シャイニング・ティアーズ 緑風の行く先   作:光陽03

7 / 13
漸く7話目です…


episode 6 平和への出撃

その後作戦は夜中に決行されることが通達された。

ルーンガイスト陣地が森寄りに敷かれていて陽動が動くまでしばらくの間、奇襲の二人が隠れ蓑とするのに都合がよいこと。

夜の暗がりがこちらの動きを視覚的に、多少なりとも相手方に察知しづらくしてくれること。

この2つを考慮した結果、作戦時間が決まったというわけだ。

それまではしばしの時間の猶予が与えられているが、のんびりと過ごす余裕と図太さを持った者はいなかった。

始まる作戦に備えて武器の手入れをしたり、シュミレーションを考えるのがほとんど。

一人を除いては

 

(僕は、ちゃんとルーンガイストと戦えるのか…?)

 

 

先刻のブランネージュの言葉の数々がシオンの心に刺さった抜けない矢のような感覚を味あわせ、彼を悩ませていた。

これから刃を交える相手には家族や友人、シオンという人間を知る人がいるかもしれない。

もしも出撃したそんな人に戦場で会ったら、その人は敵となった自分を見てどんな顔色をするのだろう。

敵対した自分を責めるのか、それとも馬鹿な真似はやめろと説得するのか、自分を恨んでいた相手ならばうんともすんとも言わずに斬りかかってくるか、怨嗟の声をあげて殺しにかかってくるか。

どちらにしても彼らは過去の自分を知っての対応を取るはずだ。

しかし自分はその自分を露ほどもわかっていない。知ることもできない。

彼らよりもわかっているはずの自分を、自分はわかっていないのだ。

今の今まで記憶喪失であることにこんなに狂いそうになったことは始めてだ。

 

 

シオンの苦悩に呼応して呼吸は粗く乱れたペースを刻み、首筋からはベタついた冷や汗が浮き出てくる。

悩みで埋めつくされた頭を抱え勇者亭の廊下に蹲っていると、カランと硬い物がぶつかったような透明感のある音が耳に入った。

顔を上げると氷水の入ったコップを持った誰かの腕が見え、ふとその腕を辿るとタオルが飛び込んでシオンの視界を黒く染める。

うわっ、と驚きを表しながら目を塞いでいるタオルをどかし正面を見ると、エイルがいた。

 

 

「ごめん、 余計なことをしたか…」

 

「ううん、そんなことないよ…ありがとう」

 

「気にしなくていい」

 

 

それっきり口を閉ざしたエイルに気まずさを抱きつつ氷で冷えた水を軽く喉に運ぶシオンは目を僅かに伏せ、自分を悩ませている問題を解消するヒントを貰おうと彼に問いかけた。

 

 

「エイルは、自分を知ってる人が敵にいたとしてちゃんと戦える?」

 

「怖いか?戦うのが」

 

 

その質問だけで彼の心境が察せられたエイルがひっそり呟いた短い一言に、シオンは沈黙を保ったまま首で肯定を示す。

 

 

「エイルは怖くないの?」

 

「嫌なら無理に戦う必要はない。ここから先は周りに流されたからなんて都合のいい理屈は通用しない。強制もしないし咎めもしない…今ならまだ引き返せる」

 

「でもそれじゃ-」

 

「卑怯だなんて責めやしないさ」

 

 

今まさに頭に浮かんだ考えを見透かされシオンは全身の隅から隅まで雷が伝わるような衝撃に襲われ、瞳を動揺で震わせた。

そういう気持ちがなかったとは言い切れない。

戦いを決めた理由の裏に自分以外の仲間が胸を張って戦いを決めた流れで、一人だけ引き下がれなかったというのもあった。

 

 

 

「怖いと思うのは人間として当たり前の反応だ。そう自分を隠す必要はない。戦いなくないのなら戦わなければいいし戦う意志があるのなら戦えばいい…どちらを選ぶのかは誰でもない自分の勝手…好きにすればいい」

 

 

