないように食え」と言われている。
どうやら契約者は、自分の近辺で人間が消えると面倒な事になるらしい。どうでもいいが。
いや、どうでもよくない。契約者が困るという事は、自分も困るという事だ。
前に言ってた「警察」とやらに勘付かれると厄介だとか。なら食えばいいのではないか。
まぁ、「悟られないように食え」という命令に従いさえすれば、空腹に喘ぐこともない。
人間を直接食うより、人間を食ってパワーが増した同族を食う方が、少し腹が膨れる。
契約者も「俺もアシがつかないやり方は好みだ」と言っていた。どういう意味かは知らない。
とにかく、命令には従う。
指定された人間の監視、コレだけ。ただ、どうにもいつもの仕事とは違う気がした。
あの人間からは焼け焦げたような臭いが漂ってくる。肉か、血か。いや、両方か。
契約者からの命令もいつもと違う。
いつもは「一人になった時を狙って食え」とか「他のモンスターに襲われるよう仕向けろ」とか
遠回しな命令ばかりだったが、今回は全く違う。撤退ということは、死ぬ危険があるのか。
なら、あの人間は他の同族と契約した奴なのか。
理解した。契約者に面倒な仕事を命じられたことを理解した。
相手も同じ契約者なら話は別だ。最初から姿を消して近付き、抵抗させずに丸呑みにする。
完璧だ、それでいこう。他の契約者が減る事は、我が契約者の敵が減るという事。良い事だ。
監視対象が部屋に入った。この「学校」という建物は鏡や窓、我々が映り込める出入り口が
どこにでもあるから動きやすい。人間の多い場所は、ほとんど出入口があってやりやすい。
さて、あの人間はどこに行ったか_________________アレは何だ。
黒い体に銀の刺。見たことない同族だ……………同族なのかアレは。いや、どこか違う。
アレの体からは、同族の臭いがあまり感じられない。臭いが薄い。どういうことだ。
代わりに、鉄の臭いが強い。人間たちの臭いだ。我々のとは違う、嫌な臭いがする。
お前は、何だ。ミラーワールドにいる時点で、契約者か契約した同族かの二択。
契約者ならば人間の臭いがする。でもお前からはしない。なら、同族、なのか。
分からない。分からない。分からない。
お前は、何だ。
お前は、同族じゃない。人間じゃない。
お前は、お前は、お前は。
「___________モンスターの反応を辿ってみれば、思わぬ遭遇ですね」
人間の、臭いが、する。
「今は学園祭の最中ですのであまり時間がありません。本気で行きますよ」
お前は、お前たちは、なんだ。
【Accel Vent】
「よ、よし…………髪も整えたし、変なところは無いわよね?」
私、小山 友香は柄にもなく髪や服のシワなどを気にして、何度も指で弄り続けていた。
普段からこういった身だしなみには最大限気を遣っているのに、今日はどれだけチェックしても
何故だか納得ができず、こうして確認を繰り返していた。
ま、まぁ、順調に大会を勝ち進んでいる明久君に「頑張って」と言うだけにしても最低限の
礼節くらい保っていなきゃいけないわ。断じて恥ずかしいところを見られたくないからじゃない。
現在私がいる場所は旧校舎のFクラス教室前。前までは不衛生な小汚さがにじみ出ているような
酷い場所だったと記憶しているけれど、それが今では見違えるように綺麗な佇まいになっている。
生徒会広報が配っていたパンフレットによれば、明久君たちのクラスの出し物は、ええ、なに?
