ヴォルデモートに死ぬほど愛されています、誰でも良いので助けてください 作:カドナ・ポッタリアン
今回からアズカバンスタートです。
愛の形も人それぞれで
基本、成人魔法使いであってもマグルの面前では魔法を使ってはならない。自分やその周辺のマグル、魔法使いの身に何かしらの危険が差し迫った場合のみ認められる。未成年魔法使いも然り。
故にアイルは、ダーズリー家に戻ったら最後、マグル世界では魔法を乱用しないと決めた。マグルであるダーズリー家の者達はただでさえ魔法を嫌うし、勝手に家を出た事を怒っているのだ。
「誠に申し訳ありませんでした」
ダーズリー家へ戻ると、アイルはジャパニーズスタイルで平謝りをする。ダドリーやペチュニアは久しぶりにアイルに会えて嬉しがっているが、恩知らずな態度を取られたバーノンは大層腹を立てているのだ。
「『ごめん』で済んだら警察はいらん! 今までどれだけ世話をしてやったというのだ! 確かにインチキ学校へ入学する事は許可した。というか何か気がついたら許可してた。だが! 去年のあれは何だ! 突然散歩に出かけたかと思えば帰ってこない!」
「い、一応手紙は残しましたし…ダドリーに商談が終わったら伝えておいてとも…」
「流石にこのワシも、堪忍袋の緒が切れた! お前は外出禁止だ!」
外出禁止程度なら構わない。ホグワーツへ行くなと言われなかった分幸運だ。厳しい要求でもして魔法を使われたりしても困るからだろう。
「はい…」
「それとアイル。お前ももう年頃だろう。良い縁談が来ている。ワシの会社がよく世話になっている建設会社の社長令息だ」
「嫌です」
罰なら甘んじて受け入れよう。しかし縁談は別物だ。人生を左右する大きな決断。それに、アイルには心に決めた人がいる。
「いやいやいや、即答ってないでしょ。令息様は大層アイルの事を気に入っている。容姿も家柄も申し分ない。写真もあるぞ」
「結構です。私はもう恋人がいます」
「イカれた連中の奴か?」
「そうです」
居間には不穏な空気が漂っている。ペチュニアは顔をしかめながら二人に紅茶を出し、ハリーとダドリーは二人で格闘ゲームをしながら会話を盗み聞きしようとしていた。
「は、ハリー…一体どうしたってんだ、いきなり強くなって…」
「縁談なんて…縁談なんて…縁談なんて…縁談なんて…縁談なんて…」
「ママー! ハリーが壊れたー!」
「叩けば治るわよ」
バーノンは懐から写真を取り出し、アイルに見せつけた。これが例の令息とやらだろう。確かに容姿の良い男ではあるが、ルシフには及ばない。
アイルはため息をついて写真を押し返す。
「人は顔だけじゃ判断出来ないんです。それに、この人が魔h…我々を受け入れられるとでも?」
「令息は、何も知らない。というより、この縁談はあちらが持ち込んできた。少々ナルシスト気味らしいが、仕事も出来るぞ」
ナルシストと聞くと、あの石化したブロンド野郎を思い出してしまう。ナルシストは生理的に受け付けない。今あいつはバッシングを受けすぎて身を隠しているようだが、高額な本を教科書として買わされた生徒の身にもなってほしいものだ。特にウィーズリー家はお気の毒としか言えない。写真の中の人物は、ドヤ顔でこちらを見つめてくる。ぶん殴ってやりたい。
「だから、嫌です。マグルと結婚なんてしたら、教師出来ないじゃないですか」
「何だ? その『まぐる』とやらは…」
「叔父様の言う、マトモな人間の事です」
「…しかし、人に教える事が好きならば、何処ぞの大学で教えれば良いじゃないか。お前は頭が良いんだから」
「学歴無しの人間に教鞭を振らせるとは到底…」
実は、魔法使いがマグル社会で働くのは結構難しかったりする。マグル生まれの者ならば問題ないが、出身、学校、成績等全てを偽らなくてはならないからだ。それに、折角魔法というものを学んだというのに、マグルと結ばれる事を不安に思う魔法使いも多くいる。拒絶されたらどうしよう、気味悪がられたらどうしよう…みたいな。
