「ねぇピトさん!今の見た!?」
割れんばかりの歓声に戸惑う彼女の姿を見て、レンも未だ興奮醒めやらぬようだ。
口を開けば賛辞の嵐。
もう立派なキリトファンの一員がそこには居た。
レンとピトが観れたのは途中からではあったが、まるで弾道予測線が来る位置すら分かっていたかのようなあの動きは、これからいくら練習しても真似できそうにないとレンは思う。
自分と比べて圧倒的なその実力差や才能に嫉妬したり僻んだりはしない。
それはアレに対し負の感情を抱く事の無意味さを悟ったからか、それ以外の理由かは彼女自身ですら分かってないが。
「…………」
そんなレンとは対照的に、ピトの表情には何も浮かんでいなかった。
ただ無言でキリトを見つめるピトの手は力を入れすぎているせいか、かすかに震えている。
レンは声を掛けているにも関わらず反応の無いピトを振り返り、その様子に気付く。
「どうしたの?いつものピトさんらしくないけど。こう、もっとぐわーって感じの獰猛な笑みでもうかべてるかと思ったのに」
強敵を目にした時のピトの顔はいつも「どれくらい強いのかな!」「試してみたいな!」と、うずうずしたものなのが常だ。
そうなっていないということは、ピトは彼女に初めて会うわけではないということなのだろうか。
――彼女はピトさんの知り合い?
だとしたらなぜ無表情なのか、声を掛けないのか、それがさっぱり分からない。
考えても仕方ないことなので、レンは直接聞いてみることを選択した。
「……もしかして、あの人と何かあったの?」
「――――」
しかし答えは返ってこない。
固まっているピトを見て不安になったレンは肩を掴んで軽く揺さぶり振り向かせる。
すると、小さく。
「………。いいえ、何もないわ。そう、何も…」
消え入るような声が返る。
とてもそうは見えないのだが、それを問い質す前にフロアに動きがあった。
「す、すみません!俺…いや、私、これから用事があって!」
そう言い残し、「握手して!」と言い寄る男たちから逃れ、脱兎のごとく走り去るキリト。
よほど嫌だったのか、あっという間に背中は遠ざかっていく。
「あーあ、行っちゃった」「ばっか、あんなん斬られても文句は言えなかったぞ」「いやハラスメント行為の通報でアカウント停止もんだろ」「斬られるのはいいけど、せめて通報はBoBでキリトちゃんの勇姿を見てからにして欲しいな」
などとおぞましい会話が聞こたことで納得したレンはキリトに同情する。
が、レンもレンで「せめてフレンド登録したかったな…」と彼らと程度に差はあれキリトの迷惑となる事を考えていたので人の事は言えないのであった。
主役が居なくなって解散ムードとなったフロアから、レンとピトも移動することにした。
「うーん、次会えたらお茶にでも誘えたらなー」
「そういう煩わしいのは彼、嫌そうだからやめておいた方がいいと思うわよ?」
ピトはすっかり元の調子を取り戻していた。
そのことレンは安心し、この建物に来た目的を果たさんとして、長いエスカレーターに乗る。
仮想空間とはいえ、どこもかしこも無駄に広い事にうんざりするが、これがこのゲームの世界観を形作るものの一つなのだとピトに言われると文句も言えない。
レンはなんだかんだめんどくさい事も含めてGGOが好きなのだ。
昼飯を抜いてまでプレイしてしまうほど。
まぁ、お腹は空いてるから後で何か食べるつもりではあるが。
「そういえば…あの人はなんでGGOに来たんだろ」
あの後改めてピトに彼女との事について聞くと、「いやー、有名人と会うと緊張しちゃうのよねー」とあっさり答えが返ってきた。
まぁ、十中八九嘘だろうと思い他にも何か理由はないか問い詰めるがピト曰く「会って話した事がないのは本当。有名人だからこっちは色々知ってるけど、向こうはたぶん私の事は全く知らないと思う」と、答えになっていない言葉ではぐらかされてしまった。
彼女――キリトという名前らしい――についての話を少し聞いて疑問に思った事は、なぜ光剣をメインに使っているのかという事だ。
「ま、直接聞けばいっか」
そもそも会う事が出来たら――と心の中で付け足す。
本当は、たぶん会う事もないだろうなぁと思っているのが丸わかりな、微妙な表情ではあったのだが。
――しかし、この予想は大はずれとなる。
「そういえばさっき、キリトさんの事を彼って――」
この後レンがキリトと再会するのはわずか7分後の事だった。