『中華喫茶・ヨーロピアン』
「………
思わず頭を抱えそうになる。どういう経緯を辿ってもそうはならないでしょ普通は。
けど、やっぱりFクラスなんてそんなものだろうと考えを引き戻す。明久君は普通とはかけ離れた
事情があるから勉学が疎かになっても仕方ないけど、他の人はただ学力が乏しいだけなのだろう。
いつまでもお店の前で尻込みするのも私らしくない。疚しい事するわけじゃないんだし、うん。
考えながらも髪を弄っていた指を下ろした私は、そのままお店の扉に手をかけてゆっくり開ける。
お店の外からある程度想像していたとはいえ、扉の先にあった光景に思わず私は声を漏らした。
「うそ、何よコレ………クオリティー高過ぎじゃない?」
視界に飛び込んできたのは、隙間風に埃が舞い飛ぶ雑多な廃教室ではなく、小洒落た空間だった。
私自身は一度も行った事がないけれど、一目見て「中華専門の喫茶店」という内観をしていて、
数週間前に訪れた時とは全く別物であり、同じ教室だと言われても信じられる気がしなかった。
あまりの劇的ビフォーアフターに硬直していると、ホール担当と思しき人に声をかけられる。
「あ、いらっしゃいま、せ…………」
「え、あ………姫路さん」
この場に相応しく実に映えるチャイナドレスを着こなすウェイトレスは、姫路さんだった。
それにしても彼女、本当に凄いわよね色々。ええ、スリットから見える柔らかそうな太腿とかも
充分煽情的だけど、何よりも顔の下にある二つの膨らみが特に。私の倍くらいあるのかも。
ふと思ったけど、明久君は胸の大きさを気にするのかしら? やっぱり男子は大きい方が好み
だったりするのかしらね。なんだろう、そう考えると眼前の彼女との差に苛立ちを覚える。
「あ、あの、小山さん? どうして私の、その、胸ばっかり見るんですか?」
はっ! い、いけない。いくら何でも返事もせずに胸を凝視するなんて失礼よね!
「ごめんなさい姫路さん、ちょっと考え事をね」
「考え事、ですか?」
流石に何を考えていたかまでは話せないわ。訪ねてすぐに「男子受けしそうな胸だわ」とは
言えないわよ。大体胸なんて大きければいいってものじゃないわよ。形とハリこそ絶対条件。
明久君だってきっと大きいだけの膨らみよりも私の手に収まるサイズの方が………って違う!
何考えてんのよ私ったら! 今は明久君の趣味嗜好じゃなくて明久君の応援でしょ!
「って、あら? そう言えば明久君はどこにいるの?」
「_________明久君はホールじゃなくって厨房担当なんです。残念でしたね」
恥ずかしさから赤くなった顔を鎮めるために頭を振っていると、ホールで接客している中に
肝心の彼がいないことに遅まきながら気付いた。すると姫路さんが彼の居場所を、ん?
ちょっと待って。今彼女「残念でしたね」って言わなかった? え、あの姫路さんが?
言葉の端に引っ掛かりを覚え顔を正面に向けると、そこにはやや眉根を寄せた笑顔の彼女が。
もしかして私、煽られた? あの姫路さんに? いや、そうか。そこからもう勘違いしてた。
そうよね。前に一度私たち互いに宣告したものね。ええ言ったわ、だからこその反応か。
私は自分の認識の甘さを恥じ、改めて自分の想いを主張するように声に力を籠める。
「それは当然よね。明久君はあんなに美味しい料理が出来るんだもの」
「美味しい、料理………?」
「そういうことなら仕方ないわ。さ、早く席に案内してもらいましょうか」
「…………どうぞ、こちらのお席へ」
一瞬言葉に詰まったようだが、あくまで私が客であることを思い出したように接客に戻った。
確かに彼の接客姿を見れないのは至極残念ではあるけれど、逆に言えばまた彼の作った料理が
食べられるってことじゃない。どっちに転んでも二重に
案内された席に座り、まずはメニューを手に取る。ふむふむ、代表的な中華の茶菓子なんかは
一通り揃えられてるみたい。オススメは、えっと、胡麻団子? わぁ、あんまんとかもある!