温かみを帯びた語気でシオンを諭すエイル。

出会ってからそれなりの時間同じ場所に身を置いていたというのにこれだけ流暢に長々とエイルと何かについて話したのは初めてだ。それが非日常な内容であったのが残念でならないが。

 

 

「考える時間はまだある…がそう長くはない。それまでに自分の身の振り方を決めたほうがいい。それでどうしても戦いを拒むならすぐにでも立ち去るんだ、そして二度とこの地に来ないことだ」

 

「エイル…」

 

 

投げ渡されたタオルで肌にベタついた汗を拭き取るのも忘れて、シオンの目線はエイルを捕まえて放そうとしない。

当の彼は踵を返しシオンから遠ざかろうと歩き出したが曲がり角に入る前に言い忘れたことがあったようで、背を向けたまま投げやりな口調で呟く。

 

 

 

「……それと一つ言っておく、僕は君が思ってるような大層な人間じゃない」

「そんなこと…」

 

 

すかさず否定しようとするシオンであったが二の句を告げる前にエイルは歩みを再開し、その姿はシオンからは見えなくなる。

再び一人となったシオンは壁に体を預けもたれ落ちると、手中でほとんど溶けつつある氷の入ったコップを哀愁のある瞳で覗く。

 

 

「僕は一体どうすれば…」

 

 

 

シオンとの話を終えたエイルは自室に戻ると中に通じる扉の前に見知った顏がいるのを目撃し、周囲の人の存在を確認する。

そして自分とその人物以外に付近には何者もいないと分かると目前の相手の名を紡ぐ。

 

 

「何か用かなブランネージュ」

 

「少し言いすぎたと思って…」

 

 

目を伏せながらブランネージュが言った内容は僅かであったものの、エイルにはそれだけで何を言いたいのかおおよそ検討はついた。

 

 

「言い過ぎるくらいが丁度いいさ。中途半端に思ってもない言葉を言ったところで意味がない。相手を思ってるのなら尚更…」

 

「……そうかしら……」

 

「シオンもエルウィンも分かってる。分かってるからこそ腹正しいし正直に認めたくない…今は素直になれないだけ」

 

 

ブランネージュの悩みも理解できぬ話ではなかった。

彼女もシオンと同じく不安を抱えていて、それと真っ正面から戦っている。

ただシオンの不安とは少々異なる別種の悩みだ。

未知への恐れ自分への不安定な自信の揺らぎが主だったシオンに対して、ブランネージュは毛色が違う。

無関係な人間に首を突っ込ませたくない反面、多くの仲間を欲する自分自身の矛盾。

それが彼女の胸から突っかかって離れない悩みの種なのだろう。

 

 

「頼れとまでは言わない。ひとまず皆がどんな答えを出すのか見てくれないかな…」

 

「だいぶ信頼してるみたいね…それほどまで親しい仲には正直見えなかったけれど」

 

「からかうのはやめて欲しいな…信頼なんて綺麗な言葉じゃないよ…ただの個人的な願望くらいと思ってくれない」

 

 

艶々な唇を動かし、先程とは別の顔つきをするブランネージュにエイルは顏を合わせずにそう返す。

暫しの時間そのままの状態で立ち尽くしていた二人であったが、不意にブランネージュが見下ろすように右下を見る。

何があるのかと釣られてエイルも視線を移動させると、こちらを真っ直ぐ見上げているエルウィンに気付く。

彼女の注目している先はエイルというよりブランネージュに目が行っている。

だがすぐに風船のように頬を膨らませて何処かへと立ち去っていく。

エルウィンがいた辺りを眺めていたエイルの視界の端は微笑をしているブランネージュを目撃し、彼女は小馬鹿にするような口調で呟く。

 

 

「あなたの言った通り子どもね…見てるこっちが可笑しくなるぐらい」

 

「子どもなんてそこまで言った覚えはないよ。でも、面白くはある」

 

 

