『頼む!彼の力が必要なのだ。どうか我々に力を貸してほしい』
『ならぬ。いかにそなたたちが清廉な目的を持っていたとしてもその願いは聞き入れられん』
『だが…今の私たちには彼の力が必要だ』
『ならぬと言っておろう人間よ。確かに世界の闇を払わなければならぬのは我も重々承知している、だがわかっているのか?そなたら人類に●●●●様が加担するということがどれ程膨大なリスクを孕むか。万が一、●●●●様の身に何かあればそれこそ世界の秩序が乱れる』
『私たちもそれは理解している。しかしどうしても必要なのだ、今の私たちに…この世界に彼が!』
『だから何度も言っておろう!それはならぬと』
『いいさ▲▲▲。そう邪険に扱うことはない話だけでも聞こう』
『●●●●様!?しかし……よろしいのですか?』
『構わぬさ。それに同胞の頼みでもある…さあ、話してみなさい』
☆
「……う……うん………」
目が覚めると木彫りの天井が視界いっぱいに広がっていた。
更に視界の端には、窓から注ぎ込む輝かしい陽光とかすかに開いた窓から入り込む風を受けて無音で波打つ白いカーテン。
それらのおかげでここがどこかの部屋の一室であることは容易に想像がついた。
その部屋に置かれたベッドの上で自分は眠っていた、正確には誰かに運ばれて横たわらせられたと言ったほうが適切だろう。
「…そうか…負けたのか……」
この状況に至るまでの経緯を己の見解で予測すると、腰を起こし横に備えられた化粧台を見つける。
目に届くか届かないかぐらいの茶髪。
草原を彷彿とさせる明るみを帯びた緑の瞳。
ところどころに処置を施されているが、整った容姿を持ち合わせた少年の顔が鏡面には写し出されていた。
「っ!この痛み…間違いない…まだ生きているみたいだな…自分は……」
かけられた毛布から両手を出し何度も手のひらを開いたり閉じたりし、感触を確かめ正常に機能しているのだと認識する。
あの魔術師の高度な魔法の応酬をまともに受けたにも関わらずこの程度の傷で済んだのは、自分の悪運の強さか、はたまた治療した人間の腕が良かったのかは定かではないが、とりあえず命の灯はまだ消えてはいないということだ。
「良かった、あなたも目が覚めたんだ。先生ー!こっちの彼も起きたわよー!」
「そんなに大きな声を出さずともちゃんと聞こえますよ、エルウィン」
唐突に部屋の扉が開かれ1人の人物が足を踏み入れた。
活発そうな声色と共に扉から飛び出したのは、太陽にも負けず劣らずの透き通るように腰まで届くぐらいの金色の髪。
あまりのきらびやかなそれに注視していると、その持ち主が姿を見せる。
刃物にも似た鋭い耳が特徴的な少女だった。
少年は傷付いた体でありながら思考力にさほど影響はなかったのか、それで少女がどういう種族なのかを悟った。
(エルフ、か)
エルフ族は数ある人類の中でも人間に最も近しいとされている種族であり、外見上特有の長い耳以外はほとんど人間とは変わらない。
だが千年近い寿命を持ち、種族すべてが総じて美男美女であるなど人間よりも優れたところもある。
そしてエルウィンと呼ばれたエルフの後から来たのは緑髪の眼鏡をかけた人間の男性だった。
こちらはこちらで学者のような白衣をし、知性的な印象を少年に与えさせる。
「ふむ、怪我は大分よくなっているようですね。完治にはまだ時間がかかりますが、後7日程度で歩けるぐらいにはなるでしょう」
「あのすいませんが…あなたはどちらで?それに、ここは?」
「これは申し遅れました。私はピオス、ただのしがない町医者です。そしてこちらの彼女は」
「エルウィンよ!よろしく……えっと、あなたの名前は?ちゃんと…わかる?」
「…エイル、エイル・ハウランティス」
名を訊ねられ少年はほんの僅かに顔をひきつらせたが、悟られぬように即座に直し若干抵抗があるような小ささで自身の名を呟く。
その声質と反応にピオスは胸の奥に引っ掛かりを覚えたが、すぐにそれを元あった場所へとしまいこむ。