どれにしようかしらね、明久君が作ってくれるんだから味は保証されてるし、ううーん。
「あの、小山さん。一つ聞いてもいいですか?」
「どれが一番…………ん? え、何かしら?」
「さっき、吉井君の美味しい料理が、と。えと、吉井君が料理するの知ってるんですか?」
どのお菓子にしようか迷っていると、まだ私のテーブルに付いていた姫路さんに尋ねられた。
聞かれて数秒は彼女の質問の意味が分からなかったけれど、よく考えたら疑問を抱かれるのも
納得できる。なにせ姫路さんは明久君の手料理の味を知らない。知っているのは私だけだから。
私だけが彼の事を知っている。この事実が私の胸の内にふつふつと優越感を湧き上がらせた。
さて、どう答えたらいいかしら。姫路さんへの返答をあれこれ決めあぐねていると、視界の外
からもう一人の女子が近付いてくるのが見えた。彼女は確か、島田さん、だったかしら?
「瑞希ってば。いくら他にお客さんがいないからって仕事中にお喋りは、ってアンタは!」
「あ、ご、ごめんなさい美波ちゃん! でも、小山さんが吉井君の料理の事を話していて」
「……………何よソレ。どういうことなの、小山」
姫路さんに次いで現れたのは、やはりこのクラスのもう一人の女子である島田さんだった。
彼女は全体的に覚めるような青色を基調としたチャイナドレスを着こなしていて、姫路さんの
赤色と双璧を成す麗しさを醸し出している。スリットから覗く脚の線は、モデル顔負けね。
なんて冷静に俯瞰してる場合じゃなかった。顔をしかめた島田さんが詰め寄ってきてるし。
「アキの料理の話って、なに?」
「なんでも、吉井君の料理はあんなに美味しい、とか」
「あんなにって、アンタまさか、アキの手料理でも食べたことあるとか言うつもり?」
ぐいぐいと迫りくる島田さんが、早口にまくしたてながら私と姫路さんの間に割り込む。
確かドイツ出身だったかしら? 生粋の日本人では有り得ない、初対面の人に対する壁の薄さと
呼ぶべき境目が無いように思える。というか、さっきからアキって、まさか明久君の事なの?
お、同じクラスだからって随分な態度ね。私だって愛称で呼び合ったりしないのに………はっ!
冷静になりなさい友香! Fクラスのペースに乗せられちゃ駄目! 普段の私でいけば大丈夫!
とにかく今は、彼女からの問いかけに答えよう。咳払いを一つ溢し、私らしい私を演じた。
「ええ、それは勿論。少なくとも今までの人生の中で、明久君が作ってくれたオムライスを
超える味に出会ったことは無いわね。間違いなく、一番美味しいものだったと断言できるわ」
「へ、へぇ~。そうなんだぁ~」
「………吉井君が、オムライスを?」
返事を聞くまでは懐疑的な表情を浮かべていた島田さんも、私の言葉を聞いて目の色が変わる。
どんな反応を望んでいたかは知らないけれど、彼女の予想を軽々と越えはしたみたい。
もう一方の姫路さんはと言うと、そんなにも彼が料理をすることが意外なのか首を傾げていた。
本当に何も知らないのだろう。当人曰く随分と前からの初恋らしいが、私の方が一枚上手だ。
「あら姫路さん。貴女、明久君の手料理を食べた事なかったの? それは残念だったわね」
「っ………こ、小山さんは、吉井君の手料理をどれくらい……?」
「え? あ、ま、まぁ私はその気になればいつだって作ってもらえるのだけれど!」
「ぐぐぅ~! その言い方なんかムカつく!」
今度は私から姫路さんに意趣返しをさせてもらった。心の底から同情するわ、残念ねぇ。
ところが横にいた島田さんの方が過剰に反応してしまい、元々吊り上がっていた目尻がさらに
上方向へ向くようになっている。肝心の姫路さんも、焦燥と戸惑いを隠しきれていないけど。
「ああ、そうそう。今度は私が明久君にご飯を作ってあげる約束もしていたわね」
「「なっ_________‼」」
今しがた思い出したというように、有りもしない話をでっちあげて目前の二人の反応を窺う。
実際私は彼に何かをしてあげたいとは思っていても、中々口に出せずにいるせいで未だに
手料理の一つも振る舞えずにいた。とはいえ、あの味を知った後で堂々と出せはしないわね。
しかし私はわざわざこんなところにまで、彼女らを無為に煽り立てに来たわけではないのに。
そこらの生徒たちから「クールビューティー」だとか持て囃されている私でも、眼前に恋敵が
いるというのに冷徹の仮面は被り続けられない、といったところなのかしら。
流石に大人げないというか、可愛げのない私の言い草に思うところがあったのか、客である
私への対応を投げ捨て振り返り、そのまま厨房と思わしき店の奥側へと走り去っていった。
半分くらい狙ってやったとは言え、目の前の接客を放棄して料理勝負っていうのもどうなの?
