ヴォルデモートに死ぬほど愛されています、誰でも良いので助けてください 作:カドナ・ポッタリアン
そこにいたのは、他の誰でもないアイルだった。ハリーの大好きで大切な姉が、その場所にいたのだ。血だまりの上に倒れているのは、よく見るとルシフだった。まだ辛うじて息はあるようだったが、このまま放置していれば死ぬだろう。
ハリーは嬉しさのあまり叫ぶ。
「お姉ちゃん! 無事だったんだね!」
「…ハリー?」
久しぶりに聞くアイルの声。自分の名前が呼ばれた事が嬉しくて、ハリーは顔を高揚させた。急いでアイルの元へ駆け寄った。すると、大きな鏡の正体が分かった。あの「みぞの鏡」だ。ダンブルドアが別の場所に移すと言っていたが、まさか此処だったとは。
すると、アイルは心底嬉しそうな顔をした。
「ハリー、あぁ会えて嬉しい。おいで!」
「うん! …あれ?」
ハリーはアイルに駆け寄って抱きつこうとしたが、ある事に気がつき体の動きを止めた。
「どうしたの? ハリー」
「…お前は、お姉ちゃんじゃない!」
ハリーは杖を抜き、アイルに向けた。すると、彼女は一瞬焦ったような表情を浮かべたが、すぐにいつもの優しい笑顔を見せた。
「ハリー、冗談キツイよ。折角会えたのに…」
「冗談じゃない! お前はお姉ちゃんじゃない!」
「…」
途端、彼女からは笑みがフッと消え去った。ハリーを憎たらしそうに見つめ、彼女もまた杖を構えた。アイルのこんな顔は初めて見た。今までどんな時でも笑顔を絶やさなかった姉は、この場にはいなかった。
アイルはハリーをギッと睨み付けると、小さくため息を漏らした。
「やれやれ…此処までアイル・ポッターの事を分かっているとは。姿だけでは騙せない、という事か」
「お前は誰だ! お姉ちゃんを返せ!」
「君の姉は僕だぞ。まぁ正しく言えば、僕がアイルの体を少し借りているだけだけど」
彼女は楽しそうに笑った。暗黒時代のあの人を連想させる口調だ。しかしハリーはそれが誰か分からず、このアイルが一体何なのか想定もつかなかった。
「あの男の体は窮屈でね。しかし、アイルの体は美しい。魔力も強く、この僕でも驚くぐらいの才能と人望を備え持つ…素晴らしいよ」
「お前は何者だ」
「僕? 僕はそうだね…『例のあの人』こと、ヴォルデモート卿かな?」
その言葉を耳に入れ、ハリーは驚いた。あの闇の帝王が、魔法界を恐怖に陥れた闇の魔法使いが、ハリーの両親を殺したあの殺人鬼がーー今姉の体の中にいるのだ。考えただけでも吐き気がしてきた。
「汚らわしい! 僕のお姉ちゃんの体を!」
「返して欲しいかい? まぁ僕としては、このまましばらくアイルを堪能しても良いけども…僕の条件を飲んでくれるなら、返してあげても良いよ?」
「…条件って?」
「良い子だハリー。じゃあ、まずは杖を下ろせ」
今ヴォルデモートの言葉に従っていないと、アイルは二度と戻らないかもしれない。傷ついたルシフを尻目に、ハリーは杖をゆっくりと下ろした。アイルの姿をしたヴォルデモートは、鏡の左側に身を引いた。
「僕は今は霊体みたいなモノだ。だから、永遠の命を手に入れなければならない。クィレルの時は、体自体を乗っ取る事が出来なかったから、定期的に『ユニコーンの血』を飲んでいたけれど、アイルの場合は体を乗っ取る事が出来たんだ。恐らく、魔力の器が大きいから僕を受け入れる事が出来たのだろうね。実に面白いよ」
「それで、何がしたい」
「ダンブルドアは、この部屋に『賢者の石』を隠した。完全な体に戻るためには、一時期それから出る『命の水』を飲んでいなければならない。僕は何をやっても手に入れられなかった。でも君なら…できるだろ?」