正直、相手のそういう点も受け入れられないような奴とは結ばれない方が良いとは思うけれど。アイルならばきっと、「忘却呪文」をかけて完全にさようならをするだろう。
「正直ね、叔父様。私も仕事が見つかったし、そろそろ自立しても良い年頃だと思うんです。ずっと此処でお世話になるわけにもいきませんし」
結構ホグワーツの給料良いし。
正直仕事をせずとも、両親が残してくれた遺産があるから構わないのだが、やはりずっと両親や親戚に甘えっぱなしなのもつまらない。
「…マジ? ダドリー折角やる気出してきた頃合いなのにさぁ…」
「時々顔見せますから。まぁ、夏休みは長いので今のうちから準備を進めておこうと思っています」
「自立に関しては、ワシからは何も言う事はない。お前が決めた事だ。きっと間違ってはいないんだろう。寂しい気持ちはあるが、縁談も嫌なのを無理矢理するもんじゃない」
「叔父様…」
バーノンは諦めたように苦笑を浮かべる。この娘には何を言っても聞かないと思ったのか、その言葉そのままの意味か。
相変わらず本音を出す事を嫌う人だが、何故だかその笑みだけは優しく見えた。親バカで、ケチで、魔法が嫌いな嫌味な人だけれど、本当は良い人だという事をアイルは知っている。
すると、ペチュニアが真剣な目をしながらアイルの肩を叩いてきた。
「アイル…ちょっと良いかしら。二人きりで、話がしたいの」
「…分かり、ました」
*
ポカンと口を開けるバーノンと、ゲームを放り出してこちらを心配そうに見つめる二人の少年を尻目に、アイルとペチュニアは居間を後にした。
向かうは裏庭。夏の燦々とした太陽が緑色の綺麗に刈り取られた芝生を照らし、ザクッという靴音を響かせる。
「少し…日に当たりたいと思ったの」
ペチュニアは寂しそうに静かにつぶやいた。普段生活をしていると中々日向ぼっこーーましてや夏にーーする機会なんてない。彼女はそのままベンチに座り、入道雲の浮かぶ夏の空を見上げた。
「昔もこうやって、妹と空を見上げたものよ」
「妹…母の事ですか?」
「えぇそうよ」
何故だか悲しい笑みを浮かべている。アイルは訳がわからなかったが、何も言わずに隣に座った。
「とても似てるわ。貴女と妹」
「そう言われると嬉しいです。いつも、父の髪しか受け継いでないなんて言われちゃって…」
「そんな事ない。リリーをよく見ていたから知ってる。本当、顔のパーツも、声も、性格もそっくりだわ」
「フフ…」
十年以上前の母の記憶。追憶の向こうへと消えていった思い出は、今も脳内に止まっていてくれているだろうか。ハリーの事が手一杯で、もう過去なんて全て水で洗い流してしまいたいくらい。
忘れたいのに、忘れたくない。忘れたくないのに、忘れない。暗黒時代真っ盛りに生まれて、辛い記憶ばかりが蘇る。
「確かにアイルの髪は黒いし、誰から遺伝したのかも分からない赤い目をしてる。でも…やっぱりリリーの娘ね」
いつもの気取った喋り方は消えてしまった。
「懐かしい…昔に戻った気分。私、羨ましかったのよ。妹ばかりチヤホヤされて…。勉強だって頑張ったのに、両親は『やれリリーそれリリー』って…当たり前だって褒めてくれなかった。姉だから仕方のない所もあったけど…」
リリーは特別製だった、とペチュニアは言った。
「でも妹が死んだって分かった時…ハッとしたの。貴女達は絶対に守らなきゃいけない、リリーの大事な子供達だからって。本当は妹の事が嫌いだったけど…それと同じくらい、大好きだったのよ」
これも一つの、愛の形。