『アキ! ちょっとそこどいて! しばらく厨房借りるわよ‼』
『吉井君ごめんなさい! けど、どうしてもやらなきゃいけない事が出来たんです!』
『え、ちょっと、いきなりどうしたの二人とも!?』
注文を取り損ねた私がメニューを再度眺め始めると、厨房の方から怒号に近い声が響いてくる。
すると彼女たちとは別の、聞き慣れた男子の声もこちらに聞こえてきた。やっぱり明久君だわ。
彼には悪いけれど、事の発端となった自覚がある私は、成り行きをただ見守る事にした。
『どうもこうもないわ! 小山に一泡吹かせてやるんだから‼』
『美波ちゃん、私もお手伝いします。二人で小山さんに泡を吹かせましょう!』
『だから待ってぇ! 特に姫路さんはストップ、違う意味で泡吹いちゃうから‼』
姫路さんと島田さんが息を巻く声が響くその後、明久君の沈痛な叫び声が厨房から漏れ出す。
ちらっと聞こえたんだけど、特に姫路さんってどういう事なのかしら? 特にって、なに?
特別扱いってことなの? 明久君にとっても姫路さんって特別な存在ってこと?
『大丈夫ですよ吉井君! 私も包丁で料理するくらい出来ますから!』
『そうよアキ、アンタは黙って見てなさい! 聞いてればやたら自慢気にぃ……‼』
『違うんだ姫路さん! 僕が言いたいのは、君の料理は本来理科室で済ませないといけない
品物が出来ちゃう可能性を持ってるってことで、だからここで料理するのは間違いだよ!』
『厨房以外のどこで料理を作れっていうのよ!』
時折聞こえてくる明久君の言葉を勘繰っている間も、喧騒は止むことはない。
『いいからどきなさい! 小山のヤツにギャフンと言わせてやるんだから‼』
『えっ? 小山って、友香さんが来てるの?』
『ちち、違いますよ吉井君! Cクラスの小山さんなんて来てませんから!』
店内のどこにいても聞こえてきそうな彼女らの声も、今の私には和気藹々としたものに
感じられてしまう。き、気のせいよね? やけに明久君が姫路さんの言葉に素直なのって、
私の勘違い…………本当に勘違いかしら。もう、なんでか分からないけど腹が立ってくる。
『二人とも落ち着いて! とにかく今はお店の売り上げを優先しなきゃ、ね⁉』
『あっ………そ、そう言われれば、そうだったわね』
『あう、ごめんなさい吉井君』
『分かってくれればいいんだ。流石に食品を扱う店で怪我人出すわけにもいかないし』
『『???』』
自分の内から湧き上がってくる原因不明の苛立ちにやきもきしていると、何やら厨房の
騒がしい声が響かなくなっていた。あら、明久君が二人をどうにかまとめあげたのかしら。
一変して静まり返った厨房を眺めてしばらく、バツが悪そうな顔色になった二人が私のいる
席の方へと戻ってきた。きっと明久君に怒られたりしたんでしょう。普段は明るく優しい
彼の怒鳴る姿は、私のここ一か月の記憶にも新しく、それが如何に重たいかも理解している。
出来れば二度と明久君に怒られたくないと、叱られた当時の心境も込みで心に誓っていたが、
接点が少ないとはいえ顔見知りの二人が同じ状況にあると思うと、少々同情してしまう。
それはそれとして、私は島田さんの持つ盆の上のお茶菓子に目が向いているわけだけど。
「お待たせしました。えと、こちらはご迷惑をおかけしたことへの、サービスとなります」
「注文も聞かずに行っちゃうんだもの、客としては確かに迷惑この上ないわ」
「うっ、それはウチらが、悪いわ」