エルフ族とは排他的で生まれ育った森からは一歩足りとも出ようとしない種族で、森の外で見かけるだけでも希少なのだ。

自分たちよりも生きている年数が桁違いのはずなのに自分たちより子どもっぽいエルフなど、大陸中を探してもエルウィンぐらいしかいないだろう。

そんな彼女のアンバランスなところがブランネージュとエイルには可笑しかった。

 

 

「…戦場に出ればルーンベール、いやルーンガイストと一戦交えることになる。君にとって一番やり辛い相手だ…本当にいいの?」

 

「他人に偉そうにしておいて自分はやれないなんてそんな馬鹿らしい話ないじゃない」

 

「そうか」

 

 

眉を微動だにせず言葉を返すブランネージュにエイルは用が済んだとばかりに背を向け、自室のドアノブに手を伸ばす。

ギィと無機質な音が鳴りエイルは言い忘れたことがあったのか、半開きになったドアの前に立ち尽くし背後を振り返らずに言う。

 

 

「余計なお世話かもしれないけど言わせて…死ぬな…君の命は君が思っている以上に重いものだ…」

 

「…言われなくてもわかってるつもりよ」

 

 

それで言いたいことを言い終えたエイルは瞼を伏せ室内に入り普段通りにドアを閉ざす。

小窓から差し込む夕暮れ時の熟れたオレンジに似た陽光が唯一の光源であり、彼の横顔を鮮明に照らす。

 

「死なせはしない」

 

エイルの瞳は奇しくも夕焼けと同じ灯火と揺らめきもしない決意を秘めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

星一つない暗闇の森。

その一角にルーンガイストの野営地が敷かれていた。

奇襲の役目を担ったブランネージュとシオンは陽動のメンバーより一足先に作戦現場に到着し、茂みに身を隠しながら敵の陣地を伺っている。

駐屯する兵士たちにはいずれも緊張感は欠片もなくシルディア側の抵抗など予想もしていないようだ。

 

 

「お気楽なものだな。いくら抵抗がないとはいえ敵対国家の領土でこうも警戒が緩いとは」

 

 

もっともそのおかげで想定していたより手際よく来れたわけだが、そう己に付けたしブランネージュは黙ったままの同行者に小声で囁くように訊ねる。

 

 

「てっきり怖じ気づいて来ないと思っていたがな」

 

 

シオンを尻目に皮肉るブランネージュ。

しかしその皮肉に対する反応も返答もない。

 

 

「まだあちらは動かないか。こちらが早く着きすぎてしまったからな…あちらが行動を開始した時私たちも動くぞ。当てにはしていないがせめて自分の身ぐらいは自分で守れよ……おい聞いているのか?」

 

 

おかしい。

ここまで言われてうんともすんとも返事をせず、身じろぎすらしないとはおかしすぎる。

 

 

「おい聞いているのか!」

 

「え、ああごめん」

 

 

敵に感付かれぬようできるだけ音量を下げてかつはっきり耳に届くように言うと、シオンはやっと気付いた様子で短く言葉を返す。

既に戦場にいるにも関わらずぼうっとしたシオンの態度にブランネージュは怒る気力もなくし、呆れ返らざるを得ない。

 

 

「まったくそんな様子ではますます頼りにならんな。やはり置いてくるべきだったなお前は」

 

「そんなことは」

 

「目前に敵がいるこの場にいても尚答えを出せぬ者などどれだけ強力な力を持っていようと足手まといにしかならない。迷いを持たぬ兵士数人弱とそれらより優れていても戦場で迷いを払拭できぬ兵士、お前ならどちらが信頼に値するか選ぶとしてどちらを選ぶ」

 

 

反論しかけたシオンを圧倒するブランネージュの剣幕に、シオンは気圧される。

一瞬が永遠と錯覚する時の牢獄に閉じ込められたような狭苦しさに圧迫される感覚を抱いていると、金属音が警鐘のように鳴り、ルーンガイストの兵士たちが慌ただしくなる。

 

 

「どうやらあちらが動いたか…お前はここで引っ込んでいろ」

 

「いくよ僕も」

 

 

