僕と契約と一つの願い   作:萃夢想天

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どうも皆様、そろそろ肌寒さを感じるような季節になって
参りました。寒いの大嫌いこと萃夢想天です。

前回は美波と瑞希と友香の三人が初めて勢揃いしましたね。
どうも私が書く女性は愛が重いヤンデレ系に傾いてしまうようで
ほのぼのふわふわ純愛系を表現する力が足りていないのかと。
まぁ龍騎絡む時点でふわぼのだなんて有り得ないんですが(諦め)

今回は完全に龍騎パートに走ります。おそらくではありますが、
バカテス側の清涼祭はある程度展開を端折ることになるやも
しれません。どうかご了承ください。


それでは久々の、どうぞ!





問36「彼らと秘密と小さな綻び」

 

 

 

 

 

 

 

文月学園の一角にある給仕室と書かれた職員専用の小部屋から、一人の男が出てきた。

縁の浅い眼鏡に背広の長い白衣を着こなす知的な男、香川は普段以上に眉根を寄せた顰め面で

部屋の扉を開け、周囲に人影がないことを確認したうえで、ようやく小さなため息を一つ溢す。

 

冷静沈着を体現するような彼がため息を吐く原因は、つい先程まで話していた一人の男にあった。

 

鏡の中だけに現れる謎の男。くたびれたコートを着て髪を乱した世捨て人のような印象を抱かせる

その人物こそ、香川が大学において講師と生徒という関係にあった、神崎 士郎その人である。

 

鏡越しに数年ぶりの再会を、喜ばしいとは言えない邂逅を果たした香川は、存在しえない鏡の中の

世界であるミラーワールドとそこに巣食う怪物ミラーモンスターを創造した理由を神崎に問うた。

ミラーワールドはともかく、ミラーモンスターは危険である。彼らの主食は自分たち人間であり、

つまるところ神崎は人間を喰らう怪物と、それらが生きる別世界を創世したことに他ならない。

神崎が学生の頃からこの鏡の中の世界と怪物の創造を考案していたと後から気付いた香川は、

自身の『一度見た物を決して忘れることが出来ない』特異体質を活かして対抗策を幾つも講じた。

その対抗策の一つにして完成形こそが、彼の変身する【オルタナティブ・ゼロ】である。

 

力ない足取りで給仕室を後にした香川は、先程の対話中に神崎が買い物に出かけている妻と息子に

モンスターを差し向けたと発言したことを(ブラフ)だと考えたが、念の為に妻へ確認の電話をかけた。

 

 

『__________はい、もしもし?』

 

 

数秒ほどのコール音が終わると、携帯電話のスピーカーから聞き馴染んだ妻の声が聞こえた。

その事実を当然であると認めつつも、無意識に安堵していることに気付かず普段の口調で答える。

 

 

「私だ。今日は買い物に行くと言っていたが、今はデパートにいるのか?」

 

『え? ええ、来てますよ』

 

「裕太は?」

 

『………何です? いつもは仕事中に電話なんかしてこないくせに』

 

「それは…………とにかく、裕太も一緒ならすぐ買い物を終えて家に戻りなさい」

 

『いきなりどうしたのあなた? 今日はやけに私たちを心配してくれるのね?』

 

 

努めて平静を保とうとしている自分に気付き、さらには妻からの苦笑交じりの疑問に言葉を

詰まらせた香川。決して浮気や不倫といった疚しい事など何もなく、不貞も働いたことはない。

しかし妻の口にした何気ない言葉が、日頃の自分がそれほど家族に無関心だったかと疑わせる。

 

確かに自分は研究者であり、研究の為に家を幾日も空ける時が多々ある。だが子を持つ父親として

息子や妻に接していないかと問われれば、否と答えられる。家をよく空ける、息子の小学校での

行事にまともに顔を出したことはない、それでも息子が描いた自分の絵は、大切に飾ってある。

 

面と向かい合えば言い出せないが、日々成達する息子も、傍らに寄り添い続けた妻のどちらも、

香川は確かに愛しているのだ。しかし、あまりに素っ気のない対応をしていたのかと己を蔑み

しばらく言葉を返せずに沈黙する彼に代わり、電話越しの妻の声が喜色を帯びて響いた。

 

 

『でも、嬉しいわ。あなた、最近は文月学園に召集されてお手伝いしてるって言ってたでしょ?