「やっと冷静になったようね。別に誰も『この場で料理対決しましょう』だなんて
言ってないわよ。ともかく、お詫びのサービスというなら、遠慮なくいただきましょう」
姫路さんが軽く頭を下げ、反省の色が窺える表情の島田さんが盆の上に載った小皿を置く。
嫌味なクレーマーに成り下がるつもりはないし、向こうが一品サービスといった対応で
事を穏便に済ませようというなら、私はそれで構わない。そこまで迷惑被ってもいないし。
そんな事よりも私の意識は、皿の上に盛られた胡麻団子に向いていた。
はぁぁ、やっぱり明久君の料理の腕は一流なのね。胡麻の一粒一粒まで輝いて見えるわ。
丁寧に練られた球状の餅、そこに隙間なく張り付けられた胡麻の、仄かに漂う香り。
ただ見ているだけなのに、絶対に美味しいと分かる、小皿の上から放たれる圧倒的自信。
これ以上の我慢が出来そうにないと悟った私は、横の二人を視界から外して団子を頬張る。
備えの爪楊枝を刺して口に運んだ胡麻団子を噛むと、真っ先に広がるのは餅独特の甘み。
続いて歯が砕いた胡麻の香ばしさが、薄っすらとした餅の味を、ささやかだがしっかりと
後押ししてくれているのを感じ、間髪入れず前者とは別の濃厚な舌触りが味覚を惑わす。
その正体は、餅の中に包まれていた餡子だ。しかも、異物感を感じさせない漉し餡。
こちらの溶け出るような甘い波は、同時に潰れた胡麻の風味と混ざって完璧な調和を与え、
食す側に配慮された一口大のサイズに詰め込まれた味わいは、甘味の余韻を控えめに残す。
彼の家でオムライスを食べた経験から期待してたけど、ここまでくると最早芸術の域ね。
「ふぅ………あ、もう食べちゃったわ。どうして明久君の作る物ってこんなに美味しいのかしら」
以前オムライスを食べた時は食べ切るのが惜しく感じたけれど、今回はその真逆で、
食べ終わった事をしばらく自覚できないくらい、感覚まで魅了されるような仕上がりだった。
図らずに口の端から零れてしまう溜息は、ただ彼の味をもっと堪能していたかったという
気持ちの表れから次々に沸き起こる。三度目の溜息を吐いてようやく視界外に意識が向く。
そこにはまたしても表情を変えた姫路さんと島田さんがいた。他の客がいないからかしら。
「あぁ~~もう! さっきから何よ小山! アキの事名前で何度も何度も呼んだりして!」
「美波ちゃん⁉ お、落ち着いてください!」
「落ち着けるわけないでしょうが! いきなり馴れ馴れし過ぎるのよ!」
周囲に私以外の利用客がいないことを確認したうえで、眼前で怒髪天を衝く勢いで大声を
張り上げる島田さんを直視する。なるほど確かに、彼女の言いたいことも分からなくもない。
要するに、気に入らない、ということだと思う。
彼女にとって私は別のクラスの同性でしかなく、個人的交流もなければ部活も違っていて、
接点と呼べるようなつながりは皆無だ。そして、それは私と明久君についても同様だった。
彼との出会いは偶然で、そこから派生したものが続いているだけ。それはそれで形容し難い
感情が心に立ち込めるけど、端的に言えば、自分が知らない内に近づいたのが不快、かな。
冗談じゃない。誰が先に彼の事を想っていたか? そんなこと関係ないし、どうでもいい。
順番なんかで納得できるはずもないし、する気もないわ。大体、そっちこそ何なのかしら。
明久君の事を「アキ」って愛称なんかで呼んだりして、自分の方が彼に近いとでも言いたい
