「――で、つまり俺はまたあの姿にならなくちゃいけないのか…」
リアルで仲間と集まる時、必ずと言っていいほどの確率で来る店である《ダイシー・カフェ》でキリト――桐ヶ谷和人はぼやいていた。
ここ数年ですっかりお馴染みとなってしまった、諦めと呆れの混在した難しい溜息を吐きながら。
※ ※ ※
時刻は午前10時、店にはキリト以外にはシノンこと朝田詩乃とアスナこと明日奈の二人とバーテンダーのエギルだけだった。
テーブルの上に置かれたばかりのソーダフロートはその冷たさを主張するようにガラスのコップの表面を水滴で滴らせている。
なぜいつも頼むジンジャーエールではないのかというと、それは小腹は空いているがまだ昼には早い中途半端な時間だからという理由からだ。
「何よ、不満なの?」
「うーん、不満と言うか、なんと言うか…」
シノンが話しているのは、そろそろ参加締め切りが近い
そう、第7回
もちろん参加しますよねと言わんばかりのシノンに対して、キリトは乗り気でなかった。
というのも、GGOに行くためにはコンバートしなければならない訳で、それにはいくつかの面倒な点があるのだとか、そもそも前に来た時にはそれなりの理由があったのだとか、そういう事を一から説明しようとして、キリトは気が付いた。
つまるところ、GGOに行くのに心理的抵抗があり、それは不満があるのではないかというシノンの指摘が正しいのだということに。
「ま、この前は行くって約束しちまったしな…」
だいぶ前の約束を一人思い出す。
おそらくシノンは忘れているが、男が一度した約束を違えるのも格好良くない。
と、少々中二くさい発想から仕方なく参加を決めたのだった。
「…んん?」
急に遠い目をしたキリトを見てシノンは首をかしげる。
「いや、なんでもないさ。それよりアスナはどうするんだ?」
「もちろん、キリトくんが行くなら私も行くよ。幸い予定も空いてるし」
「ですよねぇ………ははっ」
即答するアスナにもはや驚かないキリト。
その行動力は今まで色々あった中で知っているからだ。
「しかし…アスナがGGOにコンバートかぁ」
GGOでアスナが銃を使っている姿を想像してみるが、全く姿が浮かばない。
まさかプロレスラーみたいなムキムキのアバターになるとは思いたくないが、その可能性は充分にある。
というより普通に高いと見るべきだろう。
そのイメージから無理やりに意識を切り替え、キリトは来るべき大会への出場の決意を固める事にした。
「んじゃ、久しぶりに暴れに行くか!」
「…ほら、やっぱりノリノリなんじゃない」
というシノンのつぶやきはキリトには聞こえなかった。
その後、二人に奢らされた際の出費が予想より大きく、帰りに行う予定だったバイクの給油の代金をエギルに払ってもらったりしたという話は割愛して良いだろう。
※ ※ ※
「結局、予定が空いてなくてアスナとシノン以外の参加はなしか」
午後から予定がある、という二人を駅まで送った帰り、キリトは一人ごちる。
約三週間後に行われるバレット・オブ・バレッツ…略してBoBだが、シリカやクラインなどのいつものメンツのほとんどはリアルが忙しくて参加を辞退する事が決まっていた。
「ま、今回は記念受験みたいなもんだし気楽に考えるか」
あくまで、出てみるだけだと言うキリト。
実際、前回と同じく今回も準備時間が大して取れてないのは痛い。
BoBはGGOの最強のプレイヤーを決める大会であり、当然出場する者は何年もこのゲームをプレイしている重度のゲーマーがほとんどだろう。
そう考えると三週間程度の練習期間では彼らに追いつくどころか銃に慣れる事すら難しいほどに心許ない。
まぁ、銃で戦うのなら、だが。
「光剣とファイブ・セブン、確かその他諸々のアイテムもシノンに預けたんだっけ。返してもらうのも良いけど、今度はカジノで一発逆転じゃなくてダンジョンに潜ってモンスターを狩って、コツコツお金を貯めて装備を揃えてみたいなぁ」
死銃事件の後、元のゲームへのコンバートする際所持品は消滅するはずだった。
だが、せっかく優勝したのにその時の装備や賞品を捨てるのはあまりに勿体無いということで、シノンが自ら預かる事を主張したのだ。
だから、最悪時間が足りなくて何も用意できなくても、返してもらおうと思えばいつでもできるという余裕がキリトにはあった。
もちろん本来なら銃相手に剣で突撃など自殺行為以外の何者でもない。
普通なら焦ってその装備を売り、別の装備を買うだろう。
しかし前回の大会でたまたまキリトはそのネタ武器で優勝したという経歴を持つ。
なので、今回は特に切迫した状況じゃないんだし、せっかくだからBoB以外の事も楽しんで良いだろう。
そんな事を考えながらキリトはバイクで自宅へ目指す。そこまで遠くない距離を、時代遅れのガソリン式バイクの排気音をBGMにしながら。