前から研究で忙しかったけど、特に近頃は時間が取れなくて裕太が「パパに会えなくて寂しい」

なんて言い出してるのよ。可愛い息子ほったらかしてまで研究が大事ですか、って言おうと

思ってたところで急に電話が来るんですもの。そんなに心配なら、会いに来てくださいね』

 

「………………ああ、済まない」

 

『本当に分かってるんですか?』

 

「分かってるとも、本当さ。今度の裕太の誕生日だって覚えてる」

 

 

自分が仕事をしている間、妻が何を思っていたかなど考えたこともなかった為に、彼女の言葉の

一から十までが香川の胸の奥底に重く、けれど温かくのしかかる。

 

 

『だったら裕太の誕生日までに、仕事を終わらせて帰ってきてくださいね』

 

「ええ、約束します」

 

『そう言って去年帰ってこなかったの、覚えてますから』

 

「い、いや、それは………今年は必ず帰ります。裕太にもそう伝えておいてください」

 

『分かりました。あなたも、無理をしないで体に気を付けて』

 

 

自分が抱えている壮大な計画も相対している強大な存在も、何一つ仄めかすような事をして

いないので体に気を付けるとは無理難題ではあるのだが、香川は妻の気遣いに笑みを浮かべた。

そして学園の廊下に並ぶ窓を見やり、そこに反射して映る自身の表情を見て僅かに驚く。

自分という人間をよく知るからこそ、自分がこんな顔をすることが出来るのかという意味で。

 

そんな驚きに停滞していた思考が再起動を果たし、廊下の角からこちらを覗き見ている人物の

存在に気付いた香川は、それが誰かを把握したうえで表情に力を籠め、普段の強面に戻った。

先程までとは真逆の、つまり普段通りの素っ気ない対応で通話を切って携帯電話をポケットへ

しまい、話が終わったのだと確認してこちらへ歩み寄る人物に向けて憮然とした態度で尋ねる。

 

 

「東條君ですか。君は何故此処に?」

 

 

眼鏡越しの視線が捉えた人物、香川が持つ研究室の生徒である東條は猫背気味な姿勢のまま、

乱雑に伸ばしたままの前髪の隙間から覗く瞳で教授を見つめ、か細く弱々しい声を発した。

 

 

「…………今のは、ご家族からの電話ですか?」

 

「私の質問に答えなさい東條君。君にはオルタナティブの稼働テストのデータを観測するよう

指示していたはずですが? 」

 

「そ、そちらの件は仲村君が代わってくれたので、先生に今後の動向を伺いに来ました」

 

「仲村君が? ふむ………分かりました」

 

 

中肉中背で視線は常に下を向き、どこかパッとしない雰囲気の人物。それが香川から見た

東條 悟という人間の印象だ。そしてそれはまさに目の当たりにしている今も変わらない。

 

元々彼は、大学で香川が受け持つゼミに所属する一般的な大学生に過ぎなかった。ほんの少し

周囲とズレている感覚はあったが、それは彼自身が内に秘めている願望がそうさせているだけ

なので、人格自体に問題はないと判断している。だから香川は、計画に東條を参加させたのだ。

むしろ彼が抱えている願望_________『英雄回帰』を知るからこそ、香川から声をかけた。

 

未知なる領域に存在する人食いの怪物から、人類の安寧と平穏を守る為に戦う『真の英雄』を

担うには、大きな犠牲を払わなくてはならない。そう述べた事で彼の意志はより顕著になる。

 

もう一人の賛同者である仲村 創という学生については、彼の方から香川の計画に加えさせて

ほしいと嘆願してきた。が、それは無理もない。なにせ仲村は神崎がミラーワールドに関する

実験を大学で行った際にその場に居合わせたメンバー、その唯一の生き残りだったのだから。

この現実世界とミラーワールドを接続する実験を神崎が行った際、その接続面をモンスターが

通過してきたことで、神崎と仲村以外のゼミ生は全員消息不明。恐らく、この世にはいない。

 