わけなの? 彼が背負っている苦悩も知らないくせして、己惚れないでほしいわ。
島田さんが目に見えて私に怒りをぶつける一方で、私自身は驚くほど急激に冷めていた。
「あのね、島田さん。私が言えた事でもないのだけれど、一ついい?」
「………なによ」
「これは貴女たち二人に言える事でもあるから、悪いけど直球で言わせてもらうわね」
「私たち二人に、ですか?」
「ええ。少なくとも今の貴女たちではきっと、今の明久君には見向きもされないわよ」
生まれつき目つきが鋭いと言われている私でも、今の自分が恐ろしく冷徹な表情になって
相手と向かい合っている事を自覚できた。顔に比例するように、言動も冷たくなっている。
ただ、私の言葉を受けた二人の方が、よほど酷い顔になっていた。それも当然だと思う。
なにを言われるかと心構えをしていたようだけど、流石に許容量をオーバーしたからか、
先程までは島田さんを止める立場にいた姫路さんですら、眉根を釣り上げて怒っていた。
でも私は彼女らの抗議よりも先に口を開き、声を発する。
「だって二人とも、自分の事を知ってほしいと気持ちを彼に押し付けているばっかりで、
明久君の気持ちを少しも理解しようとしていないんだもの。無理もないと思うのだけど」
息を飲んで押し黙る二人を真っ直ぐに見つめたまま、私は言葉を連ね続けた。
「こう言ってる私もね、少し前まではそうだったのよ。人の振り見て我が振り直せとは、
よく言ったものじゃない? いつも周りの人達の上辺だけの評価を鵜呑みにしたことで、
明久君本人の事を見ようともしなかったわ。Fクラス所属の外聞も、悪評を助長させた」
「小山、アンタは………」
「でも今は違うと断言できる。彼の生きる理由を、生き方を知って、傍にいてあげたいって
思うようになったの。ううん、傍にいてほしいの方が的確かしら?」
「吉井君の、生きる理由、ですか?」
「貴女たちは彼の事をよく知ろうともせずに近付いて、自分の理想を押し付け続ける気?」
まるで予め考えていたかのように言葉が私の口からスラスラと飛び出していき、ついには
姫路さんたちに反論を許さぬまま言いたいことを語り終えていた。でも、気分は晴れない。
こんなことをして何になるというのか。いや、分かってる。私も二人が気に入らないんだ。
理想を押し付ける、結構な事ではないか。押し付けられる側はたまったものじゃないかも
しれないけど、そういった気持ちの表現法だって世の中にはある。絶対にこうしなければ、
などといった基本の形もお手本もないのだから、人の感情の向け方は人それぞれのはず。
なのに今の私の言い方では、「まさかそんなはずはないでしょ」という侮蔑がこもっている。
ええ、ハッキリ認めましょう。私は島田さんも姫路さんも、どちらも気に入らないのよ。
愛称で彼の名を呼ぶ馴れ馴れしさは、互いの気持ちの距離が近いことの表れに違いないし、
彼が特別扱いをしていると感じるのも、彼女の事をよく知っているからに他ならないから。
それが私は気に入らない。いえ、いえ。きっとコレはいわゆる、「嫉妬」なのでしょう。
私も明久君ともっと近付きたい。物理的な距離も当然だが、精神的な距離も縮めたい。
どんな小さな事も気にかけてほしいし、気にかけてあげたい。彼を誰より知っているもの。
だからこそ。だからこそ。私は、私よりも彼の心に近い場所にいる二人が、気に入らない。
「それじゃあ、ご馳走様。明久君によろしくって伝えておいてもらえるかしら」
