予選当日。
一人、会場の待機ルームの隅で装備などの準備をしていたキリトは頭の中でルールを確認していた。
予選は本戦とは違い一対一の勝負。
ステージは天候も時間も場所も全てランダムで、大きさは1キロ四方の
互いに最低500メートル離れた地点に転送され、勝負に決着に勝った方はまたこの待機ルームに。
負けた方は一階ホールに転送される。
その後二回戦の相手の試合も終わり次第別のステージに転送されるという流れだ。
そして、変更点というほどでもないが今回は予選試合の回数が多いらしい。
GGOプレイヤーが年々増加しているからだ。
次からは予選が三つ巴になるかも――と、これもシノンが言っていたのを聞いた。
…頼らない頼らないといっておきながら結局シノンに寄りかかっているのは初心者だからと許してもらえないだろうか。
シノンも待ち望んでいた直接対決で本戦にて埋め合わせをする為にも初戦は意地でも勝たなくては、と決意したところで身体が光に包まれる。
どうやらバトルフィールドへの転送が始まったらしい。
※ ※ ※
「うわああぁぁぁぁああっ!!」
半狂乱状態の男――キリトの初戦の相手のネロがサブマシンガン――《マイクロ
開始直後に姿を隠すことすらせずに突進してきたりとPvPの基本を理解していないその立ち振る舞いから明らかに初心者だろうことがうかがえる彼のプレイスタイルは、数撃ちゃ当たる、というシンプルなものだった。
あるいはキリトを適当にやっても勝てるただのモンスターと同列に見ているのか。
GGOでデフォとなっている黄昏色の空の下、朽ちた遺跡とそれを囲むジャングルが舞台のこのステージで崩れた遺跡の壁を遮蔽物にして隠れるキリトはジャングル側から飛んでくる銃弾が発する音に背筋を強張らせながら状況を把握。
ネロの武装はよく見る迷彩服とサブマシン、それと腰に何かあるように見えなくもないが約15メートル離れたここからではよく分からない。
とりあえず弾道予測線の発生する速さには目が慣れてきたので早めに片付けようと、右手に持った光剣のスイッチをひねり剣を出現させてからネロに向かって飛び出す。
こちらが焦れて出てきたように見えたのか口元を僅かに吊り上げサブマシンガンを向けて再び発砲。
一直線にネロの方へ走るキリトに弾道予測線が4本ほど貫くのを二人は同時に視認した。
そして勝ちを確信したネロの表情は次の瞬間驚愕に染まる。
「…はっ?嘘だろ!?」
バシッ、バシッとキリトが手に持った光剣は的確にパラベラム弾を弾いていく。
慌てたネロの銃から次々と発生する予測線に合わせてキリトは舞うように光剣を宙に疾らせ、全ての銃弾をその身に届かせない。
――いける!
キリトは前回のBoBの時の自分の動きと比べて格段に上達した手応えを感じてそう確信する。
たまたま今回の相手が初心者だったのも肩慣らしにはちょうど良かった。
ネロのステータスが低いせいか、放たれた銃弾はこの至近距離でも外れが多い。
キリトの緊張が抜けるのは仕方の無い事でもあった。
だが――
「ちょ、来るなぁ!!」
接近してくるキリトに恐怖したネロは唐突に銃撃を止め、銃を持っている手の小指にぶら下げていた何かを取り出しキリト目掛けて投げてくる。
「なっ……!」
まずい!と思った時には既に遅い。
このタイミングで投げてくるものにキリトは一つしか心当たりがなかった。
プラズマグレネード――周囲を巻き込み爆発するお手軽殺傷兵器。
お互いの距離は5メートルもない。
爆発すれば間違いなく二人とも身体が吹っ飛ぶ近さだ。
どういうつもりだ、とネロを見ると両腕は空――おそらくプラズマグレネードを抜く時に邪魔で銃は下に捨てたのだろう――で涙目で棒立ちしていた。
咄嗟の行動だったのだろう。
両者同時に死んだ際の判定がどうなるのか彼自身にも分かっていない様子だった。
キリトは山なりに飛んでくるそれを掴もうとする。
ネロの背後に広がるジャングルに投げようと考えたのだ。
――いや、あれはプラズマグレネードじゃない…?
