ヴォルデモートに死ぬほど愛されています、誰でも良いので助けてください 作:カドナ・ポッタリアン
「『リディクラス ばかばかしい』!」
「り、りり、『リディクラス ばかばかしい』!」
「きゃっ、『リディクラス ばかばかしい』! やった!」
目の前で、生徒達とボガートの攻防が繰り広げられている。
新しい「闇の魔術に対する防衛術」の教師であるリーマスは、どうやら人に教えるのが上手なようだ。かつての恨みは忘れないが、それだけは教師として褒め称えよう。
リーマスも、新人教師としてアイルを授業に招待した。彼もアドバイスやら何やらが欲しいらしい。しかし、助言する点は全くもって見つからない。逆に腹が立つ。
昔から人に教えるのは得意だったが、まさか教師をするとは思っていなかっただろうな。人狼として就職は難しいようだったから。
それにしても、彼の授業は至極”マトモ”だ。「闇の魔術に対する防衛術」という教科は、呪われてでもいるのか、教師が一年保った試しがない。おまけに授業もつまらなかったりくだらなかったりと、あまり好きになれるものではなかった。
それだというのに、この一時間で何十人もの生徒をこの授業の虜にしてしまったらしい。
魔法は論理ではなく、感覚だ。ただひたすらの教科書を読み続けるのと、楽しく練習するのとでは効率がまるで違う。
ボガートと対峙する生徒達の列が徐々に徐々に減ってくる。次はハリーの番だ。
大好きな姉に良い所を見せようと意気揚々を杖を抜き、ミイラの姿をしたボガートに立ち向かう。するとボガートとはグルグルと渦巻くように姿を変え、アイルの姿へと変化した。世界一大切な人のはずなのに、何故ボガートがアイルの姿にーー?
『ハリー、私ね、ルシフと結婚するから。これからマルフォイ邸でルシフやドラコ、お義母様やお義父様と一緒に暮らすわ。だから、もうお別れよ』
「えっ…」
『あぁ、やっと弟から離れられて清々したわ! ずっと離れたいって思ってたのよね。だって、いつまでも嫌いな奴の面倒を見る程、私優しくないもの』
「…『リディクラス ばかばかしい』」
今日の授業の中で、これ程悲しい声で呪文を唱えた者はいるだろうか。
彼の顔には怒りも笑いもない。ただ、悲しみの色だけが浮かび上がっている。いくらボガート言えど、自分の姉に瓜二つの奴に一番傷つく事を言われたのだ。あれがアイルじゃない事くらい分かっていたけれど、それでも彼女の声と姿でそんな事を言われてしまうと、悲しみに襲われる。
「ハリー…大丈夫?」
ハリーが手を顔において俯きながら列から逸れると、他の生徒達で慌ててボガートの対処を再開し始めた。
ハーマイオニーとロンは列から外れてハリーに駆け寄る。酷く具合が悪そうで、リーマスも心配そうにこちらを見ていた。
「へい、き。多分」
「ハリー!」
泣き出しそうな顔のハリーを見て、我慢しきれなくなったアイルはすぐさま彼を抱きしめる。温かい優しい香りに包まれ、ハリーは思わず目を瞑った。
「具合が悪そう。医務室に行きましょう」
「うん…」
*
「ったく、貴女は本当によく医務室に来ますね」
「私、マダム・ポンフリーに会いに来てるのに」
「はいはい、早く患者を此処へ」
あの後、リーマスに許可を取って二人で授業を抜け、医務室に行った。リーマスもついていきたがったが、アイルがいるのに授業を放棄して連れていくわけにもいかないで、渋々二人の背中を見届けた。
ハリーは熱があるわけでも、怪我をしているわけでもない。だが、あまりのショックで表情が消えている。
「何かあったのかしら?」
「授業で、少し…疲れが溜まっているというのもあるんでしょうけど」
「そうですか…」
マダム・ポンフリーは、どうもアイルに甘い。ホグワーツ時代から医務室によく来ていたという事もあるのだろうが、気さくな性格で礼儀も守るアイルに、気がつけば愛着が湧いていたのだろう。ハリーはアイルと違ってあまり医務室には来ないが、マダム・ポンフリーの目には心の病にかかっているようにも見えた。だが残念ながら、魔法というものは万能ではなく、体ならば兎も角、心の病までは治せない。
