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エトワール神殿前に大群を形成していた魔物は全てシオンたち3人によって討伐された。
一度倒すだけでは死なないスケルトン、小柄な体躯に合わない強力を持つオーク、そのオークの亜種であり魔法を駆使するオークなど一癖あるモンスターばかりであったが、シオンらはそれらを難なく切り抜け神殿の中核部分であるらしい神竜の間へと進んでいる。
「すごい…こんなに広いんだ」
「全ての神殿がそうとは限りませんがこのエトワール神殿は神竜様を祀っていますから」
「神竜?」
「聖なる力を秘めた竜のことです。太古の昔にヴァレリア地方を闇に染め上げた悪しき獣の神と長き眠りから覚めた神竜様が戦い勝利なさったことで、こうして今のヴァレリア地方があると伝承では言われています」
もう既に双方ここに至るまでの経緯について説明は済ませており3人とも相手の事情は把握している。
それに先の戦闘でも共に戦ったのもあって関係はそれなりに良好と言って差し支えない程度にはなっていて、今はエトワール神殿の神聖な雰囲気と広大さに呆気に取られている記憶喪失のシオンにリュウナが説明をしている。
「このエトワール神殿で生活しているのはその伝承を信じ神竜様にすべてを捧げる意思を持つ方々ばかりです」
「へえ…でもどうしてここに魔物が?」
「わかりません、あまりに突然のことだったので」
そんな話をしながらも歩みを進めていると数刻程度で一段と拓けた場所に出た。
中央の壇上には何かを奉納しているらしい円形の祭壇のようなものがあり更に辺りでは、緑麟の巨体を純銀色の鋼鎧で覆った竜人を始めとした多くの僧兵が床に倒れ伏している。
いずれも傷口から黒緑色や赤黒色い血が止めどなく溢れだし一刻も早く処置を施さなければ生死に関わる大怪我だ。
「ラザラス!」
リュウナは眼前の惨状を目の当たりにし暫し言葉が出てこなかったが僧兵と一緒に横たわる竜人に駆け寄ると、温かな緑の光を発生させ傷を癒す。
その様子を一歩離れた位置で見守るシオンの心境は浮かないものであった。
「…どうしてこんなことを」
-何のためにここまでやるのか
そう胸中では問いかけてみるが納得できる答えが得られないのはあっさりと理解できた。
知能こそあれど理性のない魔物たちにどれだけこの問いを投げかけたところで、無意味なのは一目瞭然だからだ。
しかしだからこそ、それをわかっているからこそやり場のない感情が残って仕方がない。
「……」
「エイル?」
ふと視線を反らすと目を半ば伏せているエイルが映りこむ。
やはり彼もこの惨状に許しがたい思いを抱いているのだろうかと声をかけるが反応がなくこちらを振り向こうともせず、シオンは今一度試してみる。
「エイル、どうかした?」
「あ、ああ。何でもない。それより怪我人をリュウナのところに運ぶ手伝ってくれ、でないと手遅れになる危険性がある」
「う、うん」
そう言いながら傷付き横たわる僧兵をリュウナの近くへと移すエイル。
釈然としない感情が芽生えつつもそれをさほど気にすることも表に出すこともなく、シオンも彼と同様の行動を取り出す。
それからしばらくして、エイルとシオンが僧兵を抱えてリュウナの元まで運び最後の1人を終えた時、
「……う……うう……」
それまで回復魔法による治癒を受けていたラザラスが目を覚ました。
傷口こそ治ったがまだ痛みは残っているのか満足に動かせない体をどうにか起き上がらせた彼は、何度か瞬きをすると自らを治療した相手の存在に気付く。
「リュウナ…どうして…ここに…」
「あなたが心配だったのです。無事でよかった」
「魔物たち…倒したの…リュウナなのか…」