復讐目的と英雄願望を持つ二人は、香川の計画を実行するにあたっての準備や装備の開発に

真面目に取り組み、香川一人ではあと数か月はかかっていたであろう計画の始動も成された。

香川自身は人間の枠を超えようとする教え子の暴走を止める為、仲村は大切な友人達をただの

実験という名目で失った復讐を遂げる為、東條は秘めたる英雄願望を叶える為に。

 

三人の目的自体は別々でも、根幹で達成される事象は変わらず、それにより救われるであろう

人々がいるのも事実だ。過ちを正し、人知れず迫る脅威から人々を守るという偉業を成す。

 

改めて自分たちが行おうとしている計画の賛同者を見つめていると、東條が不安そうに自分を

見上げていることに気付く。彼の用向きを思い出した香川は、眼鏡を指で押し上げつつ語る。

 

 

「今すぐに動かなければならない要件はありません。一先ずは【ライダーバトル】に参加して

いる仮面ライダーから情報を得る事、これを最優先に動きます。ですので、今の間に可能な

限りはオルタナティブの調整と改良を施し、来るべき時に備える必要があるでしょう」

 

「は、はい! 分かりました!」

 

「それと仲村君に、稼働テストのデータ採取が終わったら実戦テスト用のチューニングを

しておいてほしい、と伝えておいてください。清涼祭の数日後に、データを取るとも」

 

「伝えておきます………………やっぱり先生はすごいなぁ」

 

 

香川の言葉に対して、従順とも呼べる態度を見せる東條。彼は自分の中で燻る英雄願望を

昇華させてくれる機会と技術を与えてくれた、唯一無二の恩師として香川を崇拝している。

当然、香川も彼から向けられる視線に尊敬が混じっていた事は知っていたし、また書類など

詳細なデータを渡したとはいえ、複雑なシステム制御を可能にする技能も高く評価していた。

 

基本的に自分がシステム関連に携わっているが、彼らだけでも調整やデータ採取だけならば

問題なく遂行できる。技術者としてレベルが高い事を少しだけ誇らしく思い、香川は東條に

伝えるべき要件は告げたとばかりに白衣を翻して立ち去ろうとした。だが、その足は止まる。

 

香川の視線は廊下の先でも東條でもなく、規則正しく並んでいる窓________反射物に留まる。

ただの光の反射が映りこむはずのそこに、オルタナティブとの仮想契約を施した改造モンスター

である『サイコローグ』が佇んでいた。黒い体表と銀の装甲の異形は、ある方向を指し示す。

 

 

「_________! 東條君、オルタナティブ・ゼロの修繕は?」

 

「で、出来てます!」

 

「分かりました。君は反射する物から出来る限り離れなさい!」

 

 

異形が自分に何かを伝えようとしている事に気付いた香川は、東條にミラーモンスターへの

警戒を怠らないよう指示を出すと、周囲に自分たち以外がいない事を確かめて窓を睨みつけた。

ミラーワールドに佇む異形、サイコローグ。この名前は異形の種族名ではなく、検体名である。

集団で狩りを行うメガゼールやギガゼールといったモンスターは、ゼール種と分類されており、

龍騎のドラグレッダーやナイトのダークウィングにも、近縁種がいるのだと推測されている。

しかしサイコローグという名前の種族は存在しない。この存在は、香川らが捕獲に成功した

モンスターを、データ収集や装備の開発の名目で解剖。その後、正式なライダーバトル参加者

ではない香川たちがライダーとして戦えるよう、疑似的な仮想契約を押し付けた上で科学的な

強化改造を施したのが、サイコローグである。

 

端的に言えば、捕獲したモンスターを洗脳し、改造を加えたのがサイコローグということだ。

 

この香川らによる解剖と改造によって、サイコローグにはミラーモンスター特有の反応現象、

ライダーたちがモンスターの存在を知覚する不快な眩暈や耳鳴りが起こらなくなっている。

故にサイコローグは他のライダーやモンスターに気配を察知されず、契約を結んで変身する

オルタナティブシリーズも反応現象が発生しない。これまで人知れずライダー同士の戦闘を

観察したり、潜伏したり出来たのは、この反則染みた能力の封印が大きな要因であった。

 