「無理はしないでくださいね、ただでさえ、シリウス・ブラックの事で警戒モードですし」
「シリウスは、無実ですよ」
ベッドに寝かせると、ハリーはすぐに意識を飛ばしてしまった。やはり疲れが溜まっていたのだろう。先ほども、一言も言葉を発しなかった。
「もう一度会いたいです。私の大切な人達は、いつも私から離れてしまう…」
「アイル…」
「だから私、ハリーだけは守りたいんです。たった一人の家族ですし、たった一人の、弟ですから」「貴女は、幼い頃から変わりませんね。大切なものを一心不乱に守ろうとする。優しい子です」
「私は、優しくなんかありませんよ。ただ一人になりたくないから…神様は、残酷ですよね。どうして私から、大切な人を奪っていくんですかね…」
ハリーの眠るベッドに腰掛け、アイルは顔を暗くする。マダム・ポンフリーはかける言葉もなく、ただ真正面に座って彼女の顔色を伺っていた。
「辛いんです。生きるのが。今はハリーがいるから、笑っていられる…」
「アイル、貴女はもう独りじゃないんですよ。だから、そんな悲しい顔をしないで頂戴。貴女の過去は、それはそれは過酷なものだった。けれど、今は違うでしょ? 貴女にはハリーがいる、恋人もいる、友人も、生徒も…皆貴女を大切に思っているのよ。貴女がそんな顔をしたら、悲しむ人がいっぱいいるわ」
「ありがとうございます」
*
馬鹿みたい。一人だと思っていた自分が、馬鹿みたい。
そもそもその考えこそが、私の弱みだ。だからこそ去年はトム・リドルに体を乗っ取られた。ただ、寂しいだけだ。
ハリーは私を心から愛しているし、ルシフも、他の皆も…私の事を、大切に思ってくれているというのに。
「あぁ、まだまだだな」
真っ暗なホグワーツ城。
自室の窓から見上げる三日月は、いつもよりも妖しく光っている。星々を眺めようと身を乗り出すと、吸魂鬼の姿が見えた。彼等を見ていると、落ち着いた感情も一気に高ぶり、美しいものに見とれる気持ちも萎えてしまう。
興ざめしたアイルは、とりあえず窓を閉め、部屋の明かりをつけた。今日はあまり眠くない。寝不足はお肌の天敵だが、眠れないんじゃ仕方がない。
「久しぶりに、本でも読もう」
本棚の所まで行き、適当な呪文の本を取る。この間、ダンブルドアにプレゼントとして貰った古い呪文の本だ。今はあまり使われていない呪文やその効果が事細かに書いてある。
今度、特別課外授業として希望生徒だけに授業をやる事にするから、その時のために。休日に行う特別授業だが、ハーマオニー等の学に熱心な生徒はきっと参加してくれるはずだ。
さて、第一章「
『古呪文とは、古来の古き良き呪文である。現代で使われている呪文とは一味も二味も違った、独特な呪文である。紀元前の魔女や魔法使い達が造り上げた壮大で美しい呪文は、現代では使われていない・・・』
「あー、やっぱ長い文章は読むのが辛い…。よし、呪文乗ってるトコまで飛ばそう」
元々長文は得意ではない。実践の方がずっと楽しい。ほら、漫画とか、そういう簡単に読めるチープな物の方が良い。
しばらく呪文の載ったページを読み、杖を振っていると、部屋のドアが「コンコン」と優しくノックされた。時計を見てみると、もう十二時。こんな夜中に訪ねてくるなんて、相当な用事でもあるのか、ただの悪戯か。いや、コンコンダッシュの可能性も否めないか。
アイルは本をその場に置き、警戒しながらドアの方へ近づいた。もうノック音はしない。だが、何かの気配ならば感じる。
「今出ます…」
とりあえず声をかける。だが、まだ杖は握ったままだ。相手の返事はなかったが、深呼吸をして素早くドアを開けた。
すると、真っ暗なドアの外から、薄汚い男が雪崩のように倒れこんできた。酷い匂いだ、おまけに怪我までしている。それにしても、どうやってあの吸魂鬼のバリアを突破して入ってきたのだろう。
しかし、不審者いえども大分、怪我をしている様子だ。すぐに手当てをしなくては…。
大丈夫ですか、と体を揺すると、顔が見えた。それは正しく、あの時ニュースで見たーー
「シリウス…ブラック?」