「私だけではありません。ここにいるシオンさんとエイルさんのおかげです」
特徴的な話し方でリュウナに問いかけるラザラス。
何はともあれ両者同じく安否を確認できたと安堵しかけて間もなく、ラザラスが血相を変えて叫ぶ。
「首飾り…!」
「え」
「あいつらリュウナの部屋から首飾りを持ち出した、取り返す」
シオンとエイルには分からなかったがリュウナにはそのラザラスの呟きの意味を察せたらしく眉を潜めラザラスを咎める。
「なりません。あなたはまだ怪我を負っているのですよ」
「その、首飾りって?」
「以前私が身に付けていたものです。どこにでもあるごく普通のものです」
「違う、あれ俺とリュウナの宝物。必ず取り戻す」
しかしラザラスは聞く耳を持たず意地でも、奪われた首飾りを魔物の手から取り返したいらしいと主張した。
その意志は断固たるものでリュウナがいくら言い聞かせてもてんで折れようとせず、それどころかその制止を振り切って自身の身の丈とほとんど変わらぬぐらいの長き斧を携え魔物らの後を追おうとする。
それを見てリュウナは諦めたようにつぶらな瞳を伏せラザラスにいう。
「どうしても行くというのですね…わかりました。ならばせめてシオンさんとエイルさん…お2方と共に行きなさい」
「シオン?」
「ここまで私を守り連れてきてくれた方々です」
「強いのか?」
「ええ、彼と協力して首飾りを取り返しなさい。よろしいですか?御2人共」
「僕はいいけど…エイルはどうするの」
急な指名に戸惑いおどおどしながらもシオンはエイルに同行するのかどうか訊ねると、すぐさま答えが帰ってきた。
「ここにいる。まだこの近くに魔物が潜んでる可能性を考えるとここにリュウナ1人を残して行くのは危険だ」
その考えは正しいのかはさておき間違ってはいないだろう。
魔物たちはあくまでも一時的に退いただけでまた戦力を整えて神殿を制圧すべく来襲してくるというのも無い話ではない。
仮にそうなった場合満足に戦闘ができるのが回復魔法に秀でたリュウナのみになってしまう。
光属性の魔法こそ有効な攻撃手段として持ち合わせている彼女だがそれが効果的なのは死霊…アンデッドの類いが大半であり、それ以外を相手にするとなると単独ではかなり危うい。
そうなるとエイルかシオン、どちらか一方がリュウナと共に待機する必要があるのだが今回その役を買ったのはエイルだった。
「わかった…じゃあここはよろしく」
「そっちも」
エイルが同行しないと知りシオンは自分1人で大丈夫だろうかと、不安になりながらも割り切り、先に向かったラザラスの後を追う。
そんな彼の後ろ姿を見届けたエイルの背に僧兵に回復魔法を使用し出血を止めているリュウナが申し訳なさそうに呟く。
「申し訳ありませんエイルさん」
「何のこと?」
「わたくしのせいでこのような事態にエイルさんを…いえ、あなただけではありません。シオンさんも巻き込んでしまって」
一瞬言葉の意図を理解できなかったが、後に紡がれたそれを聞いてエイルはリュウナの言わんとすることを察する。
「気にする必要はない。首を突っ込んで巻き込まれたのはこっちだから」
「ですが-」
「どうしても謝りたいという気持ちがあるなら回復に専念して。治療が間に合わなかったらそれこそ意味がない」
「……わかりました」
☆
「あれは!」
「間違いない、首飾りを奪った奴ら、リュウナの大事な」
我竜山を下る曲がりくねった山道の途中。
濃緑色に染まった小柄な体格のオークとそれと同じ体色をした蝙蝠が逃げおおせているところに追い付いたシオンとラザラス。
彼らの接近に魔物は各自武器を構えそれらを振り回す。迫る斧や片手剣をシオンは両手剣でラザラスはオークが持つ物よりも格段に巨大かつ重量のある斧で防ぎ、金属同士が音と火花を立ててぶつかり合う。