反応現象を発現させないサイコローグにはこの学園の生徒、特に仮面ライダー龍騎に変身する

吉井明久の偵察を命じていた香川は、その彼に何かが起きたのだと推測して行動に移る。

白衣の内ポケットに忍ばせている黒一色の長方形の物体、オルタナティブのカードデッキを

取り出して目の前にある窓ガラスに突き出す。デッキに反応してベルトが腰に装着されるのを

確認した直後、右手に持っていたデッキを廊下の天井ギリギリの高さまで放り投げた。

 

 

「変身」

 

 

左足を一歩分だけ前進させ半身となった瞬間、落下してきたデッキを左手で掴み取る。そして

円を描くようにベルトのバックルへと装填し、変身に必要な工程を全て完了した。

 

一瞬の閃光の後に、白衣をまとった眼鏡の男の姿は、黒塗りの鎧を持つ戦士へと変貌を遂げる。

 

機械的かつ人工を思わせる造形の黒い装甲には、各所に銀色の円形のくぼみと培養液を連想

させるような蛍光黄色のラインがあり、目元を覆うバイザー諸共に頭部は黒一色となった。

正規のライダーバトル参加者たる戦士たちは、どこかに契約したモンスターの元である生物の

デザインが組み込まれているのに対し、このオルタナティブ・ゼロには生物的意匠は皆無。

人の手により造られた戦士、無機質に計算され尽くした鎧を纏う男は、己の使命を全うする。

 

 

「吉井明久君は、バトル参加者の中では話が通じやすく、またこちらとしても御しやすい逸材。

ましてや貴重な情報源たる彼にもしもの事が無いようにとの措置でしたが、功を奏しました」

 

 

Fクラス所属の問題児との扱いを受けている吉井だが、彼が抱えている闇は他人に慮ることなど

不可能なほどに深い。そんな彼は願いを叶える為に戦うという点では他のライダーと同じく、

融通が利きそうにないが、まだ青年である彼の心は願いの叶え方自体を良しとしていない。

つまり交渉の余地があり、何より吉井明久という人間の本質は、どこまでも善良であるのだ。

前途ある若者の命と未来を、神崎ただ一人のエゴの為だけに消費させるわけにはいかない。

 

底抜けにお人好しな優しい青年の顔を思い浮かべ、オルタナティブ・ゼロは戦意を滾らせた。

 

 

「…………………先生、なんで笑ってたんですか?」

 

 

だから(・・・)気付けなかった(・・・・・・・)

 

言いつけを守ってここから離れただろう、香川はそう結論付けていた。しかし実際は違った。

オルタナティブ・ゼロが廊下の窓からミラーワールドへ突入した後も、その場に残りぼそぼそと

独りごちる人物がいる事に、俯かせた顔を不快げに歪ませた東條に、もはや誰も気付かない。

 

 

「…………先生。前に僕に言ってくれたじゃないですか」

 

 

乱れた前髪が表情を隠してはいるが、口から漏れ出る言葉の端々から感じる感情は真に迫る。

 

 

昔から凡庸な自分には、誰も振り向いてくれなかった。今でも凡俗な自分に、誰も振り向かない。

だからこそ、内に秘めたる「英雄になりたい」という『英雄願望』は、その在り方を歪ませた。

いや、あるいは初めから歪んでいたかもしれない。元から歪んでいるか否かの判別は出来ないが。

 

きっと、きっと、僕が英雄になったら皆も僕を見てくれる。

きっと、きっと、英雄になった僕を皆は好きになってくれる。

 

周囲にひた隠してきた『英雄願望』だが、香川が計画に誘ってくれた事で自分自身の全てが肯定

されたかに思えるほどの爽快感を得た。故に東條は、香川を恩師として慕うことに決めたのだ。

もう一人の賛同者である仲村と香川と三人でオルタナティブを完成させた時、香川が自分たちに

語り聞かせてくれた言葉は、今も東條の心に刻まれている。もはや呪いと変わらない程に強く。

 

 

『多くを守る為に、一つを犠牲に出来る勇気を持つ者こそが、真の英雄なのですよ』

 

 

東條 悟という人間にとって、その言葉は天啓であり、自らの理想であり、呪詛と成り果てた。

 

