ヴォルデモートに死ぬほど愛されています、誰でも良いので助けてください 作:カドナ・ポッタリアン
「じゃあハリー、出かけるわよ」
「うん、リーマス、行ってくるね!」
「私の分まで楽しんでくるんだよ」
夏休みの中盤。
とうとう、クィディッチ・ワールドカップの日がやってきた。普通の席を取った人は、試合の一週間前には出なければならないようだが、今回アイルとハリーは来賓席。余裕を持って競技場まで行く事が出来る。
丁寧に整備された庭に立ち、日差しを浴びながらアイルは思い切り伸びをする。これから、何十年か振りにイギリスで行われる決勝戦を見に行くわけだが、現在早朝六時。まだ眠い。
「お姉ちゃん、どうやって競技場まで行くの?」
「『姿現し』よ。私、これあんまり好きじゃないんだけど…人目につかない場所が少ないせいか、ロンドンには『
「『姿現し』…聞いた事があるよ。何だっけ、瞬間移動…みたいな」
「そうよ。久しぶりにするからどうなるかは分からないけど…まぁバラける事はないでしょうよ。さ、捕まって」
ば、バラけるだって…?とハリーはアイルの言葉をいかがわしく思ったが、考える間も無くアイルに腕を強く掴まれた。
「絶対に離さないでね」
「う、うん…」
離す離さない以前に離れられないんですが、とは言わない。ハリーは良い子だから。
「行くわよ。覚悟しててね」
「え」
破裂音がしたかと思えば、二人の男女が屋敷の庭から姿を消した。
微かに漂う香水の残り香が、リーマスの鼻を擽った。これでも狼だ、鼻は良い。香水の甘ったるい香りは嫌いだが、アイルのそれは不思議と不快にならない。何一つ偽る事なく、着飾る事なく、己の有りのままだけを人の目に晒すというのは、どれほど勇気のいる事だろう。しかし、彼女はそういう人だ。
「嫌な予感がする…アイル、ハリー…何もなければ良いが…」
今宵は屋敷に一人。
三日月でも眺めて、思い耽ようか。
*
「う、うぇ…」
「うあ、気持ち悪い…」
バチッ、と再び破裂音が響いたのは、とある森の中。魔法使いのローブを着た二人は、吐き気を堪えて近くの木に寄りかかる。
ハリーは真っ青な顔で、胃の奥底から這い上がってきた嘔吐物を飲み込んだ。初めての「姿現し」で、吐かないはずがない。正常な反応だ。
対して、ダンブルドアやヴォルデモートと肩を並べるとも言われるアイル・ポッターはーー嘔吐はしていないものの、酷い頭痛に襲われていた。
「お、お姉ちゃん…大丈夫…?」
「へ、へーき。ハリーは? 初めてでしょ?」
「うん、僕は平気だよ。お姉ちゃんの方が辛そうだ」
「私は元々、この魔法があんまり得意じゃないから…」
何十年ぶりだろう、一応免許は取っているが、久しぶり過ぎて気持ちが悪い。
あの狭いゴム管の中を、無理矢理通るような感覚が何よりも嫌いだ。「磔の呪文」には及ばないが、二番目に苦しい。出来る事ならば使いたくないと、なるべく避けていた。
「それにしても、よく耐えたわね。初めての『姿現し』の時は、大体の人は吐くのよ?」
「お姉ちゃんは現在進行形で吐きそうになってるけどね」
「ぅ…苦手なんだもん」
良い歳こいた大人が「もん」なんて語尾につけている。
さて、ウィーズリー家もそろそろ此処についた頃だろう。それにしても、此処には人がいないな…事前に場所は確認しておいたから間違いはないはずなのだが。
「此処、何て森なんだろう」
「さぁ…?」
丁度近くに大きめの湖がある。清々しくて気持ちの良い場所だ。
「本当、誰もいない…とりあえず、此処では魔法はあんまり使っちゃダメだからなぁ…久しぶりだから、少しテントが密集してる場所から離れちゃったのかなぁ…」