「わ、わっ!」
「ッ!シオン!」
剣を受け止めたは良かったものの、さすがに指輪の助力無しでは複数のスケルトンの斬撃と己の大剣に走る衝撃に耐えられずシオンはバランスを崩しかけた。
地面に背が接触し固い土と刃に挟み込まれかけ窮地に陥る。
肝が冷え銀の切っ先を見いるシオンをオークを打ち払ったラザラスがその片腕を掴み目一杯の腕力で引き込み最悪のケースを回避することに成功。
「ありがとうラザラス!」
「シオン、指輪!リュウナが言ってた指輪を寄越せ!」
「指輪って双竜の指輪のこと?」
「そうだ!早く寄越せ!」
「でもあれ余り使うと危険なんだ」
「いいから貸せ!」
下手に乱用するなとピオスから釘を押されていたために指輪の使用を躊躇するシオンであったが、そんな事情など当然知らぬラザラスは彼を叱責する。
それでも抵抗がなかったわけではないがそうも言ってる場合ではないのは彼とて重々理解しているため、しぶしぶ指輪を投げ渡す。
だがここである心配事が発生する。
双竜の指輪が果たしてラザラスの指に収まるかという不安だ。
竜人であるラザラスの指は人間の倍近くの太さがあり、とても指輪を填められるとは思えないだろう。
シオンがそう思った途端、指輪は丁度ラザラスの指がピッタリ収まる程度までにサイズを変えた。
「指輪の大きさが変わった…」
「それより、アイツラ倒す」
シオンの驚愕を無視したラザラスが素早く己が指先に指輪を通し始めると、彼ら2人の体を超自然の力が満たしていく。
シオンにとっては既にお馴染みとなりつつある感覚。
穏やかでなよなよとした雰囲気が消え失せ変わりに凶暴性が増大し透ききった黒い双眸は血を彷彿とする赤に変色し、それを強調するように先程力負けしていたスケルトンをただの一振りの元に切り伏せる。
「ああ、とっとと片付けるぜ!ラザラス」
「おう!」
負けじとラザラスも前回よりも段違いの速度と破壊力を持ってオーク数匹を一度に凪ぎ、もろに直撃をもらったそれらは大木に衝突した後幾度か痙攣し絶命した。
その一撃はラザラスに今までとは比べ物にならないぐらいに自らの力が向上したのだと自覚させるのに充分過ぎる程。
「これが、指輪の力」
「そうだ。悪くないだろう、っと!大分減って来たな」
矢の如く飛来してくる蝙蝠を雷を伴った斬撃で両断し撃墜したシオンは残る敵数を見渡す。
必ずしも多くはないとも言え、少なくないとも言えるだけの数。
隊列を組んで仕掛けようと得物を得意気に構えるそれらを前にラザラスが前に躍り出、大きく空気を吸い出す。
「オレに任せろ」
そう言うや否や口元から炎を噴射させ直線上の魔物を焼き付くし灰と化させる。
竜人ならではの芸当を間近で見せつけられたシオンは賛辞代わりに軽く口笛を吹きつつ、火炎を免れた蝙蝠らを雷魔法で打ち落とす。
そして残ったのは目的の首飾りを握り締めたスケルトンのみ。
「あれで最後か」
「返せ、それ、リュウナの宝!」
体格差に脅えているように鈍い動きでありながらも応戦するスケルトン。
しかしラザラスの前には悪あがきにしかならない。
巨大な刀身が頭蓋骨を破砕しその勢いを殺すことなく地表ごとスケルトンの全身を抉る。
もはや塵芥へと変化したそれが手放した首飾りをラザラスは回収すると安堵の表情を浮かべホッと一息着く。
「戻ってよかった」
「そんなに大事なモンなのか?見た感じどこにでもありそうな首飾りだぜそれ」
「そんなことない。コレ、リュウナがオレと初めて会った時に付けてた首飾り、思い出の宝」
「…思い出…ね」
「どうかしたか?」
思い出、その単語をラザラスが口にして間もなく微かながら沈んだ表情をするシオン。
彼の反応にラザラスは首を傾げ目を丸くするが当人はそんなことお構い無しに、神殿への道に踵を帰そうとする