「…」
「鏡を見たら分かるんじゃないのか?」
ヴォルデモートの言った通りに、ハリーは鏡を見た。そこにはアイルは映っておらず、自分がいた。すると、鏡の中の自分は楽しそうにニヤッと笑うと、ズボンのポケットの中から何か赤い石を取り出し、そしてもう一度中にしまった。と同時に、ズボンの中にズシッとした感覚があった。
そう、ハリーは手に入れてしまったのだ。永遠の命をもたらし、あらゆる金属をも黄金に変える事の出来る伝説…『賢者の石』を。
「早いな。もう手に入れるとは」
「何の事だ?」
「君の心は読みやすい。とても単純なんだ。『賢者の石』は…そのポケットの中か。渡してもらおうか。そうすれば僕は体を創造出来るし、君の大好きなお姉ちゃんは返ってくる。魅力的な取引じゃないか」
「…」
「ゆっくりと、歩いて来るんだ。杖は捨てろ」
ハリーは歯を食いしばりながら、杖をその場に置いた。そしてポケットから『賢者の石』を取り出し、ヴォルデモートに向かって歩き始めた。渡そうと『賢者の石』を持った手を差し出し、ヴォルデモートがニヤリと笑ったと同時に、突然アイルが苦しみ始めた。まるで、何かと戦ってでもいるように。
アイルの動きが止まった。すると、途切れ途切れに何かを言い始めた。
「ゔ…がぁ…は…ハリー…渡じちゃ、ダメだ」
「お姉ちゃん…?」
「私は…大丈夫だ…問題…な、い!」
「フラグだ絶対大丈夫じゃない。お姉ちゃん?!」
「ヴォルデモート! 私は…アンタ何か…怖く、も何ともな…いん…だから! 死だって私は…ハァ…ハァ…甘ん、じて…受け入れるわ!!」
するとアイルは何をしだすかと思えば、杖を自分の腹へと突きつけ叫んだ。
「『ターヴェル・スヴァイト! 永久の光よ!』」
杖からは大きな光の筒が飛び出し、アイルの腹を貫いた。口から血を吐き、腹からは彼女の瞳と同じ真っ赤な液体が迸る。ハリーは急いで駆け寄ろうとしたが、アイルが手で制した。涙を流しながらハリーは訴える。
「何してるんだよ!」
「ハハ…こいつを復活させるくらいな、ら…寧ろ、私が犠牲に…」
「何て事するんだよ! お姉ちゃんが死んだら僕も…僕も…」
「えっ…?」
「僕も死ななきゃいけないじゃんかあああ!!」
「は、りー…?」
ハリーは走ってアイルに抱きついた。途端にアイルの力が抜けて、ハリーに寄りかかった。ハリーのローブに、ジワジワと鮮血が染み、冷たくなっていった。意識朦朧のアイルを支えて、ハリーは囁いた。
「お姉ちゃんは、僕の生きる糧なんだよ。僕はお姉ちゃんがいないと生きていけない。お姉ちゃんだけが、僕の大切な人で大好きな人だから。僕は、お姉ちゃんがいるから生きていける。僕は、『お姉ちゃんの笑顔を守る』っていう使命があるから生きられるんだよ? 使命…いや、生きる目的。お姉ちゃんのいない生活を送って僕、気がついたんだ。僕にはお姉ちゃんが必要だって。物凄い寂しかった。孤独だった。お願い、もう何処にも行かないでよ…!」
「ハリー…分かった。もう何処にも行かない、よ…」
その言葉とは正反対に、アイルは静かに目を閉じた。一瞬死んでしまったかと思ったが、息があった。出血多量で気絶しているだけのようだった。
ハリーがホッとしていると、アイルの体の中から何か黒いもくもくしたモノが現れた。それは何故か、人の顔のように見えた。そして、その煙は何か大きな叫び声を上げて消えていった。あれがヴォルデモートだったのだろうか。
アイルの体の中から汚いモノが取り出せて、ハリーは心から安心した。疲労の所為か、ハリーも意識を失ってしまった。