素直になれない気持ちが、涙と共に口からこぼれ出してきた。息子や夫の前では出せない心内が、情けない姿が、アイルにだけは見せても大丈夫な気がした。妹の忘れ形見そのものが、リリーの姿のようにも思える。
「アイル、私ね、貴女の事も愛してるわ。一緒に十年も過ごして…とても楽しかった。妹との日々が戻ってきた気分だった。でも…独り立ちするのなら止めはしないわ。良い人もいるんでしょ? それなら心配ないわ」
「…叔母様なら、止めると思っていました」
「貴女も妹も、間違った事なんてないわ。自分を信じなさい。でも、時々顔を見せに来て頂戴。絶対」
「…えぇ。勿論です」
「ありがとう」
*
十数年前に比べて、ダーズリー一家は随分と丸くなった。初めはバーノンはアイルとハリーを引き取る事に乗り気ではなかったのだ。しかし、あんなにも美しく汚れなき少女を路頭に迷わせるわけにもいかず、とりあえず引き取った形だった。
せめて恩を仇で返す事にならないようにと、アイルは子守り、家事の全てを請け負った。一度成人すれば、バーノンもある程度アイルに心を許すようになり、彼の経営するドリル会社の社員としても働き始めた。今思えば、魔法もヴォルデモートも、闇も苦痛も何もかもを忘れられる、平穏で幸せな時間だった。
しかしそんな幸せだからこそ、長くは保たない事をアイルは知っている。
「あぁアイルさん、お久しぶりですね。おや、ロンドンの物件をお探しですか? それなら、
折角なので良い不動産を紹介してもらおうと、アイルは近くの知り合いの不動産屋のエドワードを訪ねる。時折食事をしたりする気の良い友人だ。もうほとんど会う機会がなくなってしまうから、お別れの挨拶も兼ねて。
「アイルさん…此処を離れてしまうんですね」
「えぇ。ロンドンが近い方が便利だし…新しい仕事も」
「残念です。僕も、ロンドンに行きたいな」
「これからも頑張ってね」
「ありがとうございます」
エドワードは少し顔を赤らめて俯く。アイルの笑顔は、無条件で相手を魅了してしまう力を秘めているのだ。十人が出会えば、十人が惚れている…そんな美貌。
いつも優しく美しいアイルに、エドワードはずっと前から惚れ込んでいた。彼女がこの街にやってくるずっと前からエドワードはリトルウィンジングに住んでいる。故に、交流も深い。
しかしアイルに惚れる人間は多い。自分みたいな目立たない奴が彼女の隣に立てるはずがないと、半ば諦めていた所にこの一報だ。ショックではあるが、想いを断ち切る良い機会だ。
「エド、夏になったら遊びにくるから…そんな顔しないで」
「良かった。もう二度と会えないかと思いました」
好きなのに、届かない。
エドワードとアイルの間には、決して壊す事の出来ない強固な壁が存在する。壊す事が出来ないのなら、乗り越えるしかない。しかし、彼はそんな勇気を持ち合わせていなかった。
初めはあんなにも近くにいたのに、いつの間にか背中ばかりが見えるようになった。追いかけても追いかけても届かなくて、純粋に恋をしているだけなのに、何故こんなにも辛いのだろう。
「会えないのは寂しいよ。ロンドンで家を借りても、どうせ一年じゃ三ヶ月くらいしかいないんだけどね。仕事の関係上」
「泊まり込みの仕事?」
「そう。一応学校の教師をやらせてもらってるのよ」
本当は、諦めたくない。夏の眩い太陽のような輝く笑顔を、ずっと自分に向けていてほしい。でもーー
「凄いですね」
「でしょー? 実は母校なの」
辛い。目の前にいるのに、いくら手を伸ばした所で届かないこの感覚が、辛い。
「新しい場所、新しい職場。…頑張ってくださいね、アイルさん」
しかし、目の前の女性はそれを知る由もない。新生活を迎える人に、後味の悪い記憶を残したくない。きっと彼女は、自分の事を何とも思っていないはずだ。だから彼は、こう言うしかない。
「ずっと、応援してますよ」
ずっと…愛してますよ。
これも一つの、愛の形。