「どうやら怪我以外は何も問題なさそうですね、ここはうたう勇者亭というシルディアの宿です。5日前に街道であなたが倒れていたのを行商人の方々が発見し、ここまで運んでくれたんです」
「ねえ、ちょっと聞いていい?一体何があったの?そんなに酷い怪我…ただごとじゃない」
「!…それは……」
これまで聞き手に回っていたエイルはエルウィンの質問に言葉が詰まった。
自分を襲撃した魔術師はまるでこの世のものとは思えない圧倒的な威圧感をその身に宿していた。
人の内に潜むどす黒い感情をそのまま形どったかのような歪んだ存在感を持った、それは魔術師はとどめの火魔法を放つ寸前に自分は計画の邪魔になると言っていた。
明確な手段や狙いは定かではないが、魔術師はこの先近い未来に何かをしようとしている。
それもこのシルディアが位置するヴァレリア地方全土を巻き込むまでの何かを。
もし自分が息を吹き返したと知れば再び排除を試みるはずだ。そうなった時、確実に居合わせた人物をも手当たり次第始末するだろう。
下手にこれを口走れば眼前の彼女たちを始めとする無関係を巻き添えにしてしまいかねない危険性を帯びてくる。
それだけは避けなければならない
「世話になった…!?」
「ちょっと!まだ動いちゃ駄目よ!」
羽毛がぎっしりと詰まった柔らかな毛布を片手で払い、顔をしからめつつも立とうとするエイルだが、扉に歩き出そうと足を伸ばした瞬間片足が曲がり、バランスを崩して前のめりに倒れ出す。
完全に体が木床に触れそうになる寸前でエルウィンが咄嗟に彼の腕を掴み支える。
「離してくれ…行かなくちゃ」
「行くって…そんな満足に動けない体でどこに行くのよ?」
「わからない、でも行かなくちゃいけない」
言葉を最初から最後まで上手く聞き取れなかったが、エイルの腕を自分の首に回し担ぎながらエルウィンは眉を狭める。
ピオスもそのやり取りを聞きつつ顎に手を当てて考え込む仕草を取っていたが、しばらくしてエルウィンと協力してエイルを座らせようとした。
その時ほんの少しだがエイルの肌に
「何か深い事情があるのかもしれませんが今は我慢してください。今のその状態では歩くのも神経をすり減らすでしょうし、医師としても満足に動けない怪我人を平然と外に送り出すわけにはいきませんから」
直も言いたげに直視するエイルに更にピオスは「それに」とこう付け加えた。
「あなたも何をするにしても、自由の効かない体よりも動きやすい体のほうがよっぽど都合がいいと思いませんか?」
「……」
ピオスのまともな指摘を受け一時は不機嫌そうな顔をしていたが、しぶしぶ納得したのか黙ってベッドに座り込む。
それを見てひとまずは問題ないと判断したピオスは退出し、しばし疑念の視線を送っていたエルウィンも彼に続く。
それから幾分か時が流れ、1人残された物音1つない部屋の中でエイルは己の掌を見つめ、苦い表情で緩やかに乾ききった手を握り消えそうな程弱い声で呟く。
「もう、本当に嫌なんだ……あんなことになるのは」
「うーん…」
「どうかしましたか?エルウィン」
「どうしてあんなに焦ってるんだろうって思って」
エルウィンからしてみればろくに機能しない負傷の身でありながら、単身でどこかへ行こうとするエイルのから何までが理解に苦しんだ。
彼と対面する前に、丁度彼が運ばれたのと時を同じくして自身が保護したシオンという少年と話をしたのだが、あちらは記憶喪失になってしまった点以外は何ら問題はなかった。
「きっと何か事情があるのでしょう、気になるのはわかりますがあまり深く詮索してはいけませんよ。そう気軽に触れては彼も気に食わないでしょうしね」
「それはそうかもしれないけど」
まるで子どもにでも言い聞かせるその言葉にエルウィンは若干口を尖らせたが、それもそうだと思うところはあったのかやがて胸の内で蠢いていたもやもやしたものを捨て去り暢気そうに階段を飛び降りる。
そんな彼女を見てピオスは一瞬笑みを綻ばせるも、次には何事かを考える仕草をした。
(あの時の彼の反応……痛みからきたものにしては不自然すぎる。まさか、これに反応した?)
