静かに語り終えたお爺さんが此方を見る。
「どうやら、本当の事だったみたいだね」
私の行動を思い返し、うんうんと頷きながら着物の裾から、これまたこの時代には作りえない綺麗な紙でできた便箋が渡される。私はそれを両手でしっかりと受け取り、裏返す。そこには態々焼印で中の手紙を読まれないようにしたうえ、右端に小さく綿月ガウェインと書かれていた。恐らくボールペンで書かれたであろうこの文をお爺さんはどうやればこんなに小さく達筆な字を書けるんだろうな、と少し笑って見せた。
私はというと中が気になり既に焼印を紙ごと破き、中の手紙だけを見る。何通かに分かれたそれを読む。色々月とは違い苦労も多いだろうと気遣いの籠った内容に胸が暖かくなる。憧れの英雄が私のためだけに、私の事だけを思って字を書いている。それだけで心が満たされる。
「お、おい輝夜! どうかしたのか! 何処か体が悪いのか!」
普段物静かなお爺さんが急に私の両肩を掴んで揺らしながら訪ねて来た。
普段感情を表に出さないお爺さんが此処まで動揺するのは珍しい。
気が付けば自然と文を大事に両手で胸に当て、笑みを浮かべながら涙を流していた。
いつの間にか部屋に入っていたお婆さんは、動揺するお爺さんを外に追い出し、私に向かって優しく語り掛ける。
「出会った時から、どこかぼんやりとして笑ったり、怒ったりもするけど、私たちと一線を引いて、本心を出さなかった顔が、まさか一つの文でここまで変えてしまうとは、さぞかし良いお相手なんだろうね」
そう言って抱きしめてくれた。確かに、心の中で一線を引いてた所は思い返してみると多々あった。それにここのところは豪族相手に求婚者が絶えなくてイライラしていた。
「正直、心配だったんだ。お前が我慢してるようで、確かにあたし達は血は繋がっちゃいない、でも家族だ。だから、お前が何時も何処かあたしたちに遠慮してるところが多々見えてね。寂しかったんだ。だからね、あたしはお前が本当の心を出してくれて嬉しかった。ちゃんとこの子にもこんな顔ができるんだってね」
お婆さんの言葉を聞いて自然と、言葉がでた。
親が死んだ悲しみをガウェイン様を思うことで悲しみを見ぬ振りをしてきた。
地上に降りてからお爺さんとお婆さんに拾われて感謝もしている。重ねた日々こそ少ないが月ではない濃い、充実した日々だった。月では階級上、姫だったので、気を使っているつもりだった。上手く気を遣えているか心配であった。
「お婆さん、御免なさい・・・・でも、私は本当に我儘で気を使えない子だよ? それでも良いの?」
此処で否定されるのが怖かった。
「ああ、いいよ好きなだけ甘えなさい」
そう言ってくるお婆さんに子供の用に問いかける。
「本当に我儘で、お転婆で、それでも本当に良いの?」
それにお婆さんは抱きしめる力を強くする。
「あたしたちは血は繋がっちゃいないが家族なんだ。家族が我儘を聞いてやんなくて、他の誰が聞いてやるんだい?」
ただただ、真っ直ぐな言葉。嘘偽りない表裏ない言葉。それが月での両親に重なる。
初めて悲しみの涙を流した。声をあげて泣いた。ガウェイン様で誤魔化していた悲しみを吐き出した。それを優しく背中をたたいたり撫でたりしてくれて嬉しかった。
これが私が第二の故郷だと心から思った。そのきっかけをくれた、私を救い出す手助けをしてくれた大好きで、愛している大英雄に。心から感謝をした。作り物の上辺だけの感情は捨てた。捨てることができた。そんな強い心と小さな勇気を憧れの人がくれた。
ああ、全くだ。連れて行って、この地へと導いてくれた人。
涙が止まらない。
「後悔してた・・・・。私は子供に成りたかったんだ、”貴方たちの”」
この日から家族のわだかまりが無くなった。
お爺さんはどこか寂しそうで達観しているような気がする。が、そんなことどうでもいい。手紙には8日後に屋敷に来ると書いてあった。早くこの日が来ないだろうか?