「何でもねえよ。それより用は済んだんだしとっとと戻ろうぜ」
「ああ……!聞こえる、たくさんの足音」
「足音?」
「近付いてくる…こっちだ!」
「おい!ちょっと待てって!」
何かの音を感じ取ったラザラスは原因を確かめようとすべくその音源へと駆け出す。
シオンも彼の言う音は聞き取れないがその背を逃さぬように後に続く。
そうしている内にやがてシオンの耳にもラザラスが感じているのと同様の音が入り込み、前進する度にその音がはっきりとして来た。
一定のリズムで鳴り響く音、金属が擦り合う音、それらの発生源を彼らは視界に捉えた。
それは集団だ。群青と紅褐色の甲冑が隊列を組んで山下の平原一面を埋め着くし、上半身が人間で下半身が馬の人物が2人左右に別れ、武器を交錯させているのが描かれた旗印が掲げられている。
そんな光景がシオンとラザラス、両者の視界一杯に展開していた。
「あれは!?」
「ルーンベール軍だ」
「何だってそんな奴らがこんなところに」
遠征にしては軍の規模が大き過ぎるしそもそもそれならば国旗をわざわざ所持する必要性はない。
それに遠目からではあるが軍全体が緊迫感を放ち、異様な雰囲気に包み込まれている。
その異常ともとれる足取りにラザラスはある仮説を推察させる一言を呟く。
「ルーンベール、攻めて来た」
「攻めるって、神殿にか?にしちゃ豪勢過ぎねえか。もう神殿には戦える奴らは残ってないんだろ?」
「そうだ」
シオンの言う通りエトワール神殿は魔物の襲撃により神殿を守護する役目を担っていた僧兵は全員重体。
現在エトワール神殿にいる中で精々戦力として数えられるのはリュウナとエイルぐらいのもので、シオンとラザラスを数に入れたとしても危ういだろう。
そもそもいくら竜の神…神竜を祀っているエトワール神殿だとは言えども、あれだけの人員を投入するのは過剰としか言い様がない。
おそらく狙いはエトワール神殿ではない、だとしたら他にどこがある?
そこまで思い至ったところでシオンはある結論を導きだし戦慄する。
「まさかあいつらの狙いはシルディアか!?」
「それなら、あの数納得できる」
「だとしたらヤバい、急いで戻って皆に知らせねえと!」
可能性が現実味を帯始め焦りの色を浮かべるシオンとラザラス。
一刻も早くルーンベールの軍勢よりも先にシルディアに到達するため、彼らはまずエトワール神殿へと全力で疾走する。
☆
「ルーンベールが軍を?本当なのですか?」
「あの旗、間違いない」
「聖王国と名高いかの国が一体何故……?」
僧兵全員の治療を終え一休みしようとしたリュウナとエイルにシオンとラザラスからもたらされたのは衝撃の一報であった。
当然これにはリュウナも信じられないと半信半疑の様子だったが、
一方でエイルは口には出してはいないが眉間にシワを寄せている。
(ガラハッドの仕業か…間に合わなかったか!)
こうなる前にどうにかルーンベールへ行きガラハッドの動向を突き止め暴走を止めたかった。
しかしそれは後手となり想定していたよりも最悪な方向に動き出してしまったのだ。
「たぶん目的はシルディアだと思う。だから急いで戻らないと」
「そうですね、わたくしは念のため御神体に結界を張っておきましょう。ルーンベール軍の目的が何であれ御神体に万が一のことが起こることだけは避けたいですから」
御神体を覆うように眩い光の膜が展開されたのを見届けると、五体満足な面々は負傷し身動きのとれない僧兵を担ぎ上げ足早に神殿を抜け出す。
彼らの目指す進路シルディア、そこで何が巻き起ころうとしているのか
この時、誰が予想できただろうか
ラザラスの口調が一番苦労しました。
何せ片言なもんで
次回から本格的にアイラ姫が絡みます。