そんな考えを抱きつつ神妙な面持ちで閉じきっていた片手を静かに開放する。
2頭の竜が各々の尾を噛み合っておりその中心に宝玉らしき石が飾られている指輪、それがピオスの手中にはあった。
(だとしたら彼とこの指輪の因果は何だ?それに記憶を無くした彼ははどこでこの指輪を手に入れた?彼らが時を同じくしてここに来たのは偶然なのか?)
指輪に過剰な反応を示した重傷を負い頑なにその理由を話そうとしない少年と指輪の持ち主であり名前以外の過去に関する記憶の全てを失った少年。
この奇妙な巡り合わせの裏には強力な何かが働きかけているのかもしれないと…
そう思えてならないのは気のせいだろうか
「よもやこんな形で再びこれを目にするとは…神様もいたずらが過ぎる」
☆
聖王国ルーンベール。
人間とケンタウロス族とが共存共栄し、かつて世界を救ったとされる四勇者の内の1人聖騎士ケイロンが仕える国家である。
その国の中心核となるルーンベール王城では歴史上類のない前代未聞の事件が発生していた。
「申し訳ありません、父上。父上には当分この牢獄の中にいてもらいます」
「何をするガラハッド!?このような暴虐な振る舞いをするような者にわしは育てた覚えはないぞ!」
有り得ないと言いたげに瞳孔を開き、声を荒げるのはいかにも王族らしい佇まいに頭上に王冠を輝かせている初老の男性。名をガルディニアス13世
対して鉄格子越しに彼と向き合っている人物はガラハッドと言う。
彼もまた王のなりをしているが、こちらにはガルディニアス13世のような人の上に立つ者としての威厳や品格はない。
しかし年端もいかない顔に不釣り合いな知恵と知識を持ち合わせており、彼の開発した多くの発明品は国民から絶大な評価を得その若さで数々の賞を受賞している程の実力を有している。
「父上には玉座を明け渡してもらいます」
「何だと!?」
「別にさほど問題はないでしょう。ゆくゆくは僕が王位を継ぐことになっていたんです、それがただ早まっただけの話ですよ」
事の発端は数時間前に遡る。
何の前触れもなくルーンベール王国第二王子ガラハッドが大軍を率いて現国王にして実の父親ガルディニアス13世に牙を向け、多数の兵士を率いて玉座の間を強襲。
その場にいた国王の側近は事態を飲み込めないながらも自らが仕える主を守護すべく、奮闘したのだが虚しくも数の差は覆せなかった。
結果として敗北し国王直属の部下は殺害あるいはガルディニアス13世同様地下牢に幽閉された。
俗に言うところのクーデターだ。
「こんな形での王位継承などわしは断じて認めん!わしだけではない、ベルクレールもカイネルもアイラも、喜ぶと思うか!?心から祝福すると思うか!?」
「母さんはもう死んだし、カイネル兄さんに至っては東方の他国に姿を消した。そして……アイラ姉さんももういない」
「!どういう意味だ……答えろ、ガラハッド!」
「さあ?どうでしょうかね」
「待て!ガラハッド!」
食い入るように鉄格子を掴み唾を撒き散らし怒鳴るガルディニアス13世に対し、ガラハッドはあえて煽る言動を見せつけるとそそくさと立ち去る。
そして階段を昇り玉座の間の扉を開くと、所有者を失った王座へと座る。
その瞬間王座の前に並ぶ支柱の1つの影からある声が発せられた。
「いよいよですな。ガラハッド王子」
「そうだね、
「では早速、準備に取りかかりましょう」
「すべてが完了するまでどのくらいになる?」
「8日程あれば間違いなく」
「思ったよりかかるな…まあいい」
もう少し早くの行動を、とガラハッドは望んでいただけに予想に反した返答だった。
しかしよくよく考えてみればそれも悪くないかもしれない。
急いではことを仕損じるという言葉があるように、慎重にことを進めても大した差違はないだろう。
「さあ、始めようか。偉大なる皇帝の偉業への第一歩を」
これからも度々ルーンベールサイドの描写も入れていきたいと思います。
次回もよろしくお願いいたします。後よろしければ感想を下さると嬉しいです。