その言葉に陣地に向かおうとしたブランネージュは静止し、この場において初めてシオンの瞳を一心に見つめる。

 

 

「君に言われてエイルに言われて気付いたんだ。戦うのは怖いし、戦う敵の中に僕のことを知っている人がいるかもしれない…でもそれ以上に守りたい。記憶のない僕が唯一知ってるシルディアの街を、ヴァイスリッターの仲間を…僕にそれだけの力があるなら守りたい」

 

 

顔つきが変わった。まだ迷いを捨て去れずとも

 

 

「もし信じてくれるなら指輪を嵌めて。ものすごい力が沸き上がるんだ」

 

 

指輪の件はヴォルグやピオスが話していたのを小耳に挟んでいたためにどんな代物なのかは、ある程度は知っている。

何らかの魔法が秘められておりシオンの言うとおり絶大な力を得られるが、シオンの性格が粗暴な人格に変化することも。

ブランネージュはシオンの手から指輪を摘まみ表面を注視するとゆったりとした動作で指輪を嵌める。

 

 

「っ…これは」

 

 

体の奥底から膨れ上がる活力が沸騰し爪の先に至るまで全域を駆け巡る。

不思議と密接な関係にある魔法に深く精通する魔法使いだからこそ確実に言える。これはとんでもなく躾が必用な虎の子であると

 

 

「これがこの指輪の力…末恐ろしい代物だ」

 

「驚いたでしょう?私も最初は同じ気持ちでした」

 

「ああ…」

 

「どうかしましたかブランネージュ?」

 

「それはこちらの台詞だ。荒々しくなると聞いていたぞ」

 

「どうやら今回は違うようですね、ブランネージュだからでしょうか」

 

 

先刻とは言葉通り人が変わったように恭しく畏まった物言いをするシオン。

人格が変化すると聞いていたが想像していた人格とは正反対の境地にいるような印象を強く与える。

それに一人称が僕から私へ変わっているのも驚きの一つだ。

 

 

「ブランネージュ、私はルーンガイストの行いが許せません。彼らに如何なる事情があるのかその心意は図りかねます。しかしどんな理由があるとしても彼らの行為は横暴なものです。私はそんな理不尽と戦うためにこの力を戦いに使います」

 

 

怪しげな催眠術にでもかけられたと疑念を持たざるを得ないぐらいに、素の性格とのギャップがありすぎてブランネージュはこの上ない間の抜けた顏をしてしまった。

 

 

「さあいきましょう。敵を引き付けてくれている団長やエルウィンたちの頑張りに報わなければなりません」

 

 

シオンが敵陣へ乗り込み大剣を振り回す。

数拍遅れてブランネージュも茂みから飛び出し敵陣へと

手に汗滲む杖をぎゅっと掴み得意の氷魔法を詠唱した。

 

 

 

「こいつら、シルディアの連中か!?」

 

「奴らめ、我々に奇襲を仕掛けるとは味な真似を…」

 

「伝令!追撃に出た半数をこちら戻せ!」

 

「遅い!」

 

 

弓兵が弓の弦に矢を仕込むより先にブランネージュが精製した氷の刃が、天より降り注ぎ兵が固まっていた地点を穿つ。

 

 

「魔女め、接近戦に持ち込め!この手の魔法使いは接近すれば倒すのは難しくないはずだ!」

 

「残念ですがそうはさせませんよ」

 

 

再度詠唱する間を狙い雪崩のような勢いで迫る兵士たちに戦場には不釣り合いな落ち着いた声が響く。

横一閃に振るわれた雷光の軌跡が兵士から血潮を奪い取り、今しがた兵士を殺めた大剣の持ち主は刃に染み付いた血を振り払うとブランネージュに言う。

 

 

「お前…」

 

「余計なおせっかいだとは思いましたがあなたに何かあってはなりませんからね」

 

「脅えていた奴がよくもそんな口を言えるな」

 

「さっきまでの私はそうでした。しかしもう私はあなたの前で弱腰を見せませんよ」

 

