「えーと、案内とか色々ありがとうございました」
三人は今、喫茶店というべきか、酒場というべきか迷う内装の店にいた。
客層は見た所酒場が似合う者ばかりだが、店全体がヤケにサイバーチックなのと、飲み物系のメニューが豊富すぎてどっちとも取れないからだ。
射撃場を後にした一行は「お金が余ってしまったので、それならお礼がしたい」というキリトの申し出を快く受け入れ、しかし店を知らないというキリトの代わりにピトが店を選んだという次第だ。
その店の奥の方にある個室のブースに入ったキリトはまず二人に礼を述べた。
「どうせ午後は暇だったし、気にしなくていいよ!」
「私も、あなたとは話してみたかったっていうのがあるしねー。………色々と」
そう言う二人は、気を使う必要はないのだと言外に告げていた。
どうやら今日買い物に来たのは新しい装備が追加されてないかの確認でらしいが、めぼしい物は無かったそうだ。
そんな二人の気遣いを嬉しく思うが、初めて持つ様々な種類の銃の撃ち方のレクチャーをたっぷり一時間ほどもしてもらったのだ。
せめてここの代金を払うくらいの事はさせて欲しいとも思う。
だがその前に―――
「あー、今更だけど、自己紹介とかってしていいです……していいか?」
わりと自然に発するようになってしまった口調を元に戻し、本当に今更な事を言い出すのであった。
二人は目を丸くしお互いに見合わせ、ピンクの装備の子が代表して「ど、どうぞ」と先を促す。
自己紹介といっても大体の事は知っていそうな二人に、どうしても言わなくてはならない事が一つだけ―――それは。
「俺の名前はキリト。―――『男』です」
その一言に対する反応は顕著だった。
「ふぁっ!?」
「…………はぁ、いつ言い出すかと思えば」
ピンクの装備の子は、びっくり仰天!といった具合か。
そしてタトゥーの人は驚いた事に、キリトの性別を最初から看破していたらしい。
それがなぜかは分からないが、混乱や誤解をされないのは助かる。
というか、知ってたんなら早く言って欲しかった。
「あ…え…?――男…の娘?これが噂に聞く?」
「いや、ただの男だって」
できればこちらの子にもそれを説明していたらなお良かった。
ピンクの装備の子の視線が顔に、胸に、そして更に下へ―――。
対面に座っているため、もちろんテーブルしか見えていないはずだが、その視線がむず痒い。
「HAHAHA、そのアバターでまっさかぁ」
冗談でしょ?という顔を向けられるが、キリトは目をつぶり無言で左右に首を振る。
そして往生際の悪い彼女に
そこにはもちろん
「なん…だと…?謀りではなかったのか…」
すると急に芝居掛かった動きで崩れ落ちるピンクの装備の子は次の瞬間ガバッと起きて、
「ま、いっか!」
と、ありえない切り替えの早さと器の大きさを逆にこちらへ見せつけてくるのであった。
「私の名前はレン!……何か質問とかってある?」
そのまま流れで自己紹介を行うレンにそう聞かれる。
特には無いが…いや、あると言えばある。
「なんで装備をピンクにしてるんだ?」
「もちろん、かわいいから!」
「さいですか…」
即答され、二の句が継げないキリトに助け舟を出すようにタトゥーの人が続ける。
「私はピトフーイ。気軽にピトって呼んでいいからね」
「ああ、よろしく、ピト」
キリトがピトに右手を差し出すと、その意図を汲んで右手を出し握手をしてくれた。
「ところで――あなたは今回のBoBには出るの?」
手を離すと、たった今思い付いたかのように軽い調子でそう聞いてくる。
その眼光が一瞬鋭くなったのは気のせいだろうか。
「俺はそのつもりだな」
「おー、元優勝者が復帰するんなら今回の賭けは大盛り上がりしそうだね!」
「ちなみに二人は参加するのか?」
「うん。あ、悪いけどこっちの武装は教えないからね!そっちは警戒されて当然だろうけど、こっちは初参加だから情報が生命線なんだし」
と、レンは申し訳なさそうに答える。
それはそうだろう。
当たり前の事すぎて怒る理由など見つからない。
むしろ、こうして明確な線引きをしているとわざわざこちらに告げる彼女には好感が持てる。
根が真面目な証拠だろう。
それを聞いたピトは「あれ、いつの間に私まで参加が決まってたのかなぁ?」とレンに詰め寄る。
「えっ。私には勧めておいて自分は出無いつもりだったの?」
「あんたは私が忙しい事知ってるでしょうに」
その二人の会話に社会人なのかなと想像を膨らませるキリトは頭を振り、詮索はよそうとその考えを捨てる。
呆れた声を出したピトは「でも」と続け、
「やっぱり私も出ようかな」
――と、参加を表明するのだった。
※ ※ ※
昼飯と飲み物を二人に奢り、フレンド登録をした後「BoBで会えるのを楽しみにしている」と別れの言葉を交わしキリトは一旦ログアウトする。
時計の針は午後5時を指していた。
「やばい、腹になんか入れないと死ぬ…」
昼前とさっき、多少は飲み物を摂ったが食べ物らしいものは何一つ口に入れていなかったなと今日1日を振り返る。
本当なら夜まで待ち、直葉の作る晩御飯を堪能したいところではあるが致し方ない。
「備蓄してあるカップ麺でも漁るか」
フラフラとした足取りで、ガサガサと台所の奥のダンボールを物色するその姿はまるで泥棒のようである。
しょうゆ味のカップ麺を一つ取り出し、ポットにお湯を入れて沸かす。
その間に大まかな今後の予定をたてる。
「とりあえず後でALOにinして皆にしばらく来れないって説明して――ってあれ?」
キリトがコンバートしたのは昼前。
速効で荷物をプレイヤーホームの共有ボックスに詰め込んだ後すぐのことだ。
「つまり――コンバートするの早すぎたっ!?」
コンバートするなら一言先に言ってけよーというクラインのセリフをラーメンにお湯を注ぎながら思い出す。
たしか、直葉は長く離れることになるからその前に送別会だったか壮行会だったか良くわからないが、そういうことを企画していたはずだ。
それも、今夜九時にALO内のエギルの店で。
「絶対後でどやされる…うわぁ、どうすればいいんだ」
今からまた再コンバートは可能だ。
しかし、それをすればGGOで先ほどフレンド登録した二人は自動でフレンド解除される。
フレンド登録から1時間でフレンドリストから名前が消えていたら、二人はどう思うだろうか。
――冷静に考え、直葉のご機嫌を取るためのものを急いで用意することにする。
その前に、伸びきったラーメンをお腹の中に処理してから。