「少し探してみる?」
「そうね。この湖、少し大きいみたいだから…迷わないように、印でもつけておきましょうか」
そう言うとアイルは懐から刃渡十センチ程のナイフを取り出し、近くの大木の根元に突き刺した。
「そのナイフ…何?」
「え、うーん…普通のナイフ。錆びないのよ? 凄いでしょ? マグルには認知されないし」
「凄い」
どうせアイルが自分で魔法をかけたナイフなのだろう。もう見慣れてしまった。一年生の時は全てに感動していたが、今はもう微動だにしない。
しかし、マグルに認知されないというのは凄い。姿を隠す魔法ならば存在するが、一部に対してのみ効く魔法は聞いた事がない。
「さて、探しますか」
「うん」
*
しばらく森の中を歩き回っていると、騒がしい人の声が聞こえてきた。色とりどりのテントや珍妙なマグルの服を着た魔法使いの姿も見える。
やっと森から出れたようだ。これで一安心。
最初から「姿現し」でもう一度目的地に向かっても良かったが、もう使いたくなかったので止めた。
さて、肝心のテントの溜まり場だが、それはそれは奇怪なものばかりだ。
あるテントはクローバーに囲まれているし、あるテントはペンキをぶちまけたようなデザイン。また、ある魔法使いはスカートを履き、ある魔女は手袋を首に巻いている。魔法省からのお達しで、決して魔法使いである事がバレないようにしなさいとあった。
だがこれを見てアイルは思う。絶対こいつら隠す気ないだろ、と。
魔法省も諦めているのだろう。疲れた様子の役人が、その場に座って一人寂しくカボチャジュースを飲んでいる。
「凄い…ね」
「えぇ。混沌としてる。でも嫌いじゃないわ。じゃあウィーズリー家を探しましょ。顔見知りを当たれば、すぐに出会えるはずだわ」
「分かった」
それから、マグルもどきの魔法使い達の間を二人で通っていく。世界中から人が来ているせいか、とにかく人が多い。逸れてしまいそうだ。
すると、アイルはハリーの手を掴んだ。
「逸れちゃ元も子もないでしょ? 手、繋ぎましょ?」
「うん!」
ハリー・ポッター、十四歳。大好きな姉相手ならば、羞恥心もすっかり消えてしまう。道行く人は皆アイルの事を見るが、そんな事さえも気にならなかった。
久しぶりに繋いだ手があまりにも温かくて、あまりにも優しくて。つい、愛おしくて強く握り返してしまう。
「は、ハリー…? ちょっと痛い」
「あ、ごめんお姉ちゃん」
「フフ、可愛い」
彼女になら、子供扱いされたって構わない。それならば、ずっと側にいられる。ずっと離さないでいてもらえる。
途端、フッとアイルの手が離れた。
「ハァイ、セドリック! 久しぶりね!」
「ポッター先生…?!」
手を離した代わりにアイルが呼び止めたのは、ハッフルパフのセドリック・ディゴリー。ハリーは実際に会った事はなかったが、ハンサムだという事で女子に人気があり、噂くらいは耳にしている。
しかし、今大事なのはセドリックがいる事じゃない。何故、こいつが現れた瞬間、姉が手を離したのか、だ。
強く拳を握り締めるハリーに気づかず、アイルはセドリックと話を進める。
「ポッター先生もワールドカップを?」
「えぇ。大臣に招待されたから。ねぇ、確か、ディゴリー家はウィーズリー家と同じ『
「えぇ、そうですけど」
「テント、何処か知らないかしら? 私、彼等と落ち合う約束をしていて…」
「あぁ、それならあっちにーー」
セドリックは東の方を指差し、ついさっきあちらのマグルの経営するレンタル場で別れたと言った。しかし、あそこは此処以上に人が密集している。