「ほう?なら見せてみるがいい。お前の戦いを…私が直にこの目でしかと見届けてやろう」

 

 

命を刈り取る死神の氷が地面に突き刺さり、弾ける雷撃の刃がぶれのない直線を描いて障害を凪ぎ払う。

シオンとブランネージュは瞬く間に兵士の数を減らし遂に残りを片指で数えられる程度までに追いやった。

 

 

「後もう少しですね」

 

「纏めて片付けるぞ私に合わせろやれるな?」

 

「もちろんです」

 

互いに詠唱を口ずさみ同調したかのように魔法を一斉に放つ。

氷面に雷を走らせた柱が地中より出でて残存の兵全員を餌食にする。

氷雪が土に被さり溶け始めた頃にはシオンとブランネージュの役目は終わっていた。

 

「終わりましたね。あちらの団長たちも同じようになっていればよいのですが 」

 

「…一つ確認したいことがある」

 

「何でしょうか?」

 

 

リスクの高い陽動役を担った仲間たちの成果をシオンが気にかけていると、無言の亡骸と成り果てた兵をじっと目の端に留めるブランネージュが重たい口を開く。

 

「この程度はまだ序の口にすぎない。これから先今より大きな勢力をルーンガイストはシルディアに寄越してくる。それでもお前は戦いから身を引かぬ気か」

 

「今の戦いで私は実感しました。指輪の助けがなければ少ない数でルーンガイストとは渡り合えないと」

 

「指輪の持ち主であるからといっても戦いに参加する義務はない」

 

「いえ私を戦いに参加させる動機は義務などではありません。先程も言ったように私は仲間やシルディアの人たちを守りたいのです」

 

 

ブランネージュの語気に変化が訪れいたのをシオンは直感的に見抜いていた。

刺々しさが軟化したというか気遣いを言葉に出してくれるようになったというか、とにかく自分に対する捉え方が変わったとだけはわかった。

 

 

「これで納得してもらえたでしょうか?」

 

「ひとまずところはそういうことにしといてやる…よくやった」

 

「…ちょっと待ってよブランネージュ」

 

 

尊大な言動は変わらずであったがシオンは充足感に満ち足りていた。

ブランネージュが指輪を外し投げ渡すと足早に前を過ぎ去り、元の性格へ戻ったシオンも後を追う形で立ち去る。

 

 

 

 

 

その少し前。

陽動に務めるヴォルグ・エイル・エルウィン・リュウナ・ラザラスの総勢五人は、夜営地より誘き寄せた先遣隊と戦いを展開していた。

その数はざっとみ半数以上はいる。

陽動の役目としては上々の結果だがここから更に生き延びなければならない。

戦闘経験者がヴォルグしかいないのは手痛く、敵の目は女性であるエルウィンとリュウナに集中していた。

ヴォルグは両の腕に当て嵌めた鉤爪で長剣を防ぎ、兵士の懐へ隆起した筋肉が頑強な獣人による膝蹴りを柔肌に陥没させながら舌を打つ。

数で勝り少数の障害を同時に相手する場合において、まず先に弱い者から潰し残りを一斉に全員で始末する。

戦術としては最適であるし仮に自分が敵軍の将であったとしても自軍の負担を減らすために、そう指示するだろう。

ヴォルグとて薄々そうなる可能性は頭に浮かんでいたしそれを見越して、ラザラスとエイルにはそれぞれリュウナとエルウィンを護衛するよう事前に命じていた。

最善の指示だとヴォルグも驕りではないが自負していたものの、それでも数の差を易々覆すのは不可能。

物量を盾に攻めるルーンガイストの兵士にヴォルグは想定していたより苦しめられていた。

 

 

「エルウィンそれにリュウナ!絶対にラザラスとエイルから離れんなよ!」

 

「はい!」

 

「心配するな、リュウナ、オレが守る」

 

「そうは言ってもこんなにいっぺんに来られちゃ…!」

 

 

どこもかしこも矛先を突きつけんと、躍起になる兵士で埋め尽くされていた。

 