素晴らしい格言を与えてくれた恩師は、間違いなく英雄なのだろう。一つを犠牲に出来る勇気を

持っている、英雄と呼ばれるに相応しい人物に違いない。そして、自分もそうでありたい。

胸に灯った憧憬の光はあまりに眩く輝かしい。しかし人は強過ぎる光に、目を細め曇らせる。

 

英雄と呼ばれる為の行いとして少数を犠牲にする場合、多数を守る為という前提条件が不可欠

なのだが、東條は英雄への強い憧れがこの部分を曖昧にさせてしまい、強迫観念だけが残った。

即ち、『大切な何かを犠牲にすることで、自分は英雄になれる』という、欠陥だらけの願望が。

 

 

「…………英雄(先生)にとって、家族は犠牲にしなくてもいいんですか?」

 

 

常に無表情で冷静沈着な恩師が、笑っていた。家族という、あまりに英雄に相応しくない人間的

弱さを持ったままなのに、英雄と呼べるのか。何かを犠牲にしないといけないのではないか。

つまり繋がりを持った家族よりも大切なものを犠牲にしないと、自分は英雄になれないのか。

 

東條にとって肉親は然程大切な存在ではなく、自分を認めてくれた恩師や仲間の方が価値は高い。

そして恩師である香川も家族を切り捨ててはいない。ならば、自分は何を犠牲にしたらいい。

大切なものを犠牲にする、ということはつまり、失ったら悲しいと思える人を思い浮かべれば

自ずと候補は絞られると考えた東條は、辿り着いてはいけない結論に時間をかけず辿り着いた。

 

 

「……………じゃあ、僕は」

 

 

ああ、なんて悲しいんだろう。失いたくない。失ったらこの心はどれだけ痛みを訴えるのだろう。

それでも切り捨てるしかない。失うしかない。こうすることでしか、英雄にはなれないのだから。

 

 

「___________まずは、仲村君からかな」

 

 

香川は、気付くことができなかった。

 

東條の心には既に、取り返しのつかない程に深く澱んだ闇が巣食っていたことに。

 

そして、彼の左手に、群青色のカードデッキが握られていたことに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時の針は少しばかり先へ進み、現在。

 

 

「クソ! 何がどうなってる⁉」

 

 

高級感漂うスーツを着こなした壮年の男性、高見沢は鉄面皮を感情のままに歪ませていた。

彼はこの文月学園が導入している試験召喚システムへの援助者の一人で、今日この日に行われる

清涼祭のメインイベントたる召喚大会を見物する為に、多忙な身ながら足を運んでいたのだ。

祖父の代から続く高見沢グループに益を齎す為の出資の成果を、この目で確かめるという目的に

今も変わりはない。だが、至極個人的な目的が果たせる絶好の機会であるとも確信していた。

何故なら高見沢もまた、己の願いを叶える為に仮面ライダーとなった、バトルの参加者故に。

 

召喚大会を見物中、仮面ライダーの資格者にしか感知できないモンスターの反応に顔を歪めた

直後、なんと自分と全く同じ反応をする生徒を目撃し、半信半疑のままに狙いを定めた。

自身の契約モンスターであるバイオグリーザは、現実世界に生息するカメレオンと生態の一部が

一致する。全身を保護色効果によって周囲の風景に溶け込ませるなど、透明化と見紛う程に高い

レベルの隠密性能を誇り、長く伸びる舌で獲物を遠方から絡め取ることも造作もない。

 

その持ち味を活かすべく高見沢はバイオグリーザに偵察を任せていた。無論、偵察の対象は

仮面ライダーの疑いが濃厚な学園生徒、吉井明久である。

 

普通の人間であればミラーモンスターの存在など知りもせず、仮にライダーだったとしても

透明に等しい保護色による同化能力を持つバイオグリーザを、目視することはほぼ不可能に近い。

さらに吉井明久がライダーならば、気配を極力抑えたモンスターでも数メートルレベルにまで接近

されたら反応現象で存在を感知される。モンスターの存在と居場所を特定されたらビンゴだ。

 

 

(だから俺は気配を察知されたら、体色を風景と同化させて撤退して知らせろと命じたのに‼)

 

 

人間を、もしくはライダーが倒したモンスターのエネルギーを主食とするモンスターの食性は、

契約したとしても変わらない。だが契約のカードを持つ限り、契約者からの命令には素直に従う。

これまでも〝食事〟の催促をしてきたことはあっても、命令を無視したことは一度も無かった。

そうなると、答は自ずと絞られる。聡明な高見沢は一連の出来事を踏まえ、逆説的に解を求めた。

 

 

(モンスターの欲求は基本的に、戦うか喰うかの二種類しかない。連中に睡眠欲が無い事は契約を

結んでしばらくしてからやった実験で証明された。だからここへの視察前に餌は喰わせておいた。

なのにこうして反応を隠す気も無く垂れ流しって事は_________已むを得ない状況にいる?)