これはまた、探すのが大変そうだ。
「セドリック、一体誰と話しているんだね?」
すると、セドリックに誰かが声をかけた。そこには、少し小太りで、眼鏡をかけた優しそうな魔法使い。
「あぁ、父さん。先生、父のエイモス・ディゴリーです」
「おやおや、ホグワーツの先生でしたか。これは失礼」
エイモスはハンチング帽を取り、笑みを見せてきた。
「セドリックの父です」
「初めまして、ミスター・ディゴリー。私はアイル・ポッター、ホグワーツの『呪文学』の教師です。こっちは、弟のハリー」
「おやおやおや、貴女が噂の!」
エイモスは、ハリーになんて目もくれない。目の前の美しい人に目を奪われているようだ。
セドリックはそんな父に半ば呆れつつも、「ごめんね」とハリーに謝っていた。堅実な青年だ、此処までならば、ハリーも少し好感を持てる。が、今となっては自分と姉との時間を邪魔した虫けらだ。
「お噂はかねがね耳にしていますよ、えぇ! 評判通り美しい方だ」
「ありがとうございます」
「それで先生、私の息子はとても優秀でしょう? 我が家の自慢なんですよ!」
「えぇ、セドリックは、生徒達の中でも特に優秀なんです。呪文も上手だし、レポートも文句のつけ所がありませんよ」
「そりゃあ! 私の息子ですからね!!」
エイモスは嬉しそうだ。先ほどよりも楽しそうな笑み浮かべる。
「では、私はこれで失礼します。ウィーズリー家と合流しなければならないので」
「もう少しお話したかったですが…では、息子を宜しくお願いしますね」
*
「ねぇ…お姉ちゃん…」
東の方面で進んで行く矢先、ハリーはアイルの手首を掴みながら耳打ちをする。
こんなにも人がいるというのに、酷く冷たく、酷く通って聞こえた。聞きなれた声のはずなのに、何故だか鳥肌が立つ。
「ど、どうしたの? ハリー」
こんな声を聞いたのは初めてだ。
いつもの優しい、穏やかな声とはまるで違う。何処か、あのトム・リドルに似通っている。
「さっき、何で手を離したの?」
ハリーに手を繋ぐ素振りはない。代わりに、強く、強く手首を握りしめてくる。
「い、いや…セドリックを前にして、手を繋いでいたら、恥ずかしいと思ったから」
「…誰が? 僕? それとも、お姉ちゃん?」
「ハリーに決まってるじゃない。ハリーが私の事大好きなのは知ってるわよ。けど、思春期だし…ハリーが嫌かな、って思って…」
「…そう」
単調で、かつ感情のない返事。
アイルはガラスオブハートなので、大好きな弟にこんな反応をされると辛い。
「そうだお姉ちゃん、一つだけ、間違ってる事があるよ」
「え?」
先導してアイルの前を進んでいたハリーが、突然歩みを止める。一瞬にして世界まで止まったようで、頭が真っ白になった。
「僕、お姉ちゃんに、大好きだとか、そんな適当な感情抱いてないから」
「…どういう、意味?」
アイルが小さく尋ねると、ハリーにゆっくりと振り向いた。その目は、血のように赤い。一瞬見間違えかと思ったが、何度瞬きをしても瞳は赤いまま。母から受け継いだ、あの緑色の瞳はない。そして一瞬狂気じみた笑みを浮かべ、そのまま呟く。
「愛してる…この世の何よりも。
お姉ちゃんが僕の手を離すなら、僕はお姉ちゃんの手を離さない。お姉ちゃんが僕から離れるのなら、僕はどんな非道な手を使ってもお姉ちゃんを引き止める。大丈夫、もう振り返って僕の手を引かなくて良いよ。これからは、僕が絶対にお姉ちゃんを離さないから」
ハリーのヤンシス、ただいま加速中。