 

(…もうこれでいなくなってよ…)

 

 

エルウィンがいくら矢を脹ら脛や上腕骨を射ぬこうとも一向に勢いは静まるどこもをしらない。

むしろ四肢のいずれかを射ち抜かれた者すら片足を引き摺り、肩に突き刺さった矢をぞんざいに投げ捨てまた剣を握り進軍して来ているではないか。

ルーンガイスト軍と遭遇してから今現在に至るまで彼女は一度足りとも急所に狙いを定めていないし、誤って当ててしまったことも今のところはない。

彼女が弓を引く的はいつも魔物で人に害をなす凶暴な種に限り、弓もあくまで自己防衛用の武器として携行しただけにすぎない。

記憶に新しいのはコルレオニス城から逃亡しようとした盗賊を押さえるために矢を引いたことだが、動きを封じる程度で命を奪う気など更々なかった。

 

今この瞬間エルウィンの胸中に去来したのはそのような迷いから生まれた物であった。

その感情をリュウナもまた抱いておりラザラスも彼女に極力敵兵を近づけぬよう、自らの頑丈な体を活かした傷を省みない戦い方をとっている。

しかし敵も必死だ。そんな悠長な余裕などない。

 

-殺らなければ殺られる

 

頭の悪い表現だが嫌らしいまでに戦の本質を表していると言える。

決めたはずの覚悟が揺れた隙を突いたように、ラザラスとヴォルグの攻撃範囲外に居合わせた片手剣を構えた兵士がエルウィンへと斬りかかる。

 

 

「まず一人ィィ!」

 

「敵!?だめ…間に合わない!」

 

 

真後ろから飛びかかる敵兵の存在に意表を突かれたエルウィンは矢を引き絞るも、照準を合わせる時にはもう手遅れであると悟っていた。

おのずと結果が見えていたエルウィンはせめて視線を合わせてなるものかと力強く目を瞑り、なけなしの逃避を図る。

頬にべったり張り付いた冷たい液体。

それが自身の体から溢れ出たと信じて疑わなかったエルウィンであったがいつまで経っても痛覚が伝わってこない。

おそるおそる瞼を開けると足元には喉笛を切られ白目を剥いた自らを両断せんとした兵士、そして草原を表す緑の衣服に帰り血を浴びたエイルの姿。

剣の先から流れる赤黒い血を見た瞬間、何が起こったのかを瞬時に思い知らされた。

 

 

「そこでじっとしているんだ…」

 

 

顔色すら変えずに無機質な音でそう言い放つエイルは衣服にこべり付いた血を拭おうともせず、近場の兵士の剣をはたき落とし次の一振りであっという間に切り捨てる。

一筋の乱れもない繊細なまでに綺麗な太刀筋にエルウィンは寒気がした。

剣筋が走り、鉤爪が鎧を貫き、斧が唸りをあげる、その度に切り裂かれ吹き出す赤い飛沫と散りゆく多くの命。取り繕うまでもなくその行いは人殺しと呼べるそれだ。

しかし非難することなどエルウィンには、いや彼女以外の他の何者もできはしない。

それらは全て必用な行為だからだ。

自分たちにとっての大切な何かを脅かす存在から守るためにはそれしか選択肢はなく、またみすみすこんなところで果てるわけにもいかないのだから。

 

 

「これが戦い、戦争というものなのですね…」

 

 

リュウナが悲哀の色を匂わせた声で呟いた言葉はエルウィンにもひどく突き刺さって聞こえた。

そんな一方でヴォルグらは着々と兵士を潰し残存する兵士も勝ち目がないと見たか、我先に羽虫のごとく逃避を開始した。

誰も追撃する動作を微塵も取らずに、各々の武具を下げ緊張を解すべく一息ついた。

 

人殺しが正当化される環境を恐ろしい程目の当たりにしたエルウィンとリュウナはやりきれない思いに唇が切れるまで歯噛みした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…もっと……それでいい……」

 