 

 

旧校舎側のFクラスへ監視に向かわせたバイオグリーザの反応が、新校舎沿いの体育館内に設置

された召喚大会用ステージにいた自分に感じられたということは、やはりそういう事なのだろう。

何者かとの戦闘状態になってしまった、というのが妥当な線だが、それは不可解だと首を傾げる。

 

仮に吉井明久を喰おうと現れたモンスターなら、ライダーである自分がその存在を感知できない

というのは妙な話だ。同様の理由で、ライダーが現れて交戦という可能性も現実味がない。

ミラーモンスターでも仮面ライダーでも、ましてや監視対象の吉井明久でもない完全な第三者。

未知なる存在の襲来であると結論を出した高見沢は、小走りで来客用トイレへと駆け込んでいき、

スーツのポケットから若草色のカードデッキを取り出し、左手に握ったソレを鏡へ突き出した。

 

 

「………変身!」

 

 

いわゆるサムズアップに似た、親指だけを立てた右拳を右脇から左肩の前へ素早く動かしつつ、

装着されたベルトのバックルに左手でデッキを装填。瞬時に若草色の道化師へと変貌を遂げる。

龍騎たちとの戦闘の際に放つ嗜虐的な嘲笑も悪辣な奔放さもなく、無言のままにミラーワールドへ

突入し、頭の中を直接揺さぶるような反応を頼りにバイオグリーザの元へと全力で疾走した。

 

屋外と違い、目的の場所へは迷う事無く到着出来たのだが、そこで見たものに対し言葉を失う。

何故ならそこには、バイオグリーザの他に、いるはずがないと半ば考えていた仮面ライダーと、

その契約モンスターと思しき異形の姿があったのだ。推測を覆された人間は普通なら思考が停滞、

体の動きすら鈍らせてしまい決定的な隙を作ってしまうのだが、この仮面ライダーベルデは違う。

 

 

【HOLD VENT】

 

 

デッキから瞬時にカードを取り出し、左太腿部にあるバイオバイザーから伸びるキャッチャーに

ソレを括り付け手放し、自動で巻き戻り装填された召喚機からベルデ唯一の武装を召喚した。

彼が右手に持つのは、バイオグリーザの眼球を模したヨーヨー型の武器、バイオワインダー。

目視が難しいほどに細く、しかし強靭な糸で繋がるこの武器を、今まさにバイオグリーザの頭部へ

手に持った大剣を振り下ろそうとしている謎のライダーめがけ、サイドスローの要領で放った。

 

ベルデの目論見通り、バイオワインダーは謎のライダーの手首と剣の柄を雁字搦めに縛り上げる。

腕の動きが固定された事に気付いた相手は、他のライダーたちとはどこか違う黒塗りのバイザーを

こちらへ向けてくるが、次の瞬間、契約モンスターらしい異形がこちらへ攻撃を仕掛けてきた。

見た目以上に素早い動きに驚くベルデだが、問題なく躱せると判断して足に力を込めて一気に跳躍

しようとした直後、謎のライダーが縛られた剣を振るい、それによりベルデの動きも制限される。

 

 

「テ、メェ‼」

 

「相手の動きを封じるという事は、自身の行動の選択肢を狭めるという事になりますよ」

 

「クソが! バイオグリーザ! 俺を守れ‼」

 

 

先程まで2対1の状況で劣勢を強いられ傷だらけのバイオグリーザに、ベルデは素早く命令を下す。

契約のカードを契約者が保有している限り、その命令には逆らい跳ね除ける事は難しい。

そう設定されている(・・・・・・・・・)ミラーモンスターである以上、バイオグリーザもまた契約者の命に従う。

 