手が届く直前、見た目に違和感を感じたキリトの目の前で、それはその単純な役割を果たす。
閃光、そして轟音。
「――ッ!?」
モロに直撃を喰らったキリトはもちろん、放ったネロすらも立っていられない程の衝撃を受ける。
しかし、キリトは気付いていないようだが、キリトのHPは1ドットも減っていない。
その状態を引き起こしたのは
殺傷目的ではなく、怯ませて動きを止める為の道具だ。
普通、こういう屋外の開けた場所でそれを使っても効果は薄いため持ち歩く者は少ないが、なぜネロが持っていたかというと、それは初心者だったからだ。
プレイ歴一ヶ月未満と、技術もプレイ時間も初心者の域を出ないネロは普段、モンスターを狩って遊んでいる。
もちろんPvPなどやった事もない彼がきまぐれでBoBに参加すると言いだした時にはフレンドが総出で止めようとしてしていた。
「やめとけって、お前出ても時間の無駄だから。な?」
「うるさい! 参加するくらい俺の自由だろ!」
「…負けても泣くなよ?まじであそこは鬼しかいないからな」
反対を押し切り登録まで済ませた彼だが、その後もフレンドに助けられてばかりだった。
特に疑問も抱かずに光学銃で出ようとして『光学銃は防護フィールドがあるからほとんど効果がない。だから安くても実弾銃を用意しろ』と注意を受けて前日に買ったのが、
有名だから、というのとそれなりに安価だったからという理由で選ばれたマイクロUZIだ。
しかし、その時の買い物のせいで資金的にきつくなった故に細かいアイテムは普段使っている物を転用する事になる。
そしてスタングレネードはほぼ屋内限定だが、ダンジョンに潜ったりする事の多いネロは大量に所持していたから丁度いいとそのままポーチに突っ込んだのだった。
「〜〜〜〜!」
目も耳も潰され効かなくなった世界でキリトは自分の無様を嗤う。
ネロを初心者と侮り、ろくに警戒もせずに突っ込んだ結果がこれだ。
無理に近接戦闘にこだわる必要なんてなく、距離を取っての撃ち合いなら光剣でパリィしながら動けるこっちの方が断然有利だ。
なら何故そうしなかったか。
それは油断と慢心――早々にケリを着けようとしたからに他ならない。
スタングレネードを撒いてくる相手だ、間違いなく何かで目や耳を守る対策はしているだろう。
撃たれるのを待つ事しか出来ないのが歯痒い。
せめてこの状態でも弾道予測線を察知出来れば――と、そこまで考えたところでキリトは気付く。
ネロが撃つ気配が全く感じられないことに。
GGOで失明などの感覚に関するバッドステータスは毒や麻痺などと比べて早く治る。
それは、脳が生み出す錯覚が現実世界のプレイヤーの身体にどれほどの影響を与えるかが未だに分かっておらず、危険だからだ。
四肢切断なども一定時間で自動的に生え替わるのはそういうことだ。
30秒ほど経ち、視力聴力が徐々に回復しているのを感じながら、目を開ける。
するとそこには――
「えーっと…これなに」
地面に頭を突っ込んだままの体勢で固まり、頭の上に変なタグをチカチカと浮かせているネロ。
そのタグには《disconnection》の文字が。
「か…回線落ち…」
おそらくネロは自分の放ったスタングレネードの予想以上の威力に急激に心拍数が上がり、それをアミュスフィアに検知され、自動切断された――こんなところだろう。
BoB予選第一試合Cブロック:勝者 キリト