「…ネージュ…こっちも……」

 

「ちょっと…それは……」

 

 

翌朝、戦の疲れもあってかだるさを感じたエイルはふと屋外から飛び込む奇妙な音を耳にする。

耳を澄ましてみると金属同士がぶつかり合う音だけでなく、何やら話し声も入ってくる。

何だろうかと身支度を整え階段を下って、勇者亭の外に出るとそこにいたのは

 

 

「おはようエイル」

 

「おはようございますエイルさん」

 

「エイル、おはよう、早起きだな」

 

「おっはよー!エイル!」

 

 

シオン、リュウナ、ラザラス、エルウィンが口々に起床したばかりのエイルに言う。

それぞれ手に剣や杖、自らの武器を握りある者は呼吸を乱し、ある者は重たい目を擦りながら仮想の敵を想定したと思われる、木製で作られた人間の成りをした的に矢を命中している。

日が昇り始めたばかりの明け方に彼らが集まって何をしているのか、エイルが素朴な疑問を放つと彼の後ろからそれに答える声がした。

 

 

「揃って何をしているんだ。こんな朝早くから」

 

「特訓だそうだ」

 

「ブランネージュ、君もか」

 

「昨日戦いの後稽古をつけてくれと頼まれてな」

 

 

ブランネージュによると昨夜の戦いの直後彼女の自室までエルウィンとリュウナが鍛えて欲しいと頼み込んできたらしい。

最初はその二人だけだったのがたまたま素振りをしていて居合わせたシオンとリュウナを探しに来たラザラスも加わったとのこと。

 

 

「何故そんなことを」

 

「昨日はあたしのせいで迷惑かけちゃったから。自分のことぐらい自分で面倒みないとダメだって思ったの」

 

「私も自分のいたらなさを思い知らされました。戦いの中で私はどうあるべきか昨日エルウィンさんと共に考えたのです。まず自分の力で生きることが何より大事であると」

 

「それでブランネージュに頼んだと…いいの?昨日まで-」

 

「シオンもエルウィンもリュウナもラザラスも昨日とは違う。きちんと自分なりに答えを出した結果だ…確かに昨日までは断固として認めなかったが今は違うさ」

 

 

ブランネージュの言葉にエイルはそうか、とだけ返すと眼前の面々を見つめる。

その言葉からするとどうやらブランネージュは彼らを共に戦う仲間と認めたということだろう。

誰も双眸に今までにない力強さを宿し顔つきが昨日にも増して逞しく見える。

もちろん一晩明けたぐらいで実際そこまで大きな変化はない。だがその小さな変化は目を見張る程に活気を促す変化であるという認識がこの場にいる全員が身に深く根付いていた。

 

 

「そういうことなら僕も入れてくれないか?…皆がいいならお願いしたい…」

 

 

遠慮がちに呟かれたエイルの言葉はシオンたちの耳に明瞭に行き渡り、場の空気が一気に心地よい方向へ変わった。

 

 

「うん!僕らもお願いしようと思ってたところだし。ね?」

 

「もちろん歓迎するわ。その代わり遠慮なんかしたら許さないからね」

 

「頑張っていきましょう皆さん!」

 

「リュウナが嬉しいなら、オレも嬉しい」

 

「だそうだ…そうだ、どうせならヴォルグ団長にも掛け合ってみたらどうだ?私が教えられるのは魔法の基礎と応用ぐらいだ。戦いの経験者から学べることは私などより価値のある物を得られるだろう」

 

「それいいかも!じゃあこれから皆で団長のところに行ってみようよ!」

 

「今はよしたほうがいいんじゃない?たぶん怒られそうな気がするし」

 

 

一つの大きなわだかまりを経て一回り成長した彼ら。

この先に待つ結末がどんな末路であろうときっと乗り越えられると、この時はそう信じていた。

 

 

 




次回はゲーム通りドワーフとの対面です。お使いイベントとかなら省略したいけど後々一回だけとはいえそれなりに大事な場面に絡んでくるから省略しづらい…
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。