ゆらゆらと立ち上がり、スプリング状の逆関節になっている両脚部を軋ませて瞬時に前方へ跳躍

することで相手との距離を一秒足らずで詰め、中空で体を一回転させながら口を開き舌を伸ばす。

最大で600メートルに及ぶ舌を鞭のように操り、ベルデに急接近するモンスターの頸部を絞めた。

そして着地の衝撃を脚部で緩和しつつ勢いよく振り返り、遠心力が加わった舌は弧を描くように

バイオグリーザの正面から背面方向へと動き、捕らわれの異形は校舎内に瓦礫の山を量産する。

 

黒と銀の異形の体がバイオグリーザの周囲を三回転程周った所で、舌による拘束が解かれた為に

慣性の法則が働き、狙いは寸分違わず謎のライダーが立つ場所へと弾丸の如き速度で吹き飛んだ。

さながら鎖に繋いだ鉄球を振り回してから放り投げるといった攻撃法に、謎の戦士は顔を上げる。

 

 

「改造を施して膂力や脚力のみならず、重量まで増したサイコローグをこうも容易く………ふむ。

バイオグリーザ、でしたか。同化能力や擬態能力によるトリッキーな戦法だけでなく、純粋な

戦闘能力も目を見張るものがありますね。これは、データの見直しと再計算が必要ですか」

 

 

飛来する自身の契約モンスターが見えていないような冷静な発言に、ベルデも困惑を隠せない。

すると謎のライダーはバイオワインダーに縛られている右手を軽く引っ張り、互いを繋げている

糸をピンと張った(伸びきった)状態にして、その下から空いている左手の甲で持ち上げた。

さっきと同じように自分の動きを制限するつもりかと警戒するベルデだが、それは杞憂であった。

 

体を半身に逸らし、糸と繋がった右手を頭の後ろよりすこし上に置いて左手の甲から一直線状に

張らせたところに、バイオグリーザが放り投げたモンスターが直撃。諸共に吹き飛ぶはずの結果は

そうならず、謎のライダーは体勢をそのままにモンスターだけがさらに後方へ吹き飛んでいった。

 

 

「何だと⁉」

 

「糸状の物質による防御に、力は必要ありません。支えとなる部分と、伸縮に必要な空間を確保

してしまえば、この通り。テニスのラケットにあるガット、今の働きはアレと同じものです」

 

「チィ……! 科学の実験のつもりか⁉」

 

「どちらかと言えば物理学なのですが、さて。貴方はやはり、この学園の関係者ではない様子

ですね。となると、本日来られたシステム出資者関連の外賓の何方(どなた)かになるわけですが」

 

 

武道の達人もかくやと言わんばかりの正確無比な動作で攻撃を回避した相手。それだけでなく、

こちらの素性すらもどうやってか絞り込んでいるような発言に、ベルデは動揺と焦りを見せた。

しかし、これまで腹の内を見せない狸たちと弁舌で渡り合ってきた手腕は、陰ることなどない。

自分ばかりが情報を抜き取られるのは許さないと心持ちを整え、冷静な態度と共に口を開いた。

 

 

「お前こそ何者だ? 今の口振りからしてこの学園の関係者なのは間違いないだろうが………」

 

「関係者という言葉の広義が共通するわけではないので、否定も肯定もできません」

 

「癪に障る言い回ししやがって…………まぁいい」

 

 

ベルデのホールベントは未だ謎のライダーの右手を剣ごと縛りつけている。不用意に動こうもの

なら、どちらも瞬時に対抗出来うる状況下にあるので、戦闘の続行ではなく会話が始められた。

 

「今更お前も隠そうとしても無駄だと分かってるだろうから言うが、この学園のガキ共の中に

ライダーがいるだろ? 俺はソイツが、少し前に戦り合った龍騎じゃねぇかと読んでんだが?」

 

「仮面ライダー龍騎が…………そうですか」

 

「とぼけても無駄と言ったろうが!」

 

 

顎に手を当て白々しく考え込むような素振りを見せる相手に、ベルデがとうとう業を煮やした。

ベルデからしてみれば、学園の生徒が仮面ライダーであり関係者も(どこか違う雰囲気だが)同じ

ライダーに変わりはなく、間違いなく共闘関係にあるだろうという結論に至るのが当然である。

 