そんな思いでいっぱいだった。
夜になると庭に出て星を見上げながら祈るのが日課になった。星空がこんなに綺麗だと初めて知った。月を見て私の名前に込められた意味を知った。思い人が会いに来てくれる。それだけで幸せだった。
この光景がとても美しく、求婚者が増えたのは別の話だ。
遂にやってきた。この日が、前日、というか今日は興奮して眠れなかった。
前日には、自分の知りうる限りの薬草を持って川辺に行き薬草で体と髪を洗い、着物も新しいものに着替え、香も普段焚いているきついものでは無く、自然のほのかな香りがするものに変え、当日には直接姿を見られる事は無いのに、着崩しが無いか、化粧を少々つけ、何度もお婆さんに確認した。普段強い香を嗅ぎすぎているせいで嗅覚が一時的に麻痺して居るので、臭いは平気かと香を嗅ぎなれない使用人に確認を取り、会ったら何を話そうか、あれこれシュミレートしていた。今日も求婚者が既にたくさん来ており、何時もなら此処で萎えるのに、今日ばかりはドキドキが止まらなかった。彼はもう来ているだろうか? そう思い、扉を開ける。何時もの強い香の匂いがする。豪族たちが貢物を沢山持ってアピールしてくる。何時もなら此処で既に追い返したい気分だが、肝心の人物が来ていない。待っていれば必ず会えると心躍らせて待った。しばらくして、けたたましい音が響く。それと同時に「藤原様の、おなーりー!」と声が響いた。その時、しゃん、と言う鈴の音が聞こえた。どたばたとうるさい中、小さい小さいその音は確かに、私の耳に届いた。扉が開き、藤原とやらが来たとき、後ろに陰陽師の服装をした、会いたかった彼がそこに居た。すぐにでも話しかけたかったが、藤原とやらが大量の貢の品を広げて自慢話を始めたため完全にタイミングを失った。彼の話を聞き流しながら彼を見る。彼は藤原とやらの後ろに正座し、目を瞑っている。その姿はそこだけこの空間から切り取られ、ここに張り付けられているかのような凛とし、それでも決して飾ることない、質素ではあるが、逆にそれが新鮮に思えた。あくまでも自分を主張することなく、周りからも自分は貴方たちよりも下ですと言うような周りに気を使ったであろう服装。偶々そちらを見ていたらゆっくりと見開いた宝石のような瞳と目があった。そうすると笑顔を向け小さくお辞儀をした。胸の鼓動が早くなる。見えないように布施越しで視線等わからない筈なのにわかって貰えた。嬉しくて声をかけたくなったが、彼が静かにウインクしながら右手の人差し指をそっと自分の唇に着けたのを見てはっとなる。階級社会で彼は完全に下っ端の方をしているのだろ事は立ち振る舞いからもわかる。そんな中、豪族たちを差し置いて彼に声をかけては、最悪、妬まれ、処刑、なんてこともありえるかもしれない。まぁ、彼がそれで死ぬとも思えないが、迷惑にはなるだろう。ぐっと気持ちを抑える。会いたい人にようやく出会えたのに声をかけられない、声をかけることが許されない状況。急にここが地獄に思えた。欲しい者はすぐそばにあるのに手を伸ばせないジレンマ。
シャンシャン。また鈴の音が聞こえた。周りは自慢話で耳に入っていないようだが、確かに聞こえた。
音のした方に目をやると、正座しているガウェイン様が気付かれないように片手だけ床に置いて、ランダムに床を人差し指で突いていた。最初は不思議に思ったが、しばらく考えた時にふと、月で似たような合図をSPがしていたことがあった。無論、私はSPではないし、軍人でもない。しかし、このリズムとかは覚えておきなさいと母親に複数のそれを教わった覚えがあった。ええと、これは・・・・・えと、このリズムがこうで、こうだから・・・・タ・・・オ・・・レ・・・ロ? 倒れろ? どういうことかと思ってそれ以上の事もやっているが私にはわけがわからない。