気付けば自分でも知らない間に私は席を立ち、店の扉に向けて歩み始めようとしていた。
あーあ、まったく最悪よ。さっきまで明久君の作ってくれた最高の胡麻団子の美味しさに
蕩けていたのに、今は一刻も早く彼女たちの前からいなくなりたいとしか考えられない。
だって、あのままずっと二人に面と向かっていたら、如何に自分が小さくて惨めなのかが
バレてしまうかもしれなかったから。あんなみっともない姿、彼の前以外では見せたくない。
一方的に伝えるだけ伝えた私は、軽い自己嫌悪から逃げたい一心を脚に反映させて少しでも
早くここから去ろうと、俯いたまま扉に手をかけようとした。
「ねぇお姉ちゃん。あきひさって、バカなお兄ちゃんのことですか?」
扉を開くために伸ばしかけていた手を、私はそのまま伸ばすことができずに引っ込める。
それまで私の心に満ち溢れていた醜い感情はさっぱり消え失せ、代わりにグツグツと煮えた
湯の如く沸き上がってきたのは、自分でも制御しきれないほどの「誰かの為の怒り」だった。
その場で振り返り、島田さんの正面にいる可愛らしい少女(先の発言を聞く限り妹らしい)が
さっきの発言をした人物と判断。喉元まで込み上げた感情をどうにか抑えつつ口を開く。
「今の言葉は聞き捨てならないわ。島田さん、その子は貴女の妹さんのようね?
いくらドイツからの帰国子女といっても、年上を、それも姉である貴女の同級生を
バカ呼ばわりさせているなんて、正気を疑うのだけど。彼の事を家ではそう呼んでるの?」
まただ、またやってしまった。そう思っても私の意思とは無関係に、口は攻撃を止めない。
「大体、姉なら妹の情操教育にも気を遣って然るべきじゃなくて? 自分が妹さんの手本に
なっているという自覚が足りないみたいだし、そもそも明久君が年下の子どもに平然と
暴言を吐かれて、どう思うかと考えた事が貴女にあるの? 心遣いに配慮も足りてないわ」
違うの、そうじゃないの。彼を悪く言われて腹は立ったけど、あんな小さい子に悪気がない
なんてことは、私でも分かってはいるの。でも、でも、あの人は私なんかを助けてくれた。
彼の苦労も、心の深いところにある傷も、何も知らない貴女たちに、悪く言ってほしくない。
ごめんなさい。辛く当たりたくはないの、本当なの。けど、お願いだから。
何も知らなくても私の為に命を懸けてくれた人を、冗談でも『馬鹿』だなんて言わないで!
「とにかく、その子が二度と明久君の事を変な風に呼ばないよう、気を付けて」
言い切るが早いか、私は耐え切れなくなり、扉を振り向き様に開け放って廊下を走り去った。
いかがだったでしょうか!
空いてる時間を見つけて少しずつ書いていったら、
気付けば六月になっちゃってました。本当におまたせしました。
もう私の作品を読んでくださっている心優しい方々ならば
お分かりと存じますが、この男「すぐに書きます」詐欺常習犯です。
全身全霊で頑張らせていただきますが、気長に待ってやってください。
さて、次回は龍騎側のストーリーを一気に動かそうかと考えてます。
とりあえず合宿編までの龍騎サイドの話は固めておりますので、
そこまでは問題なく書くことが出来るかと。問題はそこからですが。
それでは戦わなければ生き残れない次回を、お楽しみに!
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