 

「あの龍騎のガキがここにいるってことは、奴はテメェとナイトとツルんでるわけだ!」

 

「ナイト………? ゾルダはともかく、ナイトに関しては初耳ですね。とすれば彼は現時点で三、

いや四人のライダーと接点を持っている事に。貴重な情報を提供していただき感謝しますよ」

 

自らの推理を述べての反応を窺おうとしたベルデだが、逆にこちらの言葉から何かを得たらしい

返答に仮面の奥で苦虫を噛み潰したような顔を浮かべた。

言葉の随所から挑発的なものを匂わせたベルデだが、眼前の戦士は意にも介さず淡々と語る。

 

 

「私が欲しているのは、ライダーバトルに参加しているライダーたちの仔細な情報なんです。

貴方の正体にも関心はありますが、それはまたいずれ」

 

「チィッ………‼」

 

「少なくとも野良のモンスターが学園の生徒を狙っていたのではないと分かり、更には今日

この場にライダーがいたという事実も確認出来たので、今回のところは去るとしましょう」

 

 

ライダー同士は戦わなければならないはず、しかし目の前にいる謎のライダーは徹底して冷淡な

事務的対応をしている。どこまでもちぐはぐな印象を与えてくる相手にベルデの思考が淀む。

そうしている間に一方的な会話を終えた黒い戦士は、手にしていた大剣を破棄して右手を縛る

バイオワインダーの拘束から逃れると、そのまま背中を向けてすたすたと歩き去ろうとする。

 

 

「……………あぁ、達者でなぁ」

 

 

そして、そんな無防備な姿を晒すような相手を前に、ベルデが追撃の手を緩めるはずがない。

 

御高説を垂れて満足している愚か者に向けて、仮面の内側で嘲笑を浮かべたベルデは、物音を

立てないよう慎重な動きで左手をカードデッキへ運び、必殺の一撃を与える切り札を掴んだ。

ゆっくりと、それでいて緩慢ではない程度の速さで抜き取ろうとする直前、背中を向けて歩き

去ろうとしていたライダーが、まるで見切っていたようなタイミングで顔だけを振り向かせる。

 

 

「既にお気付きであるようなので、念の為の忠告を。この学園の生徒の一人は確かにライダーと

してバトルに参加しています。ですが私は今後、彼を説得してライダーバトルに終止符を打つ

真の『英雄』へと導くつもりでいるので、くれぐれも余計な詮索と手出しはしないように」

 

「ライダーバトルに、終止符? 真の英雄だと? 何の話だ⁉」

 

 

語るべきことは語ったのか、謎のライダーは今度こそ振り向かず歩き去ってしまった。

 

校舎の何処かへと消えた先程のライダーに対する怒りに、肩の装甲すら震わせるベルデだったが、

去り際に口にしていった言葉の中に、疑惑を確証へと昇華させるものがあったと気付いた。

つまるところ、この文月学園の生徒の一人、それもほぼ間違いなくFクラス所属の落ちこぼれが

仮面ライダーとしてバトルに参加しているという事実。最早怒りより喜びの方が勝る勢いだ。

 

 

「コイツをネタにあの忌々しいクソガキ、龍騎をいいように使ってやるとするか!

へへへ…………はぁーっはっはっは‼ 大人をナメた代償は、高くつく直々に教えてやる‼」

 

 

これから、もっと面白い事になりそうだ。

 

 

そう呟いたベルデは、傷だらけのバイオグリーザを伴い、ミラーワールドから姿を消した。

 

 






いかがだったでしょうか!

あぁ^~ビルド最高だったんじゃ^~

個人的には、W、オーズ、フォーゼに並ぶ神作だったと思っております。
正義のヒーローたちも、悪の怪人たちも、魅力にあふれてました!

という話はここまでにして、今回はほとんど地の文構成でしたね。
それも心情ばかりを書き連ねた感じの。戦闘パートにもう少し力を
いれておきたかったんですが、中々上手くまとまらなくて………。


さて、久々のあとがきなので何を言えばいいか忘れました!
なので戦わなければ生き残れない次回をお楽しみに!(ヤケクソ)

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